かいえ
2025-01-28 01:31:27
11615文字
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【マイ武】そのアイドルは恋をする ②

トップアイドル「東京卍會」リーダーのマイキーと、研究生の花垣武道のラブコメ
他のメンバーとは頻繁にご飯を食べたりしているのに、マイキーとは何故か行かない武道に、マイキーがぶち切れて主にドラケンが振り回されるお話
タケミチ愛されのアイドルパロ
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「これ、もう使わないからあげる」
 事務所ビルのロビーの端の方で、武道が来るのを待っていたマイキーは、いかにも偶然通りかかりましたという体で武道の前に立った。
「え? 良いんですか、マイキー君? あざっス!」
 マイキーが着なくなった服と靴を紙袋に入れて武道に渡せば、武道はすごく嬉しそうな笑みを浮かべてお礼を言った。その笑った顔の可愛さといったら、マイキーが原形をとどめずに溶けだしそうなくらいだった。朝から可愛いものを見てマイキーの鼓動が大きくなる。マイキーを見つめる武道の蒼く大きな瞳は、ふるふると揺らいで潤み、頬はさっと赤みがさしていて、武道にとって自分こそが、最推しであるという事実を見せつけられ、マイキーとしても悪い気分はしないけれども、武道は長い時間目を合わせてはくれないのだ‥マイキーはそれが不満だった。今もすっと目を伏せられてしまい、自分の姿を映した蒼い瞳が見えなくなって残念に思ってしまう。一瞬の幸福感だろうと、マイキーはもう一度顔を見せてと懇願したくなった。
「あ、もう行かなきゃ」
 武道はロビーの壁時計を見てそう言うと「マイキー君、失礼します!」と挨拶とお辞儀を同時にして、マイキーの前から去って行ってしまった。そして、先を歩く同期の千冬の後を追いかけて行った。武道の腕の中にマイキーが渡した紙袋が大事そうに抱かれているのが見えたから、あの紙袋になりたいとマイキーは思いつつ、愛しい武道の後姿を見送った。
 あまり会話が無くて残念に思ったが、自分の私服を嬉しそうに受け取ってくれた時の笑顔を見られたので、マイキーとしては満足感しかなく、浮かれる足取りで初期メンバー専用のラウンジに向かったのだった。
「またやったのかよ」
 いつの間にか横に来ていた場地が、ニヤニヤしながらマイキーを見る。
「自分だって千冬にやってるじゃん」
 ムッとして言い返すと「そりゃあ弟分だし」と、場地も言い返し「オレだってそうだし」と、マイキーも一歩も引かない構えで応酬する。
「でも、タケミっちは全然身に着けて来ないのな」
「え?」
「オマエの服も靴もアクセサリーもさ。結構やってるのにな」

 場地に言われて、初めてマイキーは表情を強張らせた。今まで武道に私物をあげる事に夢中で、その後、武道がマイキーの私物をどうしているかなんて、これっぽっちも考えた事が無かったのだ。あげたものをどう使うかなんて、気にしたら格好悪いというか、みみっちいというのもある。あげたものは、もう自分のものでは無いのだから、貰った相手が身に着けようが捨てようが、マイキーには関係がないというスタンスでいたのだ。だから「なんであげたのに使ってないの?」なんて、格好悪くて口が裂けても言えそうもなかった。それに、武道に限って、マイキーがあげた私物を捨てたり、誰かにあげたりするわけが無いという思い込みもあった。
「ほら、オマエとタケミっちは体格が一緒じゃん? それなのに、全然着てこないのはなんでかなって」
 確かに場地の言う通り、マイキーと武道は、身長も体重もほぼ同じだった。細かい事を言うと、身長はマイキーの方がやや小さく、体重はマイキーの方がやや重い。このやや重い部分は筋肉量の差だと、マイキーは固く信じていたりする。
 対して、千冬は場地より十センチ弱背が低い。けれども、千冬は場地に貰ったものをちゃんと身に着けているのが、振り返って遠目で見ても確認できた。千冬が着ている尻が半分隠れる大きめのTシャツには見覚えがあって、あれははじめて東京卍會がLAでレコーディングした時に、現地で場地が買ったものだった。他にも、千冬が右腕につけているシルバー製のトムウッドのスクエアブレスレットも、デビュー前から場地が愛用していた代物だ。それなのに、その横を歩く武道は、マイキーが上げたものを何一つ身に着けていなかった。足のサイズまで一緒だというのに、どういう事なのだろうと、今更ながらマイキーはショックを受けていた。自分の推しに私物を貰ったら、千冬みたいに嬉々として身に着けるものでは無いのか? という疑問が、マイキーの脳内に発生した瞬間だった。
 研究生は事務所からの給料が出ないので、実家が裕福でない限り総じて貧乏だった。そういう訳で、事務所の先輩からいらなくなったものを貰ったり、ご飯に連れて行って貰ったりして、何とか生活している者が多かった。千冬は実家から通っているから、食事と住居の部分は何の問題も無かったが、武道はボロアパートに一人暮らしで、食事もままならないらしいと、ドラケンと三ツ谷から聞かされていた。そんなこともあって、マイキーとしては、少しでも武道の生活が楽になるならと、せっせと私物を渡していたのだ。それなのに、どうして身に着けていないのか謎だった。武道が普段着用しているシャツもパンツも、笑えるくらいダサいのものだった。そのダサいところも含めて可愛いから何とも思っていなかったけれど、よくよく考えると自分の私物を頻繁に渡しているのに、なんでずっとダサいままなのだろうかと、マイキーはようやくおかしい事に気が付く事になった。
「‥って事があったんだけど、どうしてタケミっちは、オレの服を着てこないんだと思う、ケンチン?」
 はぁとため息をつきながら、ドラケンはマイキーを見た。マイキーの顔は真剣そのもので、ドラケンの返事を確実に待っていた。けれども、ドラケンだって、武道がマイキーの私物を身に着けて来ない理由なんて、これっぽっちも分からないのである。だから、マイキーに返事をしたくても、何の言葉も浮かんでこなかった。下手な事を言って、マイキーを暴走させるわけにもいかないしと、ドラケンは無意識に低い唸り声を上げていた。どうして、こうも次から次へと問題が出てくるのだろうと、まだレッスン前なのに家に帰りたくなった。
「もしかして、売ってんじゃね?」
 こういう余計な一言を発するのは一虎で、その言葉を真に受けるのはマイキーだった。
「は? オレの私物を売るわけないだろ? オレはタケミっちの最推しなんだよ?」
 自分で最推しって言ってるよと、ドラケンはマイキーが不憫に思えてきてしまった。他のメンバーのように、気楽に武道に絡めないストレスは、マイキーをおかしくさせているのかもしれない。
「でも、一度も身に着けて来ないんだろ?」
 ニヤニヤ笑いながらマイキーに更に追い打ちをかけようとする一虎は、絶対面白がっているだけだ。
「タケミっちはそんなことしないし!」
「満足に食えないくらい貧乏だったら売るでしょ?」

