ほしのまなつ
2025-01-10 05:32:48
13568文字
Public :令嬢パロ
 

🥞🎩3️⃣/とある皇子のおきにいり

ぼくたちのための、身体をしていたんだね。

※令嬢パロ





小さくふるえる手をとって、
たくさんのしあわせを願った。
これを恋と呼んで
何がいけないのだろう。





◆皇子Aと悪魔のこども





埋れ木一郎は、
欲しがらない子どもだった。

「一郎、ちょっといいかい?」
……用件はなんだ?」
「性急だなぁ」

返事は決まっているのだから、性急でもなんでもない。
眉根の下がった笑顔は、読んでいた文献から顔をあげなくても分かる。正装でやってきた兄の来訪は、何かを依頼される時だった。ちらっと視線をやった先で、あざやかな緑のコートにくるまれたちいさなモノが、兄の腕にすっぽりと収まっている。どうやら本日の難題は『コレ』らしい。

「急になっちゃったけど、もともと仲良くしてもらいたいと思っていたんだ」
「は……? まて、なんのはなし、だ」 

やわらかな笑みを崩さない兄は、若くしてすでに『賢王』と呼ばれる稀代の名君だ。壁に囲まれた王都だけでなく、城外の痩せ衰えた土地にすら手を差し伸べる兄は、民衆からの支持も厚い。だれがどう見ても、間違いなく愛される王だ。
その兄、埋れ木真吾がアレはあの皇子唯一の『あやまち』だと呼ばれたことがひとつある。
母親に捨てられ、その後拾われた悪魔にすら捨てられた腹違いの弟を、見つけ出してしまったこと。
そう。一郎の手を、ひいてしまったことだ。

「時間がなくて、そのまま連れてきちゃったんだけど」
……あった場所に、返した方がいいんじゃないか」
「やだなぁ、そこいらにいる仔猫じゃないんだよ? 僕がなんとかするってメフィスト2世と約束しちゃったし」
「2世と?」
じゃあもう、決定事項じゃないか。
舌うちが出そうになるのを、ぐっと押し込める。
「一郎のところでしばらく預かって欲しいんだ。もちろん必要なものは用意するから……
……わかった」
真吾は一郎にひとの言葉を教え、知識を与え、ホットケーキが美味しいことを教えてくれた。その手にむくいることが一郎の使命で、それが自分に許された役割だ。
――真吾の目指す理想のくに。
千年王国をつくるための、歯車のひとつ。
その歯車にすらなれていない自分が、いつだってもどかしかった。兄の背を越しても、兄を『兄さん』と呼ばなくなってからも、ずっと――
「あ、起きちゃった?」
……っ」
ぴくっとちいさく動いた、
兄のうでの中にいるもの。

――おい。クソ兄貴、【それ】は……
声がうわずる。
兄のマントにくるまれていたせいで、瘴気が相殺されてしまっているが一郎が間違うはずがない。わずかに滲む上級悪魔の匂い。兄が契約している第一使徒と、よく似ている……どころじゃない。
「3世。【メフィスト】3世だよ、一郎」
真吾が、壊れ物でも扱うように腕の中のモノをそおっと抱えなおす。ソロモン七十二柱に名を連ねない、番外の悪魔。
――ぼくらの願いをかなえるイキモノ。

「これが、メフィスト……?」

2世の魔力の半分も感じられない。
マントの中から少しだけ見えた小さな手は、
驚くほど青白かった。

* * *

――いつまで、そうしているつもりだ?」
「っ」
「そこに隠れていたって、しょうがないだろ」
空気がピン……っと張りつめたのが、はっきり分かった。
ベッドのはじっこで固まっている『ソレ』に、一郎にしては粘って声をかけているのに。返事のひとつも戻ってこない。
逃げられては困るので、距離を保ちつつ、一郎もベッドに脚を投げ出し座り込んでいる。兄によって持ちこまれた面倒ごと……メフィスト3世は警戒心を隠そうとしなかった。

