サンタクロースは傍に

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。

2024年クリスマスネタ。
ウ教が急遽任務のためイブの日は里に不在。今年は一人でサンタ任務を頑張るハ♀だったが……

呼吸をする度に全身が引き締まり、湯気のような白息しらいきが、ほわんと空気に溶けていくのが見える。

ひやりと冷えた清爽せいそうな冬の空気は、夜空を鮮やかにしていた。

インクを滲ませたような紺碧色こんぺきいろ際立きわだつ、幻想の夜空の中、数多あまた星彩せいさいが白銀に煌めいて。

まるで世界そのものが、今夜が特別な夜であることを人々に示しているようだった。

そんな聖なる夜空に翔蟲の鮮緑せんりょく光糸こうしを放ち、流星の如く駆け抜ける人影。

不思議と夜空と星の中に溶け込んでいる、白い布製の袋を抱えた、一つの赤い影。

炎より落ち着いている鮮やかな赤は、慣れた様子で居住区の屋根上に立つと、そのままするりと通気口から屋内の土間へと、影が降りるが如く、足音なく降り立った。

畳の間ですやすやと眠る里のりんご飴屋の少女、コミツの布団の傍へと、猫のように静かに忍び寄って。

「ふふふっ……。メリークリスマス……!」

西洋の王国で覚えた、まだ慣れない今日を象徴する言葉。

それをおまじないのように笑顔で呟いてから、娘は手にしていた白い袋の中から小さな箱を取り出して、眠るコミツの枕元に置いた。
彼女が扱うリンゴのように愛らしい、赤いリボンで彩られた純白の箱。

不意に、布団の中で「んん……」とコミツが小さく呻きながら寝返りを打った。

娘が呼吸も動きも止め、気配を殺し、影と同化する。

そのまま、すう、すう、とまた寝息が響き始めたことを確認してから、娘は軽やかにまた通気口に上がり抜け、外へと出て行った。

慣れた様子で再び空へ翔蟲を放ち、流れ星となった娘は、たたら場前広場に着地する。

「よし、っと! これで配達完了!」

ようやく周囲を気にせず声が出せることに不思議と解放感を覚えながら、娘が「んーー」と大きく伸びをする。

手にしていた白い袋は空っぽになってくったりとしおれ、その光景すら彼女の笑顔を誘った。

(みんな、喜んでくれるといいなあ……)

先ほどまで聖夜の配達人として駆け抜けていた居住区の方向を見やり、瞳に星空をたたえながら、娘が「ふふっ」と白い吐息を零して微笑む。

今日は、12月24日──クリスマスイブの夜。

昨年のこの日 も、彼女は今日と同じ赤い衣装に身を包んで里のサンタクロースとなり、里の人々に贈り物を配達して回った。

贈り物は雑貨屋のカゲロウや王国騎士兼交易商ロンディーネが、里の人々を労うために好意で用意してくれたもの。

そこまでは昨年同様だが、唯一、決定的に違うのは、今年は独りで贈り物を配っていること。

(……去年は、ウツシ教官と一緒に配れてたのになあ……)

娘の師でもあり、恋仲でもある彼は、ギルドからも里長からも頼りにされ、日々数多の任務に駆け回る、とても多忙な人物。


──愛弟子、ごめん! 本当にごめんね!


本来ならば、今年も師弟であり恋人同士の二人で里のサンタクロースになるはずだった。

だが、数日前に娘の前で、ウツシは何度も頭を下げた。
急な任務が入ってしまって、その日は里に帰れない可能性が高いと。

(……任務が入ったのは、教官のせいじゃないのになぁ)

空っぽになった白い袋を持ち直しながら、娘は白銀の星が煌めく澄んだ夜空を見上げ、柔らかに目を細める。

同じ空の下、愛する人もきっと頑張っているに違いない。

そう思うだけで、娘の心はほわんと優しい温もりに包まれ、同時に切なく、きゅんと締め付けられた。

……ウツシ教官」

夜空に向けてぽつりと、最愛の人の名を呟けば、娘の心はますます締め付けられて。
そのまま胸から甘い熱が、じんわりと、波紋のように広がっていった。

無意識に、先ほどまで贈り物が入ってた白い袋を握る手に力が込もる。

ウツシと一緒に今日を過ごせなかったことが、まったく寂しくないと言えば嘘になってしまう。

正直なところ、娘は『彼と一緒に夜更かしをすること』と、『彼と一緒に行動すること』もとても楽しみにしていた。

……仕方ない、もんね。……ふふ、明日いっぱいお話しよう……帰ろう」

なかば自分に言い聞かせるように呟いてから、娘が空から前方に視線を向ける。
笑顔の中には微かに、諦観ていかんのような、寂寥せきりょうのような影。

住み暮らす水車小屋に体の向きを変えた娘は、翔蟲を使わず、ゆっくりと歩を進めて帰路についた。

(ただいまー……っと……)

