桜霞
2022-10-01 16:47:25
22331文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

きっと、届くことのない声だとしても

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/05/16にpixivに投稿したものの再掲です。






 
「───では、これで契約は完了です」
 書類を確認した上司───アズールが穏やかに微笑む。ユウは静かにペンを置いた。
「これからお世話になります」
「こちらこそ。さて、今日はこれでおしまいです。具体的な研修などはホリデーに入ってからにしましょう」
 アズールの言葉に、ユウは驚いた。
「ご実家に帰省されないんですか?」
 ナイトレイブンカレッジは数日と経たないうちに年末年始のウィンターホリデーを迎える。ほとんどの生徒は実家に帰省し、年始の祝いを家族と共に過ごすのだ。
 アズール達もそうなのだろうと思っていたユウに、当の本人はどこか面倒そうに言った。
「えぇ、まぁ。この時期、ウチの近くは流氷が全てを覆ってしまいますので……鏡を使った後の移動が面倒なんですよ」
「それは……
 生徒達は、実家へ帰省するために闇の鏡を利用する。どこそこへ行きたいと告げれば闇の鏡にかけられた空間転移魔法が発動し、望む場所まで数歩で辿り着けるようになっているのだ。
 しかし、この時期に家の真ん前まで行けるのは、奨学金を利用しているような生徒や、実家に空間転移魔法のかけられた鏡を持つ富裕層の生徒だけだった。他の生徒は各国主要都市までしか『道』が繋がらず、そこから各自宅までは各々の交通手段を使わなければならない。
 闇の鏡を利用したい生徒が多すぎるが故に、一々対応していてはウィンターホリデーが終わってしまう。そのために取られた措置だった。
 アズールは何とも言えないといったユウの表情をちらりと見やって、何でもない風にして言った。
「代わりに、春休みを利用する予定なんです」
「あぁ、そうなんですか」
「ユウさんは……オンボロ寮ですか」
「はい」
 元の世界に帰るための方法は未だ見つかっていない。事ある毎に同居人にして同郷のリンが学園長のクロウリーを急かしているらしいが、めぼしい情報は得られていないのが現状だ。
「この間、帰省先を記入するプリントが配られたじゃないですか。私、提出しなくていいかな、と思ってたらそんなことなくて。クルーウェル先生に怒られちゃいました」
「おや、それは頂けませんねぇ」
 アズールはわざとらしく意地悪い顔を作った。
「我がモストロ・ラウンジからそのような不届き者が出てしまう事態は避けたい。これからは十分、お気を付け願いますよ」
「はあい」
 ユウは大仰に首を竦めて見せた。そして、どちらからともなくふふ、と忍び笑いを零す。アズールに促されて立ち上がり、ユウはVIPルームを後にした。
「お、小エビちゃんじゃん。アズールとのお話、終わったの?」
 カウンターから声をかけてきたのはフロイドだった。長い脚でひょいひょいと進み、あっという間にユウ達との距離がほとんどなくなってしまう。
 二メートル近い巨体にぬっと迫られればユウとて良い心地はしない。それでもこれからはここで働くのだから、慣れねばなるまい。不自然に脈打つ心臓を一呼吸で抑えつけて、ユウは少しだけ仰け反りながら努めて平静を装った。
「はい。今度からお世話になります」
 フロイドはにこにこ機嫌良さそうに笑っていた。
「うんうん、いいよぉ〜新人の教育はオレの担当だから♡ つーわけで、新人ちゃんに謝礼としてなんか飯作ってきてって言っといてね」
 フロイドは人に独特なあだ名をつけて呼ぶ。ほとんどが魚介類だが、リンのあだ名は新人ちゃんで落ち着いたようだった。
「新人ちゃん……リンさんの事ですか?」
 小首を傾げるユウに、フロイドは上機嫌で頷いた。
「そ! こないだのカレーめっちゃくちゃ美味かったからさぁ〜また食べてえなぁ〜と思って」
 フロイドが言っているのは、リンのまごころがこめられたリザードン級のなんちゃってアップルカレーのことだ。
 ユウが野菜にきのみの名前をつけ、リンが指で作ったハートに息を吹きかけて鍋に加えるといった民俗学的概念を付与して作った結果、ドン、という爆発音と共に鍋に光の柱が立った。出来上がったカレーはあますぎずからすぎず、とんでもない美味しさになった。正しくリザードン級である。
 本当はレオナやラギー、ジャック、遊びに来ていたチェカにユウやエース、デュース、グリム、そして作り手のユウ、という面子でカレーを楽しんでいたのだが、恐れるものなど何も無いフロイドは「うまそーな匂いとおもしれー面子だ~」というフッ軽さでユウ達のテーブルに割り込んだ。ちょっとした在庫処分的な意味合いでカレーを作ったリンは、チェカと共に、フロイドのみならず、アズールやジェイドにも気前よくカレーを分け与えた。そこでフロイドはすっかりリンのカレーに胃袋を掴まれたらしかった。
 ユウはきゅ、と口を窄めた。
……だめです」
「は?」
「だめです」
 フロイドの口角がすとんと下がる。キュウ、と細くなる瞳孔に、ユウは息が詰まりそうになったが、なんとか口を動かした。
「リンさんのご飯を食べたかったら、それ相応の働きが必要です。私のバイトのことにリンさんは関わってないので筋が通りません」
…………………………
 フロイドは沈黙した。ただじっと黙ってユウのことを見下ろしている。ユウは負けじと真っ向からその視線を受け止めた。
 
