urifuji
2021-06-22 14:03:31
19341文字
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理想のアリア

外法帖。陰6話以降。女主人公の姿がみたい御神槌の話です。
これの前に小話を予定していましたがこちらが先にできました。

 鬼道衆の一員となってから次第に村の生活にも慣れてきた龍斗は、指令が無い日には村人に声を掛けて頼まれごとする生活を営んでいた。
 この日も何やら困り顔の村人に声を掛けると作物の種を植える時期なのに人手が足りないので手伝ってほしいとの事。確かに本日は村に男衆の姿はちらほらいるぐらいであまり見かけない。きっと何かしらの指令がでて対応しているのだろう。
 龍斗は今では鬼道衆の幹部と言っていい程近い位置にいるが、天戒や嵐王、向雲、桔梗といった幹部たちが考える計画の実行者となるが計画案をする事はない。また、彼らの考えた計画を積極的に聞き出すこともない。意見を求められたら答えるだけだ。
 復讐心も忠義心も薄い彼を幹部に据えているのはどうかという意見もあるらしいが、彼の圧倒的な実力と他でもない御屋形様が良しとしている為今の形が維持されている。いきなりきた新人を幹部に据え置く様な警戒感の無さに龍斗としてはもう少し他所から来たものを疑えと天戒本人と周りの幹部(嵐王除く)に言っているが、「他でもないお前に言われるのか」というような視線を毎回受けるのはどうかと思う。
 そんな態度で過ごしている為誰が今何しているのかよくわかっておらず、村人の数がいつもより少ない事にも今更ながらに気づく。隣でふわふわ浮いている鈴菜からも『大変そうだし手伝ってあげたらどう?』と提案があり、それもそうだなと龍斗は思った。

「そうだな。いいぜ、手伝うよ。どこをやればいいんだ?」

 そう告げると女衆からわあっと声が上がる。

「さすが緋勇様!ありがたいねえ」
「龍斗様がいると百人力だ!」

 年配の女性陣からそういわれた龍斗は苦笑するしかない。

「ははは。そう言ってもらうのはありがたいが、それなりの行動しないと大きな雷を食らいそうだな」

 おお、怖い怖いとお道化て伝えると緋勇様とあろうものが何言ってんですかっ!と体格のよいおばちゃんから背中をバシッと叩かれる。
 意外に力が強かった彼女の思わぬ攻撃に痛ってえなあと笑い背中を摩っていると、若い女性の一人から遠慮気味に「でもいいんですか?龍斗様、お役目でお疲れでしょうし」とおずおず声をかけられた。どうやら気を使われるらしい。確かにと同調する女衆の数人に対し不思議がる龍斗。

「何言ってんだ。確かに俺は前線で闘ってはいるが、それは後方で俺等を補助しているアンタ達も同じだろう?同じ鬼道衆として同じ仕事しているのに、俺だけ休むのは変だろ」

 不思議そうにそう話す龍斗にその女達は「でも」「しかし」と言い淀む。龍斗は鍬を肩に持ち、そんな彼女らに優しく笑いかけた。

「それに力仕事は男がやったほうが早い。其々に合った仕事をしたほうがいいだろう?だが、耕す事は出来るがそれ以上のことは期待しないでくれ。俺は確かに古武道には精通しているが、畑の事はさっぱりなんだ」

 悪ぃなとにかっと笑う龍斗。切れ長の目や長い前髪、流れるような所作から物静かな印象を受ける彼だが話すと意外と気さくで笑うと幼さが残る。女衆の若い何人かは彼の笑顔に顔を赤くしていたが、1番年長者の女性は困ったように笑いながら了承した。

「それなら耕耘だけお願いしようかね。龍斗様がいてくれることでみんなの気合の入り方が違うから早く終わると思うよ。本当に罪なお方だ」

 軽く腕を叩いた年長者の言葉にうんうんと頷く女衆。しかしその女衆の言葉も意味に気づかない龍斗は不思議そうな顔をした。

「?」

 キョトンとして頭をかく彼に対し「緋勇様でも鈍い事柄はあるんですね」と苦笑する様に返答があったが、双子は顔を見合わせ、同じタイミングで顔を傾げた。



☆☆☆



「茶づけの、お~ちゃは~、さらさらぁ~、いくよ~♪、とくらぁっ」

 よくわからない歌詞と酷い音程を披露し若干おっさん臭い掛け声を出して耕す龍斗。女衆の声援を受け順調に進んでいた彼は残りあと一畝という所で腰を伸ばし、両腕だけ脱いだ道着で額から流れる汗をぬぐった。
 ずっと同じ動きの繰り返しであった為両手を伸ばし固まった関節を伸ばす。上肢をひねり半円を描くように左右に動かすとゴキッゴキッと関節のなる音が聞こえた。