真吾から受け取ったときはまだ覚醒しきっておらず、くったりと一郎の腕の中で寝ていたくせに。容貌は、兄の第一使徒によく似ていた。手足はひどく華奢で、未成熟な少女のような体躯をしている。一郎がかんたんに、抱えられるくらいに。何があったのか詳しいことは聞けなかったが、真吾から『しばらくここで暮らして欲しい』と頼まれたのだ。
一郎が住むこの孤城は、兄である真吾と、時おり顔を見にくる彼の使徒以外の出入りはない。本まみれの隣の部屋は、実質一郎の寝床でもあり、いま緊迫しているこの寝室はほぼ使っていない。やたらとでかいだけのベッドは、昨日まではシワひとつなくベッドメイクされたままだった。
――なぁ、まさか何も聞いてないのか?」
「!!」
あのクソ兄貴……
そう悪態をついても、もう遅い。
大事に……と言われたので、昨晩は一番マシなこのベッドのうえで、ひとりにさせるワケにもいかず、いっしょに寝たのだ。そうだ。昨日はやわらかそうなまろい頬を一郎の胸にあずけ、くぅくぅと小さな寝息をこぼしていたくせに。シーツを必死に自分の方にたぐりよせ、ベッドのすみから動かない様子は、まさに連れてこられたばかりの警戒心のつよい仔猫のようだ。
(これが、メフィスト……
真吾ほどではないが、一郎にとっても『メフィスト』の名は、特別な存在だ。契約する悪魔は、ただただ上級であればいいというものじゃない。ひとに対してあれほど『献身』という言葉が似合う悪魔を一郎は知らない。国を護るうえで、あれは欠かせないイキモノだろう。
『それもあるけど……メフィストはね、それだけじゃないんだ』
困ったように呟く真吾のことを、一郎はよく分からなかった。それでもコレが、自分たちにとって貴重な存在だということは理解している。
――メフィスト、3世)
昨晩、可愛らしくすり寄せてきた白い額には、メフィストにあるはずのモノがついていなかった。
『ツノなし』は珍しくはない。
ただしそれが【悪魔大公メフィストフェレス】となると、話がちがう。無防備なこの額が、この子を匿う理由なのだろう。

――知らない男とベッドで寝ていたんだ。驚くのも分かる。だがこれはあんまりじゃないのか?」
「っ」
口早にシーツの塊に告げてやると、ぴょこんっと跳ねた前髪が顔をだす。かぶっているシーツの隙間から覗いた大きなひとみが、一郎がさすっているおでこを見て、わずかに揺れるのを一郎は見逃さなかった。ぎし……っと、ベッドのうえにいる子が逃げられないように、一郎はじわじわと距離をつめていく。
「魔力じゃなくて、真っ先に頭突きが出るって……君は、一体どういう躾をされてきたんだ?」
ズンっとのこる鈍い痛みが、一郎の不機嫌に拍車をかける。
目を覚ました悪魔の子が、一郎にしたこと。
多少の攻撃魔法ならば、この建物の中ならば無効だ。
まさか上級悪魔の名をもつ子が、生身の身体をぶつけてくるとは、予測も出来なかった。ほんのわずかな距離ですら、地に足をつけて歩くこともしないイキモノたちの中で【コレ】は、さぞ浮いていただろう。

「何もなかったのは、君がいちばん分かっているはずだ。つまり僕は無実で、きみの石頭の被害者だ……クソ、まだ痛い」
……っ!」
舌打ちに反応したのか。
悪魔の子は、シーツの中から勢いよく顔をだしてきた。
カーテンすらひいていない窓からこぼれる光が、うすい瞼を撫でるように照らしている。おおきな瞳がまっすぐに一郎を見あげてきて、わけもなく鼓動が跳ねた。ドレスシャツに巻かれていたアスコットタイは、眠るのにじゃまそうだったから勝手に外している。ゆるませた襟からのぞく、細いくびが心もとない。胸がやけにざわつく。
大事にしろと言われた。大事なあくまの子。
メフィストフェレスは、誘惑の悪魔だと言われている。
そんなのと一晩いっしょだったんだ。だからだ、って。

……っは……? おい、きみ」
――ちゅ、って。
ふにっと、やわらかなモノが一郎のひたいにふれる。
頬に添えられた細いゆびは、ちいさくふるえていた。
ようやく顔をみせたと思ったら、急に、だ――
(なん、なんだ……
かわいい音とともに、さっきまであった痛みが引いていることに気づく。他愛のない治癒魔法だ。子どもでもできる。
一郎が『きみの石頭の被害者だ』などと声を荒げたから、そのお詫びのつもりなのだろう。
(なんっ、なんだ――!)
この悪魔……
動揺しきった一郎が悪態すらつけないでいると、手のひらのうえを細いゆびでたどられる。手のうえで辿られた文字は、
『い』『た』『い』
――それから首をかしげて、じっと見てくるのだ。
そこでようやく一郎は気づく。

「きみ、しゃべれないのか……

そっと伏せられた白い瞼が、こたえだ。
真吾が隠すように連れてきた。
あの2世に頼まれたと言っていた。
ツノなしの、言葉をうしなったメフィストフェレス。
これが、この子がここに連れてこられた理由だ。





