urifuji
2022-01-24 23:21:00
36314文字
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権兵衛の手記

手記というのかほぼ独白です。
モブおっさんの一生というのか、御神槌さんの一生というのか。
1ページ目に注意事項が書いていますので見て頂けるとありがたいです。




〇年◇月〇日 晴れ

 村の長から村の帖付をして欲しいと頼まれた。
 娘と共にこの村に来てから数か月。聞けばこの村には計算と文字書き両方出来るものは貴重で、定期的に行えるものを探していたという。
 足に怪我をしている私なら確かにどこかに行くことも無く、ご恩返しになるのならと安請け合いをしたが、思っていた以上に記帳ばかりで気が滅入る。そのため気分転換に身近の事もかく事にした。
 外では村人の数人が稽古をしている。
 早く私も動けるようになってあの人達の様に戦いたい。
 一刻も妻の無念を晴らすのだ。





◇◇◇


〇年□月〇日 雨

 この村には色々な傷を抱えた人が暮らしている。肉体的にも、精神的にも。
 昼間はまだよいが、夜になると不安な気持ちが反映されるのか、痛みが酷くなることがある。
 ああ、今日も叫び声が聞こえてきた。
 あの声は御神槌様。礼拝堂を取り仕切る若き聖職者。
 悪夢に魘される程の仕打ちを行える徳川を、時代はどうして許しているのだろうか。
 いや、許してはいけない。あの仕打ちを忘れてはいけない。
 早く、幕府を滅ぼさねば。





◇◇◇


〇年□月□日 晴れ/曇り

 立てる様になった。
 桔梗様曰くゆっくり歩く時間を増やしていけば前の様に走る事が出来なくても日常生活には問題ないぐらいになると。ありがたい。
 娘の雪も私が動けることを喜んでくれた。
 これで私も少しは村の為に、御屋形様へご恩返しができる様になる。
 そして妻の仇も、きっと!






◇◇◇


〇年☆月□日 雪

 一人の少年が御屋形様と共にやって来た。
 腕は相当立つ様で、私なんかは練習相手にもならなかった。容赦ない仕打ちに娘は怒っていたが、実力の世の中である。致し方がないだろう。
 しかしあの様な子供に我々の命運を任せてもよいのだろうか。
 子供、……子供か。そんな事を考えているといつの間にか雪が降り始めてきた。ふと、娘が生まれたのも雪の降った寒い日だったことを思い出す。
 ……今思えば、あの日々は本当に幸せな時間だった。

 ああ、そうだ。決して忘れてはならない。






◇◇◇


□年〇月〇日 晴れ

 最近雪が元気がない。
 任務ばかりで遊んでやれないからか、ふてくされて寝てしまった。
 不甲斐ない父を許してくれ。




◇◇◇


□年〇月☆日 雨

 御屋形様がまた誰かを連れてきた。
 濡れている前髪で顔はよく見えないが、物静かな男のようである。
 その日の夜、御屋形様と共に戦った男は歴代の武士を一瞬で葬れる力を持っていた。思わず目を奪われる。
 強い。恐ろしいと感じる程に。
 一瞬見えた金色の目は見違いだったのだろうか。






◇◇◇


□年〇月▽日 晴れ

 男は緋勇龍斗というらしい。
 初めて見たときの印象とまったく違い、彼は人懐っこく明るかった。
 その緋勇様に立派な筍をもらってしまった。
 どうしよう。ありがたいが、返せるものがない。
 困ってそう伝えると、村人全員に渡しているものだという事、子供がいるだろうから美味しいものを沢山食べさせてやってくれと話された。
 そう聞けば有難く受けとるしかない。しかし、どうして子供がいることを知っているのだろうか。
 そういえば最近、雪に新しいお友達が出来たらしい。
 最近出来た?……まさかな。







◇◇◇


□年□月□日 曇り

 まさか雪の友達というのが緋勇様だったなんてっ!
 恐れ多い。というかあの戦いぶりを見て怖くないのだろうか。
 雪に聞くと逆に「緋勇様優しいよ?なんで?」と聞かれる始末。
 確かに緋勇様とお話しをしていると穏やかな気持ちになる事が多い。
 だからだろうか。御屋形様も彼に目を掛けている様だ。
 最近緋勇様とよく話している御神槌様も叫び声を上げることが少なくなり、穏やかに笑っている事が多くなったと聞く。
 彼は何か癒しの波動でも出ているのだろうか?
 本当に不思議なお人である。
 うんうんと頷いていると「それにお母さんと一緒にいるみたいだもん」と雪は笑った。
 恐れ多すぎて胃が痛くなってきた。







◇◇◇


□年□月〇日 晴れ

 今日の夜は夜回りだ。夜間に備えて早めに休んだ方がいいだろう。何事もな







◇◇◇


□年□月☆日 晴れ

 昨日、記録を書いている途中で雪が倒れた。
 酷い高熱で屋敷に慌てて走ったが、こんな時に限って桔梗様は任務中との事。
 息が荒く苦しそうだ。

 どうしたらいい。雪は私のかけがえのない宝だ。
 このまま雪までも失ってしまったら、私は一体どうしたら。

 屋敷の前で途方に暮れていると、御神槌様と緋勇様が通りかかり声を掛けてくれた。腕の中の雪の様子をみた二人は血相を変えて家に戻ると、甲斐甲斐しく世話をしてくださった。
 驚いた事に緋勇様は薬に詳しかった様で、一度屋敷に戻った後薬を煎じて飲ませてくれた。
 絶えず体を冷やし、「大丈夫だよ」「ここにいるよ」と励ましてくれた上、水で冷えて赤くなった手で雪の手を一日中握る。
 雪が緋勇様の事をお母さんみたい、と言っていた気持ちが分かってしまった。
 御神槌様も途中までお世話をしてくれたが、私が夜回りであることを伝えると私の代わりに行ってくれた。
 有難い。同時に一緒に働く予定だった同僚にも申し訳ない事をした。
 夜更け頃には熱も下がり、このまま下がれば大丈夫だと話した彼に何度も頭を下げる。
 そんな私に緋勇様は優しく肩に手を置き、「何事も無くてよかった」と大輪の花を思わせる笑顔で微笑んでくれた。
 その無邪気な顔に暫く胸の高鳴りが消えなかった私は、衆道の趣味があったのかと心底悩みその夜眠れなかったのは秘密である。






◇◇◇


□年□月×日 曇り/時々雨

 本日、御屋形様からの緋勇様の中には姉の鈴菜様という人格が存在しているため口調が変わっても驚かない様に、とのお達しがあった。
 幽霊に取りつかれているのだろうか?と同じことを思った村人から質問があったがそうではないとの事。

 どういう事なんだろうか、さっぱり分からない。

 しかし、緋勇様の雰囲気が時々変わる事は村人殆ど知っている事だったので、逆に納得する私達である。
 あっさり納得した私達に御屋形様は不思議そうにしていたが、私達を差別しない、むしろ気にかけてくれるような優しいお方をどうして嫌うことが出来るのかと笑うと御屋形様は一瞬目を見開き、その後優しい目で「そうか」と笑った。
 彼らがきてまだ数月しか経っていないけれど、御屋形様は彼等が受け入れられるか本底心配している。そして彼を受け入れている私達。

 ……本当に凄い人達だ。







◇◇◇


□年□月◎日 午後 晴れ

 御神槌様に数日前のお礼を伝えると気にしないでくださいと微笑まれた。
 道中会えたことは神の思し召し、何事も無くてよかったと。
 初めて礼拝堂に入ったが、何か神秘的な雰囲気の場所である。
 正直今まで神というものは全く信じていなかったが、あの出来事があってからもしかして神というものはいるかもしれないという思いに駆られた。しかし、同時に何故妻は助けてくれなかったのかという悔しさも。
 御神槌様はそんな私の思いを余すことなく聞いてくれた。
 怒ることなく。ただ静かに。
 そして今まで頑張ってきたことへの労いと、同時にこれから進む私の道が幸あらん事をと思いを込めて祈る。
 その姿をみて思う。
 私は、家族以外の誰かの幸せを今まで祈った事があるのだろうか。
 我が身に降り注いだ不幸を呪う事はあっても、自分の事の様に誰かを真剣に願う事なんて。
 御神槌様に手を振り礼拝堂を後にする。
 人の幸せを祈る事は、一体どういう気持ちなんだろうか。







◇◇◇


□年☆月〇日 曇り/晴れ

 あれから頻回に礼拝堂に行き、同時に彼の教えも聞く機会が増えた。
 文字や計算を教えてくれることもあって雪も一緒に行くことが多く、二人して礼拝堂の何処に何があるか言える程なじみのある場所になっている。
 そうして否応なしに理解した。
 御神槌様、いや神父様は掃除が本当に苦手であるという事を。
 礼拝堂はまだましであるが、奥の物置なんて何がどこにあるのか分からない位物であふれかえっている。
 あまりのありように片付ける事を宣言する。困った様に小さくなり委縮している神父様は珍しいがそれでもあの状況は頂けない。
 破れた本、足のかけた机、ボロボロの布……。よくもまあ、ここまで貯めたものだ。
 色々思い出に品について説明はしてくれるが、思い切って捨てることの必要性を説明し、私たちが捨てていっては落ちこむ神父様。可哀そうだが、諦めてもらおう。
 暫く片付けを行っていると本と本の間にぺちゃんこになった花が出てきた。
 これは菜の花と、タンポポだろうか?本と本の間に挟まったにしては綺麗な形を保っているけれど……
 捨てようか悩む私の元に慌てた様子でかけてくる神父様。これは押し花にしてしおりにする所なのでこれだけは捨てないで欲しいとのこと。
 あまりの力説にこちらが少し引いてしまうぐらいだった。
 わかりましたと伝えると、あからさまに安心した様子の神父様は再び掃除に戻り、ハタキで叩いている。どんな時でも落ち着いている事が多い彼だが、これは彼にとって大切な代物であることがわかった。  
 誰かから貰ったものだろうか?
 茶化す気持ちで好きな人から貰ったものですか?と聞くと神父様は盛大に吹き出し、顔を赤くしてこっちを見ていた。

