かみや
2024-12-25 19:47:08
8419文字
Public えーすり
 

Happy Christmas

クリスマス前後の好きカプSS詰め込みました。
リンクから各ページに飛べます。お好きなものをお楽しみください!メリークリスマス🎄🎅✨


12/23 14:47(臣万)


甘いものが欲しい。
脳がそう叫んで、万里は細長いため息をついて天を仰いだ。大学の課題に行き詰まってイライラし始めたところだった。
コーヒーを淹れて、何か糖分をぶち込もう。そう思い廊下を歩いていると、甘い香りがふわりと誘うように鼻腔をくすぐった。
談話室のドアを開けると一層強くなったその香りに迎えられて、キッチンの方にいた臣が「ああ万里。ちょうど声かけようと思ってたんだ」と笑いかけた。
ダイニングテーブルにずらりと並んでいるのは、こんがりと焼き色がついて艶やかに光る、
「お、パイじゃん」
「ミートパイとポットパイとアップルパイ。今年は初代と裏方の人たちも来るだろ?もう少しバリエーションがあった方がいいかと思ってクリスマス用のメニューの試作をしていたんだが、ちょっと作りすぎちまって」
「いや作りすぎって量じゃねーだろ。業者かって」
困ったように眉をハの字に下げて笑う臣に、万里も眉を下げる。美しい編み込みや装飾のされたホールのパイも、赤いカップの上でこんがり焼かれたパイも、店で提供しても全く遜色のないレベルだ。
「まあ人数はいんだしすぐなくなるだろ」
「はは、そうだな」
チーン。背後のオーブンが景気良く焼き上がりを告げる音に「おいおいまだなんか焼いてんのかよ」と万里が目を丸くすると臣はにこりと笑い、大きな背中を丸めていそいそとオーブンの方へ向かっていく。なんとなくその後に着いていくと、ミトンをつけた大きな手が開いたオーブンの扉からバターの香りが一斉に溢れてきた。
「アップルパイ。余った生地で作ったんだ」
庫内から取り出した天板の上には半月型のパイが二つ。ツヤツヤの焼き目を輝かせていた。かすかにじゅわじゅわとバターの焼ける音がして「おお」と思わず感嘆が漏れる。
「試作のパイより中のフィリングはシナモン多めにしたんだ。万里、好きだったよな」
思いがけない言葉にパイから臣へ視線を移すと、琥珀色の瞳が蜂蜜のようにとろりと緩んでこちらを見下ろしていた。甘い。甘くて、喉から胸まで焼けてしまいそうで万里はそっと息を呑んだ。
「課題やってたんだろ?息抜きにどうかと思って」
万里の様子に気づいているのかいないのか、天板を調理台の上に置きながら臣が再びにこりと笑った。そしてそっと耳元に顔を寄せて、
「みんなには内緒な」
耳の奥に蜂蜜がひとしずく落ちるような囁きだった。波紋が広がるようにじわりと耳が熱くなってゆるゆると緩んでいく唇を手で隠す。やっぱり、甘い。秋組のアメ係である彼から与えられるそれが、ただ甘やかすだけの甘さではないことに胸の奥がくすぐったくてたまらない。
……おー。ならコーヒー淹れるわ。元々そのつもりで来たし」
とろりと絡みつくような甘い視線と胸のくすぐったさから逃れるようにして、万里は戸棚を開けるとストックしている豆を取り出す。

