第一回BLかるたssチャレンジ 001「オーブントースター」002「窓」03「階段」

2024年末開催 #lplp第一回BLかるたssチャレンジ


01 オーブントースター


 オーブントースターが壊れた、だから「朝、食パンを焼くことができない~」という嘆きが事の発端だったと記憶している。
 もう最近は慣れてしまったが、ときおり「朝、パンが食べたい期」という、よくわからない期間が存在して、朝にオーブントースターとトーストを求めて食パン持参で泊まりに来る客がいる。
 同じ大学のちょっと変わっている男、白樫しらかば今日花きょうかである。
 今日花のアパートは光富正一みつとみせいいちの住むマンションから徒歩五分以上十分未満の距離にある。つまり思い立ってすぐに歩いて訪ねることができるところに彼は住んでおり、携帯にメッセージが届いて、やりとりをしているうちにチャイムが鳴る。
 親が泉鏡花と小泉今日子が好きだからおれは今日花という名前なのだと、親しくなり二人で夕飯を食べているときに彼はおもしろくなさそうに話した。
 同学年だが彼はひとつ年上だ。高校卒業後、一度、専門学校に進学して、三ヶ月で気が変わってその専門学校をやめて、あらためて大学受験をしたということは、出会って最初に話してくれた。たぶん正一が、出会った当初ずっと訝しげな表情だったからだろう。
 今日花はとにかく雰囲気が、ちょっと変わっていた。周りの同年代よりはるかに老成して、落ち着いている性格と、ゆらりと花が揺れるような立ち姿で妙な色気とも感じられる、妖しいわがままな面も見せる。言ってしまえば化け猫っぽかった。長い手足のひょろっとした細身に、ふわんとした茶髪をゆるく伸ばし、鼻筋の綺麗な整った顔立ちで、講義中はこの世の何もおもしろくなさそうなツンとした表情を浮かべている。スーツだった入学式の日から正一は彼に視線がいって、大学の構内で、入学式の看板が掲げられた建屋の近くで新入生がみな写真を撮っているなか、目が合ってしまった。
 彼は、なぜかそのとき獲物を捕えたみたいに楽しそうに笑った顔になって、正一は驚いた。歩いてきた彼に、携帯スマホで撮ってくれと頼まれて、正一は数秒ためらったが、別に何も警戒するようなことはないだろうと渡された携帯で彼を撮った。対価交換をするように、そっちの携帯で撮ってやろうかという申し出を、正一はどうしてだか断った。わかりやすく何か恐れるように、遠慮しておく、と携帯を渡さない正一に、差し出した手を引っこめながら今日花はまた笑った。今度は、不気味に底意地の悪そうな笑みだった。
 大学で友人をつくるのは、高校時代とは勝手が違って、多少、意識してコミュニケーションをとらないといけなかったが正一は無事に昼にいっしょに学食へ行くような友人が何人かできた。今日花はそういった友人たちとは異なり、親しくなろうと行動したわけでもないのに、不思議と選んだ講義がかぶっていて、キャンパスライフとともに一人暮らしを始めたアパートとマンションの方向が同じだったから帰り道で肩を並べて、なんとなく関係が深まっていった。留年せずに三年に、就活も考え始めるころには、互いの部屋に遊びに行って泊まる夜も珍しくないくらいの仲になった。最初はあれだけ訝かしんでいたのも、すっかり、これはこういう生き物なのだという理解をし終えて、正一は今は何の遠慮も無い今日花の気まぐれとわがままには「またか……」という顔をしている。
 三年の初夏に、今日花が使っていたオーブントースターが壊れて「朝、パンが食べたい期」にただトーストを焼くために泊まりに来るのも、初回はさすがに困惑したものの、だんだん気にならなくなった。
「せいいちは何枚切りが好き?」
 訊いてくるから、「五枚」と答えた。
 だから、今日花の持参する食パンは、正一の好みの五枚切りで、朝、ご相伴にありつくようにそろってトーストを食べている。
 気にならなくなっても、トーストのために泊まりに来るのは面倒ではないか、ふつうにオーブントースターを新しく買えばよくないかと、正一は言ったことがある。
「ええ~……
 この提案に、今日花は不満げに、買うんだったら欲しいのは、懸賞キャンペーンなどで見かける、有名ブランドの高価なトースターだと答えた。しかしバイト代をそれを買う費用にはしたくない、と駄々をこねるみたいに言う。
 そうなのか、と正一は思った。
 
 だが、師走の講義の帰りに、鍋しようと言う今日花とスーパーで買い物をした商店街の福引きを、列の後ろからのぞきこみ、三位の景品が今日花が所望する有名ブランドのオーブントースターなのを目視したときには、正一は手元の三枚の福引き券と横に立つ今日花の顔をおもわず交互に見た。
 おまえだったら引けば当たるかもと言ったら、今日花はなぜかひどく嫌そうな顔をして「……やだ」と小声でつぶやいた。それから、口をとがらせるような、幼い様子でぷいとそっぽを向いた。
 そんな、小さい子どものような様子は見たことがなかったから、正一は変にどきっとした。
 寒空のした、どうするか迷って突っ立っていたがもう今日花は福引きには目もくれないでスタスタと離れていく。正一は慌ててそれを追った。
 そして、何に対してか、自分の部屋のオーブントースターがどうか壊れませんようにと祈った。

