mishiadd
2025-01-26 16:24:37
23262文字
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汝の神は嫉妬深い神である

【鵠と月夜展示品】FGO軸、剣伊。至上命令を失ってもはや「ごく普通のお隣の善良なお兄さん」でしかないカルデアの宮本伊織くんを神霊ヤマトタケルが恐ろしい日本の神様仕草丸出しで寵愛するのでそんなん耐えられるわけがない悲惨な話(藤丸立香一人称)


四、

タケルを――神霊『ヤマトタケル』を、止めなければならない。



それはきっと、マスターとして自分が為さなければならないことだった。たとえまたあの神気に当てられて、この口を塞がれようとも――たとえ縫い留められた唇から血を噴き出したとしても、自分は彼に対峙して、彼を止めなければならない。

そして、それと同時に――伊織を、保護しなければならない。







タケルが食堂にいるのを確かめたあと、足早に長屋へと向かう。タケルの気配がないことを今一度確かめてから、引き戸を叩いた。「伊織、いる?」と小声で尋ねると、ややってから「――マスター?」と掠れた声が聞こえてきた。

「伊織、遅くなってごめん。……本当は、もっともっと早い段階で介入すべきだったんだ。自分がどうすべきかもたもた思い悩んでいるうちに、こんなことになってしまって――

言い訳を言い募っている暇はないと思い直し、言った。

「伊織、出てきてくれる? これからあなたを管制室に匿う。――そうしたら、自分がタケルと話をつけるから。話して理解してもらえるかどうかはわからないけれど、とにかくもうこれ以上、伊織ひとりで堪えさせたりはしない。もう、伊織をひとりにはしない。――だから、出てきて。自分が一緒に――カルデアが伊織と一緒に、『ヤマトタケルかみ』と向き合うから」

しばしの沈黙が落ちる。――やがて、かたん、と引き戸が開いて――伊織が、姿を現した。

その姿を目にして――呼吸が、止まった。

「い、おり」

いつも通りに清潔に、身綺麗に整えられた身なり。後頭部の高いところで結わえられた髷。その、ふわふわと豊かな栗毛の癖毛。――その髪が、半分以上白く染まっているのを見る。

「伊織。――その髪。……どうしたの?」
……え?」

何を指摘されているのかわからなかったらしい伊織に、自分の手鏡を差し出す。恐る恐るそれを覗き込んだ伊織の、月夜色をした瞳が――大きく見開かれた。
己の容姿が変化してしまっていることに慄いているわけではない。それが、その変容が意味するところ――理解してしまったからこその、恐怖

「あ、ああ、――あ」

結い上げた髷を解き、両手で乱暴に搔き乱す。視界に落ちてきた柔らかな癖毛の先から中腹までがすっかり白く染まってしまっているのを目撃し――伊織が、大きな両手で顔を覆った。

「伊織」
「もう、逃げられない。――俺はあいつから逃げられない

長い指の間から、伊織の月夜色の瞳が覗く。恐怖に、絶望に、底光りしてぎらついている。

「否――俺は逃げられるなどと思っていたのだろうか? そもそも――。あのの手のうちから、俺ごときが逃げ切れるとでも? 逃げる努力もろくにできなかったのに」
「い、伊織、しっかりして。――その髪は」
あいつの髪だ。神気を帯びたあいつの髪と同じだ。――あいつが、毎日毎晩、狂ったように俺の中に注ぐから。――こうやって、あいつは内側から俺を変容させてしまうつもりなのだ。蜘蛛が、捕らえた獲物の体内に消化液を注入して、内側から融かして喰らうように――
「伊織、伊織、落ち着いて。もう大丈夫だから。そうならないために、自分は来た」

伊織が自分を見る。伊織の目を真っ直ぐに見返して、力強く頷いてやる。すると――憔悴しきった彼の双眸に、わずかに以前のような光が戻ったように見えた。

「マスター。――そう、そうだ。そうだな。おまえが来てくれた」
「自分だけじゃない。タケルと伊織の間の問題は、カルデア全体の問題だよ。――皆で、解決しよう。大丈夫だよ、きっとなんとかなる」
……マスター」

伊織の端正な顔にようやく笑みが戻る。彼の柔らかな表情を見るのは一体いつぶりだろうなどと思い――不意に、背筋が冷たくなるのを感じた。



「リツカ。こんなところで一体何をしているのだ?」



その無邪気な声に――全身が凍り付く。

振り返れば、タケルがそこに立っていた。――伊織を背後に庇うようにして、彼と対峙する。

……タケル」
「イオリの髪を見に来てやったのか? 別段そういうつもりではなかったのだがな、私の注いだもので充分に体が満たされたのか、私に組み敷かれているときに勝手に色が変わったのだ。健気で愛いであろう?」
――もう、やめよう」