  一虎の意外と理論的な問いかけに、マイキーは返す言葉が無くなり黙り込んでしまった。
「分かった。二人共落ち着け。オレが聞いてくるから! それまで余計な詮索はするな! 分かったな?」
  結局、事態を収拾するのはドラケンしかいなかった。
「飯を食いに行こう」とドラケンが誘うと武道は餌を前にした犬のように喜んだ。
「何が食べたい?」と尋ねれば、涎を垂らしそうな顔で、食べたいものをあれこれ思い浮かべているようだった。武道は散々悩んで、チェーン店の定食屋に行きたいと言った。
その店は入り口からトレーを自分で持って、ショーケースの前の腰の高さの台に置き、レジまで続いている長いショーケースの中から好きな料理を選んでトレーに載せ進んで行くいくシステムだった。武道は目をキラキラさせて、少し進んでは料理を手に取っていた。
「あのドラケン君! おかずをもう一品取っても?」
「取れ取れ、好きなだけ取れ」
「マジですか? やった! じゃあ、豚汁と茶碗蒸しとおでんと串カツも食べても良いっスか?」
「良いぞ
 聞いているだけで胸焼けしそうなメニューだったが、ドラケンは了承した。武道は大喜びで、おかずやら副菜やらを欲望の限りトレーの上に載せていた。挙句の果てに、一つのトレーに載らなくなって、もう一度入り口近くに走って行き、トレーをもう一枚持ってくる始末だった。
一度には運べない大量の料理をレジに通し、奥まったボックス席に、ドラケンと武道は向かい合わせで座った。武道はちゃらんぽらんに見えて、後輩の心得はしっかりあるので、ドラケンの為に、セルフのおしぼりやお茶を用意して運んでくる気配りを見せた。そういうところがあるからドラケンもつい武道を可愛がってしまうのだが。
「いただきます」という言葉を合図に、飢えた野良犬のようにご飯を頬張る武道を眺めながら、例の話をどうやって切り出すべきかドラケンは悩んでいた。
 こんなに飢えるくらい貧乏なのだ。マイキーの服を売っている可能性はあった。だが、大好きな推しの服を他人に渡すわけが無いと思う自分もいる。しかし、この食べっぷりを見ると、前者ではないかと危惧してしまうのだ。もしそうだったら、自分はどう対応したら良いのか分からなくて、何を食べているか分からないくらいに悩ましかった。
そんなドラケンの苦悩など何も分かっていない武道は、本当に美味しそうにご飯を食べている。目が合うと「美味しいですね」と、これ以上ないくらい満面の笑みを無邪気に浮かべて来る。ドラケンはだんだん悩んでいる自分がバカらしくなってきた。遠回しに聞く相手でも無いんじゃね? と思ったのだ。
「なぁおまえさ、マイキーに貰った私物はどうしてんだ?」
 ドラケンは、食後のデザートを口いっぱいに頬張る武道にさらっと質問した。
「マイキー君の私物ですか? うちにありますけど?」
「そうなんだ
 それが何か? といった体で武道が答えたから、ドラケンは拍子抜けだ。
「見たいならオレの家に来ますか?」と、武道はにっこり笑って、ドラケンを自宅に誘った。その瞬間、強烈な殺気を首筋に感じた気がして、ドラケンは慌てて振り返った。店内は人もまばらで、店員が帰った客のテーブルの後片付けをしているのが見えた。気のせいかと思い、武道の提案に乗り自宅へ行く事となった。
 マイキーの私物が武道の家にあるというのなら、それを自分の目でしっかり確認しないと、この騒動は終わりそうも無いと思ったのだ。