 ……神父様、マジですか。







◇◇◇


□年☆月★日 晴れ

 神父様の話を二人で根掘り葉掘り聞いていたら、いつの間にか日は暮れてしまった為今日も今日とて大掃除である。しかし娘は昨日で飽きてしまったのか、今日は緋勇様と一緒に遊ぶのだと楽しそうに笑っていた。
 いいなあ。私も掃除よりそっちがいい。
 しかし、そんなことできることも無く、今日で全て終わらせようと黙々を作業を続ける。
 そんな必死な思いで片付けていると教会で見ることは殆どないお客様がいらっしゃった。
 珍しい、奈涸様だ。
 まさか懺悔に来たのかと思い声をかけると、大掃除をしていると聞いた為良い骨董品がないか確認しに来たとのこと。良い骨董品が出るのならこちらは処分に困らず、奈涸様は手間賃なくて売れるので悪くない話ではないかとほほ笑みながら話される。

 さすが忍者、手口が汚い。

 何が悪くないだ。明らかにこちらに理がない提案を聞いて半眼になっていると、神父様が外から戻って来た。私たちの何とも言えない雰囲気察し近づいて来たため今までの経緯を説明する。
 彼も困ったように話していたが、奈涸様が押し花に気がついた途端雰囲気は刺々しいものに変化した。笑顔の押し問答だがその実冷え切っている。

 怖い。めちゃくちゃ怖い。

 震えながら早く終わる様に祈っていると入り口から明るい声が聞こえてきた。
 緋勇様だ。声の印象からして姉の鈴菜様の方だろう。雪と一緒に手を繋いでいる事から遊びに来た様子である。こちらに気づいた緋勇様は大きく手を振って挨拶をした。
 どちらかというと鯔背な雰囲気の緋勇様だが、姉の方の緋勇様(めんどくさいため今後は龍斗様、鈴菜様と明記する)に変わると途端に可愛らしい印象になるのは何度みても不思議である。
 押し花を背に隠す神父様を目の端でとらえる。不思議な取り合わせに顔を捻っている彼女へ告げ口すると邪魔しない様にそのまま奈涸様を連れてってくださった。
 有難い。
 何となく気になって横を見ると神父様は寂しそうな顔をして入り口の方を見つけ続けていた。

 ……えっ!どっち⁉その感情はどっちにですか⁉







◇◇◇


□年☆月□日 晴れのち曇り

 畑仕事をしていると目の前の小道に何かが通り過ぎた。
 何事かと思い顔を上げると、赤い板を身体に吊るし色鮮やかな着物を着た狐面が小道を歩いている。いや、浮いている。

 ……何だ、あれ?

 昼間から幽霊が出るとは思わなかった私は声を上げる事も忘れて呆然見つめた。同じ様に畑仕事をしていた何人かも私と同じように呆然と見つめている。
 暫くすると前の小道から桔梗様と九桐様が歩いてきた。二人は雑談をしていたが、目の前に現れた不審幽霊を見つけると「あらすーさん、今日は雹の所に行ったのかい?可愛い格好にしてもらったんだねぇ」と笑顔で声を掛けている。狐面の浮遊霊も嬉しそうに彼等の目の前で一回転していた。

 な、何だ。鈴菜様か

 急に自分の霊感が覚醒し、見えざるものが見える様になったのかとどきどきしてしまった。
 彼等は楽しそうに会話を続ける。
「前の格好は驚いたからねえ」
「そうだな、確かに三度笠を被り般若と追儺の面を付け法被と又右衛門の血布をつけたものが夜浮いていたなら誰だって驚くだろうなあ」
「すーさん、変な格好にされて嫌だったらちゃんと断らないと駄目だよ。……え?みんなが色々考えてくれたから断るのは申し訳なかったって?いいんだよ!まともな物を渡さない奴が悪いんだから!あれは捨てな!」
……でもせっかくくれたし、じゃないぞ。鈴菜。捨てるんだ」

 ……今度から夜に出歩くのは控えることにしよう。 






◇◇◇


□年☆月★日  雨

 今日は雨なので外に出歩くのも億劫なのか、行き来の多い礼拝堂でも珍しく閑散としていた。
 本を読んでいる神父様と二人きりである。
 そういえば機会が無くて聞けなかったが、どうやら神父様は鈴菜様のお姿を見た事があるらしい。時間を持て余していた私は思い切って神父様に聞いてみた。
 質問した途端、顔を赤くしてもごもごと照れる神父様。

 おっ?おお?
 その分かりやすい反応はもしかして?もしかするんですか神父様??

 思わず前のめりで話を聞く私。
 長っ々と話していた神父様の話を要約すると「鈴菜さんはマリア様に似ていた」「光り輝く人を見たのは初めてだった」「思わず見入ってしまうぐらい魅力的だった」だ、そうで。
 うっとりとした表情で話す神父様の言葉をつらつら聞いている内にあまりの甘さに私は半目になる。

 惚れてんな~。べたぼれだわ~。

 想像とは違い真綿にくるんだ表現で思わず言った私に、神父様は慌てて否定した。
 神父様曰く、彼女は特別なので私は想うのは恐れ多いと。

 ……それ、本気で言っています?







◇◇◇


□年☆月×日 晴れ

 最近村で噂になっていた女の幽霊は鈴菜様だったらしい。
 良くわからないが村とその周囲限定で彼女の姿を捉えることが出来る様になったようだ。相駆らわず半透明であるけれど。
 その鈴菜様の姿を初めて拝見したが思っていたよりもずっと小柄でとても可愛らしい顔立ちをしていた。
 自分に似ている、と龍斗様自身が言っていたのでどちらかというと雹様の様な美人を想像していた他の村人たちは驚き私を見つめた。

 ほら見ろ!私の言った通りじゃないか‼

 美人系の桔梗様や雹様に靡かない神父様は可愛い系の方が好みと踏んでいた。その神父様が一目ぼれした鈴菜様は絶対に可愛い系だっ!と私は公言してやまなかった。
 しかし龍斗様と双子なら絶対に綺麗系だ!と言い張る村人と飲み会の席で激しい言い合いになり、どっちが正しいか賭けていたのだ。
 がっくりと肩を落とす村人に私は静かに伝えた。

 この世界の姉弟や双子は全く似ていないのだよ、と。

 村人は世界の真理を見たような顔で私を見つめる。
 ……得意げにしていた私は気づかなかったのだ。
 後ろで神父様が禍々しい笑顔を浮かべていたなんて。 







◇◇◇


□年■月●日 晴れのち雨

 鈴菜様が皆に見える様になってから様々な場所で声を掛けられているのを見るようになった。
 おかげでお話しできる時間も少なくなったのか、神父様は彼女が必要とされて嬉しいと言いながらも寂しそうである。今日も今日とて入り口をちらちら気にして見つめていた。
 分かりやすい態度に笑ってしまう。今までの神父様は常に平等で誰かに入れ込む事は無かったと聞いているので。
 不思議そうな神父様をみて、こうしてみると年相応だなあと思う。普段落ち着いているから年上に見られがちだが、彼もまだ17歳なのだ。

 鈴菜様の事ですから、もう少しで来るんじゃないですかね?

 そう伝えるとどことなく嬉しそうな様子の神父様にまた思わず笑ってしまう。
 そうか、彼女か。彼女が彼を変えたのか。

 そう思うとなんとなく嬉しい気持ちが湧き上がった。
 鈴菜様、愛らしいですもんね。分かりますよ。私も以前彼女の笑顔にドキッとしたことが、と伝えると
……は?」
 と奈涸様の時と同じくドスの利いた低い声が聞こえた。
 その影に覆われた笑顔にドキッとしていると、空気を払拭させるような明るい声が部屋中に響きわたった。







◇◇◇


□年■月×日 晴れ

 今日は礼拝堂が賑やかだ。
 神父様が前からやりたがっていた食事会を開催するために多くの信者が集まっているからである。
 村の女達が和気あいあいと準備をしており、その中心で指示しているのが神父様。
 料理がお得意なようで、積極的に下準備をしている姿は女達がいる中でも違和感がない。天罰が降るので絶対に言わないけど。

 出番がない男達は時間が来るまで散歩しているか手持ち無沙汰で突っ立ている者が多い。かく言う私も机を拭いて時間を潰している。
 ……手伝おうとしたら皿を割り、向こうで机でも拭いてろっ!と放り投げられた訳ではない。決して。
 
 台所では若い女性が神父様に話しかけていた。その女性は神父様よりも少し上だったか。活発なその女性は何やら焦っている神父様に向かって楽しそうに近づき肘を突いている。 
 彼女は事前に「御神槌様が鈴菜様をどう思っているのか根掘り葉掘り聞き出して自覚させてやるわ!」と意気込んでいたのであのやり取りは多分その事だろう。しかし傍から見ると仲の良い男女のやり取りなので周りに大変な誤解が生まれそうである。
 はてさていいのか?と思いぼ~っと見つめていたら鈴菜様の声が聞こえた。
 鈴菜特製のぬか漬けも持ってお手伝いに来てくれたらしい。鈴菜様が作るぬか漬けは何故か金色に輝いているがとても美味で、村中密かな人気の品である。男達は大喜びである、かくいう私もだけれど。
 鈴菜様はそれを見て嬉しそうであったがある方向を向くと急に表情が固まった。そして悲しそうに微笑み浮いていた体はすとんと落ちる。訝しげに見つめるとそこには未だ楽しそうな男女が!

 ああぁぁ――――――――っっ!?
 まだやってるぅぅう――――――っ!?