 お~、固まってんな。

 昼四つから始まり、いつの間にか真昼八つあたりまでずっと動いていた為さすがに疲労感を感じ、鍬を軸に体を支え少し休憩する。
 本日は天気が良く、空を見ていると風と共に雲が移ろい形が変わるのが面白い。鍬の柄の部分に両手を置きその上に顎を置いた龍斗はその姿勢のまましばらく空を見上げていたが、遠くから男女のにぎやかな声が聞こえてきたため周りをきょろりと見まわした。種を植える作業を女衆の少し後ろで宙に浮き、張り付くように覗き込み感心していた鈴菜もその声に顔を上げたのが見える。
 どこからか聞こえてくる男女の声は仲睦まじいと言うわけではなく、どちらかというと言い争っている様に聞こえる。周りにいた村人も声に気が付いたようで、其々体をあけたり顔を上げたり声の方向を見ていた。少し遠くにいた鈴菜もすーと龍斗の近くに寄り、隣で見守る。
 村人と共にしばらく見つめていると民家の影から何かを探している様子の桔梗が見えた。彼女はきょろきょろ周りを見渡していたが、此方を見ると安心した様に表情を明るくし歩いてくる。そしてその後ろから桔梗に引っ張られ戸惑っている様子の御神槌も一緒にいた。どうやら騒ぎの原因はこの二人らしい。

「龍斗、ここにいたんだねえ。随分探したよ」

 嬉しそうな桔梗とは反対に御神槌は龍斗の姿をみるとさらに焦った様子で桔梗に食い下がる。

「桔梗さんっ!私は本当に、あの、いいですから!」
「何言ってんだい!数日前からずっと気にしているんだろ?いい加減観念しな」
……ですがっ」

 穏やかな御神槌が語尾を強めて意見を言っている。しかも桔梗相手に。珍しい風景に思わず龍斗は二人の言い合ういをぶった切った。

「どうしたよ、藪から棒に。何か指令ってわけでもねぇみてぇだが?」
「ああ、今日はなにも天戒様から言われていないよ。しばらくは何もないみたいだけどねえ」
「まあ、そうだよな。そんな雰囲気ねえし。じゃあなんで俺を探してんだよ?」

 しかも珍しい組み合わせで。
 そう思って伝えると桔梗は口元を少し隠しにや~と心底楽しそうに笑った。桔梗と出会ってからそこまで月日は経っていないがそれでもこの顔の桔梗は何かを企んでいる事だけはわかるため龍斗は呆れたように半目になる。

「ああ、実は龍斗にお願いがあるんだよ。ほら、御神槌。龍斗だってちゃんと答えてくれるさ」

 桔梗は楽しそうに戸惑う御神槌を龍斗の方に突き出した。口元を袖で隠しコロコロ笑っているが、気のせいか腰あたりから狐の尻尾が上機嫌で揺れるような幻が見える。完全に楽しまれているぞ、御神槌よ……

「し、しかし」
「いきなり取って食いはしないだろうさ。大丈夫だって」

 ……俺ってどんな風に思われてるんだ?

……ぜっんぜん読めねえが、なんだ。俺にして欲しいことがあるのか?叶えられるか正直分からんが、言うだけ言ってみろよ。まあ、キリスト教に入会して欲しいとかだったら簡便な」
「何故駄目なのですか?」
「え゛っ!マジでそうだったの??」

 冗談で言ったのにさっきの戸惑いは何処に真顔で聞く御神槌。お前のそのごり押ししてくるところ、俺ちょっと怖ぇんだけど、と龍斗は心の中で呟いた。

「いえ、全然違いますが」
「なんだよ……。お前真顔で言うから本当にそうだとおもったじゃねぇか」
「急にそんなことを言われると聞きたくなるのが人情でしょう?」

 不思議そうに尋ねる御神槌に「お前の人情の基準どうなってるの?」と突っ込みたかったがこのまま続けても埒が明かない。本調子を取り戻した御神槌に龍斗は再度要件を尋ねた。