 福引きは後日、正一が一人で買い物をしたあとに引いた。ガラガラと回すとポケットテッシュと七位の箱テッシュセットが当たり、部屋の収納の隅に押しこんである。

 
 年の暮れの気配が近く、天気の悪い夜が続いた週の末「行く。いいよね?」という旨のメッセージに携帯を手に正一はドアを開けてみた。真っ暗な外は乾いていた。天気予報を確認した。明日は曇りで雨の心配はないようだ。
 深夜に近い時刻にチャイムが鳴った。「さむさむ……」というふうに今日花は寒そうにマフラーに顎をうずめ、肩をすくめて入ってきた。
 途中の道に銭湯が趣深く建っていて、正一もときどき広い湯に浸かりたい夜には散歩がてら銭湯に足を運ぶのだが、今日花は寄ってきたらしく、いつもふわっとしている茶色の髪が少し湿ってくしゃっといるように見えた。
 正一はベッドで寝ているのだけれど、今日花が泊まりに来る夜は、ベッドは今日花にゆずり、自分は客用の布団を敷いてそちらに寝る。客を床で寝かせる気はなかった。そして今日花は初めて泊めた夜「いいの~?」とベッドにすぐに寝転がった。
 ここが定位置だと言わんばかりにベッドの布団にもぐって「年末ねぇ」と今日花は携帯を何か操作しつつ「帰省すんの?」と訊いてきた。
 客用布団を敷きながら正一が「三十日には」と答えると「ふうん……」と興味なさげに今日花はくったり枕にうつ伏せに寝て、もぞもぞと横向きになった。顔が見えた。
 特に冷える夜だった。

 電気を消したあと、唸る声が聞こえた。
……寒い~」 
 暗闇で怒ったような、それでいて細い声音でベッドから白い手が伸びてきた。
 掴まれる。「こっち……」引っ張り上げられ、正一は手に指示され、そこに客用の掛け布団を重ねてから、今日花の寝ているとなりに入りこむかたちで横たわった。ベッドはシングルで二人だと狭かった。落ちそうだった。それを察したのか、今日花が抱きこんでくるから、密着することになる。
 楽しそうに引き寄せて、熱を分けなさいというようにくっついて、寝間着と寝具が擦れる。満足げな空気で、顔がすぐそばで、笑ったのがわかった。

 朝、目を覚ますと、正一しかベッドにいなかった。
 カーテンが半端に開いていて、部屋は薄ぼんやりと明るかった。
 布団から起き上がって、壁からキッチン、その向こうと室内を眺めた。物音もしない。誰もいない。
 離れるのは許さない、とでも言いたそうな腕だったのに……と正一はなんだかとてつもない喪失感と今日花があっさりいなくなってしまったことに自分でもよくわからないほどショックを感じて、うっすらと明るい部屋をぼんやりと見つめていた。
 寒々とした途方もなく長い時間に思われた。
 ガチャガチャ、と玄関あたりから音がした。正一はベッドからおりて、玄関にいった。
……さっむ~」
 ドアを閉める今日花はガタガタとふるえて正一のダウンコートを着て、何か抱えている。
 鍵、借りたとコートを脱ぐ。
 触ったらひんやりとしていそうな血色の失せた顔がこちらを見つめて言った。
「パン、買ってきた」
 焼きたてよ、とつけたす。
 今日花は商店街と面する通りのベーカリーのロゴの袋をキッチンで開いて、がさがさ取り出した。
 
 オーブントースターの余熱を、温まるのを真剣な面持ちで待つ姿をじっと見て、正一はさっき感じたぽっかりと空いたような気持ちから、さまようみたいに腕が勝手に動いた。
……
 何が起こったんだ、という空気で今日花は固まったまま、正一の腕のなかで黙っていた。
 正一は今日花より背が高いので後ろからすっぽりハグできる。抱きしめると、その身体が冷えきっていて、正一はますますきつく抱きしめてしまった。
 一瞬、こわばって、困った空気で腕から逃げようとするみたいに腕をぎゅとつかまれる。
「トーストが……焼けるまで」
 思いがけず情けなく懇願するような調子になってもかまわず、正一は抱く腕の力を解かなかった。
 するとしばらくしてちょっとだけ笑って、くつろぐように身体をあずけてくれる。たまらなくなって正一は、自分の感情に全部、気づいた。
 できたら、彼も、自分と同じ感情を持っていてくれたらいいと思った。
 
 今日花は後ろからハグされた状態でもだもだとオーブントースターに五枚切りの食パンを二枚並べた。