mishiadd
2025-01-26 16:24:37
23262文字
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汝の神は嫉妬深い神である

【鵠と月夜展示品】FGO軸、剣伊。至上命令を失ってもはや「ごく普通のお隣の善良なお兄さん」でしかないカルデアの宮本伊織くんを神霊ヤマトタケルが恐ろしい日本の神様仕草丸出しで寵愛するのでそんなん耐えられるわけがない悲惨な話(藤丸立香一人称)


二、

しばらく姿を見せていなかった伊織が食堂にいるらしい――と聞いて、足早にそちらへと赴いた。
見渡すと、食堂の隅の方でひとりで座っている伊織の姿を見つける。が一緒にいないのは珍しいな、とは思いながらも、伊織から話を聞き出すのにはいてくれない方が助かる。

「伊織」と声を掛けながら隣の椅子を引いて座る。ワンテンポ遅れて、「……あ、マスター」とこちらを見る伊織の声が、記憶にあるよりもどこか弱々しい。

「伊織。……その、大丈夫?」
――――

どこかよそよそしく目を逸らした伊織に更に言い募ろうとしたところで、彼の左手に気付く。――白い手拭いが捲かれていた。

「それ、どうしたの?」

尋ねると、はっとしたように咄嗟に左手を右手で覆って庇う。それからこちらの視界から逃れるように、左手をテーブルの下に隠した。
とはいえ視線をはずせずにいると、やがてぽつりと「……なんでもない。大丈夫だ」と伊織が言った。

「そう。……なら、いいんだけど」
「気遣い痛み入る。かたじけない、マスター」
「ううん。――あの、それで、伊織。――タケルとは――

声を潜めて言いさした自分の声を掻き消すように「うわわ」という慌てた声がする。伊織と共にそちらを見遣ると、キャスターの数人がこちらを盗み見ていたようだった。目が合ったことで慌てて目を逸らされ、まるで何事もなかったかのように取り繕われてしまう。
「うん?」と首を傾げたものの、それ以上の追及は諦めて、改めて今一度伊織に向き直った。

「それでね、伊織。……タケルとは、あれから大丈夫なのかな」
……ああ……

生返事と共に、明らかに浮かない顔をしている。「伊織?」と尋ねると、おずおずと口を開いた。

「名前を――書いているのだと言っていた。自分のものに
…………?」
「そうやって印をつけておけば――他の誰にも盗られないし、俺も自分が誰のものなのか忘れないだろう、と」
……伊織? 全然、話が見えない……

いつの間にかざわめきが増していた食堂の中で、先程とは違う方角から「あわわ」と別の声が聞こえる。見遣ると、神性持ちのサーヴァント達が慌てた様子でこちらを遠巻きに見ていた。
さすがに気になって、「ごめん、どうしたの?」と声を掛ける。彼女たちは気まずそうに互いに顔を見合わせたあと、言いにくそうに――声を潜めて言ってくれた。

「ごめんなさい、ちょっと――露骨すぎてびっくりしてしまって。……その、漏れてます
「うん?」
「そちらの――マスターのお連れの、方。……こんなこと言ってごめんなさい、多分その――マスターではない、恐らく神性のあるサーヴァントのどなたかから――受けましたよね、魔力供給。多分、注がれた分、お体に収まりきれてなくて――
「霊基が――多分、器の大きさが合ってないんだと思います。溢れちゃってます

「うん、」と言葉の意味の半分も把握できずに生返事をする自分の横で、がたたんと音がする。思わず席から立ちあがった様子の伊織が――ひどく蒼褪めた顔で、彼女たちを見ていた。

「伊、織。――大丈夫? あの―― 一体なんの話かな、魔力供給って」
――――

絶望したようにくっきりとした重い二重瞼の目を瞠り、焦点の合わない月夜の瞳をゆらゆらと彷徨わせる。やがて、伊織がこちらを見た。ぐるぐると白い手拭いの捲かれた左手を、鬱血してしまいそうな程にぎゅっと右手で強く握り込む。
生真面目な顔をした神性持ちのキャスターが、苦言を呈するように言った。

「その魔力供給、継続的に受けてますよね。まったく、自分で注いだものが貴方の器に収まりきってないことくらいわかってるでしょうに、何度も何度もしつこく――これでは近いうちに貴方が壊れてしまいます。受け止めきれずに破裂してしまう」
「? ――マスター? その方の左手、どうしました?」

別のサーヴァントが目敏く見つけ、伊織が何かを言える前に、キャスターがつかつかと近づいてきて彼の左手をひったくるようにして取った。「やめ――」となかば伊織が悲鳴のように制止するのも聞かず、ぐるぐると捲かれた手拭いを乱暴に解く。

