柳堂知羽@一次創作
2025-02-11 22:55:37
7304文字
Public ⬛︎みえナい
 

どうにも今日もみえナい【サンプル:通販あります】

気付いたときには遅い。水辺の向こうから呼ぶ声。冬の街で一度だけ命の綱が揺れた。



話は少し前に遡る。
今日もへらりと笑いながら、この世ならざるモノで溢れかえる店にやってきたニンゲン、ハヤテが機嫌よくレモンサワーを頼む。いくら言ってもトラの隣にやってくるので、いつからか追い払うことすらしなくなった。いずれ飽きるだろうと思って放っておいたのがよくなかったとトラは溢しているが、その台詞をまともに取り合ってくれるモノはいないらしい。それで余計に苛ついているとのことだが、当のハヤテはのほほんと酒を飲み、つまみを食べ、作った動画をトラに見せるのだ。しかも全く面白くない。要点がまとまっていない。やり直し。そういえばハヤテは目を潤ませてしがみついてくるものだからたまったものではないのだ。
それこそ、トラはハヤテの好奇心の性質が他のニンゲンのそれとは異なっている点を見誤り、舐めていたともいえる。今となってはになるが、ハヤテはきっとトラの全てを知らないけれど「理解している」と、トラはひっそり考えている。やはり早々に関係を断ち切るべきだったと思うがもう遅い。それがトラの悪癖でもある。
いつの時代でも、化け物級の好奇心を内に飼いながら本能で理解をしてしまうこの手のニンゲンは危うい。実際、このハヤテという男の飼っている好奇心の向かう先は「本物」がいる場所だ。それを的確に嗅ぎ分ける本能が、コイツにはある。みえナいくせに、見分けられないくせに、身を守る術を一切持たないくせに。コイツは無謀にも、好奇心のままに危ない場所へ飛び込もうとするのだ。そうだ、ハヤテは無意識に分かっている―― 大衆が好む「こわくてふしぎなはなし」の発生元には、コイツが望む“本物”がいないということを。だからハヤテは大衆向けを好まない。面白くないと切り捨てる。捻くれているのではない。そこには理性を燃やすほどのナニかはないと分かっているからだ。本当に厄介な本能であると言えよう。
こう考えれば、コイツが今回受けた仕事も、いつものお得意の危険察知能力を発揮した結果の判断であればきっとナニかがいる。とはいえ、コイツの本能は百発百中でもなく、それなりのポンコツ具合も発揮する。しかも前述したように、コイツの本能を逆手に罠を仕掛けるようなナニかだっている。だからコイツは危ういのだが、何度言ってもどうしようもないので一旦それは置いておこう。
もしかするとコイツの行き先はそこまで変な場所でもないのかもしれない。あの街がまるごと穢れている場だとしても、だ。そうなると、例え行き先が危なくなかったとしても、道中含め何があるか分からない。その時、ハヤテはきっと己を守ることができない。
否、どうして守らねばならないのだ、とトラは思い至る。本来、そんな義理も何もないのだ、このニンゲンには。
……で、いつからだっけか、期間限定の仕事ってやつは」
不機嫌さを隠すつもりもないトラに構うことなく、ハヤテは元気に明日からです、と答える。まったく、お天道様もびっくりなくらいいい返事だ。トラはいよいよ頭痛がしてきた。
やはり放っておいた方が精神的には良いだろう。そうだ、そうしてしまおうか。そう考えている自分も確かにいるのに、そんな選択を取ったら取ったで猛烈に後悔するような気もする。だからこそ頭が痛い。内心が嵐のように乱れに乱れるトラの横で、ハヤテは嬉々としてスマホをいじり、やがてお目当ての何かを見つけたのか画面をトラに見せつける。そんなに近づけられても見られないだろうに、と言えば少し離してきた。その配慮を最初から見せろとはトラは言わなかった。
―― 今回ハヤテが受けた突発的なヘルプの仕事とは、とある繁華街の一角にあるキャバクラの短期のキッチン業務である。外注の食事の盛り付け直しやフルーツの切り盛り、アルコール類などの用意や在庫の準備、整理など、夜の店の裏方を担当するらしい。なお、黒い服を着てホールには出ないようである。ハヤテ曰く、その業務もあったら流石に断ったとのこと。それは自分にはできないだろうから、というあやふやな回答ではあったが、その選択は極めて正しいとトラはひっそり思う。コイツ、絶対に客とトラブルを起こす。ハヤテの気質は、日陰なのに妙にギラついた場を好む者には眩しすぎる。故にあんな場を好む奴らがコイツの明るさに目を焼かれたらどうなるかなんて、想像に容易すぎる。やめて正解だと頷くと、何故かハヤテは不服そうに酒を飲み込んだ。
ちなみにこの仕事は、先ほどわざわざ見せてくれたメッセージの相手―― とある音楽イベントの手伝いの際に声を掛けられたのをきっかけに、他の仕事場でも連続で顔を合わせ、いつの間にか連絡先を交換していた者――からの紹介があって受けたとのことだ。コイツは本当に、よくまあここまで他人と仲良くなるもんだ。そんな意味を込めて視線を送れば、何故かハヤテは照れながら頭を掻いている。その仕草がどうにも癪にさわり、トラは頬をつねってその苛立ちを消化した。
なおヘルプの仕事はずっと続けるのではない。仕事の依頼をしてきた者曰く、急遽体調不良になった者の代わりとして期間限定でお願いしたいとのことらしい。無論、気に入ったらそのまま居着いてもいいと言われたとのことだが、それは丁重にお断りしたようだ。それはそれでなんだか違う、とこれまた曖昧な返答。それに短期だからこその高時給かつ、シフトは自由に決めていい、という破格の待遇だ。多くを求めたらバチが当たるだなんて言っているが、その時のハヤテの顔にトラはそっと目を細める。
―― ああ、やはり、多分コイツは何かに気がついている。