「うん?」とタケルが首を傾げる。とぼけているわけではない。きっと、本気で何を咎められているのかまったく理解していないのだ。

「前にも言ったよね。タケルも伊織も自分の大切な仲間だって。――伊織は、タケルのものではないよ。誰も、誰のものでもないよ」
「? ――リツカ。イオリは私のものだ。私もイオリのものだ。私とイオリがここに来る前からずっとそうだったのだ。きみも、カルデアも、それに関して何を言える立場にもないだろう? きみたちは無関係なのだから

意趣返しのようにそう言い、タケルがこちらの肩越しに背後にいる伊織を見遣る。ふ、と満足げに目を細め――こちらに再び目を向けて、言った。

「だがまあ――我らがここにいる限り、きみはそう言わざるを得ないのだろう。それに、ここにいる限り、どれ程私が念入りに言いつけたところで、イオリは結局このように私以外に目移りしては不貞にもあちこちに気を散らしてしまうし――このあたりが頃合いなのかもしれぬ。ちょうどよく――髪に滲み出るほど、はイオリの体のすみずみまで行き渡り、よく浸ったようだし。……本当に、その髪は大層愛いな? イオリ」
「何――何? なんの話? タケル」

不穏な物言いに背筋に冷たいものが伝う。自分の背後の伊織が、「ぁ、」と脅えた声を漏らすのを聞いた。

「タケル。――何をしようとしているのかわからないけど、だめだよ。伊織は――怖がってる。そんなふうに誰かを扱うのは、ダメだ」
人は神を恐れるものだ。それはもう致し方のないことなのだ、リツカ。――愛いな、イオリ。きみは実に愛い。私は永劫にきみを見捨てることはない。きみに飽きることはない。私という神と共に人の身のきみが永久の時を過ごすとも――なにひとつ不安に思うことはないのだ、イオリ。未来永劫、私はきみを寵愛し続けよう」

まるで自分の存在などこの場にいないかのように、タケルが甘い言葉で――甘い声で、うっとりとした睦言のような囁きで、伊織に優しく語りかけ続けている。彼に背を向けている自分には、伊織が一体どんな顔をしているのかなどわからない。ただ――

「イオリ。――イオリ。これがこの私の愛。これが神の愛……今きみと共にここにいる、こうなってしまった私がきみに差し出せる愛は、もはやこれしかないのだ。……受け取って。イオリ」



そう懇願したタケルの可憐な顔が――まるで、胸を焦がす愛しさをどうしていいかわからずに泣いている、幼い子供のように見えて。



背後で、伊織が何を言ったのかわからない。どんな仕草をしたのかもわからない。あるいは、何もしなかったのかもしれない。微動だにもしなかったのかもしれない。
ただ、自分の視界に見えたのは――ぱっと花の咲いたような、華やかなタケルの笑顔だけだった。

「ああ、イオリ。――そうだとも。こう、往こう。きみを連れていこう。私と共に往こう、イオリ」
「待って――待って! タケル、一体なんの話? 伊織をどこに連れていくって?」

「フフフ!」と楽しげに笑い続けるタケルに、同じ言葉を悲鳴のように繰り返す。

「伊織を――伊織をどこに連れていくって――タケル、答えて! 一体どこにいくつもり!?」
「私はどこにも行かないぞ? リツカ」

けろりとした顔で、タケルが言った。

一体なんの話だ? 私はどこにも行かない。私は退去しない限り普通にずっとここにいるつもりだぞ、リツカ」
――え?」

疑問符で頭の中がいっぱいになる。――え? だって、たった今、タケルが――

「んー」と両のこめかみに人差し指を当てて、タケルが軽く首を傾げてみせる。それから、あっさりと言った。

「それに、その『イオリ』って。―― 一体誰のことだ?」
「え?」

「うーん?」と愛らしく頭を左右に揺らすタケルの口許にうっすらと笑みが浮かんでいるのが見える。何かがおかしいと――絶対に何かがおかしいということだけはわかっている。

なのに、何がおかしいのかがわからない

「リツカ、顔色が悪い。少し休んだ方がいいのではないか?」と気遣わしげにタケルに促され、管制室に戻る。

顔を出すと、あらかじめ相談して話をつけていた職員がいたので、「そうだ、報告しなければ」と思い立ち――何を報告するんだっけ?

「藤丸」と声を掛けられたので、「ごめん、えっと」と口篭もり――靄のかかった頭の中で、なんとか言葉を絞り出す。「ごめん、失敗した。伊織を連れてこられなかった」。
それを聞いた職員たちが目を丸くして――言った。

「えーっと、ごめん、何の話だっけ。なんかそういう話があったんだっけ? 誰かをここに連れてくるって話?」
「あれ? ――えっと……
「それにさ」

ぽり、と困ったような顔をした職員のひとりが頭を掻いて、苦笑する。

「『伊織』って誰だっけ。――どこかの部署の職員?」

あれ? と思う。――あれ?

遠くに神の哄笑のような雷鳴が轟いたような気がしたのは、きっと自分の幻聴なのだと思いながら――その場に立ち竦んで、首を傾げた。










伊織って――誰だったっけ。










汝の神は嫉妬深い神である・了