 「これ以上人がいると邪魔になっちゃいますね」じゃないですよ行かないで!マジで行かないで!!話を聞いてっ!
 必死で引き止めるが鈴菜様の力は馬並みに強く私一人では止められない。
 モブおっさんの哀愁漂う叫び声を聞いて、何だ何だ?と村人達が集まるまで勝敗の決まりきった綱引きは続いた。







◇◇◇


□年■月□日 雨

 昨日礼拝堂にいた活発な女性が落ち込んでいる。
 なにやらぶつぶつ呟いており耳を澄ませると「推しCPの当馬になるならともかく、私がNTRる方なんて解釈違いもいいとこだわ……。むしろ地雷よ、多発地雷地帯よ……」と泣いている。
 時代を超えた呟きは私の理解の範疇を超えていたが、泣いている女性をそのままに出来ず近くにあったふきんをそっと渡した。さっき零した醤油を拭いたためちょっと汚れているけどまあいいだろう。
 しかしなんでこの人は我が家に来ているのだろうか。うちは懺悔室ではないのだけど。

 そう思い彼女に尋ねると「なにいっているのよ、ここは神父様の恋を応援し隊の本部でしょ?雪ちゃんが言ってたんだけど」と言われた。

 何その本部。家主まったく知らないのですけど。
 むしろ開催した覚えが無いのですけど。

 反射的に雪を見る。その顔は何処か誇らしげだ。
「だってお父ちゃんは御神女主推進委員会の上役でしょ!参加者はこんなに頑張っているのに!私も応援しているんだからお父ちゃんはもっと活動を頑張ってよ!」

 雪よ、お前いつの間にそんな訳分らない集会に参加したのか。
 そしてどうして私までその一員なのか。しかも何故上役なのか。
 分からない。今の私には、何も。







◇◇◇

 
□年●月×日 曇りのち晴れ

 自分が思っている以上に足が動かない。
 もう少し体が動けるようになれば偵察の仕事を与えてもらえるかもしれないと期待して練習がてら双羅山までやって来た。
 しかし山歩きは流石に辛くすぐに息が上がってしまう。近くの岩に座り休憩をした。
 桔梗様は日常生活をおくられると話していたが、もう走れないのだろうか。
 このままでは体が以前の様に動かないのでは……。もしそうなれば、復讐が成せないのではないか。
 妻の思いは、無念はどうしたらいいのだろうか。
 感情のまま口を噛み締める。
 暫くそうしていると茂みの方からがさっと音が聞こえたため反射的に振り向いた。後ろの茂みから茶色の瞳と目が合う。

 ……奥継様、一体何やってるのですか。

 声を掛けようとすると慌てた彼は口の前に人差し指を当て必死で合図した。思わず黙る私。しばらくすると男の低い声と明るい女性の声と共に泰山様と鈴菜様が現れた。
「あ、こんな所ですがこんにちは~!この辺でおっきー君見ていませんか?」
 背中の圧が凄い。刺すような視線を受けた私は顔を小さく振るだけで精いっぱいだ。
 返答を聞いて周りを見渡す二人。
「坊主~どこだぁ~?」
「この辺まで氣を感じたんですけどね。もうっ、おっき~君っ。約束破りは武道を嗜んでいる者としてどうなんですか~!」
 珍しく鈴菜様が憤慨しているようだ。彼が何かしたのか恐る恐る尋ねる。
「え?ああ、実は弥勒ちゃんが面の元となる木材を泰山ちゃんに依頼していたんです。ついでに冬に向けて木を乾燥させようと村に木を運んでいるのですけど、その途中でおっきー君が急に逃げだして。もうっ!約束のおせんべい作ってあげませんからね!」
「おいっ!約束を反故してるのはそっちじゃねえかっ!」
 思わず、といったように茂みから体を出す奥継様。3人の視線が重なり、私は思わず頭を抱えた。

 ……貴方様という人は……

「騙しやがったな、すんすんっ!」
「人聞きの悪いことは言わないでください!泰山ちゃん!確保です‼」
「分かったど~!坊主~、おでと一緒にいくど~‼」
「ふざけんな‼あんなに多いなんて聞いてないぜ‼」
「ん~?坊主~、どこ行くだ~?山はそっちじゃないど~?」
「馬鹿ついてくんなっ!」と賑やかな声が響き、遠のいていく二人の声。

 村外れも随分と賑やかになったなあ、真面目な雰囲気一つさせてくれない。
 思わず遠い目になる私。
「ごめんなさい、うるさくて。……練習の途中でしたか?」
 申し訳なさそうに鈴菜様は話すが、私の歩行練習を知っていた事に驚く。驚愕している私に「雪ちゃんとみかちゃんに聞きました。頑張っているって。山まで来れるようになったなんて、凄いですね!日頃の努力の結果ですね」と嬉しそうに話してくれた。

 いや~、照れる。

 照れくさくて頭を掻いている私に鈴菜様は笑いながら続けた。
「雪ちゃんもお父ちゃんと一緒に江戸で買い物をするのが夢だって言っていましたよ。最近私の手伝いも積極的にしてくれてお駄賃をためている様です。えへへ、良かった。あの子の夢が叶いそう」
 その言葉を聞いて固まる。雪のそんな夢、聞いた事なかった。じわじわと彼女の言葉がしみ込んで嬉しさが湧き上がる。……けれど同時に薄暗い思いがその喜びに語り掛ける。

 復讐を成すことが出来た時、そんな優しい雪の手を取って江戸に行けるのか。
 人を殺したお前が、その殺した場所に何の気概も無く行けるのか。

 突然動かなくなった私に鈴菜様は不思議に思ったのだろう。どうしました?と優しく声を掛けてくれた。
 鬼道衆に所属しているのに復讐することに疑問を持つなんて、と根本で何かが囁くが何故だろう。その時の私は鈴菜様に思いの丈を全て話してしまった。
 ……こんなことを話せるのは緋勇様しかないという思いがどこかにあったからかもしれない。
 復讐ばかりのこの村を明るく照らしてくれる、この人達なら。

……色々苦しんでいたのですね。でもそんな思いを私に打ち明けてくれてありがとうございます。
 ねえ、権兵衛さん。私は貴方の奥様の事は知りませんし、彼女がどんな事を望んでいるのか分かりません。でも、私は死者です。置いていかなければならなかった者の気持ちを少しは分かるつもりですよ」
 鈴菜様の言葉に顔を上げる。少し悲しそうな彼女の顔をみて改めて彼女が既に死んでいる事実を思い知った。
「もし龍斗が私の為にその手を汚し苦悩して生きていくのならば、私はその前にあの子をひっぱたき怒鳴りつけてやります。私は生きていた時そんなこと望んだのかって。
 ……そんなことよりも私と居た時と同じぐらい笑って欲しい。幸せでいてほしい。生きていて幸せだって笑って、人生に満足しながら過ごして欲しい。だって、龍斗が思うよりもずっとずっと、私の方が龍斗の身を思っているのですから」

 彼女の言葉を聞いて在りし日を思い出す。
 妻は決して苦労や人の悪口を言うことは無かった。
 下級武士であった我が家は毎日食事に苦労するほどの貧乏暮らしであったのにも関わらず、今あるいい所や私たちの幸せを誰よりも望む人だった。いつも笑顔で、人を労う様な、……私と正反対な。

「置いてかれる者のほうが辛いでしょう。それは分かります。でも、少し考えてほしい。死者だって恨む以外の事も考えます。……平穏を、好きな人たちの幸せだって望むのですよ」
 考えた事も無かった。
 ……いや、嘘だ。その考えは何度も頭を過ぎっていた。
 妻は本当に復讐を望んでいるのだろうかと。でも、その事を認めてしまうと今までの自分を否定するようで、動けなくなりそうで怖かった。

 そうか。自分を責めるしか出来くなる事実に直面するのが怖かったのか。

「貴方の考えを否定することは出来ません。特に、私は。でも、忘れないで権兵衛さん。貴方は色々な人から思われ、心配されていますよ。復讐以外に貴方の出来ることは沢山、それこそ山程にあるのですから」
 復讐する事が妻にとっても私にとっても、それこそ娘にとってもよい方法だと思っていたけれど。

 もしかして、あるのだろうか。
 違う方法なんて、考えた事も無かった私が。その方法を見つけることが出来るのだろうか。

 私にありますかね?と尋ねると鈴菜様は茶目っ気たっぷりに「ありますよ!目前でいえば礼拝堂を日々綺麗にするとかっ!」と笑った。
 それは確かに大仕事だ。
 その言葉に私達は顔を見合わせ吹き出した。


 
 帰る道中に彼女に先日の礼拝堂の出来事を改めて伝えると視線をうろつかせ動揺している鈴菜様。
 あの人は只の信者で御屋形様の様な人が理想なので神父様は眼中に無いそうですよ、と伝えると不可解そうな顔をしながらも明らかにほっとしてどこか嬉しそうだ。

 おおっ!おおおっとこれは!!
 もしかしてっ!もしかしてぇえっっ‼⁉

 その日の夜、私は近所の人に赤飯の作り方を教えてもらった。








◇◇◇


□年●月★日 曇り

 鈴菜様は意外と人の話を聞かない。
 他者の危険が目の前にあると、自身の危機を顧みず飛び出し戦ってしまう。何度目かの消滅の危機に真剣に怒っている龍斗様の姿を初めて見た。

 本当に怖かった。マジでちびるかと思った。
 この年でおしめは勘弁したい私は必死で我慢したが。
 
 美人が怒ると迫力があるというのは本当だったが、その龍斗様の怒りを真正面に受けても鈴菜様は自身の主張を譲らなかった。死者である自分が誰かを助けて消滅するのは自然の理であるけれど、生者が死者を助けるのは理にかなわないと。
 鈴菜様の言葉に私は悲しくなった。

 そうかもしれない。
 でもそうではない。

 鈴菜様は死者だ。それは紛れもない事実である。でもたとえ死者であっても彼女を捉えることが出来た私達にとって鈴菜様はそこに存在し、私達と同様に今を生きているのだ。
 もしかして、彼女は存在を認知されなさすぎて自分を顧みることが出来なくなっているのだろうか。

 そうだったら、とても悲しい。








◇◇◇

 
□年♠月〇日 晴れ

 ここ数日幹部の方々が落ち着かない。なにやら異様な雰囲気である。
 昨日なんて龍斗様と一緒に来た鈴菜様に頭を下げられた。
 今までお世話になりました、と。

 どうしたんだろうか。どこかに行くんだろうか。

 雪も何度もなんでそんなことを言うのかと彼等に詰め寄っていたが彼等は結局教えてくれなかった。
 不安な夜を過ごし、もう一度理由を聞く為雪と共に朝早くから九角御屋敷に行くと何やら騒々しい。なにやら目出たいことがあったのか厨房は忙しそうに稼働中である。屋敷の皆も笑顔でまるでお祭り騒ぎだ。

 何だ?祝い事か?なにか今日あったっけ?

 祝い事と言えば教えてもらった赤飯を炊きたいので早く冥結してくれないだろうかあの二人。
 キリスト教を信仰している筈の私だが推しCPに付き合って欲しすぎて不届きな考えが過ぎる。
 そんな事を考えていたら誰かとぶつかった。
 ぶつかった誰かに謝る為顔を上げると、目の前には自分の中で話題沸騰中の神父様が立っている。

 眩しっっっ!何ですかその晴れやかにも程がある笑顔‼
 えっ?赤飯案件?赤飯案件ですか??

