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urifuji
2022-01-11 15:40:56
19113文字
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鬼哭村、料理に関する津々浦々② ~春:真心の八杯豆腐~
双子の料理珍道中その2です。今回は御神槌さん。
時期的には「理想のマリア」の後ぐらいの話ですが、これ単体でも全然問題ありません。
キリシタンなら隠れる為山間で暮らしていたのではないかとの思いがあり、御神槌は今までずっと山間に住んでいたというオリジナル?設定があります。
1
2
3
『あれ、たっちゃん。あそこにいるの御神槌さんと奈涸さんだよ』
「本当だ。珍しい組み合わせだな」
教会で食事会を開催してから数日後、龍斗が散歩をしていると村の一角で御神槌と奈涸が楽しそうに会話しているのが見えた。感謝しているのか奈涸に対して何度も頭を下げており、そんな御神槌に対し奈涸は軽く手を振り笑みを浮かべている。
「なんかぺこぺこしてるな」
『でも楽しそうだね。ねえ、あの二人どんな会話をしていると思う?』
「さあな、想像できねえけど、何か依頼でもしたか?」
『そうだね。本とか頼んだのかも。子供向けに草双紙とか錦絵とかかな?そうだったら見せてもらえると嬉しいな〜』
「また頼んでみようぜ。ん?こっちに来るぞ」
遠くで彼等の様子を見ていたが、奈涸が龍斗達に気づくと双子に向かって手を振った。そんな奈涸の行動を不思議そうにみていた御神槌は彼の手の降った方向を目で追い双子を見つけると、途端に破顔してこちらに駆け寄ろうとする。しかし途中で足を止め再度奈涸に頭を下げると、今度こそ振り向かずに二人に近寄ってきた。奈涸は用事があるのかこちらには来る事無く、彼の様子をみて苦笑しそのままどこかに歩いていった。
龍斗と鈴菜は彼等の行動がよく分からず、困惑しながらお互いの顔を見ていたがそうしている内に御神槌は目の前に現れる。
彼は隠す事のない笑顔を向け、二人の前で立ち止まった。
「今日は村にいたのですね。良かった」
「おう、天戒から何も言われてないからな。どうした、何か用事か?」
「はい、思ったより早く頼んだものが来たものですから。龍斗さん、鈴菜さんはそこにいますか?これを渡して欲しいのですが」
少し周りを見渡した後御神槌は大事に抱えられていた風呂敷を龍斗に差し出した。龍斗はそれを受け取り隣に手渡すと、名指しをされたうえ急に風呂敷を渡された鈴菜は困惑気味に龍斗と御神槌の双方を見つめ続ける。
龍斗が静かに顎で風呂敷を指すと意図を理解した鈴菜はおずおずと肩結びされている布をほどき丁寧に広げる。
ゆっくり広げられた風呂敷の中には抱えられるほどの大きさの朱色に塗られた板と三つ葉の様な入れものに細長い筒が付いている物が入っていた。板には小さな穴が開いており、穴の部分に紐が取り付けられどこかに掛けられる様になっている。
矢立は分かるがこの板は一体何だろうか?
