桜霞
2022-10-01 16:47:25
22331文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

きっと、届くことのない声だとしても

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/05/16にpixivに投稿したものの再掲です。






 
 ナイトレイブンカレッジの空は、分厚い雲で覆われていた。灰色のそれは日差しを遮り、昼前だというのに辺りは少し薄暗かった。
 吐いた息は白く、鼻頭が少しだけ痛む。リンはクルーウェルの暴論で経費として落とされたアウターの前を掻き合わせ、ひいひい言いながらメインストリートを進んでいた。
 本日は休日なので、本来ならリンも休みのはずなのだが、彼女はいつも通りに出勤していた。先日、突発的に訪れたチェカ王子の案内に費やしたが故に遅れた作業を取り返しているのだ。今日はホグズミード(ナイトレイブンカレッジ版)なので、その手続き等もある。
 保護者から許可を貰えていない生徒は街に降りることができないのだ。違反する生徒がいないかどうかチェックするのも、リンの役目だった。
 メインストリートから、スタジアムの方へ向かう道へ逸れる。この辺りがリンの目的地だった。リンは、街に降りるユウ達と待ち合わせをしていた。
 歩道の脇にある運動場には箒がこれでもかと並べられていた。街へ降りるために生徒達が利用するので、学園から一時的に貸し出されているのだ。飛行術の成績によっては貸与許可が下りないので、この辺りはバルガスの管轄だった。
「あ、リンさん」
「おー、居た居た」
 こっちです、と手を振られて、リンはそれに手を振り返しながら駆け寄った。
「ごめんね、待たせた?」
「いま来たところですよ、お気になさらず」
 リンに声をかけたのはトレイである。傍らにはエースとデュースがカジュアルな格好で箒にもたれていた。ユウも、グリムを抱えて暖を取っている。
「リンさん、一緒に来んの? オレの後ろに乗る?」
「いや、私は仕事あっから」
 エースの誘いにまた今度ねと片目を瞑り、リンはユウに小さな財布を差し出した。
「ユウさん、これ、お小遣い」
「あ、わぁ、すみません、ありがとうございます!!」
「うわ、いーなー」
「大事に使います……!!」
「うむ、よきにはからえ」
 労働基準法も真っ青、南国へ休暇に赴いているらしい最低賃金という労働環境でリンがあくせく働いて稼ぎ、節約して貯めたうちの一部である。それをきちんと把握しているユウは、目を輝かせて手を伸ばすグリムから財布を遠ざけ、ははーっ、とリンに頭を下げた。グリムに渡してしまえばその瞬間が最後、リンの用意してくれたお金がすべてツナ缶に変わること間違い無しである。
「リンさん、オレもお小遣い欲しーなー」
「お前らにはちゃんとしたお給料支払ってくれる会社に務めてる親御さんの財布があるだろ」
「う……ゴメンなさい……
 暗に少ない稼ぎから捻出したのだと告げられて、エースは気まずそうに首を竦めた。ちらりと巡らせた視線の先では、言っていいことと悪いことがあるだろ、とトレイの顔が物語っている。エースにとっては無言の重圧が一番嫌だった。息が詰まる。
 トレイはリンに向き直った。
「すみません、リンさん。後できつく言っておくので」
「いや、こっちこそ。余裕が無くて情けないったら……。ま、何にせよ、湯水じゃねえのよ。きちんと考えて使いな」
「了解しました」
「はーい」
 リンの言葉に、エースは素直に返事した。リンは優しく微笑むと、よろしい、と大仰に頷いて、エースの頭をわしわしと掻き回した。
「それじゃ、行ってきます。ユウ、しっかり捕まっとけよ」
「はい!」
 トレイの声掛けに、エースとデュースも箒に跨った。グリムはユウの腕からデュースの方に移動していた。
「気をつけてな。トレイ、よろしく頼むよ」
「はい。それじゃ、また!」
 ユウの腕がしっかりと自分の胴に巻かれていることを確認し、トレイはいつもより少しだけ気合を入れて箒を操った。今日は自分以外の命を預かっているので、ほどほどに、と言っている場合ではない。
 ふわりふわり、安定した様子で箒が浮上する。風の流れを把握して、最後に地上のリンに手を振り、魔法士の卵たちは街へと箒の柄を向けた。
「いってらっしゃあい」
 リンの声が乾いた空気によく響く。四人と一匹の姿はあっという間に小さくなり、まっすぐ遠くへ消えて行った。
 
 
 
 
 
