八人は錬成順に各々の席に座っていた。
グラディエーターはどこか嬉しそうに大きな目を爛々とさせながら少し前のめりに机の上に手を置いている。
その隣には樊凌がゆらゆらと海中を漂う昆布のように上半身を揺らしていた。
そんなゆらゆら揺れる隣で険しい表情をして座っているのは、『車輪刑』と名乗った無愛想な男。腕組みしてどんと構えた格好で実に雄々しい。
そんな彼と対象的なのはフィリップだ。肘を椅子の肘掛に預け、頬杖をついて退屈そうな顔で視線は虚ろだ。
その正面でまるで何か瞑想でもしている様子のカラベラフィルム。目を閉じ、きちっと背筋を伸ばして会話が始まるのを待っている。
その隣には手鏡できっちり揃えた前髪のチェックをしているルフレ。全員が座に着いたものの、一向に始まらないのが不満のようだ。チラチラとあちこち視線を彷徨わせている。
その隣は膝の上に拳を作り、背もたれにもたれることもなくしっかりと姿勢よく座るのは、白い軍服姿の白浪だ。視線はナーデルの方に向いている。足の角度、座る位置、全てが完璧だが、その顔は少しだけ緊張しているように見えた。
最後は、今日錬成されたばかりの全身真っ白な、ガスチェンバーと名乗った男だ。机に突っ伏して眠っているのだろうか...
すると程なくして、1番奥の椅子に座って無言で本をめくっていたナーデルが本を閉じた。
「
……それでは話し合いと行きましょう」
彼女の声を皮切りに、八人は待ってましたとばかりに口を開いた。
「やっとか!!待ちわびていたぞ!」
グラディエーターは前につんのめりそうな勢いで声を高らかに上げた。
「聞きたいことはぎょうさんあるけどなぁ
…まずは何から話してもらおうかぁ
…?」
樊凌は細い目をさらに細くしてのんびりした声で質問することをあれこれ思案している。
「そうですね
…まずは私たちが何なのか、からお答えしましょうか。皆様から嫌になるほど個別に聞かれましたからね」
既にナーデルは今日に至るまで、錬成された械たちに矢継ぎ早に質問攻めにあっていた。ただ、各々に都度都度答えていては効率が悪く、最後の械が錬成されるその日まで答えることはしなかったのだ。
「"械"として再び力を得た私達の目的は 人間達に血塗られた過去を思い出させること。」
錬成された彼らの目的についてそう述べると、眉間に皺を寄せたカラベラフィルムは納得できないのか、小さく挙手をしてから尋ねた。
「"械"、とはなんだろうか。それに、血塗られた過去とは
…」
「おやおや、カラベラフィルム様、まだ私が話している途中ですよ。」
ナーデルは質問を途中で遮って薄く笑みを浮かべる。その言葉にカラベラフィルムは咄嗟に口を塞いだ。
「械
…というのは処刑器具、処刑方法、拷問器具、兵器
…人間に対して殺傷能力のある私たちのような存在の総称です。そして私たちは械に対する強い想いを基に人の姿を模した存在。」
しかし、ナーデルはカラベラフィルムの問いかけにきっちりと答えた。己が何者なのか、それを明らかにしない限り今後の行動も方向性も決められないからだ。
「強い想いをもとに
…付喪神、のような物でしょうか
…」
白浪が思わずポツリと呟く。械、と言われたものが自国にいた古い伝承を連想させられたようだった。
「つくも神?それはなんだ?」
車輪刑の男は、聞いた事のない『神』の名前に敏感に反応し、やや食い気味に白浪に尋ねた。よもや声を聞かれていたとは思っていなかった白浪は聞き返された質問にたじろいでいる。
「えっと、付喪神というのは長い年月を経た道具などに精霊が宿り妖怪になったもの、のこと、です
…!」
戸惑いながらも、白浪が答える。すると今度は別方向から質問が飛んできた。
「妖怪?なんだか怪しいですね
…それらは魔女の使いですか?」
声の主は先程までは興味無さそうだったフィリップ。「魔女の使いなら...」とブツブツと呟いていたが、それは聞き取れなかった。白浪はまさか自分のささやかなつぶやきがここまで拡散するとは思っておらず戸惑っていた。
その様子に、ナーデルは深々とため息をつく。
パンッ!!という手を叩く音が響くと、ザワついていた面々はピタリと言葉を飲み込んだ。
「まだ、私が話している途中、ですからね。まだ重要なことを話しきっていないというのに
……」
ナーデルに叱られて、申し訳なさそうに縮こまる白浪。『神』ではなく、『精霊』だと聞いて興味をなくしたのかまた険しい顔に戻った車輪刑の男。フィリップだけは、もっと聞きたいのに、と不満顔だ。そんな三人を他所に、ナーデルは続ける。
「重要なことはこの時代に械と呼ばれるものは存在しないということ。現物はもちろん、武器や拷問という概念すらこの時代には存在しません。この時代に暮らしている人々は私たちのような物があったことすら覚えていないのです。」
「なっ、存在しない
…?一体どうして
…!」
存在しない、という言葉に、思わずグラディエーターは口から言葉が漏れてしまい、慌てて口を閉ざした。それは、ほかの械も同じ気持ちだったようだ。それまで前髪のチェックをしていたルフレもナーデルに視線を移し、更には先程まで机に突っ伏していたガスチェンバーの男も体を起こしてナーデルの続く言葉を待っている。
ナーデルは全員が自身の話に興味を示したことを確認すると、続きを話し始めた。
