mishiadd
2025-01-26 16:24:37
23262文字
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汝の神は嫉妬深い神である

【鵠と月夜展示品】FGO軸、剣伊。至上命令を失ってもはや「ごく普通のお隣の善良なお兄さん」でしかないカルデアの宮本伊織くんを神霊ヤマトタケルが恐ろしい日本の神様仕草丸出しで寵愛するのでそんなん耐えられるわけがない悲惨な話(藤丸立香一人称)


三、

カルデアの中で、宮本伊織というサーヴァントの存在感が薄れていくのを感じる。

だんだんと人前に姿を現さなくなり、食堂でも、シミュレーターでも姿を見掛けなくなった。以前はいろんなサーヴァントや職員とも気さくに会話をしているのをしょっちゅう見掛けたが、そういったこともなくなった。
自分と同じように、伊織に『お隣のかっこよくて頼れるお兄さん』像を見ていた人はぽつぽついて、彼がすっかり姿を見せなくなった頃――「そういえば、伊織さんって最近どうされたんですかね」と気遣わしげに話題に出ることもしばしばあった。

――ふとしたときに、遠目に彼の姿を目にしたことがあった。

「伊織、」と声を掛ける前にふらふらとどこかに姿を消してしまったが、それでもその姿はこの目に鮮烈に焼き付いた。

サーヴァントが『痩せる』、ということがあるとは考えづらいが――それでも、その儚げな立ち姿は記憶にあるよりも余程たおやかで細く、どこか――ひどく華奢で、今にも壊れてしまいそうなほど脆く見えた。

カルデアにおいて、伊織は孤立している――

と言えば、語弊があった。皆、一様に彼のことを心配している。伊織もきっと、他者を拒絶しているわけではない。ただ、本人の、あるいは周囲の意思とはまったく無関係の、まるで自然の摂理の一部のように絶対的な力が働いていて――彼と周囲との間に薄絹のようなヴェールが降りていて、それが彼を周囲から隔絶し、孤立させ、覆い隠していた。

少しずつ、穏やかに、しかし確実に――伊織という存在が、消失していく







シミュレーターのひとつが故障した、とのアナウンスがあった。
他のマシンは正常に動いているし、そもそもすべてが満室になるほど皆が詰めかけているわけでもないので、大した問題ではない。自分がそれを聞いたときも別段気に留めなかったが、「そういえばそんなお知らせがあったな」と思い出したのは件の故障したシミュレーターの前を通りかかったときだった。

「故障中」と張り紙が出ているにもかかわらず、機械音がする。

おや、と思い、中に入る。――すると、ぶわりと春風のように温かな風が吹きつけてきた。と思えば、急に雪のように冷たい風に変わる。

「これが故障ってやつかな」と思いながら、歩を進める。やがて、その周囲が古い町並みであることに気付き――どこか異国情緒のある、けれどきっと日本の――恐らくは江戸時代の、どこかの町。
横浜の中華街、というわけでは決してない。ただ、町全体にどこか――うっすらと、大陸の文化の香りのする町。あるいは、その香りの震源地となっているお屋敷がただひとつあって、それが――さざ波のように、波紋のように、周囲に少しずつ影響を及ぼしている――そんな町。

散策するうちに、やがてその大きな赤いお屋敷に辿り着く。――唐人屋敷。

興味本位で中を覗き込もうとしたときに、話し声が聞こえてきた。――その声の主を察して、身を低くして物陰に隠れる。

「ここで食べた馳走は美味かったし、この――エンガワ、も実によいものだ。こうして風に当たりながら庭を眺められる。あの長屋にはない風情だ。……なあ? イオリ」
――……
「桜咲く春も、夕立降る夏も、紅葉揺れる秋も、粉雪舞う冬も。こうしてきみとゆっくり眺めるのは楽しいな、イオリ」

物音を立てないよう、こっそりと燈籠の陰から声のする方を見遣る。――豪奢な造りの縁側に、ふたり分の人影が見える。
――正座した伊織の膝の上に、寝そべったタケルが頭を預けている。一見して、微笑ましい膝枕の風景だった。

ただ、ひとつ異様なのが。

ひどく楽しげに笑っているタケルに反して――真っ直ぐに前だけを見つめている伊織の表情が、まったく読めないことだった。
ぐ、と口許を引き締めたまま、美しく整えられた庭の一点のみを、一心に見つめている。

伊織の膝の上でごろりと身を転がしたタケルが、伊織の腹のあたりに顔を埋める。それから、伊織の顔を見上げた。

「イオリ? そのように黙り込んで、一体どうしたのだ?」
……
「イオリ?」

タケルが促すと、伊織が膝の上のタケルの顔を見下ろした。一瞬、何を言うべきかをひどく臆したような顔で逡巡したあと――ようやく口を開く。

「なに、も」
「うん。――どうした、イオリ? なにかきみの気に入らないことでもあったか?」

「それならばすまなかった」とばかりに、タケルが身を起こす。まるで伊織の機嫌を取るように、柔らかい笑みを浮かべながら伊織の顔を覗き込んだ。

「ここは私にとってもきみにとってもよい想い出だと思ったから選んだのだ。――まあ、つらい想い出も無論あるが――。きみの気に障ってしまったか? どこか別の場所にするか?」
「いいえ――あなたの、お好き、に。私、には――どのみち記憶がない、ので――
……イオリ?」