 不思議がる私に彼は体をどかして視線を移した。
 視線の先にはいつも見ている不透明さは無く実体のある鈴菜様が龍斗様に抱き着いて泣いている。
 目の前の光景がどういうことか理解できない私に神父様は答えた。
「嵐王さんが式神羅写を使って鈴菜さんの実体化に成功したんです。これで彼女は村だけでなく誰にでも姿を見せる事が出来ますよ。……本当に、良かった」
 彼の言葉を聞いて私は雷が打たれたような衝撃が走った。
 せ、せ、せと呟く私に神父様は不思議そうに見つめる。

 赤飯案件だっっっ―――――――――――――――‼‼‼‼

 鈴菜様よかった、よかったよ~と男泣きをしている私を通り過ぎ、雪は走って鈴菜様に抱き着いた。







◇◇◇


□年♠月×日 雨のち曇り

 祝い酒を飲みすぎた。頭痛い。
 二日酔いで倒れている私に雪は文句を言いながらも看病してくれる。
 ありがたいが、正直気持ち悪くて話が入ってこない。
 もう少し小言を少なくしてくれるとお父ちゃんは嬉しい。

 え、無理?そっか~〜〜。







◇◇◇


□年※月□日

 嵐王様と火邑様と神父様、数人の村人たちが今後の方針を広場で話していると、緋勇様達と雪が楽しそうにやって来た。
「お父ちゃん見て見て!両手に緋勇様だよ〜!えへへ〜、いいでしょいいでしょ〜!」
 雪は右手に龍斗様、左手に鈴菜を携えており、3人は私に自慢した後「みんな仲良しだもんね〜」と顔を見合って笑っている。

 何その尊い光景。新たな宗教画か?

 推し達が揃っている幸福に思わず天に祈りを捧げる私。そんな私をガン無視している神父様も微笑ましいですね、と声が明るかった。
 私を視界に入れない雪(父ちゃんは悲しい)と戸惑い気味の緋勇様達をみて、いいなあ~私もそこに入りたいな〜と思ったがしかし、あの真ん中は子供だから許されるのであって冴えないモブおっさんが入るのは如何なものか。

 ……うん。無理だ。完全に解釈違いだな。
 というか普通に居た堪れない。

 言葉に出さず想像だけで決着つけた私とは違い、隣にいたモブ次郎は「はぁ〜あっ!俺もあの真ん中に入りたい、特に鈴菜様の手をギュッと握りしめたいなあ……」なんて言ったものだから。
 その言葉を聞いた神父様に瞬時に後頭部を鷲掴みにされ、万力のように力を入れられたモブ次郎の微かな悲鳴とドン引きしている火邑様と嵐王様を横目に見ながら、私は目の前の光景を忘れないように焼き付けた。







◇◇◇


□年※月★日 晴れ

 本日は料理が好きな鈴菜様の為に開かれる料理会の日。
 神父様が日を数えるぐらい楽しみにしている別名『御神女主の日(雪命名)』だ。
 まあ、料理会と言いながら参加しているのは主役の鈴菜様、神父様、後でくる龍斗様と奥継様、そして何故かモブの私である。
 本当は希望者がわんさかいるようだが、御神女主委員会名誉会長(って何なのか聞きたかったが聞ける雰囲気ではなかった)の桔梗様からの直々の伝令で人数を制限しているそうだ。
 何故私がいるのかというとその桔梗様から二人が進展するように発破をかける要員で選ばれたという事らしい。20代後半のモブおっさんに恋愛事は荷が重い。

 どうして女性じゃ駄目なのか。
 妻に先立れたおっさんには相談相手が居らず、復讐心を支えに生きてきたから女心には疎いんだぞ!
 さっぱりぱりのぱりぱりだ!

 心の中でぶつぶつ自慢できない開き直りをして文句を言っていた私だが、諦めて目の前の光景を見る。
 目の前では料理をしている彼女を愛おしそうに見つめる神父様。鈴菜様も時々彼に味見をしてもらいその横顔を見つめて幸せそうに笑っている。

 新婚夫婦の様なこの状況は一人身のおっさんには辛いです!桔梗様っ‼

 砂糖を生成できそうな状況下に追いやった彼女に、思わず恨み事を唱えてしまう位居心地が悪い。
 気づかれない様にため息一つ吐き、鈴菜様の持ってきた漬物をつまむ。この状況下に耐えているのでこれぐらいは許されるだろう。
 ぼりぼりと沢庵を食べながら思いふける。

 どう見ても通い妻なんだよなあ~。もう事実婚なんじゃないかコレ?

(多分)想い合っている筈なのに一向に進展もない二人を見て首をかしげる。
「あっ!権兵衛さん、つまみ食いは駄目ですよ!」
「美味しいので待てない気持ちは分かりますが、もう少し辛抱してください」
 漬物を食べていた私に気づいた二人は叱責の言葉を私に告げた。しかしこの環境下にいる私には痛くもかゆくもない。

 お二人が付き合うのはいつなんですかね~、早くしてくださいよ。

 半目で告げた私の言葉を、聞いた二人は顔を赤くして固まった。








◇◇◇


□年※月◎日 晴れのち雨

 神妙な顔で神父様に呼び出された。物事を割とはきはきと答える彼にしては珍しく言いよどんでいる。
「あの、権兵衛さん。もしかしてと思いますが。……私が、あの、彼女を、……鈴菜さんを恋い慕っていると、思っていますか?」

 本気でどうしました神父様?今更感半端ないですよ。

 そう伝えると両手で顔を覆い膝から崩れ落ちた。

 えっ、嘘でしょ?あれで気付かれていないと本気で思っていたの?マジで?
 それはやばいよやばいよ~。

 一瞬誰かが憑依した私だったが、信じられない思いで見つめる。
 人は他人からどう映っているのか見えないもんだんだなあとしみじみと思っていると、何やら開き直った神父様が顔を上げて私に告げた。
「はあ……、こうなっては隠しても仕方ありませんね。そうです。……好きですよ、とても。でも私は彼女に想いを告げる気はありませんし、どうなる気もないのですから。貴方も変な事をいって彼女を驚かせない様にしてくださいね」
 その言葉に耳を疑った。どうしてですか?と聞くと一言簡潔に呟く。
「私が、神父だからですよ」
 そんな、神父だからって。だって、神父だって人間ですよ。誰かを恋してはいけない事はないじゃないですかと必死で伝えるも、苦痛をにじませた顔で私を見つめた。

 その顔を見てしまえば、何も言えなくなる。
 彼もきっと、辛いのだ。

 でも、納得できない。私は彼等に幸せになって欲しいのに。
 例え結婚できなくても、傍にいることは出来るはず。神父様、鈴菜様をよく分からない馬の骨に渡してもいいのですか?と食い下がって確認するも「鬼道衆に所属している人なら大丈夫です。私は彼等の人となりを良く知っていますから。彼等ならあの人を、鈴菜さんを幸せにしてくれるでしょう、……私はそう、信じています」と言ってそれ以上の会話をやめてしまった。

 そんなの関係ねぇっ!そんなの関係ねぇっ!

 と褌一丁で反論したかった私だったが彼の背中がすべてを遮断している。
 困ったな、彼はもう決めてしまったのかとしょんぼりした思いでいっぱいだったがこれだけは言わせてほしい。

 神父様、その手に握っている聖書とその磨き上げている槍はなんですか、と。








◇◇◇


□年◆月〇日 雨
 
 何故か桔梗様に呼びだされた私は、雹様のお屋敷で正座している。
 目の前には桔梗様、その隣に雹様、その反対側に比良坂様がいらっしゃる。鬼哭村きっての美人揃いに呼びされた男なら恋が始まるかもと喜び勇んで行くだろう。
 しかし私は只のモブおっさんである。
 何度も言おう。私は冴えないやもめのモブおっさんなのだ(2回目)
 これがここにいるのが龍斗様なら恋が始まるわけ等だが、私は悲しいかなモブおっさんなのだ(3回目)。
 恋が始まるなんて万ノ一にもあり得ない。どちらかというと折檻される方が理解できる。

 えっ?まさか折檻されるの?

 思わずひゅっと肝が冷える。
 どの出来事が原因なのかぐるぐる頭を高速回転させて考えたものの見当はつかなかった。

 まさかあれか?あの礼拝堂の出来事か?でもだって、耐えられなかったのだ。

 桔梗様が私に声を掛けたと同時に土下座した。後で見本に出来る位の見事な土下座だったとしみじみ言われるとは露知らず私は必死で謝った。
 確かに二人を揶揄ったのは悪かったがあの甘い雰囲気に耐えられなかった事、なんならあの場にとどまる事が出来た事を褒めてほしいぐらいだという思いを切実に伝えた。あれ、今思えばまったく謝ってないな。
 そんな私の思いを止め、顔を上げる様に話す桔梗様。
 恐る恐る顔を上げるとその顔は微笑んでいた。但し慈愛を感じる笑み、というよりおもちゃを見つけた子供の様な顔である。

「どこまで出来るか心配だったけど、いらぬ心配だったかもねぇ」
「そうじゃな、思っていたよりも頑張っているようじゃ」
「楽しそうで安心したわ」とお三方は顔を見合わせ微笑んでいる。
 三人の反応に私はこわごわ折檻をしに来たのでは?と伝えると「そんな一文の得にもならない事してどうするのさ」とバッサリ切られる。

 う~ん、切れ味満点、流石桔梗様。

 うんうんと頷く私に視線が集まる。え、なになに?美人達に見つめられると例えモブおっさんだとしてもちょっとドキドキちゃいます。いや、私には、私には妻が、子供がっ!
「あんたの事なんてどうでもういいから。で?最近はどんなことがあったんだい?」
 相変わらず冷たい桔梗様に心で泣きながら、ワクワクした様子の彼女たちに最新状況を伝える。
 やはり女性はコイバナ好きなんだな。
 まあ、私も推しCPの話が出来るので全然苦痛ではありませんけどねっ!