 ───きっと、「オレが食べたいって言ってんじゃん。ぎゅ~って、絞めちゃうよ?」と脅してくるんだろうな。
 
 それぐらい、フロイドは自分の気分に対してとても正直だ。でも、せめて、それまでは負けない、とユウは己を奮い立たせた。
 だって、リンがユウとグリムに作ってくれる食事は、節約のための自炊なのだ。本当なら、リンだって学食で済むものならそう済ませたいはずである。家事というのは実に面倒くさい。
 そしてリンが用意する食事は、ユウ達が慣れ親しんだ和食、故郷の味だ。異郷の地で、せめてもの癒しとしてリンが用意した、せめてもの心配り。それをきちんと分かっているからこそ、ユウはほいほいリンにたかろうとする学生たちが嫌だった。
 
 ───ここまで来たら、絞められても折れたくないけれど。もはや意地だ。
 
 互いに目をそらさず、じっと見つめ合うこと、どれくらいだったろうか。ユウにとっては数分以上にも感じられる長い時間だったが、実質そうでもないのだろう。アズールが、はぁやれやれと肩を竦めた。
 ここまで来たら、いつ爆発するか知れないフロイドを放っておくよりも今この自分がコントロールできる状態で刺激を与えた方がいいかもしれない。
 ホールを見ていたジェイドもこちらを窺っているのは分かっている。彼は面白そうなものを見る目でこちらを注視していた。
 空恐ろしい双眸でユウを睥睨するフロイドに、ユウはきっと眦を吊り上げた。「おやおや」と口角を上げながらその様子を見守っていたジェイドは、カーン!! と気持ちよくゴングを鳴らしたかった。どこかにそれらしきものは無いかと探したが、結局は呼び出しのベルしか見つからなかった。
……レオナ先輩だって、タダでたかりに来るなんてことはしませんよ」
 いつまで経っても変化の兆しが見えない膠着状態に、先手を打ったのはユウだった。フロイドの片眉が跳ね上がる。あのトドが、という文字がその顔に浮かび上がるようだった。
 ユウはここぞとばかりに畳みかけた。
「願いを叶えるには須らく対価が必要ですよね。過不足なく……ずるはだめです。オンボロ寮 うちでは特に」
……
 堂々と言うユウに、フロイドはとうとう閉口した。
 ユウは監督生だ。たとえ寮生が一人しかいなくても、組織のトップを預かる人物である。対するフロイドはただの生徒で、学生に与えられている生徒間の権力や権限を鑑みれば、フロイドはユウに対して強くは出られなかった。
 腕力や魔法で物を言わせれば、フロイドにとって、そういうしがらみはすべて無に帰すのだが。
 かと言って、この時のフロイドは、なんとなく、ぎゅっと絞めるだとか、脅すだとか、そういう気分にはなれなかった。自分の胸辺りまでしか上背の無い可愛らしい顔つきの小エビが一生懸命こちらを見上げている光景は、どこかフロイドを落ち着かなくさせた。
 結局、フロイドは唇をむいっと尖らせた。