鈴菜は送られたものがよくわからず、頭を捻らせた。
「
……
ん?何かの板?と矢立※か?」 ※江戸時代の筆入れ
一緒に見ていた龍斗も意図されたものが理解できず、未だ微笑んでいる送り主に尋ねる。
「はい、この板は塗板というものです。表面は漆で塗っているので字を書いても消すことができ何度も使う事が出来る代物ですよ。寺小屋でよく使われています。これがあれば龍斗さんがいない時でも皆さんと会話が出来るでしょう?」
『
……
え?』
御神槌の言葉に目を開き、鈴菜は反射的に彼を見つめる。
「漆ってことは、結構高かったんじゃねえの?」
「そう思っていましたが小さな板なので思っていたよりお手頃でした。字が読める人限定とはなってしまいますが、それでも今よりもずっとお話が出来る機会が増えるはずです。どうぞ、受け取ってください」
信じられない物を見るような顔で鈴菜は御神槌を見つめるが、鈴菜をとらえる事が出来ない御神槌は彼女の視線に気が付くことが出来ない。
茫然と御神槌を見つめる姉の心情を量る事ができた龍斗は小さくため息を吐き、未だ『
……
どうして?』と小さく呟く鈴菜に変わって御神槌と向き合った。
「なんでそこまでしてくれるんだ?ってよ」
龍斗の質問に御神槌は小さく俯き、照れたように指で頬を掻く。
「
……
正直に言いますとね、龍斗さん。私は以前からもっと鈴菜さんと気軽にお話をしたいと思っていたんです。会話をするにしても紙は高級なので頻回に買うことが出来ません。文字書き教育の時の様に地面で行う事も考えましたが外に行かなくては出来ないし、何より天気によっては会話自体出来ない日もあるでしょう。反故紙※でもいいかと思いましたが、あれは机の上でないとできないうえ、乾いてしまうと見えないですしね。塗板なら外に持っていく事が出来ますし、書きやすいかと思いまして」 ※文字の練習に使っていた墨で真っ黒な紙。
御神槌の静かに、それでいて真摯な言葉を聞いて龍斗は納得した。
話す通り、彼は以前から鈴菜と会話できる手段を常々考えていたのだろう。龍斗越しで会話を出来るとはいえ、鈴菜一人きりであると会話どころか周りは存在すら察知することが出来ない。
物を持っていればそこにいることを把握できるが、お互いを理解できるとは言い難く、むしろ遠く離れていくだろう。距離的にも、心理的にも。
優しく、それ故に周囲に気を配る彼である。
彼女を取り巻く環境に心を痛め、何かできないかと慮ってくれていた事実に感謝しつつも、龍斗は目の前にある板を見つめた。以前金子を貯めていたと確かに話していたが、争い嫌いの御神槌が何度も鬼岩窟に赴いていた理由がまさか姉の為だったなんて。彼らしいといえば彼らしいけれど。
「ありがたいし正直助かる。だが、こんな上等な物をもらってもお前に返せるものなんて俺達には
……
」
流石に申し訳なさを隠せなかった龍斗だったが、それを予想していた御神槌は有無を言わせない笑みを浮かべた。
「何を言っているのです。私は返しきれないほどの恩義を貴方達に頂いています。むしろ私にはこれぐらいしか出来ないのですから受け取ってください。それに最近では美味しい豆腐を頂いたところですしね。そのお礼を兼ねているのですか是が非でも受け取ってもらわなければ」
御神槌のずいずいと前に出る問答無用とでも言いたげな圧に流石の龍斗も言葉に詰まり仰け反る。戸惑いながらも彼の気持ちを嬉しく思った龍斗は頬を掻きながら「あ、ありがとな」とお礼を述べた。
『
……
ありがとうござます。本当に、本当に嬉しいです』
暫く御神槌の様子を見ていた鈴菜だったが、言葉の端々で感じる彼の真心が分かると濡板を眺めそっと抱きしめた。龍斗はそんな彼女の様子を眉尻を下げ優しく見つめる。
「鈴菜もお礼を言ってる。抱きしめてとても嬉しいってさ。
……
本当にありがとな、御神槌」
「いえ、
……
それならよかった」
目の前の塗板を見ていた御神槌は龍斗の言葉にほっとしたように息を吐き、安心した表情で微笑んだ。
そうしてどこかから御神槌を探している声が聞こえてくると、「今日中に渡せてよかったです。では、私はこれで」と慌てた様子でかけていく。
そんな彼の様子を手を振って見送った龍斗は手を下ろしながら隣に声を掛けた。視線は彼の去った方向を反らさずに。
「
……
良かったな姉ちゃん」
「
……
うん
……
うん」
龍斗の言葉に鈴菜は腕の中のものを優しく抱きしめた。
嬉しさを発散できない子供の様に、ただ静かに。
「私の方が、ずっとずっと、沢山貰っているんですよ。貴方は知らないでしょう?ねえ、
……
御神槌さん」
そう話した鈴菜は、泣きそうな顔をして腕の中の宝物を抱きしめ続けた。
――
不器用に、それでも気遣い合う二人の行く末は、恋し恋しと泣く蝉だけが知っている。
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