バターの甘い香りにコーヒーの香ばしい香りが重なって、ダイニングがより馥郁とした空間に変わった。
「ほい」
「ああ、ありがとな」
パイの乗った皿をテーブルに並べる臣の前に香ばしく湯気の立つマグカップを置き、自分の分も持って向かいに腰掛ける。
「温かいうちに食おう」
「ん。いただきます」
さくり、ざく、ざく。フォークが小気味良い音を立ててパイを割る。ふんわりと湯気とともに現れた鼈甲色のフィリングからは甘酸っぱいリンゴと濃厚なシナモンの香りがして、思わず喉が鳴る。吸い寄せられるように口に入れると、サクサクのパイ生地から溢れるフィリングがとろりと熱く舌を焼いて「あっつ」と思わずこぼすと、向かいの臣は眉毛をハの字に下げて笑う。
「うま。やっぱ焼きたては美味いな。リンゴの味もちゃんとするしシナモンががっつり効いてて俺好みだわ。さすが臣」
「はは。そいつはよかった」
そう言って臣は一口コーヒーを啜って「万里が入れてくれたコーヒーも美味いよ」とまた眉毛をハの字に下げた。
穏やかな静けさの中で、サクサクとパイが崩れる音だけが心地よく響いている。
「大学、忙しそうだな」
「あーまあな。冬休み入ったら稽古とか色んな助っ人やらでなんやかんや忙しくなりそうだから課題くらいはさっさと終わらせちまおうと思って」
「そうか。あんまり無理するなよ」
「別に。こんくらいよゆー」
甘いテノールに滲む心配そうな色を片方の頬を上げて一蹴し、ふと顔を上げると大きな手のひらが伸びてきて万里の頬を包み込んだ。
「なんだか疲れた顔してるな。ちゃんと寝てるか?」
ぱちりと目が合う。琥珀色の瞳がこちらの様子をじっと観察するように見つめていた。分厚くて固い親指が目の下の薄い皮膚を労るように撫でる仕草も、「今夜寝る前にホットミルクでも作ろうか」と提案するところも、まるで。
……オカンか」
「はは。全く手のかかる子だなぁ、万里は」
妙な茶番に二人して吐息で笑い合う。固い親指がなぞるくすぐったさは胸のくすぐったさに似ている。労る言葉も仕草もオカンのそれだけれど、とろりとひとしずくの蜂蜜が落ちるような眼差しはオカンとは程遠い。
「まあこの時期はみんな忙しいよな」
「あー監督ちゃんも色んな劇団の手伝い呼ばれてバタバタしてるし、至さんたちも繁忙期だっつって毎日残業で帰り遅いもんな」
残りのパイを放り込み、コーヒーで流し込んだ万里は「ごっそさん」と手を合わせた。
「美味かったわ。サンキュな」
「いや。息抜きになったら何よりだ」
それぞれ皿とマグカップを持ってキッチンへ運び、シンクに置いた臣が一拍間を置いて「本当はな、」と眉尻を下げて照れたように笑った。
「最近忙しかっただろ。息抜きもだけど、俺が万里と顔を見てゆっくり話したかったんだ。アップルパイを餌に」
とろり、琥珀の瞳が溶ける。アメ係でもオカンでもないこの甘さがむずむずと胸の奥をくすぐる。「へーへー。見事に釣られましたよ」と苦笑いで誤魔化しながらがしがしと頭を搔く。
「ほんと、臣って甘いよなァ」
「そういう存在がいてもいいだろ」
「あとめっちゃオカン」
「まあよく言われるな」
「それから、」
「それから?」
半歩、隣へ距離を詰めて肩口を臣の二の腕のあたりへぴったりくっつける。
……俺のこと好き過ぎ」
「ははは。それはそうだな」
朗らかに笑った臣が肩に手を回してきたので、そのまま凭れかかる。急に照れくさくなって耳が熱くなるのが分かったけれど、10センチ近くも高い目線からならどうせ丸見えだ。
「だから余計に甘やかしたいんだよ」
旋毛の辺りにあたたかくて柔らかい感覚が触れて、全身に甘い痺れが走った。ああ、やっぱりこいつは。ゆっくり味わうように万里は震えるまつ毛を閉じる。水道の蛇口から水がひとしずく落ちて、ぴちゃんと音がした。
もうたっぷりと満たされている。頭の先からつま先まで、とろりと溢れそうなほどに。