◆ちいさな悪魔とおきにいり
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目が覚めたら、
戦いにゆきましょう。
かの声を背に顔をあげ、
祈りの魔法をねがいましょう。
この鼓動が絶えるそのときまで。
そうして生きていくことが、
叶うのだとしたら。
それは、なんて
――
・
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・
「あーあー、ぼろぼろになっちまって
……怪我はしてないな?」
「花なんて育ててよ、弱っちぃのかと思えばけっこう骨が折れたな。あのフクロウのじーさん、隻眼のクセにやったらめったら強ぇし」
あたまが、ぐらぐらする。
魔力を込めようとした右手が、少しもうごかない。
のどが、焼けつくように痛んだ。
じぃやは無事だろうか。人型は保てていなかったけれど、息はしていた。必死に防御壁を張ったから、あとは、駆けつけるだろうおじいさまに任せるしかない。
――あまりにも、巡りあわせが悪かった。
新月が近く、メフィストの魔力は安定せず、眷属の老フクロウも引きずられてしまっていた。四季のある庭園が、冬の配置にあったのもよくなかった。おじいさまと一緒で、老齢の眷属はもともと腰を痛めている。それでも魔力の扱いは、眷属の中でもっとも秀でており、だからあの庭園にただひとり置かれていたのに。
(く、そ
……っ)
くやしい。くやしい。くやしい
……!
メフィストが住む庭園が襲撃され、数分ももたなかった。
「上級悪魔さまは、いい暮らししてんだ。その分、おれらの生活をよくしてもらわねぇとなぁ。あんたも分かるだろ?」
「そーそーせっかくかわいい顔してんだから、有効活用しねぇと。お、そろそろ着くぜ?」
「ほんと、こんなところでヤんのか? イイ趣味してんなぁ」
ガタガタと酷い音を軋ませていた荷台の振動が、ようやく止む。
到着したのは、がらんとした小さな教会だった。
視界がやけにふわふわしている。のどの痛みとは別に、身体の奥から這い上がるような熱が、メフィストの全身を蝕んでいた。
「
……ぅ、
…あ、」
むき出しになった足首を悪戯に掴まれ、ぞくぞくと肌が粟立つ。ひくりと震えたつま先に、足を掴んでいた男の息が荒くなった。
「
――おいっ! おれらは運ぶだけだろ。依頼者のおっさん怒らせて減額されるのはごめんだぜ」
「それとお着替えもな
……だってよぉ、生白い肌ぴんくにして
……ちっせぇくせに、さすが【誘惑の悪魔】だよなぁ
……それに」
――これ、おんなの穴もついてんだろ?
ひゅっと、息がつまる。決定的な言葉を突きつけられ、力の入らない拳をぎゅっと握りしめていた。
……知られている。メフィストのひみつをしっているのだ、この男たちは。
(なん、で
……っ)
メフィストフェレスは、両性の悪魔だと言われている。だが、現存しているメフィストたちはみな男性体だ。最強だと謳われる祖父も、次世代でいちばん優秀だと言われている兄も。
両性具有のメフィストは文献の中にしか存在しない、架空のイキモノだと言われていた。
王都をはなれ、北の森を超え、さらにその奥
……『終末の庭』と呼ばれる庭園は、メフィストを護る砦だ。
物質界で祖母が気に入っていた東洋のちいさな国。そこと同じように四季の巡る庭で、メフィストは花にまみれた生活を送っていた。古くからメフィストの眷属である隻眼のフクロウと、まれにふらっと顔をみにきてくれる兄。
『これは散歩のついでだ
……3世、チョコレイトは足りているか?』
などと言いながら、頻繁に覗きにくる祖父。
【メフィスト】の名をもつ上級悪魔の子どもを、花まみれの箱庭にとじ込めているのは、魔力が不安定なツノなしを守る唯一のすべだった。
――ツノがない、だけじゃない。
男でもない、女でもない。未完成な性。そのくせ子種を腹の奥に注ぎこまれれば、かんたんに孕んでしまう。
(でも『おれ』は
――)
メフィストだ。メフィストフェレス3世だ。
その矜持を失くしたわけじゃない。
「早く着がえさせちまえって! メンドクセェ~~~」
「随分といい趣味だよなぁ~? これからおまえを飼うおっさん、それ着たおまえを、めちゃめちゃにしたいんだってよ」
用意された白い祭服には見覚えがあった。
白悪魔の子息をさらって教会の祭服を着せ、高く売りとばす輩がいる。その潜入捜査に駆り出された兄が、着ていたものだ。
「
……ハ
……ッさすがに気づいたかぁー? おまえの兄貴に、さんざんお世話になった、クソみたいな残党でーす」
「そーそー、しぶといだろぉ? おれたちみたいなのはなぁ、掃いて捨てるほどいんだ」
――おまえ、
や~~っとお兄ちゃんの役に立てるな? って。
「アソコもいっぱい可愛がってもらうんだ、ちゃんときれいきれいするんだぜ? 手伝ってやりてぇけど、お前を買ったおっさんうるせぇんだよなぁ」
ぶつぶつと文句を吐き出す男は、そう言いながらメフィストから視線を外さない。見張りの男達に見られながら、用意されたお湯で身体をぬぐう行為はメフィストを酷く疲れさせた。