するりと――手拭いの下から現れた彼の大きな手の甲に刻まれた赤いそれに、自分を含めた全員が仰天する。「それ――」と言いさした自分に重ねるように、キャスターが言った。

「令呪」

まるで不名誉な焼き印でも見られたかのように、ぱっと反射的に手を引いて自分の元に取り戻した伊織が、右手で左手の甲を覆い隠す。そのまま――おど、と愁いを帯びた月夜の瞳をやや伏せて、自分たち全員の視線から逃れるように伊織が床を見つめた。

「れ、令呪? そういうことってあるんだっけ? サーヴァントが、令呪を持つことって」
「まったくあり得ないということはないと思います。ただし――これは、令呪ではありません」

え、と驚いて伊織の左手に目を遣る。なおも伊織が必死に右手で覆っているのと視線がぶつかり、思わず「ん」と目を逸らす。

「形状はなんらかの令呪を模していますが、ただそれだけです。注いだ魔力で皮膚の内側から焼き痕をつけて赤く浮かび上がらせた、いわば入れ墨のようなもの。それこそ、焼き印ブランディングのようなものです」



焼き印――



所有者を示すためにその身に刻み込む、一生消えることのない印。



「悪趣味極まりないですが――しかし一体なぜ、こんな形状にしたのでしょう。所有を示す印が絶対命令権とは、ひどく皮肉でちぐはぐに思えます」
……あ、あの、大丈夫ですか? 顔色が」

別のサーヴァントが気遣わしげに声を掛け、それで自分も伊織の異常に気付く。――幽鬼のように蒼白く蒼褪めて、今にも倒れてしまいそうにふらついている。
慌てて伊織の体を支え、「ごめんありがとう、こっちでちょっと休ませるね」とだけ周囲に早口に伝えて食堂を出る。

おぼつかない足取りの伊織を支えたまま、なんとか彼の長屋まで連れ帰る。







長屋の引き戸を開けて、伊織の体を引き摺るようにして土間を横切り、なんとか畳の縁に彼を座らせる。
畳の上に左手をついて上半身を支えながら、伊織が苦しげに胸のあたりを右手で掻きむしっている。はあ、はあ、と彼が重い呼吸を繰り返すたびに、着物の合わせ目がやや緩んでしまって白い肌が覗いた薄い胸元を大きく上下させている。
彼女たちが――あのキャスターたちが言っていた、『溢れている』――というのが、この伊織の不調に関係があるのかと、思う。

「伊織、何か飲む? お茶とか」
「す――すまん、マスター。おまえにひどい迷惑をかけている」
「気にしないで。これが自分の仕事みたいなものだから」

こぽこぽと湯呑に茶を淹れて手渡すと、それでも温かいものが身に沁みたのか、一口啜った伊織がふっと目に見えて落ち着くのがわかる。
肩で大きく息をするようだった呼吸がゆっくりになり、強張っていた体も力が抜けるようだった。幽鬼のように真っ白だった頬にわずかに血色が戻ったのを確認して、彼の隣に腰かけた。

「伊織。――タケルとは……
「あいつの名を出すな」

ぴしゃりと言い放った鋭い声がまるで悲鳴のようだった。それから、ぱしんと大きな左手を口許に当てて覆う。申し訳なさそうに眉尻を下げてこちらを見た。

「すまない。――八つ当たりだった」
「気に――しないで。――……

口許を覆う左手の甲。――鮮やかな真紅の令呪を模した、焼き印――神性持ちからの魔力供給――
考えが勝手に巡るに任せたまま、ただぼうっと見つめていた彼のその左手が、小刻みに震えていることに気付く。
「伊織?」と声を掛けると、「――ぁ」と小さく声を漏らした伊織が、ひどく怯えたように震える手で口元を押さえ込んだまま、震える声で言った。

「こ、わい。――怖いのだ。俺はあいつが恐ろしい
「伊織」
「あいつが、来る。この長屋へや――

ぴったりと閉め切った引き戸を見つめる伊織の目が見開かれている。まるでひどく恐ろしい魔界の入り口でも見つめているかのように、月夜の色をした瞳の、その瞳孔が収縮している。

「毎日、毎晩、刻限など関係ない。あいつが、ここにやってきて――俺は、一体何をされているのだろう」
……え?」
「この着物を――剥かれて、何か――わからない。あいつの体が膨れ上がって、視界いっぱいに広がって――どこか、星空の――宇宙のようなところに引き摺り出される気がして――

あるいはそれは現実の話ではなくて、その身に過ぎた神気に当てられた伊織が見ている幻覚の話なのかもしれなかった。あるいは、自分の身に起こっていることを彼なりに解釈しようとした結果、そういった摩訶不思議なものを幻視してしまっているのかもしれなかった。
――あるいは、それらはすべて彼の身に実際に起こっていることで、彼はただそれをありのままに話しているだけなのかもしれなかった。