……実は……




☆☆☆




「鈴菜の姿がどんなんか教えてほしい?」

 村人に声をかけいち早く昼休憩をとった龍斗は、村人が作った握り飯を食べながら御神槌の願いを繰り返した。こくこくといささか緊張気味で頷く御神槌と、にやにやと楽しそうな桔梗。
 彼らの真意が分からず、握り飯をもぐもぐごっくんと嚥下している間に顔にご飯粒が付いたらしい。隣で浮いていた鈴菜から声が掛かる。

「どこだ?」
『もう少し下。ああ、違う、ここ、ここだよ』
「ここか?」
『うん』

 急に話し出し、米粒を取る龍斗を一瞬不思議そうにしていたが、それが双子の会話だと分かると鈴菜の見えない彼らは龍斗の視線の方に顔を向ける。特に御神槌は素早く横を向き、何かを求める様に鈴菜のいると思われる場所をじっと見つめていた。

「す、鈴菜さんはそこに居るのですか?」
……どのあたりだい?」

 緊張気味の御神槌とやや訝しの桔梗。龍斗は隣にいる鈴菜の周りを手で囲い、この辺と伝えた。

「今はにこにこ締まりのない顔でお前たちに手を振っているよ。しかし、何でまた?」

 龍斗の何気ない質問に御神槌は何と言おうか悩んでいる様子だった。顔を少し俯き言葉を探す彼に桔梗が助け船を出すような調子で話す。

「やだよ、たーさん。決まっているじゃないか」

 コロコロと鈴の音が転がるように笑う桔梗は楽しそうで何よりだが、若干被せ気味で話してくるのはなんだろうか。

『「何が(だ・ですか)?」』

 見当がつかないため尋ねると鈴菜と声が被る。双子だからか声が被ることが多い二人は互いに向き合い頷いた。分かんねぇよな。

……たーさんは本当にこういう話に関しては朴念仁だねえ」

 急にため息を付き、駄目出しをしてくる桔梗。龍斗は相変わらず訳が分からず、顰め顔をして腕を組んだ。

「??」
……まあいいさ。で、どんな感じなんだい?」

急に話を戻された龍斗は少し鈴菜を見たあと「さあ?」と話した。

「さあ?って、……こっちは真剣なんだよ」

 龍斗の答えはお気に召さない様で少し立腹しているような桔梗だが、そんなことを言われても困るのはこちらの方だ。龍斗はがしがしと頭を掻き、御神槌に向き直る。

「そんなことを言われてもなあ、抽象的過ぎてよく分からん。御神槌よ、どんな事を聞きたいんだ?容姿か?態度か?背丈か?……他には何かあるのか?」

 取り敢えず思いつく事柄を片っ端から上げていく龍斗。そんな彼に向かい御神槌は手を少し上げた。

「ああ、えっと、あの、彼女に関することは何でもいいのですが……
「ふーん。んじゃまずは背の高さか。鈴菜、ちょっと御神槌の前に立ってみてくれ。……御神槌はそこから動くなよ」
『は〜い』
「は、はい」

 相変わらず陽気な鈴菜を御神槌の前に誘導し、御神槌の体に手を当て鈴菜の身長がある場所を示した。

「そうそう動くなよ。だいたいこんな……っておかしいだろ。お前、そんなに身長高くねぇだろ。おい鈴菜、ズルするな。浮くな。下がれ。地面に足をつけろ。そうそう……っだから、踵をつけって、今すぐに。つけたか?……つけてねぇじゃねえかっ。浮かすな!ウソつけっ!ほらみろ、指5本分ぐらい浮いてんじゃねえか!!ちびがバレたくないからって詐称するなっ!!!さっさと抵抗をやめろ!!!!」

 ……いや、示そうとした。出来ていないが。

『やめないッ!』
「あの……?」
「だ、大丈夫かい……?」
「き、に、す、る、なっ!ちゃんとやらせるから!」

 御神槌と桔梗の眼の前ではなにもない空間に龍斗が何かを上から全力で押し込んでいる。両手で。彼ほどの人が手に血管を浮き出してまで力を入れているのに微動だにしない空間。その事実に少しいやだいぶ引いている御神槌だったが、そんなこんなで眼の前では決着がついたらしい。