 ユウ達が降り立った街には、カレッジの生徒の影もちらほらと見受けられた。ユウの世界だと駐輪場の扱いになるだろう場所に箒を預け、ユウ達は人混みの中に進んで行った。
「箒に型番ってあるんですね」
「あぁ、さっきの預かり所のことか?」
 預ける際は自分の氏名、型番を店側に預けなければならない。店のスタッフが箒に括りつけ、所有者にも渡す整理券のようなもので、盗難や誤用事故を防いでいた。
「やっぱり箒ごとに性能が違うんですか? マジフト用にニンバスシリーズとかファイアボルトとか」
「うーん……? それ、箒の名前か? 俺は詳しくないから、聞いたことは無いな」
「あぁいえ、気にしないでください」
 困らせてすいません、とユウはトレイに謝った。トレイは何か聞きたそうにしていたが、結局は「そうか、それならいいんだが」と話を切り上げた。皆で行く予定にしていたアパレルショップがすぐ近くにまで迫っていたからだ。
「まずは、ユウの服だよな。お前、ひとりだけ制服だから、オレ等の中で浮きすぎだもん」
「ユウ、寒くないか? 大丈夫か?」
「うん、ちょっとだけ。でも大丈夫、グリムがあったかいから」
 エースとデュースにありがとうと礼を言っているうちに、四人と一匹はショップの扉を潜り抜けていた。
 ユウにとって既視感のあるアパレルショップのロゴは、ユウの世界では有名なスポーツ系のブランドだ。動きやすいトレーナーや機能性重視のシンプルな衣装を取り扱っている店である。それはこの世界でも変わらないらしく、男女どちらが身に着けても違和感の無いラインナップに、ユウはそっと安堵の息をついた。
「ここ、オレが好きな店なんだよね。あのアウターとか、超ロングセラーでめちゃくちゃあったかい」
「確かに、持ってる奴はよく見かけるな」
「学生証見せたら安くなるしさ」
「あ、それはありがたい」
 でも、とユウは眉根を寄せた。
「今日、いろいろ連れてってくれるって話だし……どうしよう。リンさんが教えてくれたモールの中の店? も気になるし……
「あー……確かに、予算があるしな」
 エースだけではなく、デュースもこの世界を知らないユウのために自分の知る限りでのリーズナブルな店を選んできたのだ。実際にこの街にあるかどうかはトレイが知っていたので、今日はある程度、訪れる店の順番を決めていた。
 どうしようか、と眉を寄せる三人に助け舟を出したのは、やはりトレイだった。
「デュースや俺が選んだ店よりも、この店の方が安いのは確かだ。ブレザーだけじゃ寒いだろうし、これならある程度、いろんな服に合わせられる。ひとまず、アウター一枚だけでもここで買ったらどうだ?」
「確かに……そうですね」
 頷いたユウは、そのまま足下に視線を落とした。薄汚れた革靴がくたびれた様子でそこにある。
……それなら、スニーカーもここで買おうかな……
「あぁ、これから結構歩くからな」
「え、大丈夫? ここの、結構高いぜ?」
……値段を見て決めます」
 グリムを一端デュースに預け、ユウはアウターやスニーカーを試した。声をかけてくれたスタッフが学生料金で結構お安くなるのを教えてくれたので、財布の中身と相談した結果、ユウは五芒星ではなく六芒星のマークが特徴的な歩きやすいスニーカーと暖かなアウターを購入、装備することになった。
 こんな調子で、ユウ達はいくつかのアパレルショップを梯子した。ユウが必要なものを予め決めていたのもあって、買い物は順調に進み、ユウはすっかり暖かな服装で街を歩くことができるようになっていた。
 少し遅めの昼食は、大型ショッピングモールのフードコートを利用することになった。ランチタイムのピークを過ぎていたので、時間を気にせずゆっくりだべることができる。
「あの店とあれとこの店のそれを合わせるとべらぼうに美味いんだよ」
「え、マジですか?」
「騙されんなよデュース!! それどう考えたって有り得ん組み合わせだぞ!!」
「えっ!?」
 慌ててデュースの腕を掴んだエースに、デュースは目を白黒させた。
「でも、クローバー先輩のおすすめだぞ!?」
「トレイがタルトの隠し味をオイスターソースだとか言う奴だってこと忘れてるんだゾ!!」
「それはそれ、これはこれだろ!?」
 デュースは縋るようにトレイを見やった。トレイはにっこりと笑っている。エースとグリムはいつになく真剣だった。訳が分からなくなったデュースは、必死の形相でユウに助けを求めた。
「ユウ、僕はどっちを信じれば!?」
「どう考えたってトレイ先輩」
「だよな!!」
「やめろォ!!」
 即答したユウに、デュースはぱっと表情を明るくさせ、エースはくわりと牙を剥いた。グリムも必死でデュースの腕に縋っている。
 一頻りにこにこと笑って後輩たちのやり取りを楽しんだトレイは、「ま、冒険には違いないだろうな」とトドメの一言を放り投げた。
……!」
 それだけでトレイが自分を騙そうとしていたことを悟ったデュースが愕然と体を強張らせる。エースとグリムは、ほらやっぱりな、と言わんばかりに半眼になった。
「まったく、食材と料理人さんへの冒涜ですよ、先輩」
「はは、飲食店の息子をしてると、そこらへんがあやふやでな」
 まったく悪びれずにトレイが踵を返す。ユウもそれに続いた。デュースはどこか信じられないような気持ちでようやく一歩を踏み出した。元気出せよ、それはそれとして止めてやったんだから礼としてなんか奢れよ、とエースはデュースの肩に、グリムは向う脛に、ぽん、と手を置いた。
 代わる代わる荷物番をしながらそれぞれで昼食を調達し、一同はようやく腰を落ち着けた。ちなみに、ユウが選んだのはラーメンらしきものだ。看板を見た瞬間に買うしかない、と即決した。この世界ではラーミーと言うらしい。
 トレイは大きなサブウェイをいくつか、デュースとエースは同じ店で違う定食を頼んだようだった。グリムは炒飯をがつがつと勢いよく食べている。
「この後、どうする?」
「先に荷物を購買部に送ろう」
「え、そんなこと出来るんですか」
「あぁ、今日みたいな日は特別にな」
 満足に箒に乗ることができない生徒達のために、送迎バスが用意されているのだ。定期的にピストン運航を行っているが、利用するには勿論マドルが必要だ。
 しかし、購買部に荷物を送るだけなら無料で利用できる。確かにこの量の紙袋を箒にぶら下げるのは不安だな、と一年生たちはトレイの提案を飲むことにした。
「そういえば、配布されたプリントにそういうことが書いてあったような気が……
「へー、よく覚えてんね」
「フッ、優等生だからな」
「自分で言ってちゃ世話ないんだゾ」
「なんだと?」
「まぁまぁ」
 ユウはスープを堪能しながらデュースを宥めた。
「午前中は付き合ってもらったしさ、午後は付き合うよ。トレイ先輩も、何かあれば手伝いますので」
「あぁ……ま、今日は気にするなよ。また今度でいいさ」
「トレイ先輩、やっさしー!」
 エースが囃し立てる。ユウは思わず目を据わらせた。
「じゃあさ、ちょっと頼まれてほしいんだけど。女の人が喜びそうなアイテム? みたいなの、選んでよ」
「え?」
 エースがあまりにもまっすぐにこちらを見つめてくるので、ユウは少しだけ狼狽えた。デュースは驚愕に目を見開いている。
「まさか、お前……!!」
「ほーう?」
 トレイが意地悪く目を細め、口端を吊り上げる。ユウとグリムはわざとらしく口元を手で覆った。
 
