かみや
2024-12-25 19:47:08
8419文字
Public えーすり
 

Happy Christmas

クリスマス前後の好きカプSS詰め込みました。
リンクから各ページに飛べます。お好きなものをお楽しみください!メリークリスマス🎄🎅✨


12/24 23:03(千至)


都会の夜景は残業で出来ている。
なんのネタだったかなと回らない頭でぼんやり考えてみたがやっぱり思い浮かばないまま、至は窓の外に広がる光の群れを眺めてため息をついた。
12月24日。クリスマスイブ。
世間が浮かれていようがいまいが会社にとってはただの平日であり、師走の名のごとく忙しない繁忙期であり、聖なる夜だからと浮かれることなく正しく回っていく。
明日、25日は何がなんでも定時退社しなくてはならない。その為に前倒しで仕事を片付けるべく、至は連日残業している。繁忙期とあって他の社員たちも多く残業していて、この時間でもオフィスには煌々と灯りがついていた。警備員の見回りまであと1時間。なんだこの退勤RTA。こちとらやりたくてやってんじゃねーんだわ。心の中で毒づきながらデスクの脇に置いていた缶コーヒーをグッと煽る。楽しみだと桜が咲くような笑顔でそう言った春の嫁と息子たちに、楽しそうにクリスマスツリーに飾りつけをしていた夏の子どもたち。数日前から料理の準備に張り切っている秋の母と、あらゆる伝手を駆使して高級な酒を集めている秋の父と冬の大人たち。コーヒーの苦みが喉を落ちる間、わくわくと明日を待ち侘びている皆の姿が、キラキラと走馬灯のように駆け巡った。
そして今もきっと別のフロアで奮闘しているであろう、春の彼の横顔も。
あークソやってやんよ俺を誰だと思ってるたるちだぞ。コンと小気味良い音を立ててデスクに缶を戻すと、至は小さく気合いを入れてディスプレイを睨みつけるようにして再びキーボードを叩き出した。

いくつかの書類と報告書が出来上がってはたと時計を見ると、警備員が見回りに来るまで15分を切っていた。ほとんど上の空で何人かに挨拶をしたような気がするが、いつの間にかオフィスには至だけしか残っていなかった。
深いため息をついてスマホを取り出すとLIMEの通知が1件。
お疲れ。ここで待ってる。
緑のうさぎが店のURLとともに簡潔に告げる内容は、今より結構前の時間に届いていた。
……まじか」
思わず目を見開く。自分よりも仕事量の多い彼が、明日の定時退社のためにさらに膨大な仕事量をこなしているであろうことは想像に難くない。その証拠にここ数日は出社も退社も別々で社内ですれ違うこともほとんどなければ、寮でも同部屋だというのにろくに話もできていなかった。
ふわり、疲れた心が浮き上がるような心地に口角が解ける。
了解!と敬礼するうさぎのスタンプを返して至は急いで荷物をまとめた。



送られてきた店は会社のビルの近くにある喫茶店だった。
窓際の席でPCを開いて作業している彼を見つけ、こつこつ店の窓ガラスを叩くと、ブルーグレーがゆっくりとこちらを向いてふわりと弧を描いた。
「先輩おつです。お待たせしました」
「お疲れ。大丈夫だよ」
「仕事してました?」
「まあね。もう終わったよ。茅ヶ崎も明日は大丈夫そうか?」
「はい。なんとか終わらせてきました」
コートを脱ぎながら席に着くと、ノートPCを閉じて先輩こと千景がメニューを手渡した。
「何か軽く食べたら。ここ、ピザトーストがおすすめなんだって」
「お、まじか。ていうか先輩は?なんか食べました?」
「そうだな。俺も何か食べようかな」
「え。もしかして、待っててくれたんですか」
洒落た字体で書かれたメニューから顔を上げて彼を見るとブルーグレーはやっぱり弧を描いていて、
「うん、」
子どものようにこくりと一つ頷くその顔にはうっすらと疲れが滲んでいて、けれど、どこか嬉しそうにも見えた。いや、うん、て。スマートで涼しげにしている彼のあどけない返事に浮き上がった心がギュッと掴まれたような気がしてふやりと崩れそうになる口角に力を入れる。
「じゃあ、ピザトーストと……あ、このスパイスチキンサンド頼んでシェアしますか」
「うん」
いやだから、うん、て。再びギュッと掴まれた心に崩れそうになっている口角へ「んんん」と力を入れて耐えていると、至へ水を運んできた店員に彼はいつもの様子で注文していた。