「悪ぃな、ちびなの気にしてんだよ。なあ鈴菜、今さら取り繕ってもしかたねぇだろが。あきらめろ」

 はあはあと若干疲れている龍斗と、何だか彼女を知るのが恐ろしくなってきた御神槌と桔梗。しかしそんな彼らの心情を知る由もない彼は続ける。

「身長はだいたいこんなもんだ。小せぇだろ」

 彼が手で高さを示すと、御神槌は酷く驚いた様子だった。龍斗と御神槌はほぼ同じ身長だ。その御神槌の鎖骨ぐらいに龍斗の手がある。奥継よりも遥かに小さい。

……ええと、彼女は確か貴方の……
「よく聞かれるが、正真正銘俺の姉なんだ。妹じゃねえ」
「そ、そうですよね」
『うぅ゛……、だから知られたくなかったんですよぅ……

 昔っから彼らはいつも姉弟ではなく兄妹に思われる事が多かった為、鈴菜は自身の身長を大層気にしている。幼い頃は何度もいつか穂のようににょきにょき大きくなって誰が見ても姉と分かるように抜かしてあげますからっ!と宣言していたが結局叶えられず、今は皆が見えないことをいいことに隙があればこのように誤魔化している。
 龍斗は我が姉ながら本当に困ったことだ、と強く思う。

「態度はまあ、いつも話しているから分かるだろう。容姿は、……容姿ねえ?」

 いつも隣で漂っている姉をじっと見つめた。うん。いつもと変わらず腑抜けた顔をしているな、と半目で思っているとそんな龍斗の心情を正確に読み取った鈴菜は『いい!正直に言うんじゃなくて盛ってね!大盛だよ‼』と焦った様に話す為龍斗は神妙に頷く。

「ああ、お前の言いたいことはわかっているさ。双子だからな」

 そうして御神槌の方を向いて一言。

……クラゲのようなふにゃけた顔をしている」
「え?」
『こらっーーーーー‼余計酷くなってるじゃないっ‼』

 龍斗が心の底から思った事を言った瞬間から隣からの苦情が絶えない。もうもう!と言葉だけは可愛く言っているがやっている事は急所を的確に狙い容赦ない連撃を繰り返している為可愛げなんてものはまったくもって感じなかった。

「危ねえ!何だよ、思ったことを伝えただけだろ‼お前はこれ以上盛りようがねえ‼何をどう盛るところがある‼」
『綺麗とか美しいとか見目麗しいとか言いようがあるじゃないっ!いつもみんなに言っているみたいに‼』
「そんな事一度も言われたことがねえじゃねえかっ‼お前は熊だ!小さい熊‼」
『人間ですらないっ‼』

 空気を裂く音とそれに随時する拳を間一髪で避ける。連撃を繰り返す鈴菜の瞳は黄色く染まっており、本気だったその一発は思いのほか素早く避け切れなかった龍斗の頬を掠めた。頬にピリッとした痛みを感じる。やばい、揶揄いすぎたか。
 双子ならではの物騒な物理挨拶を目の前で繰り広げられている(傍から見たら龍斗の独り武道)が先ほどから忘れられていた桔梗が辛抱たまらなくなり待ったをかけた。

「ちょいと、龍斗!多分じゃれてるんだと思うけどそれじゃあ何かさっぱりわからないよ!もう少し具体的に答えておくれ!」

 桔梗の言葉に双子はピタッと止まり、彼女の方向を向く。腰に手を当てて憤慨している桔梗と片手を宙に浮かし今なお戸惑っている御神槌。

「あん?」
「御神槌は鈴菜をマリアといった女の神?の化身みたいに思っているんだ。あたしも興味があるしね。姿が想像できるようにわかりやすく頼むよ」
「あの……、聖母マリアは女神ではなく我が神イエスキリストの母親ですよ。訂正させてください」
「神を生んだ母親なら似たようなものだろ?」
「全然違います」
「細かい男だねえ」

 桔梗から見たら大した話ではないかもしれないが、さすがに間違った情報をそのままにするのは神父として許せないのだろう。再度桔梗に神と聖母の違いを滾々と説明している。そんな二人を見て鈴菜がぼそっと呟いた。

『女神ってたしか菩薩みたいな人の事をいうんだよね』
「ん、菩薩だと…………菩薩、ねえ」

 菩薩といえば菩薩眼。菩薩眼といえば、美里藍。藍といえば……。双子の頭の中でうふふっと笑いながら熾天使の紅をぶっぱなし周囲を灼熱地獄に陥らせた姿(多少の偏見が入っています)が思い出された。しかも龍泉寺地下で。地下だぞ、地下。なんで飛べてんだ。……いや、そもそもなんで飛べるの?