「あんまり詳しくは言えないんだけど、3世くん、馬鹿な連中のせいで酷いめにあっちゃって。呪文封じに喉つぶされて……声帯自体は、もう問題ないんだけど、やけに回復に時間が掛かっていてねぇ」
――……それで? どの悪魔とも未契約で、ソロモンの笛に一応は選ばれている僕に任せることにしたのか」
一応、と言ったのは、そのソロモンの音をいちども奏でることができていないからだ。世間から隠さなくちゃならない秘密なら、一郎にだっていくらでもある。
「うん。さすが一郎は、話が早いなぁ……でも『一応』は余計だよ。僕らは確かに笛に導かれて一郎を見つけたんだから」
「僕を試しておいて、よく言う」
「2世がさぁ、そうじゃないと許可してくれなくって。絶対に大丈夫だって言ったんだけどね」
説明もなしにいきなり寄こされたのは腹が立つが、相性と【誘惑の悪魔】をまえに何もしないのか、試されたのだろう。
一晩いっしょに、無事にすごせたのだから一郎は合格だ。

「3世くんとうまくやれそうで良かったよ」
……まだよく分からない」
起き抜けはパニックになっていたメフィストだが、一郎の言い分をすぐに理解し、頭突きしたことも素直に謝ってくれた。
――しゃべれない。
酷いめにあったと聞いて眉をひそめてしまったが、先ほど乱雑な書斎の状態を目にして、ぽこぽこと音を立てながら掃除をはじめてしまった姿からは、痛々しさは感じられなかった。

「生粋の白悪魔だからね、メシアの庇護下にあれば回復も早いだろうし……一郎にとっても、未契約のメフィストは必要だろ? なにより3世くんはすごくいい子だから」
真吾とはどのくらい交流していたのだろう。
どこから見つけてきたのか、小さなフリルのついたエプロンをまとった姿でせっせと床掃除をしている悪魔の子を、真吾は細めた目で見ていた。
『へぇ……ここ、そんなエプロンあったんだ? かわいいね』
などと言われて、メフィストは声の出ないくちびるを、ちいさくほころばせていた。
一郎だって、かわいいと思った。言えばよかった。
上級悪魔のくせにコツコツと靴音を鳴らしながら、床のうえを動き回る子を、ソファに寝ころんだまま横目でみていたのだ。真吾がくる前から、ずっと。
(いや、ちがう……
ちがう。ぼくじゃない。あれは、真吾に言われたからだ。
くすぐったそうに笑う顔は、かわいかった。
こんな光景は、よく見るものだ。兄を好きにならない者などいない。悪魔でも、人間でも。
(でも――これは)
これは、ぼくのメフィストだ。
僕のもとにきた、一郎のメフィストフェレスだ。
「もうこんな時間か、そろそろ帰るけど……一郎、困ったことがあればすぐに連絡するんだよ」
………
困ったことが、起こるんだろうか。
まるで何かあるような口ぶりだったが、穏やかな笑顔を崩さない兄に一郎は頷くしかなかった。





「これを、使いたいのか?」
「っ!」
すっかり見違えたキッチン。
その紅茶棚のまえで、台座にのったつま先がぷるぷると震えていた。あとすこし、といったところで青い花の絵柄がついたティーポットに手が届かないらしい。
……っ」
――悪い」
びくんっ
一瞬だけ触れてしまった指先に、目の前の身体がみるみると強張る。台座からおっこちてしまわないように、背後から抱き込むような格好になってしまったのも、たぶんよくなかった。
――真吾ならこんなことには、ならないのだろうか。
いっしゅん考えて、すぐにやめた。
あまりいい気持ちにはならない。
「2世が届けた紅茶、ミルクをいれてくれるなら僕ものみたい」
「!!」
少しだけ距離をあけて、からだにふれないよう慎重に話しかける。細い肩はまだこわばっていたけれど、一郎のおねだりにコクコクとなんども、なんども頷く様子はかわいかった。

――はやく、)
はやく声がききたい。
この子に『悪魔くん』と呼ばれるメシアは、しあわせだろう。
こんな僻地の孤城で、面白味のない弟皇子と対面させられて。
上級悪魔のくせにエプロンをまとっては、一郎のことを、ただの『お世話しなくちゃいけない男』のように扱ってくる。

生活感の感じられなかった台所は、今ではあたたかな湯気をくゆらせて、一郎のすきな甘い匂いのする場所になった。
殺風景な屋敷のなかを、くるくると忙しそうに動き回る細い手足も、文献に夢中でごはんを食べ損ねると、ぎゅっとつりあがる眉も、一枚目のホットケーキをつめこみながら、汚れていたらしい一郎の口元をみて、ほころぶくちびるも――

ぜんぶかわいい。
ぜんぶすきだ。

声を、とり戻してやりたいと思う。
どんな声でわらって、どんな声で一郎を呼ぶのだろう。