urifuji
2021-06-22 14:03:31
19341文字
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理想のアリア

外法帖。陰6話以降。女主人公の姿がみたい御神槌の話です。
これの前に小話を予定していましたがこちらが先にできました。







 先ほどのやり取りをしてから半刻後、龍斗は九角屋敷の一角にいた。
 天戒に経緯を伝えると了承を得たがその代わりに天戒も同席したいと希望された。不可解に思い理由を聞くと天戒も鈴菜を見てみたいと思っていた為、周りが良ければやってみたいと。
 あまりな事を言い出す彼に思わずぎょっとして隣に控えていた嵐王と共に彼を見つめる。

「おいおいおい!これは遊びなんかじゃねえのに、なんでお前も希望してるんだ!」
「はっはっはっ!何だ、龍斗。俺が見たいと思ってはいけないのか?」
「見たいことは構わんが、どんなことが起こるか分からん事を希望するのは駄目だろうがっ!え、まさかとは思うが、これ度胸試しだと思ってるの?」
「若っ!他でもない龍斗がやるのですよ!この龍斗が!こんな危険性があるものを、御身で試すのは如何かと!」
「おい、嵐王。言ってくれるじゃねえか……
「あまりまえだ。お主の日頃の行いを顧みてみよ」
「ほうほう、なるほどなるほどな。マジで全然分からんのだけど、俺って普段どんな行いしてんの?」
……

 小言を言っても暖簾に腕押しな龍斗に嵐王は仮面越しに頭を抱え、ため息をついた。そんな彼らのやり取りをみて、彼は凛々しい眉を下げて少し寂しげに笑う。

「まあ、この通りだ。俺は俺一人の身ではないから自由に出来んが、見学ぐらいならいいだろう。再度聞くが、お前が今から行うそれは御神槌の今後の身を脅かすものではないのだな?」

 天戒は龍斗の顔をじっと反らさず見つめた。瞳を反らすことを許さない、真偽を確認するような瞳に、龍斗は肩をすくめお道化る様に伝える。しかし瞳は決して反らさずに。

「あまりまえだろ。一過性に何かあるかもしれないが、あいつを不幸にしてまで行う事じゃねえよ。まあ、今から行うことがいい事かと言われれば、なんとも言えないが……
「そうか、それならいい。何より御神槌が自ら希望したことだ」

 天戒はそう話した後、もうこれ以上の話はおしまいという様に龍斗から視線を離し、嵐王に今後の指示を出し始めた。先ほど寂しげな顔とは打って変わり真剣にこれからの事を話している彼の横顔を見ながら龍斗はため息をついた。

「本当に、物分かりがいいってことも問題だな。我慢は体に悪いって事知らねえのかよ、鬼の大将よ」
「龍斗っ!お主は若に対しなんて口の利き方をするのだ!」

 龍斗のあまりにも緩怠な態度に嵐王は口を荒らげるが天戒それを軽く手で制する。彼は龍斗の方を決して見ることはなく、遠くの方をみて誰ともなく呟いた。

「俺は、この生き方しか知らんからな」

 今度こそ完全に龍斗に背を向けた天戒をみて、龍斗は何も言わず頭をガシガシ掻いた。




☆☆☆



 龍斗と別れてから一度礼拝堂に戻った御神槌は、掃除の途中で桔梗に無理やり連れだされた為掃除道具を片付けた後九角邸に向かっていた。普段なら軽やかに歩くその足取りは、今は一歩一歩地面の感触を味わう風にゆるりと歩を進めている。
 数日前に風祭が鈴菜を輪郭ではなく本当に見たり話したりする事が出来るようになってから、彼らは共に居ることが明らかに増えた。何もない空間に話しかけ、楽しそうに笑っている姿を見かける度に彼らに声をかけようと思ったことはあるが、彼女と会話ができない自分と出来る彼等では世界が違う様に感じてしまい声をかけるのも憚れた。ここ最近は遠くでその姿を見るのみだ。
 そんな彼らの姿を見てからずっと、どうして自分には見えないのだろうという疑念が消えない。
 何故こんなにも彼女の事が気になるんだろうか。
 何故、こんなにも切ない気分になるのだろうか。
 ここ数日間その疑問が湧き上がっては消えていたが、そんな自分の様子をみた桔梗から「それは悔しいんじゃないのかい?」と言われた時には驚き、しかし心にすとんと落ちる音がした。
 そうだ。自分は、きっと悔しかったのだ。
 知りたい存在が何よりも遠い存在になった様で、自分には理解できないと宣言されてるようで悔しかったのだと今なら理解できる。だから何かしら彼女を知れる方法があるならばきっとこの気持ちもなくなるだろうと考えたのだが……。そんなことを考えていると、気が付いた時にはもう九角邸の目の前に来ていた。
 屋敷の前でゆっくり深呼吸する。
 彼は今、とても緊張していた。ずっと見てみたかった恩人に会えるかもしれないという今この時に、彼は思い出さなくてもいい言葉を思い出してしまっていたからである。
 クラゲの様なふにゃけた顔、小さい熊、緊張感の欠片のないトカゲ、すぐに手が出る暴力女……等々今まで鈴菜を称してきた言葉の数々を。その言葉を思い出し、彼は頭を抱える。
 もちろん御神槌は容姿なんて気にしないし大切なのはその心根だと思っているが、彼女を示す言葉の数々がほとんどが人間じゃない表現しているところが気になって仕方がない。