「なにか、わけのわからない奇怪な形状の生き物が、たくさん俺の横を通っていった気がして――だんだんそれがという動物だったような気がして――そうしたらそこは、月の表面だったような気がして――それで、見上げるとあいつが俺を見下ろしていて、遠くに見える地球を背後に、ごくごく当たり前の顔をして――あいつが俺を抱いていることだけはわかるのだ。
あいつに注がれていることだけはわかって――すごく多くて、俺の中などはすぐにいっぱいになってしまって、それはどんどん俺の中から溢れ出てきて――そうしたら、金色の月面にみるみるうちにそれの海ができて、陸地なんかどこにもなくなって―― 一帯の深海で俺は溺れていて、息が苦しくて、それでもあいつは俺を抱くのをやめてくれなくて」

「怖い」と呟いた伊織が、こちらを見た。あんなにも凛々しく優しげなばかりだった切れ長の目許に、憔悴したような隈がうっすらと浮かんでいる。それがなんだか――ひどく儚げな色香のように感じて、申し訳なさに目を逸らす。

「あいつには言の葉が通じない。あいつは、見たいものしか見ないし、聞きたいものしか聞かない。俺が何を言っても、何をしても、ただただ『愛い』と言うばかりで」
……『愛い』」
「あいつが神だというのなら、今のあいつにとってきっと俺は――



――カコン、と引き戸が鳴った。



伊織が息を呑む。自分も思わず息を詰めて、じっと引き戸を注視した。かこんかこん、と軽い木材の音がして、「イオリ?」と無邪気なくぐもった声が聞こえる。

「イオリ? 戻ったのか? さっきは留守にしていただろう?」

「マスター、隠れろ。どこでもいい。身を隠せ!」と伊織に小声で言われ、慌てて畳から降りて土間の隅にしゃがみ込む。壁に掛けてあった布を引っ張り寄せて頭から被った。そうこうしている間にも、「イオリ~?」とタケルの無邪気な声が引き戸の向こうに響き――やがて、声音が変わった。

――イオリ。また私の見ていない隙に誰かを連れ込んだのか?」

その声に背筋の凍る思いがする。自分が物陰にうまく隠れたのを横目で確認した伊織が、「そんなことはない。ここには他に誰もいないよ、セイバー」とはっきりした口調で宥めるように呼ばわる。さっきまでの怯え切った伊織と違い、まるでいつもの伊織のように穏やかな声だった。――恐らくは、自分の存在を少しでも相手に気取らせないために虚勢を張ってくれているらしかった。

その伊織の声を聞いたタケルが一瞬黙り込み、それから、くく、と喉を鳴らすようにして嗤った。からからと引き戸を開け――中へと入ってくる。

「そうか、イオリ。今度はこの私を裏切らずにいたのだな。愛い愛い。――その左手はもう誰かに見てもらったのか? 我ながらよくできているであろう? いろんな人に見てもらうがよいぞ。きみは人と親しく話すのが大層得意だから、見せる相手には事欠かないだろう?」
――――

当てこすりのように言われ、途端に伊織の表情が曇る。その顎にタケルの指がかかる。くん、と今度は苦しくない程度に軽く持ち上げる。――そうやって、彼は伊織の顔をまじまじと眺めるのが余程好きであるようだった。
促されるがままに顔を上げ、タケルの顔を恭順な態度で見つめ返す伊織に、タケルが感心したように言った。

「きみは随分素直で愛いな。昔のきみならば私にこんな口を利かせもしなかったであろうが――まあ、どのみち大差ないことだ。それがイオリである限り、私にとっては同じことだ」

言うだけ言って、タケルが伊織の唇に噛みつく。「ンッ」と伊織が小さく悲鳴を上げる。タケルが口を離すと、伊織の色素の薄い唇の端に、血の色をした歯型のような傷痕が残っていた。それをタケルがぺろりと赤い舌先で軽く舐める。――顔を離し、伊織の顎を軽く傾けて、伊織の白い肌に悪目立ちする、たった今付けたばかりの深紅の傷を満足そうに眺めた。
それから、思い出したように伊織の左手を取る。自分の手の平の上に乗せ、唇の傷痕を眺めたのと同じように、伊織の左手の甲を目を細めて眺めた。

「やはり印は目立つところに付すのがよい。きみが誰のものなのか、遠目にも一目でわかる方が皆にも親切であろう。――目に見える印と、目に見えない印と。きみの全身を私で満たしておけば、そもそも誰もきみに触れる気も起きない筈」
――あ」

伊織が脅えた声を漏らす。おずおずと、タケルの目を直視できないながらも、小さな声で抗議するように言った。

「あ――の。……もう、俺に注ぐのはやめてくれないか」
「うん? イオリ。何か言ったか?」
「もう――俺に、注がないでほしいのだ。……漏れていると、言われた。――は、恥ずかしかった。とても。……この、左手も」
――ふうん?」

