1話✧乱械

✧執筆協力
まめこ様

✧スチル協力
秋楽みのる様米2ろう様つきしろ様



もう少し、と言った彼女の言葉に反し、結局一行は数十分森を歩いた。
そしてやがて開けた場所に出たかと思うと、目の前には賑やかな街が見える。街並みは今からすれば大昔の二十一世紀とあまり変わりのないようにも見えるが、如何せん、彼らは違った。彼らの生きた時代は二十一世紀よりもだいぶ前なのだ。どれもこれも真新しいものばかりに見える。最古の生まれのグラディエーターは特に目新しいのだろう。目に飛び込んでくるもの全てに疑問符が飛びまくっている。

「な、なんなんだこれは!!??なんだあの塔は!!??なぜあんなに光が跳ね返っているんだ!!??まさか壁一面がガラスなのか!!!???」

「あの大きな壁、中に人が入っていますあんな大きな人いるわけが無い、きっと魔女です!!一体どんな魔法を使ってあれじゃぁ燃やせない……!」

フィリップは目の前にある街中ヴィジョンのモニターに釘付けだ。

?なんだあの鳥いや蝶、か?羽ばたきもせず空を移動しているぞ?」

車輪刑の男、改めてラートと名付けられた彼は、青空を突き進んでいく飛行機に興味津々だ。

「あの箱、一体なんなんです?自動車、に見えますけど、あんなに早く走れるわけが

ルフレは見た事のある箱型の車両を見て、自分の知っているものとの相違に驚いていた。

「こ、これが陸地の街並み!!!港町や工場とは大違いですね!!!」

白浪は陸地の街自体が珍しいようだ。ほとんどを海か造船所で過ごした彼にとっては仕方ないことだろう。

「哇!!見た事ないもんばっかやなぁ〜!!あのお店何を売っとるんやろう?えっとあさいーぼーる?アサリ、のボール……?」

樊凌は食べ物に興味があるようで、あちこちの店に目を向けていた。...アサリのボール...それはどんなボールだ。

「ちょっと普通の街並みにそんなに驚いてたら人間たちから怪しまれるじゃないですかほら、色んな人がこっちを見てるあぁもう最悪だ……てか、あの人たちなんでみんな手元見て歩いてるんですかなにあの板

ガスチェンバーの男、改めシアノは目立つことが苦手なのか、騒がしい連中に気が気では無いのだが、先程から人間たちが熱心に見ている板、今で言うスマートフォンが気になるようだ。

唯一、そんな街並みを見ても「懐かしさ」を感じていたのはカラベラフィルムだ。

‪「あぁ久しぶりの光景だ人々はここまで平和な営みを取り戻していたのか

すると、そんなおのぼりさん御一行に行きずりの人間が声をかけてきた。

「あの、そんなにキョロキョロして何か探し物でも?道案内でしたら僕が

突然声をかけられ、一同は戸惑った。騒ぎすぎた上に、彼らの格好といったらあまりに統一性のない派手な出で立ちだからだ。八人はどう応対したらいのか分からずまごついていると、ナーデルがすっ、と会話に入ってきた。

「すみません、田舎出身の者たちでして高層ビルに慣れていないのです。困ってる訳ではありませんのでご安心ください」

「あぁ!そうだったんですね!ぜひ楽しんでいってください!まだまだ面白いものや見慣れないものも沢山あると思うので!」

声をかけてきた人間は八人を見てにこやかに微笑む。
お心遣いありがとうございます、と言って礼を告げるナーデルに、彼は手を振って一行から離れていった。

「いきなり話しかけてくるなんてなかなか肝が据わった人間ですね」

ルフレがボソリと呟く。

身なりで怪しまれるかと思ったけど何も言われませんでしたねよく見てみれば街ゆく人も個性豊かな服を着てる

シアノはやっぱり悪目立ちしてる、と思っていたが、見渡せば周りの人間たちも我々に負けない派手な出で立ちだった。

「あの人の髪、黄緑じゃないですか!!な、何をしたらあんな色にそれに服も、どうして海軍兵士の制服を女性が

白浪は派手な頭の色をしたセーラー服の学生に驚いている。

「あれぇ、あっちはボクのところの服やぁ?けどボクの国じゃ見慣れん顔つきやなぁ……

街ゆく人は髪型も服装も個性豊かで、シンプルな服装の人もいれば伝統服を着ている人、季節外れの服装をしている人、仮装と思ってしまうような服装をしている人もいる。しかし誰一人としてそれに違和感を抱いている様子はない。

