ほしのまなつ
2025-01-10 05:32:48
13568文字
Public :令嬢パロ
 

🥞🎩3️⃣/とある皇子のおきにいり

ぼくたちのための、身体をしていたんだね。



◆皇子Bと悪魔のこ





「仔猫……じゃ、ないな」
――なんだ、コレは?
屋敷に戻ったのは、久しぶりだった。
今回の壁外討伐が、思ったよりも時間がかかってしまったのだ。部屋の中の様子がずいぶんと変わっていたが、悪くない。そこら中いい匂いがする。それは、目の前の『これ』からも。すんっと息を吸い込むと、やっぱり甘い匂いがした。

「寝るか――
寝室のベッドを占領する見知らぬイキモノは気になったが、じぶんを害するものじゃないことだけは分かった。そういえば帰還報告をしたとき、なにか言われた気がする。覚えていないのは、興味がなかったからだ。
「まあ、いい」
もうひとりの気配もない。
あの引きこもりが、めずらしく出かけているのだろうか。
仔猫と間違えそうになったイキモノは、すぅすぅと寝入ってしまっている。
(ちがうな……
眠っている――というよりも昏睡に近い。
魔力切れを起こしているのか、顔色もよくない。ちゃんと調べれば分かるのだろうけれど、こっちももう持ちそうにない。
「悪く思うなよ、ぼくも眠いんだ」
ベッドで眠るのは一か月ぶりだ。
討伐を任された北の森は、領土こそ広くはないものの、漆黒の木々にまぎれた魔物の数が膨大だ。討伐自体はむずかしいものでなかったが、とにかく数が面倒だった。
『森の状態は、なるべく維持するんだよ』
そう言い含められたのも、面倒に拍車をかけた。
調査は片割れがすでに行っていて、ここには魔力を回復させる貴重な『マナスポット』が天然のまま多く現存していたからだ。それでも昼夜問わず、鈍色の鎌をふるっていれば、すぐに片付くというのに。
――不眠不休は、兄がゆるさない。途中でマナスポットを見つけてはいちいち身体を休め、やっとあの森の討伐対象を根絶してきたのだ。

(ちいさい、な……
あまい匂いがする。
ぼくたちが、すきな匂いだ。
無意識なのか。ベッドにもぐりこんだところで、ちいさな身体をぴったりとひっつけられてしまう。
……っ!」
そんなことされたのは、初めてだ。
でも嫌じゃない。きっと、あまい匂いがするからだ。
腕によせられたほっぺが、やわらかそうだ。無遠慮につまんでみようとして……やめた。これは勝手にさわっちゃいけない、だいじなものみたいだ。
……は?」
「っ」
――白昼のベッドの中で、あどけなく小さな身体をあずけてきたのは、そっちなのに。腕におさめてしまおうと、出来るかぎりそっと抱き込もうとしたところで、身をよじられてしまう。
チリっと胸の奥がザラつく。
それでも強引に抱き寄せると、すぐに抵抗はなくなった。
掴んだ腰のあたりが信じられないくらい細い。しろい頬にも手をのばして……やっぱりやめた。身体は清めたけれど、何千、何万もの黒い魔物を切ってきた手で触っちゃいけない気がする。
せめて、じぶんの伸ばしっぱなしの前髪を掻きあげる。
もっとちゃんと、顔が見てみたいと思った。

――……
まるいおでこの下で、薄いまぶたがふるりとふるえる。
魔力切れを起こしているせいか顔色は悪かったが、あどけない寝顔がかわいかった。カーテンをひかれていない白昼の寝室で、シーツだけかぶった寝顔が、やわいひかりに透けている。
ぼくだって、ねむたい。
眠たいのだけれど目がはなせない。じっと見ていると、ぴくっとうごいた睫毛がゆっくりと持ち上がって――
…………?」
――あくまくん。
確かに、そう呼んだのだ。とろっとしたおおきな瞳で。
花びらみたいな唇からは、音はしなかった。
それでも分かる。だってそれはずっと欲しかったものだ。
ドクドクと、跳ねる鼓動がいたい。欲しくて、欲しくて……でも手に入れることが叶わない名まえだ。

『悪魔くん』は、じぶんにとって分不相応な名前だった。
ぼくたちを選んだソロモンの笛は、音を奏でないまま。
笛を吹けない代わりに身体中をくたくたにして、すり減らして……兄以外にねぎらうこともされずに、討伐数だけを積み重ねてきた。それで報われるとは思ってない。
国を護ることは、兄に手をひいてもらった時から決まっていた役割だ。母に捨てられ、悪魔にすら捨てられた。そんな自分にとって、唯一の役目だった。

………、ぅ……
「っ!」
あくまくん。
かすれた音がわずかに零れる。胸が苦しい。
それを耳にしたとたん、もうだめだった。
(これが、ほしい)
恐れもせず、厭いもせず。
無防備にあずけてくるちいさな身体。
甘い匂いのする悪魔が『あくまくん』と口にしてくる。
たまらなかった。
(ああ、)
(ああ――
(ずっと、ずっと、これがほしかった)
こんなのはただの欲望だ。仮にもメシアと呼ばれるイキモノが口にしていいものじゃない。そう思うのに。
…………ぅ」
あくまくん。
もういちど呼ばれた名にこたえるように、その手をとってしまう。ちいさな手だ。自分のからだよりも大きな鎌を振るせいで硬くなった、かさつく指を嫌がりもせず、ぎゅっと握り返してくる。そうして音のしないくちびるが、わずかにゆるんで、ほんの少しほころぶのだ。