先ほどメフィストの足首に触れてきた男のねっとりとした視線に、触れられてもいない肌が、ざわりとふるえる。強烈な嫌悪と、男に性の対象で見られているという期待に腹の下がきゅうっと疼いた。
どうしようもない、だめな身体だ。
でも、こんなことのために、大事にされてきたんじゃない。
「準備出来たみてぇだな
……今からおまえの飼い主の、別のお迎えが来る。行為が終わっても勝手に動くなよ、俺たちが回収にくるから
――」
「は
……っ、からだじゅう舐め回されて、まえもうしろも、ちっせぇ穴にぶっといの突っ込まれんだぜ? 動けねぇよなぁ」
今度はおれがお嬢ちゃん綺麗にしてやるよ、などと笑う男に、もうひとりが呆れた顔をして眉をひそめている。
(あくま、くん
……っ)
せめて、その名を胸の中でくりかえす。
ずきずきとこめかみがあつく痛む。
まだ出会ったことがない、メフィストの悪魔くん。
花まみれの庭園の管理は、すごく大変で
……でもある日、種の管理も、水や肥料の備蓄もすごく楽になった。この国を統治する弟皇子が、空間魔法の術式を解読したというのだ。
――それだけじゃない。
民間のひとも使えるように、簡易の術式を作り出してしまったのだと。魔力が多くても少なくても。上級でも低級でも関係なく、みんなが使えるように。寝食を忘れて引き籠った皇子が倒れたときいて、メフィストは胸が痛かった。
兄の契約者である真吾から、
『じゃあさ、いつか3世くんが、支えてやってね』
そういわれて、すごくうれしかった。好物だというホットケーキをこっそり練習して、フクロウのじぃやに『3世さま、もう勘弁してください』と言われるぐらいに。
それから、もうひとつ。
『終末の庭』は、光がさしこまない、見放された土地でもあった。だからメフィストはあまり得意じゃない光魔法をここにきて一番に覚えた。それでも魔力が安定しないときは、花を枯らしてしまうことがある。どんなに良い肥料や水をあたえてもだめだった。植物には『光』が必要なのだ。
――問題は、東の森にあった。
長い年月をかけ、ひかりを嫌う妖魔たちが瘴気で巨大な壁をつくり、メフィストのいる庭園はその影響を直に受けていた。
――それがある日、消失したのだ。森はそのまま。
住んでいた妖魔は、それぞれの属性にあった場所へ移住させたらしい。
――残りの難題は、壊すのにあと数千年はかかるだろうといわれていた分厚い壁だ。濃度の高い、巨大な瘴気の壁はすでにところどころひび割れていた。
……そうして、音もなくその壁は、森を傷つけることなく消失したのだ。数年がかりで毎日、毎日
……膨大な魔力とじぶんの力を使い、このヒビをつくった者がいるという。
――伸ばしっぱなしの髪を背に、
大鎌をふるうもうひとりの皇子だ。
おなじく寝食をわすれ、昼夜かまわず没頭していた皇子が倒れたと聞いて、メフィストはやっぱり胸が痛かった。
真吾からは同じ笑顔で『じゃあさ、あの子も3世くんに任せちゃおうかな』と言われて、メフィストはこくこくと頷いていた。
ふたりのことを、真吾のようにわかりやすく慕うものはいない。
腹違いの弟皇子たちのことを、『無表情』『何を考えているのか分からない』『会話にならない』『理不尽なことを言われた』などと非難する者もいる。
『笛がふけないんだ。これぐらい役に立ってもらわねば困る』と。
変わり者の引きこもり。社交性に駆ける、皇子失格の弟たち。
(
――ちがう)
(うそだ、そんなの)
そうでなければ、メフィストの育てた花がこんなにきれいに咲くことはない。だからメフィストのからだは、メフィストのちからは、
メフィストの悪魔くんたちのものだ。
メフィストにも悪魔くんがいる。かれらのまえで、かれらを守る悪魔になるのだ。生きている限りそれができるのだと気づいてから、メフィストはじぶんの身体が嫌じゃなくなった。男でも女でもない。ツノもない。だけど悪魔くんたちに、使ってもらえる。
(おれは、だいじょうぶ。こんなの、へいきだ)
心臓はうごいてる。
生きているのだから、どうにでも、なんにでもなれる。
(あくまくん、あくまくん
……っ)
まだ会ったことはない。
だけど彼らのことを、メフィストは知っている。
勝手に想いをかたむけて、勝手に守ろうと決めた。
メフィストのだいじな、あくまくんたち。
「
……っ」
がたがたと教会の扉が、せわしない音を響かせて開かれる。
飼い主だという男が来たのだろうか? 外の空気が入りこんでくる空間は、白昼だというのに酷くひんやりしていた。
――ズン
―――――ッ!
一瞬だ。膨大な魔力が、ドっと流れ込んできたのは。
からだじゅうが、ビリビリする。
恐ろしいほどの怒りを沈ませた
……冷気だ。
「
……、ぁ
……」
――にいさま。
声に出そうとして、のどが引きつる。
そこからメフィストの記憶は、途絶えたのだった。
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(※つづきます)
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