「人間たちの服装が気になりますか?」

ナーデルが械達に問いかけると、彼らはこくこくと頷いた。

「この時代では相手の存在はもちろん、趣味嗜好を否定するような言葉は全て暗黙のルールで禁止されています。皆様にも分かるように言うとそうですね、ヤハウェの名前を言ってはいけない、みたいな感覚でしょうか?」

言ってはいけない、と言いながらサラリと神の名前を言うナーデルにラートをはじめ、ルフレやシアノが反応する。

「そう、この世界の人々は少しでも否定されたと思えば今の皆様みたいな反応をするのですよ。結果的に否定的と捉えられる言葉は使われなくなり消えていく。相手外見にふれることすらタブーとされるようになり、誰も他人の服装を気にしなくなったのです。」

自分たちの反応を上手く説明に使われてしまったことに不服そうな顔をしながらも、彼はなるほど、と納得した。

「言葉といえば

彼女の話の中で新たな疑問を浮かべたカラベラフィルムは声を漏らす。

‪「そもそも私たちが用いているこの言語はどこの言葉だ?目に入る文字も耳に入ってくる言葉も全て聞き馴染みがないにも関わらず意味が理解出来ている

カラベラフィルムの問いかけに、皆一様にはっとした表情を見せた。そもそも、この八人ですら同じ言語を話していること自体、不思議な事だったのだ。
各国で使用された水責めのカラベラフィルムだけならまだしも、中国でしか使用されていなかった樊凌とイタリアの建造物のみで行われたグラディエーターの言語が通じるはずがない。それに今自分たちが使っている言語に加え自分達に馴染み深い言語も覚えている。
樊凌がそのいい例だろう。

「今私たちが用いているのは全世界共通語です。そうですね300年ほど前からでしょうか?それ以前は英語を全世界共通語にしようとしていましたが、愛国心の強い方々がそれを反対し最終的に全く新しい言語を作ることになったのです」

ナーデルの言葉にいち早く反応したのは白浪だった。

「え、英語で統一!?それは僕も反対します!!御国の言葉よりも敵国の言葉を使うなんて僕には

彼の時代、敵国の言葉である英語はことごとく排除され、それまで横文字で使っていた言葉も日本語に置き換えられていた。例えば野球の「ストライク」は「よし」、「アウト」は「ひけ」、「セーフ」は「安全」と置き換えられ、もはや何をしているのかわからない、締まりのないものになった。

「そうですね。確かにそう言った意見もあったでしょう。けれど私たち同様、各国の言葉は廃れていき今では母国語を使う人いや覚えてる人でさえ極わずかでしょう」

ナーデルの言葉に一同微妙な顔をしていた。やはり、母国の言語が失われ、他国の言語に一新されるのは耐え難い。

「フランス語の代わりに英語、ですか確かに僕もちょっと嫌かもしれないですね〜」

ルフレがそう言うと、英語圏の出身であるカラベラフィルムとシアノはどことなく気まずい顔をしていた。

「けど、嫌な人もそこそこいたなら革命とか反乱とか起きたんじゃないんですか?数千年もあれば何十回と起きてるでしょう?」

続くルフレの言葉に、うんうん、と頷いている面々を見て、ナーデルはなにか思うところがあるのか、少し思案して独り言を呟いた。

なるほど皆様が思っている人間と現代の人間は想像以上にかけ離れてるのかもしれませんねまぁそれもそうですね

すると、ナーデルは少し先に走っている子供を見つける。

「百聞は一見にしかず、です。皆様、よく見ていてくださいね」

にこりと械達に微笑むと子供に近づいて行く。子供は自分の方に向かってくる豪奢なドレス姿のナーデルを不思議そうに見ていた。

「おやおや、可愛らしいお坊ちゃんだこと頭を撫でてもいいかしら?」

ナーデルは子供と目を合わせるようにしゃがみこむ。子供は嬉しそうにこくこくと頷いた。
それを確認すると、彼女はありがとう、と呟く。

パンッ_!