タケルが愉快そうに目を三日月のかたちにして嗤う。恐ろしさにタケルの顔を見られない伊織は、その表情に気付かない。

「おまえに――俺が毎日何をされているのか、皆にわかってしまう。まるで烙印のようだ。……もし、おまえが俺を抱きたいのなら、それでもいい。それは、我慢する。――だが、もう注がないでほしい。こんな体では皆の前に出られないし――それに、おまえに注がれるととても苦しいのだ、溺れてしまいそうになる」
……きみはやっぱり何もわかっていないのだな、イオリ」

急に肩を押され、「アッ」と伊織が小さく悲鳴を上げたのと同時に仰向けに畳の上に押し倒される。軽く――まるで鳥の羽根の先で触れるように、伊織の鎖骨の中央あたりにタケルの指先が触れているだけにもかかわらず、まるで畳に縫い付けられたように伊織が微動だにできない。
伊織の体の上に乗り上がり、優雅な仕草で伊織の顔をタケルが上から覗き込む。にい、と嗤った。

人は神とは交渉できぬものなのだ――まあ、以前のきみは確かに私を従えてあらゆる理不尽な要求を呑ませていたが、それだって私がきみに敢えてそうさせてやっていたに過ぎぬのだぞ?
神はただ、気まぐれに、思うがままに、一方的に寵愛する。神に選ばれた者は神の贄だ。ただその寵愛を一身に受け止めるためだけに在る。――神に『どうしてほしくない』だとか、ましてや『どうしろ』なんて物申すことは――うむ。思えば、以前のきみは本当に無茶苦茶だったな」
「な、ならば。――おまえが昔の俺の言うことを聞いてくれていたというのなら、今だって」
私を直視もできないきみが私を調伏するとでも? ――よいよい、この私に怯えるきみは実に愛いぞ、イオリ。ただ、身の丈に合わぬ欲はかかぬことだ」

「さて、イオリ。またきみに注いでやるとしよう」とタケルの手が伊織の着物の合わせ目にかかる。それではっとしたように目を瞠った伊織が、上擦る声で抗議した。

「セイ、バー。今は。――今は、やめてくれ」
「うん? どうした、イオリ?」
「い、今は、今だけは。――あとでなら、注いでもいいから。た、たくさんでも、いい。だが、今だけは」

ちらりと伊織の目が一瞬だけこちらに向けられたのを見る。どうしたものかと自分も慌てつつ――タケルが、ゆっくりと首を傾げてみせたのを見た。

「イオリ、なぜだ? だって、きみはまだまだ全然、この私に注がれ足りていないのであろう? ――この私に嘘をつくくらいなのだからな」

伊織が息を呑む。ひ、と思わず自分の喉も鳴った。――タケルがゆっくりとその可憐な顔をこちらに向ける。三日月のかたちをした夕陽色の瞳と、目が、合う。
あ、と伊織が縋るようにタケルに手を伸ばす。体を畳に縫い付けられながらも、しきりに身を捩ってタケルに取り縋ろうとする。

「セイバー、セイバー! ――そこには誰もいない! 長屋ここには俺たちの他には誰もいないから!」
「そんなに必死になって、愛いな、イオリ。まさか、この私がリツカに手を出すとでも――神罰を下すとでも思っているのか?」

はた、と伊織が動きを止める。「……違うのか?」と、ひどくほっとした――安堵した顔で伊織がタケルを見た。
その顎をタケルが掴む。互いの鼻先が触れるほどにぐっと顔を近づけ――甘い、睦言を囁くような声で、タケルが伊織に言った。

「無論だとも。私はきみ以外のものなどすべてがどうでもよい。私が興味があるのはきみだけだ、イオリ。――きみが、私に嘘をついて私の目を盗んで私ではない誰かをここに引き込んだということにしか私は興味はないよ」
――あ」

伊織の漏らした声に絶望が滲む。起き上がりかけた伊織の体をゆっくりと畳に押し戻しながら、「愛い愛い」とタケルが目を細めた。

「まだまだ満たされ足りていないようだ。私は一向に構わぬぞ。怯えるきみも愛いが、私の下で健気に喘いでいるきみもまた愛いからな。まだまだ見飽きぬ。――さあ、今日もまたたくさん注いでやろうな、イオリ。その器から溢れ出す程に」
「いや――いやだ、苦しい――いやだ、もうやめてくれ――これ以上は――もう――
「泣いているのか? 愛いな、イオリ」

あやすようにタケルが伊織の額に口づけを落としながら、そのまま彼の上に覆いかぶさる。――と同時に、自分の体にかかる斥力を感じて――次の瞬間、自分は長屋の外にいた。