紫輝
2024-01-27 02:02:44
15888文字
Public リオヌヴィ
 

【リオヌヴィ】My dear little Dragon.【原神】

トラップで小さくなったヌ様と小さなヌ様の可愛いを真正面から受けるセスリ殿の話です。私が持てる全力で可愛いを表現しましたちっちゃいヌ様はいいぞ。
書きたいこと全部詰め込んだら目を疑うくらいの文字数になってしまって私が一番びっくりです。ちっちゃいヌ様可愛いからね仕方ないね。楽しかったですとても。



 一つ、言うまでもないがピアスを身につけていない時には効果を発揮しない。
 一つ、元素力への感応力が高い者の視覚は術を貫通する。
 一つ、足音は消えるがそれ以外の事物には効果がない。


 鋼板を叩く自分の靴音に重なるようにして、少し小さな足音がついてくる。これが一般人には聞こえないと言うのは不思議な話だ。
 鍾離に施された『おまじない』の効果は絶大だった。空たちと別れ表から戻ってきた自分たちを迎えた看守は一度もヌヴィレットを見ず、「もうひとり」の存在にすら気づいていないようだった。あまりにも普段通りすぎて自分がヌヴィレットの存在を確かめたくなったくらいだ。「虚空とやり取りしているように見えるから気をつけろ」とあらかじめ鍾離に言われていたから裾を掴まれる感覚に全神経を集中させて自制したけれど。
「ヌヴィレットさん」
なんだろうか」
 ちらと周囲に目をやり立ち止まると小さな足音も止まる。不思議そうに見上げてくるヌヴィレットへ、リオセスリは手を差し出した。
「お手をどうぞ」
いいのか」
 ぱちり、階調の瞳がまたたく。背後に花が飛んで見えるのが過剰な自意識のせいではないことをリオセスリは確信していた。シグウィンや空達はともかく、鍾離にあそこまで言われて思い上がりと片付けるほどヌヴィレットから向けられる想いに鈍感ではないつもりだ。
 あちらが素直に好意を示してくれるのだから、小さなヌヴィレットを目一杯構わせてもらおう。元に戻った時記憶が残っていたらその時はその時だ――そんなある種の開き直りでもって、リオセスリはこのイレギュラーを楽しむことに決めていた。
「歩きにくいだろ? あんたさえよければ」
 小さな隣人と歩調を合わせるのに慣れてはいるが、彼女らが服の裾を掴むことはまずない。それにこの要塞は構造上足元のそこかしこに段差がある。万が一彼が躓きでもした時、手を繋いでいれば怪我をさせずに済む。
 どうだろう、と首を傾げてみせれば、ぎゅ、と手を握ってくる両手。
「鍾離どのから、今のわたしと触れ合うリオセスリどのは虚空と戯れているように見えてしまうと聞いた。人間が見えたら手を離すようにする」
 がんばる、と。だからいいだろうかとこちらから持ちかけた話なのにこちらを伺ってくる小さなヌヴィレットがあまりにも可愛い。もう虚空と手を繋いでてもいいかなと本気で思ったが、彼の決意を無為にしたくもなくて。
「その作戦で行こう。気遣ってくれてありがとうな」
……ん」
 決まりだと笑みを浮かべれば、小さな手が片方離れ、残った手がリオセスリのそれをきゅうと握る。それだけで嬉しげに笑う顔が眩しくておかしな表情になってしまったかもしれないが、運良く彼には気づかれずに済んだ。


「ここがリオセスリどのの『仕事場』なのだな」
 きょろきょろと執務室を見回すヌヴィレットにつまらないところだが、なんて答えながら紅茶を用意する。
 ヌヴィレットは『作戦』をよく遂行した。やはり人間より感覚が鋭敏なのだろう。リオセスリが気配に気付く前に手を離すので、途中からヌヴィレットの動きで誰か来るのだなと判断していたくらいだ。
 ぱ、と手を離し、そっと裾を握って、気配が遠ざかってからおずおずと触れてくる、というサイクルを人と行き合うたび繰り返されるのでどうにかなるかと思った。し、やっぱり虚空と手を繋いでてもいいなと思った。行動に移さなかった自分を褒めてやりたい。
「さあ、どうぞ」
 テーブルに置いたカップの中で紅茶が揺れる。彼には水の方がいいのかもしれないが、生憎そのまま供せるような水は今今手元にない。
「しぶい」
 すん、と香気を吸い込んでカップに口をつけたヌヴィレットが眉間に皺を寄せる。どうも独特の渋みが今の彼には強すぎるようだ。
「おっと、配慮が足りていなかったな。申し訳ない」
 一考して、ミルクポットと角砂糖へ手を伸ばす。砂糖をひとつ。ミルクをたっぷり。くるりと混ぜて、彼へと差し出す。
これでどうだい?」
 すん、と、二度香りを確かめてカップを傾けたヌヴィレットは、今度は満足げに口角を上げた。
「あまい」
「口に合ったようで何よりだ」
 茶菓子もどうぞと促せば彼は宝玉の瞳に好奇心を湛えてそれらを摘む。餌付けしてるみたいだなぁと、本人に聞かれたら嗜められそうなことをそっと考えつつ過ごすティータイムはいつまででも続けていたいくらいだったが、本日はなんの変哲もない平日である。こうしている今も、防弾性能すら備える重厚な机が書類達を載せてリオセスリを待っているのだ。
 幸か不幸かパイモンが飛び込んできたのが朝早く、と括れる時間帯であったから、今から少しばかり真面目に仕事に取り組めば充分に巻き返せる。何事も起こってほしくない。いつも思っていることではあるが、今日は特に。
さて、ヌヴィレットさん」
「なんだろうか」
「心底残念なんだが、俺はこれからアレを片付けなきゃならない。昼までには終わらせる予定だが
 待っているのも退屈だろう。『おまじない』の効果も確認できていることだし、彼自身の危機察知能力も間近で見ている。行動範囲は限られてしまうが散歩などしてきて構わないが、と提案してみると、ヌヴィレットはふるりと首を振る。
「特に退屈は感じていない。ここでいい」
 貴殿のそばにいる、とまで言われてしまえば押し通す気も必要も感じない。
そうかい。まあ俺としても目の届く範囲にいてくれた方が安心だから、あんたがいいならいいが。何かあったら声をかけてくれ」
「わかった」
 彼のためにもう一杯ミルクティーを用意して、小さな頭を撫で、リオセスリは席を立った。