およそ「頭を撫でた」とは思えない小気味よい音が街中に響き渡る。

「っなナーデル殿……!?」
「あらぁえらい勢いよくいったなぁデルちゃん

それに驚いた白浪と樊凌は目を大きく見開いた。もちろん、ほかの械達も同様だ。

ナーデルはにこやかな表情のまま、その子供の頬を思いっきりビンタしたのだ。力加減を間違えたのか、はたまた、頭を撫でられると思っていたせいで予期せぬ張り手に驚いたのか、その勢いで子供はよろけて転んでしまった。
子供は何が起きたか分からず頬を抑え、地面に座り込んでいる。徐々に驚きより痛みを感じ始めたのか、その両目は潤んでいた。


「__〜!?」

すると、少し離れた場所から母親と思わしき女性が駆けつけ、子供を抱き起こす。

「あらあら痛かったね、けどすぐに良くなるからね

母親は涙目の子供を宥め、子供もこくこくと頷いている。けれど母親がナーデルを警戒する様子は無い。今目の前で子供が見ず知らずの女に理不尽に叩かれたのにも関わらずだ。

「あの、_が何かしましたか?もしかして、言っちゃいけないことを言ってしまったり?」

母親は叩いたナーデルの方に視線を向けて、何故か申し訳なさそうに尋ねた。

「いえ、撫でようと思ったのですが手を滑らせてしまってごめんね、僕。痛かったかしら?」

手が滑ってビンタ...どんな滑り方をしたらそんなことになるのか。言い訳にしても程がある。誰もがそう思っていた。大抵、自分の子供が理不尽な暴力に晒されれば、親はヒステリックになるものだ。しかし、母親は顔を顰めることすらしない。子供にいたってはそんな理不尽を訴え泣くことも無く、にこりと笑って答えた。

「ううん、だいじょうぶ

間違いなら仕方がないですね、と母親は笑い、そのまま親子は歩いて行った。ナーデルも何事もなかったかのようににこやかに彼らに手を振っている。

「?なんだ、まさかもう解決したのか!?ナーデルとあの母親でてっきり乱闘でも起こすかと思ったが

グラディエーターはまるで落し物を拾ってあげたくらいの軽いやり取りで去っていった親子を信じられない顔で見ていた。

「理不尽に子供が叩かれたことに気付いていないのか?」

ラートも、同じように驚いている。
全員がその親子の違和感に首を傾げる。けれど何となくおかしい、ということは分かるが、明確に何がおかしいのか言葉にできない。
ナーデルはこちらに戻りながら彼らが感じている感覚の違いを説明する。

「この世界の人間に敵対心というものは存在しない。恐怖の感覚が狂っているんですよ。」

敵対心がない?械達はますます混乱した。

……あなたたちが消えた数千年の間に幾つもの戦争が起きました。その中でも特に歴史に大きな影響を与えたのが第三次世界大戦、そして第八次世界大戦です」

「第八次僕の時代から六つも戦争が起きたってことですか?そんなにも、戦争は続くのですね

白浪はどこか憂鬱な表情をしている。

「第八次世界大戦が起きたのは600年ほど前。その際に人間の文明の多くが喪失しました。それから数百年の月日を重ね人類は徹底的に争いが生まれない環境を作り上げたのです」

「600年なるほど、その過程で私の存在も消えたのか

ナーデルの説明にカラベラフィルムは納得したように頷く。

「水責め、カラベラフィルム様だけではありません。そもそも第三次世界大戦が起きた後に拷問など非人道的なものを全て排除する運動があったのです。その反面、列記とした歴史の一部だと我々の記録を残そうとする方々もいました」