 ホクホクの気持ちで村の会議に参加した私に男達の嫉妬の篭った関節技を食らう未来があるとは露とも知らず、暫くは彼女達との会話に花を咲かせるのだった。







◇◇◇


□年◆月×日 曇りのち雨

 双羅山を歩いていると鈴菜様が木の麓で蹲っていた。
 一人きりとは珍しい。真剣に何かをやっている様でぶつぶつ真剣に呟いている。
 人の気配に敏感な彼女だが声を掛けても気づかない。珍しい姿に興味をひかれた私は蹲っている彼女の背後を覗き込んだ。彼女の手には花が握られている。
「忘れられる、忘れられない、忘れられる、忘れられ、ないっ!えっ、噓でしょう……?いやいや、諦めては駄目です。もう一度っ……
 鈴菜様の足者には花占いの残骸が。無残にも花びらと花弁が所狭しと散っていた。

 流石にちょっとなあ。

 花がかわいそうなのでその辺に、と声を掛けると文字通り私の背を超えて飛び上がる鈴菜様。

 おお、凄い。猫みたいだ。

 彼女の運動神経に感心していると胸に手を当てている彼女から「えっ?いつの間に奈涸ちゃんの弟子になりましたか?」と驚いた声を掛けられた。

 私はキリスト教に入会しましたが、忍者に所属変更した覚えはありません。

 真剣な表情で何をやっていたのです?と鈴菜様に聞くが彼女はもごもごしとているばかり。

 怪しいなあ~。また何か隠し事か?

 この間の式神羅写も実は失敗していたら彼女の核は消え、存在自体消滅していたことを聞かされた私は思わず幹部の面々がいるのにも関わらず彼等に滾々と説教をしてしまったのだ。疑うのは仕方ないだろう。存分に反省して欲しい。
 疑い深く見ていた私に耐えられなかったのか、鈴菜様は何かを、口走って逃げてしまった。

 あっ、ずるい!私が追い付けないのを知っているのにっ‼

 不貞腐れる私に「鈴々は恋を忘れようとしているんやで~」と声が掛かった。どこから聞こえたのかときょろきょろする私の前に強風が吹き、大きな扇が現れる。
 ど派手な着物、們天丸様だ。
「別に今度は命に係わる事やないで、ほっといて欲しいさかいになぁ」
 飄々と言いながらも釘をさす們天丸様。
 ……実は們天丸様が少し苦手だ。あの柳の様な雰囲気に吞まれそうになるというのか、此方の全てを見通しそうなあの目が、少し怖い。あと鈴菜様にちょっかいを掛けた後の神父様がとても恐ろしいためである。どちらかというとこっちが本命かもしれない。
 しかし彼の言葉は頂けない。こちらは御神女主推進委員会の上役としての使命を帯びているのだ!桔梗様直々に任命を受けているので、遊びなんかで手を出して欲しくはない!悔しければ私の屍を超えていけっ!

「あんさんなんか瞬殺さかいに」

 そうでしょうね。しかし私は四天王最弱、他の三人は私の様に容易ではないぞ!

「そんな四天王おったんかいな?っていう事は他にあと三人おるん?こんな奴があと三人?めんどいわ~、関わるのが心底めんどうわ~」
 言葉通りの顔で天を見上げる彼にその面倒くささで諦めてくれませんかねえ?鈴菜様には神父様がいらっしゃるのです!と力説すると、目を細め鼻で笑われた。
「告白する気もない、手に入れる度胸もない。そんな輩に譲る義理なんてあらへんわ」
 その言葉に何も言えなくなる。
「そんな奴の傍で恋焦がれて苦しむよりもすっぱり忘れて他に移った方がええんとちゃう?わいならそんな思いにさせんさかいになぁ」
 その言葉にこの数月間の神父様の様子を思い出した。

 何も知らないくせに、彼の苦しみを知らないくせに。

 思わず目の前の彼を睨んでしまう。そんな私の態度を們天丸様は不愉快そうに見つめ、ゆったりと扇を仰いだ。
「何言ってるん。鈴々はあないな性格やのに今までずっと人に認められてこなかったんやで。そんな人恋しい人が誰よりも認めてほしい人に受け入れてもらえない。そんな苦しみを今後もさせることの方が可哀そうやろ。我慢させる必要がどないにある。ずっとずっと我慢してたんや。あんさんにそんな権利なんて、おまへんやろ」
 何事も動じずのらりくらり躱す印象の們天丸様だが、そんな態度とは裏腹に目が酷く冷たい。そんな彼の態度をみて自分の言っている事の残酷さを初めて理解した。
 けれど、私は。
「們天丸、それ以上村人をいじめるな」
「苛めてなんておまへんやろ?人聞きの悪い事をいわんといてぇな、壬生はん」
「どこをどう見てもそう見えるだろう。さっさと行くぞ、龍に呼ばれているんだろう」
「遅れても龍々は怒りはせぃへんやろに。壬生はんは真面目やな~。ほな、さいなら」 
 們天丸様の声と共に再度突風が起こり、気が付いた時には二人の姿は見えなくなった。
 先ほどの会話を反復する。
 們天丸様は叶わない恋に意味など無いと、そういいたいのだろう。辛いばかりで、何も生み出さないと。
 でも、本当にそうだろうか。……いや、私はそうは思わない。

 だって、在りし日の記憶は
 忘れがたい幸福は
 時に辛い記憶を癒してくれるのだから。
 ――その事を、私は知っている。







◇◇◇


□年×月□日 雪

 前回の日記から忙しくて遠ざかっていたが、書いていない間に様々な事があった。

 まず、村が襲撃された。
 柳生という骨格模型の様な鎧を着た、御屋形様とは似てもまっっっったく似つかない赤髪男が、急に現れて龍斗様に襲い掛かったのだ。その龍斗様を助けたのは、以前村に攫ってきた女の仲間達。
 我らと敵対していた筈の龍泉組だった。

 どうして幕府の連中が我らを助ける?
 訳の分からない私達に神妙な顔で龍斗様から告げられた。
 龍斗様は話すに以前彼等は龍泉組に所属し、我ら鬼道衆と敵対していた。しかし先程の柳生だが野獣だか分からない男に殺された後、比良坂様の声が聞こえ摩訶不思議現象で時間が戻り今度は鬼道衆として過ごしてきたと。
 龍斗様は騙していたみたいになってごめんと謝られたが、そんな天海和尚もびっくりな超人現象を告げられた幹部は黙って顔を見合わせる。
 確かに突拍子もない事を信じろと言われても信じられなかったのだろう。
 しかし比良坂様をちらっと見て、彼女が関わっているならば信じるかもしれないと思ってしまった。視線を感じたのかこちらを的確に向き微笑まれた為、私は捕食される寸前の獲物の気持ちになり反射的に目を反らした。私は悪くない。
 それはともかく龍泉組に所属していた、なんて口が裂けても言えないだろう。それは分かる。命に係わるだろうから。でも、なんていうのか。それでも一言言って欲しかったと思うのはきっと我儘なんだろうか。 
 とりあえず一旦解散にしようという時に龍斗様の寝床でまあ揉めに揉めた。ひーちゃんは龍泉組だから寺に帰ろうぜと、よりによって言ってきたのだっ!

 ええいふざけるなっ!龍斗様と鈴菜様は鬼道衆だっ!我らの一員なのだっ

 やいのやいのしている間にぶちぎれた龍斗様はどっちも帰らんっ!俺は俺の好きなところに行くっ!と宣言し鈴菜様を引き連れてどっかに行ってしまった。

 ぴえん通り越してぱおん。
 おっさん悲しい。

 その言葉通り、龍斗様は確かに数日間どちらにもいかなかったようで、鬼道衆幹部と龍泉組幹部達とガチンコ対決をした後ようやく彼等は村に戻ってきてくれたのだった。
 良かった、戻ってきてくれて。
 そうでなかったならば最終戦争が勃発するところだった。
 ……誰が起こすのかは言えないけれど。








◇◇◇


□年×月□日 雪

 最近礼拝堂に年若い女性が頻繁に来ている。
 彼女の名前はほのか様。同じキリシタンだからか神父様とクリス様ととても仲がいい様子で、良く話しかけている姿を見かける様になった。
 私も何回かお話ししたが、純粋に宗教を信仰している素直なとてもいい子である。
 信者が増えるのは喜ばしい。純粋に嬉しい。
 ……嬉しいが、手放しに喜べないのは私の心が狭いんだろうか。 
 まず、鈴菜様の礼拝堂に来る頻度が減った。
 色々な人に誘われるからか、一日中村にいない事なんてざらにある。お蔭で神父様の落ち込みようが以前に増して酷くなった。もちろん村にいる時は来てくれるのだが、そんな時に限って神父様はほのか様と一緒に勉強していたり掃除をしていたりと、一緒に居ることが多い。その姿を見て顔を曇らせる鈴菜様。 

 いやあぁぁあぁ――――――――――――っ‼無理ぃいぃ――――――――――――――っ‼
 誰が悪いわけじゃない状況耐えられないぃぃ――――――――――――――――――っ‼

 発狂する私にびくっとするお三方。
 どうしたのかとおどおど声を掛けられるが、モブおっさんは心と体の健康維持の為叫ばないといけない時期があるんですっ!と力説すると引きながらも納得してくれた。
 私は鈴菜様を引きずりだし外に出る。ちょうど礼拝堂に入ろうとしていたクリス様も巻き込んで広場場出来てしまった。
 鈴菜様の肩を思いっきりつかみ向き合う。ずっと動揺している彼女に言い聞かせるように説明した。

 いいですか、鈴菜様。神父様は誰にでも公平なだけです。それこそ信者には優しい事を知っていますよね?
 誰にでも、いいですか大事ですのでよく聞いてくださいね。
 誰ぇっっっにも優しいのです!分かりますか?こ、う、へ、い、なんですよ!
 耳かっぽじって心の中心に留めておいてくださいねっ‼

 私の勢いに押されたのか必死で頷く鈴菜様。
 そんな私の状況で全てを理解したらしいクリス様は私を宥めながら鈴菜様を諭した。
「そうだよ、ファーザーは公平さ。それに彼の好みは料理上手の可愛い子だよ。シスターなら誰か分かるだろう?」

 クリス様、支援大変感謝雨霰ですっ‼

 流石の鈴菜様もこれなら分かるだろうと踏んだが、その言葉を聞いた鈴菜様は予想に反して顔を曇らせていった。
「みかちゃんの好みは、料理上手の可愛い子……。私とは、随分違う人だなあ……

 鈴菜様ーーーーーーーーーーーーーーーーっ⁉

 貴方です貴方っ‼貴方の事なんですよっっ‼‼
 普段はあんなに気が回るのに、なんでこんな時だけポンコツなんですかっ⁉えっ、まさかと思いますが自分の事かっこいい系だと思ってます??
 どこか落ち込んだ様子で答えた鈴菜様に、私は思わず目を見開いた。
「そっか、可愛い人かあ。……ほのかちゃんみたいな人かなあ」
 クリス様の慌てる声と俯いていく彼女の声を背に、私は礼拝堂へ全速力で走った







◇◇◇

 
□年×月●日 雪

 村が雪で覆われる中、私の気持ちも雪で覆われてゆく様だ。
 だって、だってっ‼推しCPがすれ違ってばかりなんだもんっ‼

 ――例えば、御神槌様。
……私は彼女を神の様に思っているのです。身の丈に合っていなことは理解していますよ」
 そう言って決して想いを告げようとしない。
 その神に抱き着かれて全身を茹蛸の様に赤くしたのは誰でしょうねぇ⁉同様の存在の龍斗様にはそんな態度とっていないじゃないですかっ!
 思っているという字間違っていません?想っている方でしょ!