とうとう、おくれて帰還した孤城のもうひとりの主は、
このちいさな悪魔から手を離すことができなかった。









「不法侵入は、そっちじゃないのか? ぼくは、ぼくだ。お前こそなんなんだ」
――……ッ!」
さっきまですごく可愛かったのに。
覚醒したとたん、腕の中のちいさな悪魔はかわいくなくなってしまった。じたばたと暴れるから細っこい腕をひとまとめに押さえ込む。力は悪魔らしく強かったが、こっちだって鎌いっぽんで何万もの魔物を討伐してきたのだ。知識こそ片割れには劣るが、純粋な力勝負ならばそこいらの悪魔に負けるつもりはない。
(くそ……っ、あんなに可愛かった)
声はでていないが、はくはくと言葉をつむごうとする唇に、妙に苛立った。いっそふさいでしまおうか。
……あーーくそ、」
「???」
ぐぅうううう―――!!!
そう思ったところで、盛大に腹の音が鳴ってしまう。
ここ数日、水しか口にしていない。
……ホットケーキ)
一度浮かんでしまうと、もうダメだ。
止まない腹の音に驚いたのか、からだの下にいた悪魔は、動きを止めてしまっている。ぎゅっと尖っていたまるっこい目が、ぱちぱちと瞬く。
……ぼくだって、なにも食べていなければ腹ぐらい鳴る」
なにを驚いてるんだ、って。
我ながらふてくされた声だった。
屋敷じゃなくて、兄のところにいけばよかった。少なくともホットケーキは食べられた。ぶつぶつとそんなことを呟いていると、悪魔はなかなかのスピードで、するっと体の下から抜け出してしまった。

……おい、まて」
――――……!」
「おい。そっちは台所だ。ぼくは自慢じゃないが、じぶんで食べるものは作れない。向いていなかった」
逃げるかと思ったのに。
ちいさな悪魔に、ぐいぐいと手をひかれ、ここに座れ! とばかりに台所にある木の椅子まで連れてこられてしまう。
そうして手早く白いエプロン姿になった悪魔は、フライパンをあたためはじめたのだ。
「っ……ホットケーキ……!」
思わずおおきな声を出していた。
いちばん食べたかった、ぼくのすきなもの。
きつねいろに焼けたそれが、ていねいに白い皿の上に重なっていく。それは夢のようだった。
「っ!!」
じっと見ていたら、きれいに切り分けられたそれを、『食え』と言わんばかりに口の前にずいっと差し出される。
無我夢中だった。頬張ったしゅんかんに、じわっとやさしい甘さが口の中を満たしていく。
(あ~~~、くそっ)
あまい。ふわふわ。おいしい。あまい。
いいにおい。あまい。すき。すきだ。
ずっとずっと、ほしかった。
――……!」
「す、まない」
食い尽くすようにのばした舌が、フォークを握っていた細い指まで舐め取ってしまっていた。びくっとふるえた子は、ぎゅっと身体をちいさくして首をよこにふっている。くちびるだけで、『へいき』などと口にしているが、平気には見えなかった。触れられることに慣れていないというよりも、触られることに怯えている。
ぼくが、怯えさせた。
昨日おとなしく腕の中で寝てくれたのは、だれかと間違えたのだろう。その誰かは――、ぼくのいちばんしっているヤツだ。ベッドのなかで、仔猫みたいに安心して眠っていた。それを許すぐらいそばにいて……きっとこのホットケーキも食べている。そう思うと、急に気持ちがしぼんでいった。

…………! ……!」
「?? ああ、これはすぐ消える。ずっと仕事をしてたから、治りが悪いだけだ」
黙り込んだぼくを静かに見ていた子が、ぼくの手に残る魔障痕を目にして、ぎゅっと眉をよせている。何百、何千、何万と、大鎌を振るってきた。こんな傷はいまさらだ。
本を読むことも好きだったが、あの鈍色の鎌はぼくの手の方が良く馴染んだ。逆に魔方陣の読解は、片割れの方が早い。
やらなくてはならない役目は、自然と決まっていた。
兄に言えばよく効く薬だって手に入る。それに数日もすればほんとうに消えてしまう。だから大丈夫なのだと説明すると、ますます眉間にシワがよってしまった。
……きみ、なぁ……っ」
ふるふると首をふった子は、さっきまで身体を固くしていたくせに。かさついた手を取ると、なんの抵抗もなくそこに口づけたりする。拒もうと思えば拒めたはずだ。だけど抗うことが、できなかった。

(やわら、かい)
あたたかい。あまいにおいがする。
いいにおい。あまくて、かわいくて
(ほしい――……

それは初めてうまれた、
欲の感情だった。