「話せば長くなりますので経緯は後ほどご説明致します。ここは平叶250年。戦争、飢餓、私たちが想像し得る人類を苦しめる原因は無くなり全世界が平和になった、あなた方からしたら数千年後の世界です。争いや犯罪という概念も消え、俗に言う“悪”は存在しません。そのため法律や刑罰もなく、意見のすれ違いは話し合いで解決する
…人類の目指した平和そのものの世界です。」
ナーデルの言葉は彼らには到底理解できない事だった。人間の負の感情や罪人が当たり前に蔓延っていた時代にいた彼らにしたら、寝耳に水だ。人間はいつの時代でも、幾度となく同じ過ちを繰り返してきた。そういう生き物なのだと思っていたからだ。だから、我々がいるのだ、とさえ考えていた。先程まで海中の昆布のように揺れていた樊凌はピタリと動きを止めて顔を曇らせた。
「悪が存在せん、なんて有り得んやろぉ?」
どこか白々しい笑顔で樊凌が言うと、ナーデルは微笑んで答える。
「いえ、それが不思議なことに有り得るのです。私もこの時代に初めて来た際は驚きました。」
「
……あー
……罪人も傷付ける相手もいない
……使う必要が無くなった
…だから消えた
…ってわけですか
……」
白髪の彼がガスマスク越しに気だるげに結論づける。彼は先程の説明に納得したようだったが、他のもの達はそうではなかった。特に樊凌は全く理解も納得も受け入れることも出来ていないようだ。
「それにしても、概念すら存在せぇへんってのはあまりにもおかしぃんやないの?」
樊凌がそう言うと、それに同調するようにルフレが続けた。
「そうですよ。本人に罪の意識が無くても他人を傷付けてることだってあるんです。もし事故で人を殺した場合はどうなるんですか?人間が罪を犯さなくなるわけが無い。」
数人がそうだ、とばかりに頷いている。
さらに疑問が続く。
「覚えていない、というのもおかしいのでは無いだろうか。何千年という月日が経っていたとしても文献や言い伝えで歴史というのは紡がれるはずだ。実際に数億年前の古代生物の存在すら知られているではないか。」
カラベラフィルムは脳内で自身の記憶の範囲と今の正暦を照らし合わせていた。記憶がほとんど残っていないにしろ、最後に自分が使用されたのは数千年も昔では無いことは確実だ。自然に武器などの概念が消えたにしてはあまりにも期間が短すぎる。この場にいる械の中で最も人類の歴史を見てきた彼だからこそ、どうして彼女が言うほど綺麗に人類に忘れ去られてしまったのかが疑問だった。
カラベラフィルムの問いかけが終わると、ナーデルは静かに口を開く。
「それでは、皆様方は古代文明の拷問方法を全てご存知ですか?それより前、人類が猿人だった時代の処刑方法は?」
ナーデルの言葉に、それまで疑問を投げかけていた全員が押し黙った。その問を答えられるものはこの場にはいないからだ。答えられたところで"他のものが存在しなかった証拠"というものが存在しない。
「人が死ぬ時は忘れられた時。そのようにこの世に存在するものは記憶から消えた瞬間に無かったものとなる。そうなれば二度と戻ることは無い。それが形を持たないものなら尚更でしょう。現に私たちはもう消えた存在なのです。
それに私の存在は
…いや、これは後ほど説明しましょう。きっとまだ皆様の思考が追いついていないでしょうし
…」
彼女の言うとおり彼らはまだ今までの説明を全て咀嚼しきれていなかった。いきなり自分たちの存在が消えた、概念すらない、なんて言われてもそう簡単に納得はできないだろう。
ただ一つだけ理解が追いついたのは自分たちたちが『消えた存在』ということだけだ。顔に影を落とす一同、その様子を見かね、グラディエーターが口を開いた。
「そうだ、私達の目的は人間達に血塗られた過去を思い出させること、と言ったがそれはどういう意味だ?」
その問いかけに、ナーデルは失念していたとばかりににっこりと微笑む。
「それも説明しなければいけませんでしたね。消えた存在の私たちは人の姿を手にして再びこの世界に戻ってきました。今の私は存在している。
今のこの体の私たちであれば、械の存在を取り戻すことができるんです。」
械の存在を取り戻すことが出来る、その言葉に先程まで暗い表情をしていた彼らの顔が明るくなる。
「つまりは、平和ボケした人間達を懲らしめよう、って訳ですね」
ルフレが嬉しそうにそう言うと、息を吹き返したように樊凌はまた上半身を揺らしはじめた。
「なんやぁそういうことならはよぉ言ってや。それやったらァめっちゃ楽しみやわぁ〜!♡」
「それに、ここに人の姿を持って存在するほど皆様には叶えたい物事があるのでしょう?怨念に近いような、強い想いがなければ人の姿になるなんてできませんから。今の私達にはこの時代を大きく変えることも、過去に戻って歴史を変えることもできるのです」
ナーデルはそう言って古びた懐中時計を見せる。
『叶えたい物事』という言葉に、全員の目が鋭く光る。
全員の視線が自分に向いたこと、全員が今の状況を理解したことに満足げにナーデルは笑みを浮かべた。
「難しいことは考えなくて大丈夫。考えたところで思考が迷走するだけです。
ただ、皆様は皆様の願望を叶えれば良いだけなんですよ。どれだけの犠牲を出したとしても。」
そう言うと、ナーデルは静かに椅子から立ち上がる。
「私欲のために大勢の人間の幸せを壊す
……私達らしくて良いでしょう?」
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