人間は記憶だけでなく記録に残す生き物だ。それは、積み重ねてきた自分たちの功績を後世に伝えるだけでなく、悪しき記憶を戒めとして後世に警告するためでもあったはずだ。

「けれど第八次世界大戦終戦後はそうもいかなかったのです。徹底的に消さなければ人間はまた過ちを繰り返すそうして少しでも好戦的な態度を取れば法律違反で逮捕される、なんて時代があったのです。」

矛盾した行動だと誰もが思った。しかし、人間は平和を得るために戦争を起こしてきた。そう思えば、その極端な行動も人間らしいのかもしれない。

思考の自由を訴える人はいなかったんですか

シアノは尋ねた。自由の国生まれの彼には信じられないことだろう。また他の械に比べ彼の思考は基本的人権を尊重する現代人に近い。

「もちろんいましたよ。けれど攻撃的な思考は殺人と同じ、殺人が許されるはずがない、そんな暴論で国際組織は人間たちの本能そのものの思考すら変えたのです。」

この世には自己家畜化という言葉が存在する。人間に飼い慣らされることで攻撃性が低下していくというものだ。これはオオカミから家畜化された犬や、ヤマネコから家畜化された猫などがよく例にあげられる。
そしてこれは人間にも当てはまる。
原始的な暮らしをしていた頃の人間は群れで生活するため協調性が重要視された。過剰に攻撃的な者は周りの者が恐れ近付かない。結果的に子孫を残すことが出来なくなる。そうすれば自ずと気性の穏やか遺伝子のみが残る。
人間が噂を好むのは他人の悪口を共有し合うことで常に自分には味方がいると感じていたいからだ。これも大昔から群れで生活していた人類の本能が由来している。

これらと同じ現象が完全に統制され、繰り返されたことで出来上がったのが、この平叶250年の世界なのだ。

徹底的な思想の管理。どうしてそれがダメなのか知っているものはいなくなり、そしてそれに疑問を抱くものすらいなくなった。結果、敵対心のない者のみが残った世界。
そう聞けば武器や争いという概念そのものが存在しないのも納得であった。

「なんやそれそんなん飼い慣らされとるのと変わらんやん

樊凌は嫌そうな顔で呟いた。

「しかも、飼い慣らしているのは自分自身いや自分たちの祖先具体的な対象がいない以上、本人たちが飼い慣らされている事実を自覚するのは不可能に近いでしょう」

ナーデルの話に全員がこの世界の何がおかしいのか、理解したようだった。怒と哀の感情が欠落した世界。一見幸せに見えて、それは不完全な世界だ。喜楽な世界も行き過ぎると不気味以外の何ものでもない。

そして、先に説明された、血塗られた過去を思い出させる、その目標が、自分たちが想像想像していたよりも遥かに難しいことを械たちは改めて実感した。
そもそも持ち合わせていない「悪」の心を刺激して、見たことも聞いたこともない自分たちの存在を知らしめる...。それは、何も無いところに金を錬成するくらい難しいことだろう。

万が一、この状態で戦争が始まってしまったら?」

これだけの科学技術を持ってる人間に武器なんて作らせたらそれこそ地球が無くなりますよ

白浪の小さなつぶやきに返答をしたのはシアノだった。シアノは彼の容姿と名前を聞いた時、なんとも複雑な心境をしていた。
彼の横顔を見ながら1つの兵器の存在を思い出す。

「それも私達がこの目的を達成させなければならない理由でもあります。人類がいなくなればそれこそ私達は消えてしまう。」

その言葉に意気込む者、さらに表情を暗くする者、不服そうな者それぞれの思いが表情に現れていた。

「今から一年間、私達全員で情報を集め、必ず、人間達に過去を思い出させる作戦を練るのです。」

ナーデルは押し黙ってしまった械達に微笑み、そう投げかけた。

「ここまで来た以上、私たちが足を止めることは出来ません」

彼らがこの平和な世界に錬成された理由。

欠落した世界を埋めるために、彼らが成すべきことは、ただひとつ。

この平和を壊すこと___

彼らが自分たちの存在とその意義を取り戻し、世界を補完する戦いが、今始まった。

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*1話 「乱階」✧ 終*