 ――例えば、鈴菜様。
「死者は生者に恋してはいけないのですよ。……でも、密かに想うぐらいは、いいですよね?」
 と言って俯くようになった。
 密かじゃなくてもいいですから!もっと叫んで!もっと押して‼
 何なら私、後ろで暖簾立てますから!旗も振りかざしますから‼法螺貝だって吹いてやりますよ!!
 だからもっと根性を見せろやぁ!!
 あの神父様なら好きです!を間違えてすきやき!と言ったとしても、すきの言葉で全面降参しますから!もっと一緒に頑張りましょうよお‼

 私は感情のまま机を叩く。

 くっそ、どうしたら伝わる……
 もうこうなったら秘儀、大人の全力の駄々こね【くっつかなきゃ嫌だいっ!】を見せる時が来たか。
 モブおっさんが周囲を気にすることなく全力で泣きじゃくり、全身で床に横たわり手足をバタつかせるというやってはいけない秘儀がっ!これのいい所は相手は容易に折れてくれるが、同時に自分の自尊心がぽっきり折れ後々の人間関係に亀裂が入るという諸刃の剣である。やったことないけど。

 正直やりたくはない、……しかし致し方無い、か。
 そう悲壮感を漂わせ決意を固めていると「話は聞かせてもらったわっ!」と言葉と共に家の引き戸が開かれた。

 お、お前さんは前回神父様に自覚をさせようとして失敗したモブ女性‼なぜここにっ‼
 っていうか話していなかったんだけどどうして分かったんだ?
 えっ?もしかしてお前さんは私の脳内を直接覗いていたの?
 怖っ……、ちょっと近づかないでもらえます?

「彼等のすれ違いが辛いのは我ら委員会役員も同じ……。その心痛い程分かるわ……

 え、……そうか。そういえばお前さんも一員だったんだな。
 正直誰がいるか、どんな規模なのか知らないし本当にそんな委員会あるのか分からなかったけれど、我らの気持ちは同じだ。

「貴方一人がやる必要はない。私もやるわ、同じ心意気同士頑張りましょう!」

 なんと、やってくれるか!それは心強い、有難う。

 そう言って手を取り固く握りしめる。視線が交わり、深く頷いた。
 手を取り合い彼等の元に行こうとした時瞬間、部屋の中で静かに聞いていた雪から腹部にかけて渾身の掌打が放たれた。私は痛みで倒れると隣も同様に攻撃されている。
「くっっっそ迷惑だからやめれ。そんな姿を見せると私も暮らしにくくなるから絶対にするな。後扉開けたならきちんと閉めて!今真冬‼二人ともいい大人なんだからちゃんとしてっ」
 うめき声を上げながら仁王立ちしている雪の言葉を静かに聞くしかない。

 龍斗様直伝の掌打か……。雪、強くなったな。
 お父ちゃんはお前がじゃじゃ馬にならないかとても心配。

「そんな馬鹿な事していないで、ねえお父ちゃん。今日龍斗様と鈴菜様見ていない?火邑様と雹様、弥勒様あと真那ちゃんとか他にも数人がずっと探しているの。なんか今度行く旅について直談判したいって。……火邑様と雹様、凄い怖かった。今度、何があるの?皆どこに行くの?」
 雪の言葉に今日の出来事を振り返るが確かに彼等には会っていない。最近村にいない事もあるためそこまで珍しい事もないけれど鬼道衆の幹部様達の行動など色々考えると確かに引っかかる事が多い。
 どこに行くのか知らない。でも最近の彼等、特に鈴菜様は皆からそっと離れ、遠くで見守る事が多くなった、そんな気がする。
 そうまるで、存在を消そうとしているように。……どこかで消えても、誰にも気づかれない様に。
 だから不安なのだ、私達は。
 ドン引き確定事項をしてまで彼等のくっつけようとするもの繋ぎとめたい為。普段見られない彼等の幸せな顔が見るのが面白いという欲望ばかりの理由ではないのだ。
 ……あ、はい、嘘です。本当は見たいだけですすいません。
 彼等の日頃の雰囲気からは察することが出来ないが、何か大きな運命を背負っている様だ。我々モブ達はただそれを遠くで祈るしかできない。どうか、無事でいてほしい、ただそれだけしか。
 雪も彼等の無事を祈りに礼拝堂にいくか?と聞くが彼女は首を振った。だって帰ってくるなら祈る必要がないでしょ?と無邪気に。

 そうだね、当たり前の様に帰ってくるといいね。でもその当たり前は緋勇様達の努力であって決して当たり前じゃないんだ。と伝えても雪は首を傾けるばかり。

 分からないか。分からないかもしれない。
 雪はとても小さかったから忘れてしまったのかも。
 でもね、この世界は雪が思っているよりとても残酷だ。それこそ後悔してもしきれない位。
 だから人は大事な人の為に祈るのだと、私はこの村で知ったんだ。

 目の前にいる小さな宝物がこの事に気づくのは、どうかもう少し後でいて欲しいと私は願った。
 それがどれだけ難しい事かは痛い程知っているけれど。








◇◇◇


×年〇月□日 夜半

 年末が終わってしまい年始始まってから数刻後、皆が待ち望んでいた御屋形様達が帰って来た!
 初めに帰って来たのは伝令で、無事を喜ぶのもつかの間必死な様子の奈涸様から龍斗様が切られ重症だと聞かされる。まずは龍斗様達の第一部隊、その後第二部隊に分かれてくると。

 まさか龍斗様が。
 起こって欲しくない事が起きてしまった。

 伝令が来てから数刻後、富士山に行っていた部隊は疲労を滲ませて戻って来た。
 しかし、皆の顔はそれ以上に緊張感の方が強く、それだけで龍斗様の状態の危険さが分かってしまう。
 部屋に向かう団体に声を掛けることが出来ず見送るが、一瞬見た彼の白い道着は殆ど血で赤く染められていた。九桐様に背負わせてきた龍斗様の顔は真っ白で、彼を助けようと両端から桔梗様と美里様の治療が勧められいる。彼等が走り去っていった廊下には血が点々と続いていた。

 酷い、出血だ。

 呆然と見送る私。雪も周囲の慌ただしい状況に固まり、涙目で私の服を握りしめた。
 彼等が走り去った部屋では治療が始まるのだろう。何度も龍斗様を呼ぶ声が聞こえる。任務後こんな状況を何度も見た。それこそ村人が役人に切られる事は何度もあり、そのたび桔梗様が治療をしていたのだから。
 けれど、その中心に龍斗様がいる日が来るなんて思いもしなかった。

 だって龍斗様は誰よりも強くて、誰よりも圧倒的て、誰よりも優しくて、誰よりも、誰よりも……

 取り留めのない言葉が頭を駆け巡る。当たり前の事なんてないって知っていても、どうして身の回りにいる大事な人たちは大丈夫だと思ってしまうのだろう。
 廊下からバタバタと足音が聞こえる。第二部隊が戻ってきた。のろのろと顔を上げると白い顔をなお白くした神父様や比良坂様、龍泉組の小鈴様等がいらっしゃった。神父様の姿をみて少し安心した私は思わず彼等に近寄る。
 龍斗様は大丈夫ですか、何があったのですかと声を掛けると、神父様は「大丈夫ですよ。絶対に彼は、大丈夫。……大丈夫でなくては」とまるで自分に言い聞かせるように話した。
 龍斗様がここにいないだけでこうも不安感が増すのか。ここに鈴菜様がいたなら明るく不安を吹き飛ばすのに、と思ってから鈴菜様はどうしているのか気になった。弟の龍斗様が重症なのに彼女の姿はない。
 あんなに龍斗様を思っている鈴菜様が姿を現せない。そんなこと、あるのだろうか。
 不安な気持ちを隠す等に神父様に尋ねる。

 ――ねえ、神父様。鈴菜様は何処にいますか?大丈夫なんでしょうか?

 と私が声を掛けた瞬間、周りの視線が私に集まる。
 戸惑う私をみてからゆっくりと彼等は一様に視線を反らす。

「鈴菜さんは……、鈴菜、さんっ、は……っ、……
 神父様が俯き声を殺す。その手は静かに震えていた。
 神父様の声を聞いた小鈴様は耐え切れず声を上げて泣き始め、その声につられて雪も号泣した。周りの人たちも感情が感染するかのように次第に嗚咽が増えていく。
 完全に周囲は重苦しい空気で充満している。

 どうして、こんなことに。

 泣くこともできない私は呆然と只々その場で立ち尽くした。







◇◇◇


×年〇月〇日 晴れのち曇り

 丸一日かけて治療は行われたがその日のうちに龍斗様は目覚めることはなかった。
 治療が一段落して二日間彼は寝続け、寝食問わず祈っていた私達の願いが通じたのか目を覚ましたのは三日後。御屋形様から直々に知らされ、それを聞いた村人たちは声を上げて喜んだ。安心したのか涙を流している村人もいる。
 気持ちは分かる。鈴菜様が失われて、これで龍斗様も……なんて言われたらやるせないにも程がある。
 しかし喜んでいる我々とは違い、御屋形様の顔は浮かなかった。私以外にも気づいたようで何か気になる事でもあるのかと恐る恐る声を掛ける。御屋形様はゆっくりと私達に告げた。

 曰く、目は覚めたが柳生が最後の力でつけた刀傷は完全に塞ぐことが出来ず、常に気が漏れ出している状態だという事。
 曰く、人は氣を循環させて健康を維持しているがそれが出来ない龍斗様は次第に衰弱していくだろうという事。 
 曰く、……今後は一年も持たないであろう事。