***

 当日、夕方である。
 本日は実に平和な日だった。胸を撫で下ろしながらリオセスリは息をつく。傍らで、硝子の向こうに広がる夕暮れの溶けた海中の様子に瞳を輝かせる小さな龍の一件を除けば、という注釈がつくけれども。
 小さなヌヴィレットは、退屈は感じていないという発言の通り、ソファで足をゆらゆらと振ってみたり、シーリングファンをじっと見つめていたり、本棚を埋める書籍の背に記された文字を追ってみたりと彼なりに過ごしていたようだった。時折様子見に上げた視線がぶつかると嬉しそうにするので何度か仕事を投げ出そうかと考えたのは秘密だ。
 ランチは執務室で、シグウィンと共に囲んだ。このひとの口に滅多なものを入れるわけにはいかないので勿論特注して。汁気が多いものを好むのは同じようで、ミネストローネに入っていたコンキリエに貝の形だと喜んでいたのが微笑ましかった。斜向かいに座っていたシグウィンが感極まったように二人の子どもが生まれたらウチ一生懸命お世話するわねと呟くのに気が早いと苦笑いしてみせたが、このひとの仔はさぞ可愛いだろうなとは思う。親がこんなに愛らしいのだから。
 午後のヌヴィレットは変わらず執務室の片隅で、今度はシグウィンの持ち込んだ本を読んでいた。海を舞台にしたファンタジー小説らしい。彼女の勧めるものだ。彼も気にいるだろうと思ったがその通りだったようで、ぱらり、ぱらりとページの捲れる音をBGMにした仕事はよく進んだ。
 そんな妙に穏やかな勤務時間を終えた現在、リオセスリはヌヴィレットを連れてロビー階へとやってきていた。夕食までは少し時間がある。結局一日中閉じ込める形になってしまった彼の、僅かでも気晴らしになればと思っての散歩だった。
「リオセスリどの。ここはすごいな」
「だろ? 俺もここは気に入ってるんだ」
 声を弾ませるヌヴィレットは常連のラッコと硝子越しに戯れている。やはり動物はその手の勘が鋭いらしい。こうして見ていると、やはり彼が一般人には認識できない事実が不思議すぎる。この世界は謎だらけだ。旅人の少年ではないが考えたところで、ごん、と鈍い音がした。
「ヌヴィレットさん!」
 慌てて見やった先で、彼は額を抑えていた。かがみ込んでそっと手を取り、前髪を指先で除けると、うっすらと赤くなっている。
「大丈夫かい?」
 指先に集めた氷元素でそこを冷やしてやりつつ眉を寄せれば返る、ううという小さな呻き。
「大丈夫だその、ちょっと、うとうとしてしまって」
 みっともないところを見せた、と恥ずかしげに俯くヌヴィレットに、大丈夫ならいいんだと眉間の皺を伸ばす。ちらと辺りを窺って、その身体を抱き上げた。リオセスリどの、と慌てたように名を呼ぶ声にうんと生返事をして、よしよしとその背中を撫でる。
「今日は朝から色々あったからな。疲れたよな」
 彼にしてみれば、突然目の前に知らない人間が現れ、自分を知っているらしい人間やメリュジーヌが深刻そうに何事かを話し合い、着慣れないであろう服を着せられて、鋼鉄の要塞に身を寄せることになったのだ。不自由なりに楽しんでくれていたとは思うが、やはり緊張していたのだろう。午後休を取るべきだったなと、今更後悔した。
 もぞりと身じろいで収まりのいい場所を見つけたらしいヌヴィレットの指が、きゅうとリオセスリのシャツを掴む。
「目眩しではなく、木石にでも見えるようにして貰えばよかった」
 そうしたらこうしていても不自然に見えないのに。
 ぽつりと呟かれる言葉はどこかズレていて思わず笑ってしまう。世界の何より貴重な木石だ。大切にたいせつに抱える自分の姿はさぞ愉快だろうなと、巡らせずとも想像がついてしまったからだった。
「戻ろうか」
「あ、では」
 躊躇いを滲ませつつ指を放すヌヴィレットに首を振る。誰か来そうだったら教えてくれと微笑むと、少しだけ逡巡を見せてからこくりと首が傾いだ。おずおずと胸元へ戻ってきた指に吐息で笑ってゆっくりと踵を返す。
 リオセスリどのに迷惑はかけたくない、といじらしい気遣いを見せてくれる小さな龍のために、限りなく人と出会う可能性が低いルートを選択する事くらいは許されよう。