………………なにすればいーの」

 それは、ユウでなければ聞き取れないような小声だった。しかもとんでもない早口だった。それでも、どこか拗ねた様子の、不満げな表情が何故だか少し可愛らしくて、ユウは小さく相好を崩した。
「お皿洗いとか、下拵えのお手伝いとか。私はお風呂掃除とか片付けとかをやってますよ」
「、」
 ユウの答えに、フロイドは拍子抜けした。払うもん払えとかそういう話かと思いきや、なんてことは無い、ただのお手伝いである。そう言えば、先のカレーのときなど、カレーを消費することこそが手伝いだとても言いたげな雰囲気だったような気がしてきた。
 ユウはにこにこやわこく微笑んでいる。邪気の無い、純朴なそれに、フロイドはどこか毒気が抜かれたような気分になった。
 首の裏をさすり、むつかしそうに眉間に皺を寄せ、視線をさまよわせ。ウウン、と唸って、フロイドは「わかった」とぼそぼそ響かない声で返した。
「ありがとうございます」
 ユウが丁寧に返す。ジェイドとフロイドは、「おぉ」と感嘆した。フロイドがアズールやジェイド以外の言う事を大人しく聞いたのだ。そう言う気分だっただけかもしれないが、これは大きな収穫である。
 気まずそうなフロイドに、リンさんに伝えておきますねと言おうとして、ふと、ユウはくすりと笑みを深めた。
「ぁに」
 フロイドは反射的に硬い声音でそう吐き出した。自分を馬鹿にする忍び笑いではないだろうけど、どうしてか気になったのだ。刺々しい感触が無い事に気付いていたユウは、くすくすと笑うのをやめなかった。
「リンさん、心配性なので。オンボロ寮まで送って頂くだけで、ご飯、ご馳走しそうだなって。あ、いや、分かんないですけど」
「ふーん……
 フロイドはどこか上の空で答えた。何か思案しているらしかったが、ユウには分からなかった。
 確かに、それぐらいしてくれそうだな、と二人のやりとりを聞いて居たアズールは思った。サムの店で買い叩いた食品のほとんどを、その日のうちに皆へ分け与えてしまうようなひとだ。いくらリン達だけでは消費しきれないとは言え、これからの季節、別に備蓄が難しくなるわけではない。冷蔵庫に限界はあるだろうが、空き部屋の温度も天然の冷蔵庫と化すくらい、ナイトレイブンカレッジの冬は冷える。
「じゃあ、ご飯食べたいときは、私か、リンさんに直接言ってくださいね」
「はぁーい」
 フロイドの返事に重なるように、からんころん、とドアが鳴る。
「おや、これはこれは。いらっしゃいませ」
「おう、ちょっと邪魔するんだゾ」
 ジェイドに恭しく出迎えられたのはユウと二人で一組の生徒という扱いをされているモンスター、グリムだった。グリムは「今日は客じゃないんだゾ」とジェイドの案内を断った。
「ユウ、そろそろ時間だゾ。オレ様が迎えに来てやったんだゾ!」
「あ、はーい!」
「ご予定がおありでしたか」
 アズールが瞬く。ユウは「はい、」と頷いた。
「エース達と街に行くんです。いろいろ案内してくれるみたいで」
 ついでに、服とかも調達しようかと……、と小さな声で付け足したユウに、アズールは「そう言えば今日は街に降りることのできる日だったな」と今更ながらに思い返した。
 ナイトレイブンカレッジのお膝元には小さくはない街がある。カレッジからは魔導車でニ十分程度、箒でなら飛ばせば十五分かかるかどうかといった距離だ。カレッジの生徒は、数ヶ月に一度、この街に出かけることのできる日が設けられていた。祝日扱いなので、大抵は部活動や翌平日のテスト対策、課題消化に当てられてしまうのだが、それはご愛嬌というやつである。
 この日のために、ユウ達は頑張ってこつこつと日々の学業に勤しんだのだった。
「皆さんみたいに、寮服とか、自分達で作ろうかなって話してたところなんです。ホリデーに入るし、時間もあるので。ね、グリム」
「おう!」
「それは……えぇ、いいアイディアかと」
 異世界から身包みさえこの世界の物に変えられてしまったユウは、私服などを持っていない。支給された二組の運動着のうち、一組は寝間着兼部屋着だし、他には制服と式典服しか無い状況だった。
 流石に同情を禁じ得ない。アズールはリップサービスよりも心持ち重く、ユウに言葉をかけた。
「宜しければご協力致しますよ」
「ありがとうございます。それじゃあ、また。失礼します」
「良い一日を」
「皆さんも」
 にこやかに微笑んで、グリムをその腕に抱えたユウは、身軽にひらりと駆けて行った。波間に消えていく人魚のように、ユウの姿が店の外へ掻き消える。
……小エビちゃんてさぁ」
「はい」
 ユウの姿が見えなくなって、フロイドはどこか思案しながら言葉を紡いだ。
「ムカつくんだか、面白いんだか……分っかんねー……
 きも、とフロイドの顔が歪む。「おやおや」ユウを見送ったジェイドが、仕方ないように苦笑しながら戻ってきた。
「え、そう思わね? めちゃめちゃ分からんくね?」
 ジェイドはにこにこ微笑んだまま答えない。あ、これまともに取り合ってくれないやつだと生まれてからの付き合いで悟ったフロイドは「アズールは? そう思わん?」と幼馴染に矛先を向けた。
 ええ、とアズールは少しだけ答えたくなさそうな顔をしたが、結局は眼鏡を押し上げながら口を開いた。
……少なくとも、清濁併せ呑むことに関しては僕以上でしょう」
「せーだく?」
「それは……どうしてそう思ったんです?」
 ジェイドが物珍しそうに眼を丸くする。アズールは小さくもにょりと口をまごつかせた。
……
 