 先ほどの歓喜が嘘のように鎮まる。
 その中で御屋形様が今後龍斗が体調を悪くしている事がある時は手助けをして欲しいと我々に頭を下げた。彼の言葉に我々は慌てて頭を上げる様に伝え、むしろ今までお世話になったので率先してお世話をさせていただきますと宣言した。その声に眉を下げ、安心したように御屋形様は微笑まれた。

 しますよ、何だって。

 誰だって、彼との時間を大事にしたいのだから。
 最後の時まで、ずっと。







◇◇◇


×年✿月〇日 曇り

 いつものように礼拝堂に行くと何やら荷物を選んでいるらしい神父様。
 不思議に思い声を掛けると、知り合いから神戸に来ないかと誘われており、そこに行こうと思っている事を告げられた。
 いつ行くのですか?と尋ねると早く来て欲しいと言われており、早くて数日後。
 遅くても来月中には考えているらしい。
 思うよりもずっと早い。
 鬼道衆が解散してから仲間の方々は皆其々の道を歩き始めている。彼もその一人に加わったのか。
 寂しくなりますね、とほほ笑むと神父様は「……良ければあなたもどうですか?」と思わぬ誘いを受けた。
 そこには信者が多いるので交流もしやすい事、信仰心の高い貴方ならいい環境になるのは無いかと。

 もったいない言葉だ。

 有無を言わず頷きたかったが、一つ気がかりがある。
 どう返事しようか悩んでいる私に神父様は静かに「龍斗師の事ですね」とほほ笑んだ。

 流石によくわかっている。

 私、というか雪が龍斗様から離れたがないのだ。
 あの日の出来事を後悔している雪は鈴菜様を失った今、今後は龍斗様までいなくなる事を酷く恐れている。

「大丈夫ですよ。思うがまま龍斗師の傍にいてください。私の処には落ち着いてから来て下さればいいので」
 そういって神父様は笑った。
 その言葉はありがたいが、神父様は良いのだろうか。
 後悔は、しないのだろうか。
「実はですね、龍斗師に悩んでいる事を察知されとても怒られてしまいました。お前は俺を足枷にする気か。やりたいことがあるならそっちに行け、行かないと俺の全力をもって追い出す。とね」
 龍斗様らしい言い様に、彼等のやり取りが目に浮かぶようで思わず微笑んだ。
 持っている物を優しく撫でて「それに鈴菜もそれを望んでいると言われてしまえば、行くしかないでしょう?いつまでも立ち止まっている訳には行きませんし、何より彼女に幻滅されたくはありませんから」と鈴菜様を失ってから久しぶりにその名前を聞いた。
 よく見るとその手元で撫でている物は朱色の板。姿の見えなかった時鈴菜様がよく使用していたもので、見える様になってからも体にかけていた物だ。……神父様にもらったと、周りに嬉しそうに話していた。

 ――龍斗様に遺品としてもらったのか。

 神父様の言葉にお心遣いと彼に今までの感謝の気持ちを込めて頭を下げた。そして必ず行くため待っていてくださいと硬く手を握りしめた。
 そうして神父様は一月後、鬼哭村を後にした。
 手には聖書と、――朱色の板を携えて。







◇◇◇


☆年□月〇日 晴れのち雨

 あれから多くの仲間たちが村を旅立った。

 龍斗様がその人生に終止符を打ったのは1月1日。それまで寝たり起きたりを繰り返していた龍斗様だったが、12月31日に御屋形様にお礼を述べて、比良坂様に見守られながら遺かれたらしい。全て、聞いた話だ。
 彼が亡くなったのは奇しくも鈴菜様が消えた時と同じ日。流石双子というべきか。
 ……そんなところまで似なくてもいいのに。

 龍斗様が亡くなってから雪はそれはそれは落ち込んだ。
 何度も彼等に会いたいと泣きじゃくり、食事もままならない位。正直、見ていられなかった。
 しかし彼女にとって初めて大好きな人達が亡くなったのだ。無理は無いだろうなと思うが、この状態で神父様の所には行く事なんて到底無理だと思う。
 そんな風に悩んでいると、突然ある日の朝起きてきた雪から神父様の所に行きたいと言われた。
 彼女曰く夢で鈴菜様、龍斗様、髪の長い知らない優しそうな女の人が現れて、神父様の処に行くように言われたとの事。その際幸せにね、と三人に頭を撫でてもらったと嬉しそうに話していた。よく見ると目が赤い。泣いていたのかもしれない。
 雪の話を聞き、知らない女の人の話を詳しく聞いていくうちにそれは妻だと気づいた。雪を心配したのだろうか。有難い限りである。私の処にはまっっっったく出てきてくれないのだけど。

 旦那はどうでもいいってか。そんな事実に私も泣きそうだ。

 御屋形様に前々から伝えていたが改めて報告すると、これでまた寂しくなるなとほほ笑まれる。
 こちらがなんて行こうか考えている内に御屋形様は先ほどの哀愁を取り払い、新しい土地で頑張って来いと激励をしてくれた。
 親友と言っても過言ではない龍斗様がいなくなられたのだ。御屋形様も、言葉にあまりしないが寂しく感じている事だと思う。だって彼等に誰より関わっていたのは他でもない御屋形様なのだから。
 凜としている彼を見る。
 この人に言葉に表すことの出来ない恩を受けた。
 彼がいなかったのなら私はこの鬼哭村に来ることも無く、ただただ人間的に腐って死んでいった人生だったのではないかと思う。誰よりも何よりも尊敬している彼に気持ちが通じる様精いっぱいの思いを込めて、私は暫く頭を下げ続けた。

 そして今後も祈り続けよう。彼が誰よりも幸福であるように。







◇◇◇


◎年★月□日 晴れ

 神父様のいる神戸にきて何年経過したのだろうか。
 あれからすぐ旅立った私達を神父様は笑顔で向かい入れてくれた。
 そして同時に彼にとって尊敬してやまない人が失われたという事も知ったのだと思う。
 一瞬悲しそうな顔を浮かべた神父様だったがすぐに立ち直り、その後は私達に色々な事を場所と在り方を教えてくれた。
 西洋文化、他国の人達との関わり、価値観の多様性。
 今までの生活とは全然違う、環境に慣れるまで目の回る様な忙しさ。しかし振り返った今、逆にそれがよかったと思うのだ。
 悲しみばかりに目を向けては駄目だといった龍斗様の言葉に、本当にそうだなと理解した。

 雪はというとあれから熱心な信者になり日々神に祈りを捧げている。
 じゃじゃ馬になったらどうしようと心配していた私の気持ちを知らずに、雪は淑やかさを身につけ、誰にでも笑顔で接し、どこに出してもおかしくない自慢の娘になった。
 ……いや、出さないけど。私の目の黒いうちは絶対に出さないけど。

 神父様は、穏やかな人柄と豊富な知識を生かし教会でなくてはならない存在になっている。
 鬼哭村にいた時にあったその激しさと悲壮感は身を潜め、穏やかな表情で過ごしている彼はこの日々が満ち足りたものであることが分かる。
 しかし時々、彼は空を見上げる。
 晴天の日。菜の花が咲いた日。雨の降った日。寒い雪の日。
 空を見上げどこか嬉しそうに、でも切なげに。見えない何かに愛を囁くように。

 私と同じように振り返り、あの軌跡を愛おしく思っているのだろうか。







◇◇◇

 
◇年※月★日 雨

 毎週のミサ帰り、神父様と談笑していると雪が異国の若者と共にやってきた。
 神父様に気軽に挨拶をしているところをみると彼の知り合いらしい。異国の友人は何人か出来たが、私はこの若者には見覚えが全くなかった。
 緊張している男性と、少し照れ恥ずかしそうな雪。

 嫌な予感がする。背中に汗が流れた。

 男性は意を決した後雪と付き合っている事、彼女との結婚を許して欲しいと私に必死に頭を下げた。
 異国の文化に慣れていないと感じる不格好な姿勢で。
 ピシャー――ッンと雷を受けた様な衝撃があり、ふらつく頭で神父様を見つめる。

 ――え?今攻撃をしましたか?

 という私の質問に首を振る神父様。

 ――イヤイヤしたはずです絶対に、出なければこんなに衝撃を受けるはずがない。

 そう伝えるがやはり静かに首を振る神父様。

 ――それならあの男か?あの男が私に攻撃したのか?

 ふらつく足取りで男を見た。ビクッと震える男は雪の前に出て庇っている。

 ――何だ、敵か!私は敵ってか⁉

 ふざけるなこんな男と雪が結婚だなんてお父ちゃんは許さんぞっ‼‼
 大体$〇×♨っ~‼‼‼(ここからは字が汚すぎて解読不能)







◇◇◇


◇年◆月×日 

 妻の夢をみた。
 彼女が亡くなってから初めて見る夢だった。
 ようやく会えた!そう思った私は嬉しさのあまり彼女に駆け寄る。
 記憶と違わず妻は穏やかに微笑み、そして。
 ――私にヘッドロックを掛けたのだった。

 激しい愛情だなあ!おいっ‼……イヤイヤ嘘ですこれ以上力を込めないで。
 ぎりぎり言ってるから、ぎりぎりいってるからあっ‼ロープッ!ロープゥウ!

 必死に妻にギブアップと伝えると満足した妻はようやく私から手を放してくれた。

 こんなんだっけ?私の妻?

 乱れた呼吸を整えながら私は必死に昔を思い出す。
 そういえば仕事が上手くいかずぼそぼそ言い訳をしていると彼女はいつもこんな風に関節技をキメてきたことを思い出す。そうだ。彼女は決して人に悪口を言わない。その代わりこんな風に誰にでも実力行使していたことをようやく思い出した。

 思い出美化とはよく言ったもんだ。
 そう感心している間も無く妻から正座を指示される。はい。しました。だからそんなに圧掛けないで。
 向き合いの正座をして彼女が伝える。雪の幸せを考えるなら結婚を許しなさいと。

 ――いやでも結婚はまだ早……嘘です。はい。怖いから笑顔の圧やめて。

 渋々頷くと妻は心底嬉しそうに笑い、貴方もずっとお疲れ様でしたと労ってくれた。
 そして私を思い続けてくれてありがとう、でも今度は貴方の幸せを考えてもいいのですよ、と。 
 だから来るならもっと後にしてくださいねと困った様に笑った妻はその後ゆっくり霧のように霞んでいった。




 目を覚ますとどこかのベッドで休んでいた。
 隣をみると神父様が大丈夫ですか?と話しかけてくれる。必死で記憶を思い出したが、二人に会ってからの記憶がない。それになんだか体の節々が痛い気がする。
 急に目の前が白くなったと思ったら、気が付いたらここにいたのだけど。
 体を起こし奇妙な夢をみたなあとおもっていたが、起こした拍子に鏡に自分の姿が映った。

 私の髪、めっちゃちりちりしていません?
 しかもちょっと焦げ臭いんですけど??