 ───もしかして、彼女への。
 
 副音声を拾ったエースは、焦燥に顔を歪めると、「ちげーって!!」と潜められた大声を上げた。
「リンさんと実家へのお土産!! かーちゃんになんか持ってけって兄貴がうるせえんだよ!!」
「あぁ、なんだ、そうだったのか。危うく右ストレートで祝ってやるところだった」
「物騒だな!?」
「気をつけろよ、これが最後の晩餐になったかもしれないぞ」
「トレイ先輩まで!?」
 真面目な話っすよ!? とエースが言い募る。ユウはなーんだつまんね、という言葉を最後の麺と共に咀嚼して呑み込んだ。
「確かに、リンさんや実家へのお土産を探すのもいいな。リンさんへのお土産は割り勘するか? その方がいいものを買えそうだ」
「ま、それもそっか。つーわけで、よろしくな、ユウ」
「いいけど……、なんで私なの?」
 店員さんとかの方が余程いいアドバイスをくれそうなものだ。水で口の中を潤しながら小首を傾げたユウに、エースはぱちくりと目を瞬かせた。
「だって、こういうのは同性からのアドバイスの方が信憑性あるじゃん」
……え?」
「え?」
 その場の空気がぴしりと固まる。ユウはうっかり、手にしていたコップを取り落とすところだった。
 え、だって、とエースは至極なんでもないように続けた。
「ユウって、女だよな?」
「、」
 ユウは、咄嗟に言葉を失った。