深夜、口には出せない帰宅の言葉を胸の奥で呟きつつ、そうっと玄関引戸ひきどを滑らせた娘が静かに土間に入り、後ろ手で静かに、けれど素早く戸を閉める。

格子窓からの月明かりは、行灯あんどんを点けるよりも静かに、屋内をも柔らかく照らしてくれていた。

屋内の囲炉裏いろり周りに置かれた大きな籠の中には彼女のオトモであるアイルーが、毛布にくるまってガルクが、どちらもぐっすりと眠っている。

二匹を起こさずに済み、娘がほっと安堵の息を吐いた。

畳の間には、既に敷かれた娘の布団。
サンタクロース任務の前に用意したので、すぐに眠ることができる。

忍び足で土間の片隅にあるアイテムボックスの前に歩み寄った彼女は、音を立てぬよう、そっと両手で蓋を開いた。

空っぽになった白い袋を中に置き、寝巻きの浴衣に着替えるために衣装を脱ぎかけ、ふと、動きを止める。

(……ウツシ、教官)

不意に娘の脳裏に浮かんだ、今日は里に帰れない可能性が高いと頭を下げていた、最愛の人の姿。

心の中で名を呟いた途端、彼への想いがまた滾々こんこんと、できれば今日を一緒に過ごしたかったという子どもじみた我儘と共に溢れ出すのを感じた娘は、自分の心の動きながら苦笑してしまいつつ。

やがて、その我儘のような願いが、次第に形を変え始めているのを感じていた。

今年の今日の彼は、急遽、サンタクロースではなくなったのだ。

(……ウツシ教官に、プレゼント……! 帰ったら、分かるように……!)

そう思い立った娘が、開いたままのアイテムボックスの中に改めて上半身を突っ込み、その中から深碧色しんぺきいろの紙袋をあくまで静かに、音が出ないように両手で取り出した。

花のような形でふんわりと金色こんじきのリボンがかけられたその袋は、サンタクロース任務が終わったら渡そうと用意しておいた、大切な恋人への聖夜の贈り物。

(エルガドで買った、マフラー……喜んでくれるといい、な……)

ウツシならきっと喜んでくれるはずで、その顔が見たい気もする娘だが、今の自分はサンタクロース。

今年は彼にも、その形で喜んで欲しくなって。

(教官、まだ帰ってない、よね……? 任務、忙しそうだったし……)

寝ている時に枕元とはいかないが、玄関前に置いて来ることくらいはできる。

サンタ任務はまだ終わっていないとばかりに、はやる気持ちでアイテムボックスを閉めた娘は再び家を出そうとして、また、ぴたりと動きを止めた。

(……教官……帰って来たら、お腹空いてたりするかな……? 食事はちゃんと摂る人だろうけど、忙しいと携帯食料になりがちだし……)

娘自身、ハンターとして何度も世話になっている携帯食料は、非常に合理的なもの。

狩猟以外の遠出にも必要不可欠と言っても過言ではないが、決して美味と言える代物しろものではないことも彼女は身をもって、よく分かっていた。

恐らく、ほぼ確実に、ウツシの今夜の主食はそれになっているはず。

(……せっかく、置きに行くなら……!)

月夜の中で恋人への想いに包まれつつ、何かを思い付いた娘は、深碧色の紙袋を抱えてきびすを返した。

袋を一旦土間の炊事場の調理台の上に置き、サンタの黒いブーツを脱いで、上がりかまちから足音を消しやすい畳の間に向かう。
もちろん、完璧な、猫のような忍足。

板の間と畳の間のちょうど間に置かれているのは、深い瑠璃色の火鉢。
そのおかげで、娘と彼女のオトモまちの寝る場所周辺はまるで春のように、ほんのりと暖かい。

そんな火鉢には鉄製の五徳ごとくが置かれ、その上には小さな土鍋が置かれていた。

(まだ、あったかいかな……)

心配そうな様子で娘が土鍋の蓋をずらすと、隙間からふわりと漂う湯気、そして食欲をそそる白米の香り。

ほっと息をつきながら蓋を元に戻した彼女は、両手で土鍋を持つと、ゆっくりと立ち上がって、板の間の方で眠るオトモたちの様子を確認する。

板の間の籠の中から、毛布の中から、すう、すう、と規則的な寝息が聞こえることに、彼女は胸を撫で下ろした。

(ここで転んだら、悲しすぎるから……気を付けないと……!)