ぴり、と一瞬だけ漏れた神気があたりに迸る。その気配に脅えた伊織が目を閉じてタケルから顔を背けたのが、ますますタケルの神気を荒ぶらせる。

「『あなた』? 『私』? ――イオリ、一体なんだその物言いは? そんな話し方、私にしたことなどなかっただろう」

背けられた伊織の顔の顎を掴んで引き戻し、タケルが彼の目を覗き込む。彼の怒り狂う夕陽色の瞳を直視できず、伊織が月夜色の目を伏せたまま、じろじろと不躾に覗き込まれるままにさせている。

「イオリ、この私に怯えるきみは愛いが、そのようによそよそしいのは好かぬぞ。――いつものように話すのだ。そのように距離を置いた話し方をするな」
――……
「私の名を呼んでみよ、イオリ。いつものように。――きみのその優しい声で」

「ん?」とタケルが促して、正座したままの伊織の膝の上に手を置く。その接触にびくりと伊織が体を大きく震わせたのが、またタケルの機嫌を損ねたようだった。

「イオリ、一体何がそんなにも気に喰わないのだ? 私がすべてなんとかしてやろう。腹が減ったか? それとも誰ぞきみに害なす者でも――きみに近づいて要らぬことを言う者でもいたか。うるさい羽虫だ、私が退治てきてやろうか」
「誰も――誰も、おりません。そのような、者……は。……だ、だから……ですから、どうか――誰も、罰さず、に」
「うん? うん。確かにきみは以前のように私に隠れてこそこそと誰かと会うことはめっきりなくなったな。とてもよいことだ。いい子だぞ、イオリ。――ああまったく、こんなにも怯えて、可哀想に。はたして私はきみに一体どうしてやればよいのか」

再び横になり、伊織の膝の上に頭を乗せる。俯く伊織の顔を下から覗き込み、よしよし、と伊織の白い頬を手の甲で撫でた。「可哀想に」と慈悲深い柔らかな声で、何度もタケルが繰り返す。
紡ぐ言葉に脈絡も論理もない、まるで壊れた機械のようなタケルの言葉に、背筋がぞくりとする。――意思疎通のできそうにない、人ではないものの、思考回路。

「イオリ、なにも恐れることはないのだぞ。きみの前に立ちはだかる者はすべて、この私が薙ぎ払ってやろう。ずっとずっと、そうだったであろう? ――だから、きみはなにひとつ怯える必要はないのだ」
……
「イオリ?」

伊織の頬を優しく撫で続けていたタケルの手がぴたりと止まる。――やがて、言った。

「イオリ。きみが一体誰のものなのか、申してみよ」
……私は、あなた、のもの……です」

あっさりと、どこか諦めたような声で口にした伊織に、「うん?」とタケルが問う。その声に、伊織が伏せた長い睫毛を震わせながら、改めて言った。

「お、……俺は、おまえの、もの――だ。……セイバー」

そのいらえに、タケルの可憐な顔が華やかな満面の笑みを浮かべる。「ウフフ!」と鈴の転がるような上機嫌の笑い声を上げ、両足をばたつかせながら伊織の白い頬を両手で挟んだ。

「そう、そうだ! その通りだぞ、イオリ。やはり素直なきみは愛いな。以前のきみであれば――いや、もうそんなことはどうでもよいか。たとえそれがきみの骸であったとしても、わたしにとってはすべてが大差のないただの些事だよ。――それがイオリであるならば

「愛い愛い」と言いながら伊織の顔を引っ張る。突然頸椎にかかった体重に伊織が痛みを覚えたのか、わずかに眉を寄せながらもタケルの動きに逆らわない。弾んだ声でタケルが囁いた。

「イオリ、身を屈めよ。私に口づけるのだ、はやく」

言われた通りに伊織が身を屈めて、膝の上のタケルの唇にそっと口づける。そのままタケルに頭ごと押さえ込まれ、力なく抵抗したのも束の間、あっという間に体勢をひっくり返されて縁側の上でタケルの下敷きになる。
タケルに触れられるまま、一切の抵抗なく――その場に脱力したまま、タケルが着物の合わせ目に手を這わせるに任せる。その、伊織の諦念に満ちた端正な顔をうっとりと――どこか恍惚とした夕陽色の双眸で見つめながら、伊織の白い肌に這う手を止めることなく――タケルが言った。

「きみは愛いな、イオリ。――毎日、毎晩、このまま未来永劫きみを愛玩し続けたとて、私がきみに飽きる日など来ないであろう。――永久にな」

その言葉に、伊織の目がわずかに――絶望のうちに見開かれる。その眦に、タケルが唇を落とした。――神の永遠は、言葉の綾レトリックなどではない。

「未、来、――永劫」
「うん。嬉しいか? イオリ。人は『永遠』が好きだと聞くぞ」
「ゆ、許して――もう俺を許してくれ、セイバー」
「? 別に私はきみに怒ってなどいないぞ、イオリ。怒る由もないしなあ」

伊織の咽び泣くような懇願の声も、重ねたタケルの口の中に吸い込まれて消えていく。






なるべく音を立てないようにその場からそっと離れ、唐人屋敷の表の通りに出たところで一目散に駆け出した。遠くで雷鳴が轟き、地面を叩きつけるような雨が降り始めていたようだった。きっとその雷鳴が、雨音が、伊織の悲鳴を、懇願を、すべてを包み込み――すべて覆い隠してしまうのだろうと思った。