———一体、どんな女性でしょうか……

 期待が半分、不安が半分。しかし会いたがっていたのは自分なのに、そんな心根だと彼女に失礼だと言い聞かせ、気合を入れなおし御神槌は見慣れた玄関を潜った。




☆☆☆




 屋敷に入り、女中に案内された大広間ではすでに桔梗と龍斗が集合している。こちらに気づき手を上げる龍斗に軽く会釈するが、その彼等とは別に少し離れた場所で天戒と嵐王までもいたことに驚いた。

「御屋形様はともかく、まさか嵐王さんまで一緒にいらっしゃるとは。こういう事には興味がないと思っていましたが」

 思いもよらない事態につぶやく御神槌に龍斗は苦笑しながら反応を返す。

「どうやら俺、……というか天戒の見張りらしいぞ」
……御屋形様の?それは一体どういう……?」
「まあ、それは気にするな。少し見物客が多くなったが、それでもいいか?」
「あ、はい。私は構いません」

 龍斗は近くにあった座布団に座る様御神槌に指示した後は、自身もその前に座った。部屋の中心で二人は向き合う。

「もう一度確認するが、鈴菜が見えるという保証はない。が、それでもお前はやるんだな?」
「はい。よろしくお願いします」

 龍斗は最終確認をしたが、彼の意志は固く、龍斗の言葉を聞いたうえで深々と彼に向けて頭を下げた。御神槌が顔を上げたときには、龍斗は口を三日月の様に緩やかな曲線を描いており、にっと笑っている。

「そっか、ならもう何も言わんさ。じゃあ手順を伝えるな。と、言っても今からお前の目を俺が軽く手で覆うだけなんだが」
……それだけですか?」

 彼の言葉にもっと複雑な事をするかと思っていた御神槌は少し拍子抜けをする。

「ああ、それだけだ。ただ少し暖かいというか、熱く感じるからあまりに辛い時には言えよ。決して、無理はするな。あとこちらが難しいと判断すれば如何なることを言われようとその時点で終了する。お前が苦しい思いをしてまで鈴菜は見える事を望んでいない。それは俺も同じだ。それだけは理解してくれ」
「はい。心に留めておきます」
「よし。一応休憩できる場所は用意しているから、もし辛かったら泊まっていけ。天戒にも了承を得ている。桔梗!何があってもいいように回復が出来る準備だけしておいてくれ」
「はいよ」

 桔梗の方を向き、彼女が頷いた事を確認してから彼は御神槌の目を手で覆った。目を閉じているため状況はよくわからないが、龍斗が深呼吸を繰り返しているだろう呼吸音が目の前から聞こえてくる。
 龍斗の乾燥がちな硬めの皮膚を瞼越しに感じていたが、次第に人の体温とは違う熱さを徐々に感じる様になっていた。時間と共に瞳が熱を持つ様に熱くなり、それと並行して船酔いをしているような気持ち悪さを感じる。

…………
「辛いか」
……少しだけ」
「正直でよろしい。……まだいけそうか?」
……大丈夫です」

 素直に伝えると軽く笑ったような声が聞こえた。そのまま継続することを選んだが、気持ち悪さや目の熱さは依然として辛く、それどころかもっと酷くなっていくような気がした。

…………っ!」

 目が燃える様に熱い。大きな波にのまれているように体が揺れている気がして酷く気持ち悪い。それ以外の物事が考えられなくなって流石に我慢できなくなってきたその時、急にすっと吐き気や目の熱さが薄れてきた。

……じゃ……
……?」

 知らない声が聞こえる。優しさを一緒に感じるような暖かな声。それと共に目の前にある手も、先ほどの龍斗の手より一回り小さくて柔らかく感じる。

『もあった……の?』
「悪かった、悪かった。難しいんだよ、こういうの」
『それはわかるけど、もっと慎重にやってあげないと。辛いのはたっちゃんじゃなくて御神槌さんでしょ?もうっ』

 今度はしっかり声が聞こえた。
 龍斗と、知らない女性の声。高音で可愛らしいと感じる柔らかな声質。龍斗の事をたっちゃんと話す女性を、御神槌はたった一人しか知らない。
 逸る気持ちを抑えられず、思わず声を上げた。