 ───アズール先輩は、魔法よりもすごい力を持ってると思います。というか、そこだけは認めざるを得ないと言うか
 
 ───努力って、魔法より、習得するのが難しいと思うんですよ。だから……まぁ……そこだけ。そこだけです
 
 ───それだけでここまで来るんですから、大したもんです
 
 脳裏に明滅するのは、アズール自身がオーバーブロットして暴走してしまった後、皆で珊瑚の海のアトランティカ博物館に赴いたときのことだ。
 自分の過去の姿が映っている写真をすべて廃棄すれば、愚図でのろまなタコ野郎とは縁を切り離せる。自身の過去であるにも関わらずそう考えていたアズールは、今回の騒ぎで、目を逸らしたい過去と地続きの現在を生きなければならないことを突き付けられた。それに耐えきれなかったが故に、暴走した。そして、リンを巻き込んだ。
……僕は、ユウさんの大切な人を、傷付けたんです。本来なら、怨嗟に染まっていてもいいはずだ。かつての僕のように……
 自分を愚図でノロマなタコ野郎と嘲っていた人魚達を心底から疎い、恨み、復讐の炎に燃えたアズールのように。
 けれどもユウは、アズールのことを、「仇」というだけでは終わらせなかった。
……ユウさんは、僕に対して普通に接してくれています」
 確かに、リンを巻き込んだ事については未だ許す姿勢を見せないでいるが、それと同時に「アズールが誇るべき一面が彼にはある」と認め、アズールが厭う自身の過去が故にここまで突っ走ったことを「大したものだ」と評したのだ。それは決して嫌味ではなく、純粋な賞賛だった。
 ユウは、アズールがやり過ぎたことを批判こそすれ、決して貶さなかったのだ。
 アズールは柔和に苦笑した。
「先程、『まさかここで働きたいと言い出すとは思わなかった』という話をしたんですよ。そうしたら彼女、なんて言ったと思います?」
 
 ───リンさんが気にしてないことを私が気にしても仕方ないです。リンさんが嫌がりますし。
 
 ───仕事に私情は持ち込みません。
 
 ───私は先輩が暴走しちゃってリンさんを巻き込んだことに怒ったのであって、先輩自身のことはそこまで嫌ってないです。寧ろ尊敬してますよ。
 
 淡々と、まっすぐに。ユウは、アズールの視線を、その双眸で捉えて離さなかった。
「へぇ……監督生さんが、そんなことを」
「僕の完敗です。悪党としても、そうでない部分でも、今のところ、僕は彼女に及びません」
「すっげ」
 オレ、ジェイドとかアズールがオレの知らねえところで変なことに巻き込まれたって考えたらそれだけでオバブロする自信しかねえよ、とフロイドはなんでもない事のようにぼやいた。
 そして、「ん?」はた、と動きを止める。
……え? まって。……いま、アズール……カノジョって言った?」