 思わず神父様を見つめる。神父様はさっと目を反らした。
 もしかしてあの光は。そしてあの妻は。

 ――もしかして私、臨死体験してました?

 目を反らし続ける神父様をじっと見つめていたら、大泣きしている雪が部屋に飛び込んでくる音が聞こえてきた。








◇◇◇

 
※年◇月◎日 晴れ

 以前紹介してくれた青年と雪が結婚した。
 式で酒を浴びる程のみ半分朦朧状態の千鳥足で帰る私に誰かが声を掛けてくれた。
 祝い席参加者なんだろうか。誰でもいいや。幸せなんだから。

 いい式だった。本当にいい式だった。

 そう思っていると転けそうになり隣にいる人が支えてくれる。いい人だ。

 ねえ、聞いてくださいよ。雪はとても綺麗だった。綺麗な化粧をして、嬉しそうに微笑む彼女は亡くなった妻にそっくりだった。
 雪の夫となった青年は雪を幸せにしてくれるのだろうか。いや、幸せにしてくれるのだろう。大切なものを守れなかった私とは違いあの青年はしっかりしている。醜態を見せた私に引かず、お父さんと呼ばせてくださいと言った彼は今では私の自慢の息子だ。あの二人なら大丈夫だ。長く付き合っていけると思う。

 長い付き合いと言えば、今日彼等を祝ってくれた神父様、あの人とも長い付き合いなんですよ

 と伝えると支えてくれた人の動きが止まった気がした。不思議に思うがそのまま伝える。

 私、あの人と長い付き合いなんですけどね。あの人ほんといい人で。幸せになって欲しいと思っているんですよ。あの人と、あの人、あ、こっちのあの人は鈴菜様っていうんですけどね。幸せになって欲しかったんですよ。いい人達だったから。
 御神槌様、鈴菜様。私ずっと見たいものがあったんです。
 お二人が思いを告げて、結ばれるじゃないですか。結婚式で綺麗なおべべに身を包んだ鈴菜様、そんな姿をみて照れている御神槌様を村中で揶揄って、でも同じぐらいの大声で祝って。総出で摘んできた花をお二人にばらまいて。ささやかだけど村にとってのご馳走を食べて、そのご馳走を奥継様が早く食べさせろと喚いて。桔梗様や九桐様、御屋形様達に見守られて最後に龍斗様からの祝辞の声を頂いて。それで幸せそうに笑う姿をずっと夢見たんです。
 ずっと、ずっと見たかったんですよ。絶対に綺麗だっただろうな、鈴菜様。白、お似合いだから。
 ねえ、聞いてます?本当に見てて幸せになる二人だったんですよ。ねえ〜、聞いてますか~?

……ええ。聞いて、ますよ。お似合いに、なったでしょう。……本当に…………

 隣の人が微かに震えている気がしたが、朦朧になっていった私の記憶はそこで切れてしまい気が付いたらゴミ箱に頭を突っ込んで寝ていた。
 送ってくれた優しい人は誰だったんだろう。
 結局お礼を言えぬまま時は過ぎ去ってしまった。








◇◇◇


××年□月◎日 みぞれ
 
 前回の日記からこの日記が見つからなかった為間がかなり空いてしまった。
 どうやら酔っぱらいながら書いた様で前回の記憶が全くない。そしてこの日記は何故か箪笥の奥で見つかった。前の日記が懐かしすぎて読み込んでしまったが、まだ数枚紙はある為せっかくなので近況を書こうと思う。

 結婚してからもあの夫婦の仲は円満で、男の子3人、女子2人の5人孫と2人のひ孫が出来た。
 にぎやかを通り過ぎ騒々しいぐらいの毎日だがかけがえのない時を過ごせる幸せを噛み締めている。
 今度もう二人ひ孫が生まれるという。有難い限りだ。

 神父様は相変わらず、毎日教会の為に過ごす日々を繰り返している。
 あの年になれば身の回りの事をやってくれる人が現れてもいいのだけど、風の噂では彼が全て断っていると聞いた。神父様らしい真面目さである。
 しかし最近良くない噂も聞いた。体の調子が悪いらしく寝ている事が増えたという。
 心配になった私は何度も彼の所に慰問に行くが彼は大丈夫ですというばかり。もう70歳近いので何がってもおかしくないのに彼はそれでも自分の身の回りは自分で行いたいようだ。

 まあ、何があってもおかしくないのは私も同じだけれども。明日も会いにいこう。








◇◇◇


××年◎月◎日 曇り

 職務中、神父様が倒れたと聞いた。
 病院に行くと彼はすでに起き上がっており、少しばかり良くないですねと苦笑していた。

 嘘だ。

 彼の部屋に行く前に医者から余命いくばくもない事を聞いたのだ。
 体調の悪さはちょっとどころでは無い筈。
「お医者様からお話を聞いたのでしょう?」
 ずばりと告げる彼の言葉に言葉が詰まるが、数十年来の付き合いだ。隠し事をする間柄でもないためそうだと伝える。
「心配してくれたのですね、有難うございます。でも私は全然怖くないのです。むしろようやくと言っていいかもしれません。……こういうとあなたは怒るかもしれませんが」
 心臓が鷲つかみされる気持ちというのはこういう事なんだろうか。
 寂しい、悲しい気持ちがあふれ苦しいが、この言葉が誰にも言えない彼の本心なんだろう。

 彼はずっと自分の人生を謳歌して、迎えに来るのを待っていたのだろうか。

「ねえ、権兵衛さんあなたにお願いがあるのです」
 彼の言葉に顔を上げる。
「貴方にしか出来ないお願いです。是非引き受けて頂けないでしょうか」
 そう言われると頷くしかない。彼が願い事を言うのはとても珍しいのだ。
 何が何でも叶えますよと伝えると「ありがたい言葉ですがそう難しい事ではありません。実は――」と続いた彼の言葉に私は静かに目を見開いた。








◇◇◇


×〇年×月×日 晴れ

 神父様が殉職した。齢70歳であった。
 毎日様子を言っていた雪がベッド上で亡くなっているのを発見したらしい。寝ているときに亡くなったようでその表情は穏やかそのものであったと聞いている。
 雪はとても動揺していたが、夫がその雪を支えてくれている。
 あそこの夫婦も神父様に大変お世話になっている為、暫くは落ち着かないと思うけれどこればかりは仕方がない。

 神父様は多くの信者に愛されていた。
 亡くなったと聞いた途端多くの信者が教会に詰めかけ一時混乱状態になったと噂で聞いた。外からその景色を見たが確かにちょっと引くぐらい人が詰めかけていた。
 空で見て恐縮しつつ照れているのかもしれない。こういうのに最後まで慣れない人だった。

 そんな忙しない周囲とは反対に、私は誰もいない彼の住んでいた家に来ている。
 教会の近くの小さな一軒家。
 最後の願いを叶える為来たこの場所は何処にあるかだいたい理解できているが、この家は奥に行けば魔境なので正直探し出せるの不安である。後で雪も来てくれるそうだから、見つかるといいけれど。
 目的は二階の寝室。元々の足の悪さに加え老化によってさらに下肢の筋力の衰えがあり、階段を上るのにも一苦労だ。時間をかけてゆっくり上り、彼の寝室の前で立ち止まる。流石に寝室は入った事がなく、恐る恐るドアのぶを回すが、中は思っていた以上に整頓されて綺麗になっていた。
 神父様が話していたのは、寝室のベッドに下にある箱の中。痛む腰に鞭打って覗き込むと確かに抱える位の大きさの小箱があった。何とか引きずり出してゆっくりと蓋を開けると古ぼけた赤い袋一つはいっている。箱面積の半分も物は入っていない。私はその袋を箱から出した。
「赤い袋に入っているもの全て私の棺にいれて欲しいのです」
 彼の言葉を反復する。他に人に任せるとごみと間違えて捨ててしまうかもしれないから、私にお願いしたいと頼んだもの。

 ごみと見間違えるほど古いものなのか?と思い袋から取り出すと中から古ぼけた小さな木の板と本が一冊。そして至る所破れている手紙の様なものが出てきた。所々塗装がはがれ、時々付いている朱色ら元々は赤い小さな小さな看板だと分かる。千切れ汚れた紐も付いていた。
 確かにごみと見間違えてもおかしくない程汚れ古びた品物である。
 しかしどこか既視感がある、気がする。遠い昔に見たような……
 どこだったのかかなあと悩んでいるとバランスを崩したのか膝から紙が落ちた。床に落ちた瞬間扇の様に折り畳まれていた紙は開かれ、見覚えがある筆跡が目に飛び込んできた。
 丸さを帯びた癖字。本人の性格が表れたような、この字の書き手。

『私の字が独特?そ、そうなの?……桔梗姉様に文字を見てもらおうかなぁ』

 突然浮かんだ声に、私は反射的に顔を上げる。
 そうしてもう一度紙と板を見つめていると、次第に手が震えた。

『見てください!これこれ‼御神槌さんにもらったんです~!何度も聞いた?そうでしたっけ?でも本当に嬉しかったんですよ〜』

 これは、この古びた板は御神槌様が鈴菜様に渡した塗板。
 龍斗様からもらった鈴菜様の遺品。

『駄目です駄目です見ないでください!……難しいんですよ、絵って』

 これは鈴菜様が薬草を説明するときに書いた絵。
 絵が下手すぎて参考にならないって途中で終わった本。中には神父様が彼女にもらった花で作ったしおりが入っている。
 あれもこれも、全て彼女が関わったものだ。よく見ればこの赤い袋も鈴菜様がこの板をしまう時に作った袋である。
 ぎゅっと口を噛み締め感情を抑える。
 そうして揺れた視界でもう一度彼女が書いたらしい紙を見た。
 やはり鈴菜様の字だ。しかし、宛名はない。
 虫に食われて穴が開いている紙をこれ以上破らない様に広げる。
 震える手で、ゆっくりと彼女が書いただろう手紙を開いた。