***

「貴殿の龍は幸せだな」
 入浴後、濡れた髪を大人しく預けてくれていたヌヴィレットが呟いた。今が好機とオイルをつけ、ドライヤーをかけ、梳った髪を纏めるまで世話を焼いて密かな達成感に胸中で拳を握っていたところだったリオセスリは首を傾げる。
「リオセスリどのはわたしが貴殿の龍と同じ水龍というだけでこんなによくしてくれる。鍾離どのも言っていたが、本当に大切にされているのだな、貴殿の龍は」
まあ、大切にしてるつもりではあるが
 前へと流した髪を手慰みにいじりながらぽつりぽつりと口にされるその内容は、本人から聞いていると思うとなんとも言えない気持ちになる。なお本人に伝わっているかどうかが現在一番の気掛かりだったりもする。
「貴殿のような人間がつがいで、貴殿の龍も誇らしいだろう」
 ぽそ、と落ちた言葉に目が丸くなった。
「俺が龍のつがいに見えるのかい?」
「違うのか?」
 ぱ、とこちらを向いたヌヴィレットの顔にははっきりと意外ですと書かれている。思わず肩を竦めた。
「俺はなってもいいと思ってるんだが、相手が首を振ってくれないんだよな」
 ヌヴィレットは生き物が、定められた命数のもとで懸命に生きる姿を たっとんでいると言う。自分と えにしを結ぶことはリオセスリの命数を歪めてしまうからそれはしない、と。
 リオセスリにしてみれば番うことと命数を歪めることがイコールで繋がっているのも奇妙な話だと思うが、龍種には龍種の規則があるのだろう。どちらにせよヌヴィレットがこの想いに是を返してくれた時点でこの一生はこのひとに捧げると決めてしまったから、そのうち指輪くらいは贈らせてもらうつもりでいる。人の規則に則ったつがいの証くらいは、せめて持っていたいし持っていて欲しい。
「もったいない。貴殿のような存在は希有なものだ。わたしだったら絶対に捕まえておくのに」
ふは、」
 つがいにしてくれない張本人(龍?)がむぅと眉を寄せる様がおかしくて吹き出すと、ヌヴィレットはことりと首を傾げる。
「何か愉快な事を言っただろうか?」
「いや、気にしないでくれ」
 肩を揺らすリオセスリを不思議そうに見つめていたヌヴィレットは、ひとつまたたくと少しばかり真剣な顔で口を開く。
「貴殿の龍はどんな龍なのだ?」
「ん? そうだなぁとても美しいひとだ」
 見目もそうだけれど、人の世へ向き合い、人の中で生きようとする姿勢が。長きにわたって人の負の感情に触れ続けてなお真っ直ぐな在り方が。とても美しいと、そう思う。時々びっくりするほど純粋で、不器用ながらに一生懸命想いを伝えてくれようとするところはとても可愛い、というのは、常の彼の矜持のために胸の内に留めておく。彼自身相手に何をと思わないでもないけれど。
「ふむ人間は美しいものを好むという。貴殿もそうなのだな」
「いや。愛したひとがとびきり美人だった、ってだけさ」
 なるほど、とでも言いたげな小さなヌヴィレットの言にはすぐに首を振る。確かに一度見たら忘れられない美貌ではあるけれど、ヌヴィレットがヌヴィレットであるのなら、姿形が変わってもリオセスリはまた恋に落ちるだろう。
……うん」
 黙り込んでいたヌヴィレットは、自分の中で何かを決断したのだろう声を漏らして顔を上げる。
「急いで大きくなって貴殿の目に適う”美人”になってみせる」
急だなぁ」
 突然の決意表明に目を丸くするリオセスリの前で、小さな龍は小さな拳を握り。
「貴殿の龍に追いついて直談判する。必ず納得させてみせるので、そうしたらわたしをつがいにして欲しい」
 アメジストを煌めかせて、それはもう熱烈に、そんなことを言うものだから。
「はは! そこまで言ってもらえるなんて嬉しいね」
 その身体を抱きしめる以外の選択肢なんてリオセスリにはないのだ。
 なので貴殿の龍にそう伝えておいて欲しい。心地良さげに腕の中に収まっていたヌヴィレットが思い出したように言うのに、伝えておくよと笑いをかみ殺す。未来の自分(便宜上だ)に対抗心を燃やす『貴殿の龍』が、可愛くて仕方なかった。