ふー、と少し長めに、細く息を吐いてから、両手で土鍋を持った娘は再びブーツに足を入れて、框を降りる。

足音に気を付けつつ、土間の炊事場に向かった。

土鍋はかまどに置いた後、そのまま炊事場の棚から塩の入った小瓶と、小さなかめ、そして数枚の細長い竹皮を調理台に並べて、甕の蓋を取り、中に詰まった梅干しの光景を確認して。

最後に、調理台の先客であるウツシへの贈り物である深碧色の紙袋を、上がり框の方に避難させた後。

改めて炊事場全体を見やりながら、娘は「よし……!」と意気込むように、小さく小さく呟いた。

極力音を立てないように、流し台で針のように冷たい水で手を洗ってから、 彼女は竈に歩を進めて土鍋の蓋を開く。

中でほかほかと湯気立ち、月明かりに艷めく白米は、娘が明日の朝のために夕飯時に多めに炊いたもの。

保温を兼ねて火鉢の上、炭との距離を考えて焦げないように置いてあったそんな鍋の中身に、彼女は何の躊躇いもなく手を伸ばした。

(ウツシ教官……! 遅くまで頑張ってるし、携帯食料だけじゃ……お腹空いちゃう……!)

サンタクロースの赤い衣装のまま、娘は恋人の身を案じ、彼への想いに胸を高鳴らせつつ、調理台で静かにおにぎりを作り始める。

「あ、ちちっ……!」

反射的に口から声が漏れてしまい、娘がぎゅっと唇を結ぶ。

効率的に保温されていたらしい土鍋の中の白米は、冷たい手であっても火を握るかのように熱い。

だが、彼女はその熱に苦戦しつつも安堵のような喜びに満ちていた。
大切な愛する人には、なるべく温かいものを食べてほしいから。

これだけ熱ければ、包み方を間違えなければ、そう簡単には冷めないはず。

ふんわりと、丸みを帯びた三角おにぎりを二つ、特製の梅干しを入れて、海苔は巻かずに竹皮に並べる。


──サンタさんは、贈り物をするものでしょう?

──いつも頑張っている『いい子』に……優しい贈り物を……


月光よりもたおやかな笑みを浮かべ、娘は竹皮の上の二つのおにぎりが並ぶ光景に、満足そうに息を吐いた。

冷めないように隙間なく竹皮で巻いて、しっかりと結んで。
そして流しで再度、氷水より圧倒的に冷たく鋭さの感じられる水で、手を洗って。

(よし……できたっ……! あとは、ウツシ教官の家に……!)

行ったところで会えないという現実に、娘の胸は少しだけちくちくとしたが、それ以上に、最愛の人を想いながら行動できた達成感や甘い至福で満たされていた。

流しに常備してある白練色しろねりいろ茅葺かやぶき布巾でしっかり手を拭いてから、娘が先ほどよりも軽やかな足取りで、けれど足音には気をつけつつ上がり框に向かう。

上がり框に避難させた深碧色の紙袋を、変わらず音が出ないように慎重に持ち上げて。

そのまま炊事場に戻ってきた娘は、棚から桜色の風呂敷を一枚適当に掴むと、慣れた手つきでそれを 結び始める。

(こうして、ここを結ぶと……確か、手提げになるって、ヒノエさんが……)

遠い昔、結び方を教わったような、朧気おぼろげな記憶。
だが娘の手はしっかりと覚えていたらしい。

何とか即席で作り上げることができた、桜色の風呂敷手提げに目尻を下げつつ、彼女は竹皮でしっかりくるんだおにぎりと、深碧色の紙袋もリボンがほどけないようにそっと入れて。

(よーし、準備万端……! 教官のおうちに行こう……! プレゼント、届けるんだ……私、今日はサンタさんだもん!)

人知れず、声も出さず、娘がどこか楽しげに微笑む。

先ほどまでは、子どもじみた我儘のような寂寥が勝っていた彼女の心だが、今は恋人ウツシへ贈り物をしたい想いに溢れて、明るく跳ね回っていた。

彼が人からの好意を大きなお世話だと思ったり、無下にしたりするような人間ではないと、長年の付き合いから確信できている影響も大きい。

しっかり風呂敷手提げを掴み、娘はそわそわとしながら音を立てないよう注意し、再び玄関引戸を開いて、聖夜の寒空の下へと駆け出して行った。

@acadine