「んあー結構ボリュームありましたね」
「そう?ちょうどよかったよ」
「胃までチートとか」
「胃がチートってなんだ」
店を出て、寒さに身を縮こませながら薄い腹をさする至を横目に見て千景は息を白く染めて微かに笑う。
「明日は臣シェフのご馳走じゃないですか。で、明日のために最低限に抑えてきた忘年会がここぞとばかりに連チャンなんですよ。たるち胃袋終了のお知らせ」
「胃薬とウコンでも飲んどけ」
「正論は求めてません」
遅い時間だというのに街は色とりどりの光に溢れ、すれ違う人々もどこか色めきながら誰もが浮かれている、そんな気がする。だって今夜はクリスマスイブだ。
「茅ヶ崎」
不意に名前を呼ばれて見上げると、街の光を反射してきらりと光るブルーグレーとぶつかった。
「このまま帰るのやめようか」
街の喧騒がさっと遠のく。千景の言葉を反芻して、噛み砕いて、飲み込んで。
…………へ?」
ポカンと口を半開きにしてぱちりと瞬きをする至に「茅ヶ崎さん」の面影はなく、千景はふはっと白い息を吐き出して笑った。
「今エロいこと考えただろ」
「は!?いや今の流れは絶対そうだったでしょ」
「残念ながらホテルはどこも満室だよ。せいなる夜だからね」
「絶対違う『せい』じゃんそれ」
くつくつ喉で笑いながら千景はコートのポケットから車のキーを取り出してチャリンとかざして見せた。
「ちょっと遠回りして帰ろう。夜景の綺麗なところでも見ながら」
「夜景の綺麗なところ」
「そう、夜景の綺麗なところ」
「先輩知ってますか。都会の夜景は残業で出来てるんですよ」
「お前の方がノーロマンだな。まあ明日のためにお互い頑張ったんだし、ここは企業戦士たちに敬意を払って楽しませてもらってもバチは当たらないんじゃない?」
何せ今夜はクリスマスイブだからね。
おどけたように千景が肩をすくめてみせた。
……んんん……、くそ……、ノーロマン先輩のくせに……
優しい響きを持った千景の声が胸の奥を撫でるのが心地よくて、またゆるゆると口角が緩みそうになる。これ以上口角に力を入れたら筋肉痛になるし歯も割れそう。いつの間にか立ち止まってしまった至を3歩先で振り返った千景はふわっと白い息で笑い、至の元へ戻ってその柔らかな髪の毛を手で梳いた。
ふわりさらりと髪を梳く大きな手からじわりと温もりが伝わってくる。そっと見上げると、カフェで見たあのどこか嬉しそうな顔で千景がこちらを見下ろしていて、ギュッとまた心が掴まれたような気がした。そして「嫌?」とあざとく小首を傾げられてしまえば、もう限界だった。
……、嫌じゃないです!」
いよいよ決壊した唇からふはっと吐き出した吐息が白く染まる。同じように崩れた唇から白い息で笑った千景は、髪の毛から手を離すと手袋をしていない冷たい至の手をとって自分のコートのポケットの中へすっぽり納めた。
色とりどりの光が溢れる街中で、色めき立つ人々はきっと自分たちなんかこれっぽっちも眼中にない。
だって今夜はクリスマスイブだ。