望月 鏡翠
2025-01-22 00:26:06
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そして、彼の地に骨を埋めた。

首飾り/箪笥/幸い/花


 昕妃の首飾りを盗んだ兵士が、処刑された。
 よりによって、王の寵愛厚きあの女の御物に触れたのだ。首を切られても仕方がないが、もっと酷い死に方だったらしい。
 私は噂話を聞きながら、それを口にする彼らとは違ったことを考えていた。
 なんと愚かなのだろう。
 わざわざ盗まなくとも、簡単に手に入るのだ。
 身の回りにあるものにどれほどの価値があっても、あの女は平気で手放していく。
 心に適うたった一つを選びとり、他のものには目もくれない。
 顧みたり感謝したりはしないのだ。それを手にいれる労力も、選ばれなかったものがどうなるのかも、考えたことがない。
 最初に手放したのは、身の回りの調度一式である。
 代わりに運び入れられたものは、欅材の衣装箪笥や紫檀の文机といった最高級の木材を使っていた。
 捨てられた家具も高価なものには代わりなく、元の木目が飴色に変わるまで、丁寧に使い込まれていた。家から持ってきたものに違いない。
 嫁入り道具を手放す女など、碌でもないに決まっている。
 それらに、捨てられるよりも良い使い道を見つけてやったのだ。
 きっと首飾りだって、新しいものを王が持ってきたら、すぐに手放したに違いない。
 真新しい家具を見たとき、昕妃は一言「まあ」と言った。
 それだけだ。他は何もなかった。
 王だけが、ふさわしいものがようやく揃ったとにこにことしていた。
 あの女が一瞥をくれただけで済ませたものには、途方も無い人の手と年月が掛かっている。
 木を育てるために必要だった、数十年の歳月。
 歪みや曲がりや割れが出ないように乾かすためには、育てるのと同じくらいの年月をかけて材と向き合う必要がある。その上で、うち合わせれば金属音がするような硬い木に細工を施して、美しい調度に仕立てるのだ。
 美しい家具が女の前にやってくるまでには、人一世代では済まない時間が掛かっている。
 それに対してあの女がくれたのは、一瞥のみだったのだ。
 それは悪名高き昕妃の最初の浪費で、そのときから私はあの女が嫌いだった。
 以来、些細なことであの女は身の回りのものを変え、食べ物も着るものも兎角好みが多かった。
 王はそのわがままを聞くために、彼女にかかりきりになっていた。噂では、国政の場であってもその姿が庭に見えれば中座する有様なのだという。流石に誇張だろうが、それくらい新しい妃が王を振り回しているという話だ。
 昕妃は、一度顔を背けた品を二度と受け入れることはなかった。単に差し出されたものを拒んでいるわけではなく、物をしっかりと見て選び取っているらしい。だから嫌と言った品は二度と陽の目を見ることなく、蔵に仕舞い込まれるか市井に下げ渡されるかである。
 王は妃の機嫌を取ってくれなかった贈り物に二度と興味を示さない。だから、一つ二つ抜いたところで、気づかれない。
 私個人に益があれば、あのわがままも許容できる。やむなきことである。腹の底に溜まっていく澱を、他にどうしようもなかったのだ。
 しかし、物の動きを気に留める物が出てきた。しかしのきっかけはおかしなもので、国庫があまりに逼迫しており、作らせた品を売り払うために数を調べたのだ。
 私のしたことは、調べればすぐにわかる。そうなれば、当然私の悪事は露呈する。
 首を切られる側になるかもしれない。
 背筋を冷たい汗が伝った。
 だから一計を案じた。
 私は王の耳に聞こえるように、そっと噂を流した。
 王妃は、自分と似た家財を持っている人が気に入らないのだ。己の価値を平凡に貶められたように感じるらしい。
 王妃のために作られた品々を所有している人を、余計なことを調べている役人が見つける前に見つければいい。そうして同じものを持っていると、名乗り出にくいようにすればいい。
 そうして囁いた七日ののち、法が変わった。職人の腕が切り落とされ、市井の人が手にしてはならぬ品が増えた。腕を落とされなかったとしても、実質品を売ることを禁じられた材木商も建具屋も、職を奪われたことと同じである。
 違う。私のせいではない。
 そんなつもりでは、なかった。ただ、少し真実を知る人が、口をつぐんでくれれば、それでよかったのだ。
 あの女のせいだ。あの女がやらせたのだ。王がそんな法を布くはずがない。
 だがそんなことは求めていないと、昕妃に一言否定されたら、おしまいだ。
 王が気に留めなくとも真実が明らかになったとき、民は私を許さないだろう。
 怯える私の耳に届いたのは、あらゆることに興味がなさそうな、嘆息だけであった。
「そんなことがあったのね」
 彼女がよこしたのは、その一瞥だけであった。