「っ、あの!」
「ちょっとまて、御神槌。もう少しで終わるから」
『もう少しだけ、我慢してくださいね』

 無意識に体を起こそうとしていた様で、動かないように上から肩を抑えられる。彼らの言葉を信じても一度座りなおし、動かないように手を膝に置いた。目は熱さではなく、暖かな温もりに変化している。

「もういいんじゃねえの?」
『そうだね。大丈夫だと思う。御神槌さん、目を開けてもいいですよ』
「御神槌、いいぞ。開けても」

 その言葉と共に目を覆っていた柔らかで暖かな感触は無くなり、清々しい空気が瞼を撫でた。御神槌は恐る恐る瞳を開けると目の前に艶のある黒髪がさらりと流れているのをみて、思わず目を見開く。

『御神槌さん、見えますか?……私が分かりますか?』

 烏の艶のある羽を彷彿させるような黒髪は腰まで伸ばしており、後頭部で纏められている。彼女が動く度に長く絹の様な髪はさらさらと左右に動き、さわり心地のよさが想像できるようだった。瞳を覆うぐらいに長い前髪は神秘的で、前髪の1房は何故か天に向かってぴょこんと立っている。前髪で隠れている大きな瞳はトンボ玉を思い浮かべる様に丸く、琥珀色に染まっている目は透き通り眩い程煌めく。睫毛はすらっと長く、彼女が瞬きするとぱさぱさと音が聞こえてきそうだった。頬は紅梅の花が香り立つ様に艶やかで、肌の色は透き通っているが適度に日に焼け、潤いのある肌は柔らかそうだ。桜色に染っている小さな唇は印象的で見るものを引き付ける。小顔で武道をその身に宿している割に華奢な体は、顔を傾けている仕草を見ると小動物の様なかわいらしさを感じた。
 御神槌は目の前で光を放つような愛らしさ持つ彼女から目が離せない。心臓が全身にあるかのようにドクドクと響き渡り、体全体が熱を持った。彼は呼吸するのも忘れ、煌々と輝く彼女を恍惚の表情で見つめている。

『あの……?』

 鈴菜は目を見開いてから彼があまりにも微動だにしていない事に不安になり、見えていますか?と彼の目の前で手を振った。しかし以前ぼんやりとしており反応が見られない御神槌の前で、彼らは悩まし気に腕を組む。

『う~ん、反応がありませんね……。たっちゃん、やっぱり駄目だったんじゃない?』
「そうだな。……ん顔も赤いし熱が出たかもしれん。御神槌、大丈夫か?」
「いや、この反応を見ると私は違うと思うけどねえ」

 正解に近い桔梗の考えは聞き流され、失敗かと悩む彼らの前で彼の口が小さく震える。

……、マリ……?」
『え、鞠?幻覚が見えるの?お~い、鞠がどうかしましたか?御神槌さん』

 小声であったため聞き取れなかった鈴菜は顔を近づけ、彼の言葉を聞き逃さないように今度こそ耳を澄ませた。呆然と彼女に見とれていた御神槌であったが、急に近づいてきた鈴菜に鼓動がさらに大きくなり反射的に後ろに下がろうとする。

「っ!」

 が、座っている事も忘れ急激に後ろに下がろうとしたことが不運を呼び、足がもつれて後ろに体重が傾いた。その結果親愛なる彼らの目の前で腰を強く強打しまい、情けないやら恥ずかしいやらで先ほどとは違う羞恥を感じ、彼の赤い顔は傍から見ていると元々の皮膚の色が分からないぐらいより赤く染まっている。

『だ、大丈夫ですか?』

 打撲した腰を摩りながら痛みを和らげていた彼であったが、心配して駆け寄る鈴菜に止まりかけた動悸が再度復活を遂げ、違う意味で大丈夫ではなくなる御神槌。

「は、はい、大丈夫です!御心配をおかけしています!」
『?はい。何もないならよかったです……ってあれ?今……?』

 通常の彼ではあまり見かけないおかしな日本語とどもった声で反応された鈴菜であったが、会話の途中で違和感を感じ顔を傾げる。再度御神槌の方を向き、恐る恐る質問した。

『え、え?もしかして、私の声聞こえますか?』
「は、はい。聞こえますし、姿もきちんと見えます。あの、……とても可愛らしい姿が」
「『えっ‼可愛らしい!?』」
「はい……、え?どうしました?」

 彼の思いがけない言葉に姉弟そろって声を上げる。誰の事?お前?イヤイヤそんなこと言われた事なんてない、とジェスチャーでやり取りする双子を横目に、桔梗は確信の持った顔でおやおやと口元を緩めた。
 神父である御神槌が、神の愛を説いている彼が、今先ほど一人の女性に一目ぼれをしたようだ。これを楽しいと言わずになんていう。
 口元を隠し心底楽しそうに笑う桔梗と、今何が起こっているかわかっていない天戒と、は~とため息をついて顔を横に振った嵐王はにぎやかな様子をただただ見守っていた。