『「……」』

 何とも言えない沈黙が二人に漂う。鈴菜は複雑そうな表情になり目を瞑ったあとすっと姿を消した。

……なあ、御神槌よ。お前にひとつ言っておきたい事がある」
「はい。……何でしょうか?」

 鈴菜が消えるのを見届けてから、ちょうど講義が終了した様子の御神槌に声をかけた。桔梗はほっとした顔で、御神槌はすっきりした顔で此方を見たが、先ほどとは違いやや強張った様子の龍斗に怪訝そうな顔をする。

「確かに俺らは激しいじゃれ合いをしている自覚はあるが、鈴菜はそんなに怖いものじゃねえからな。優しい所もあるし、気遣いもできるし、意外に家庭的なところもある。まあ、何だ自慢の姉だ」
「はい?」

 何を言っているか分からない様子の彼らに龍斗は渾身の気持ちを込めてゆっくり頭を下げた。

「鈴菜がお前にどんな恐怖体験をしでかしたか分からないが、俺が謝っておく。すまん。だからそんなに怖がらないで欲しい。……いや、まあ、難しいか。怖いものは怖いもんな。付き合うのが難しいようなら俺から今後一切お前に近づくなって言い聞かせて傍に行かないように誓わせるから」

 龍斗が話す度次第に顔色が悪くなっていく二人。許してやってくれないかという最後の台詞が言い終わる前に二人は慌てて龍斗の言葉を遮った。

「ちょっと龍斗!さっきの流れでどうしてそうなったんだい⁈」
「待ってください‼なんで私が鈴菜さんを怖がらないといけないんですかっ?!」

 血相を変えて詰め寄る彼らを不思議に思い、先ほどまで考えていた事を伝えた。

「え?だって女神みたいなんだろ?女神っていえば菩薩みたいなもんだろ?……だからだけど」
……龍斗にとって菩薩って一体何なんだい?」
「恐怖が形を成したもの」
……それは本当に菩薩かい?菩薩という名を模した何かじゃないのかい?」
「龍斗さん……。菩薩という存在はそういう意味では無い事、異教徒の私でも流石にわかりますよ……

 そうなのか?と腑に落ちない彼に深くため息をついた御神槌であったが、急にはっとした表情となり、周りを必死な表情できょろきょろ見渡す。そんな御神槌に龍斗は「どうした?」と声をかけた。

「というか先ほどの話を、……まさかと思いますが鈴菜さんは聞いていました?」
「ああ。だから今この場にいないんだろう」
「えっ、いないんですかっ‼どうして‼」
「そりゃあ、嫌われていればお前に会わせる顔がないって思うだろうが……、どうした御神槌。地面に手をついて」

 龍斗の嫌われていればの処から絶望感満載になった御神槌は膝から落ちる形で地面に四つん這いになる。崩れ落ちた時に帽子が地面に転がり、龍斗の足先にこつんと当たった帽子はその後くるくる回転しながら動きを止めた。その帽子を持ち龍斗は御神槌の目の前に来たが、持ち主の御神槌はそれに気づかず呆然と呟いている。

「なんてひどい誤解を……よりによって私が彼女を嫌う?……神よ、これも私に与えられた試練ですか……
「おーい、御神槌。大丈夫かよ?」
「どう考えても大丈夫じゃないじゃないか。酷い男だねえ、龍斗は」
「え、これは俺のせいなのか?」
「あんたじゃなければ誰のせいだよ」
「マジか……

 頬をポリポリと掻き、うーんと唸った龍斗は未だ落ち込む彼の前にしゃがみ込んだ。

「なあ、御神槌。お前なんで鈴菜の姿を知りたいと思ったんだ?」
……え?」

 御神槌が顔を上げる前に拾った帽子を頭に強く押し付けた。慌てた彼が視線を上げ、帽子を拾ったお礼を述べるがそんなことを気にしていない龍斗は軽く返事するのみ。それより龍斗はどうしても御神槌に聞きたい事がある。

「鈴菜の姿を知って何になる。相手の事を知りたければ今の状態でも話は出来るからそれでいいじゃねえか。何故それ以上の事を知りたいと思うんだ」

 確かに仲間に鈴菜に知ってもらいたいと思った。それは外ならぬ自分自身が鈴菜に伝えたのだから。しかし、まさかもっと知りたいと仲間から希望されるとは思わなかったのが本音だった。
 龍斗の氣で存在を維持しているとはいえ鈴菜は(自分と限定だが)会話もできる、感情もある。龍斗から見ると生きているように感じるが、しかしそれでも彼女は死者だ。だからこそこれ以上深入りするのはどちらも傷つける結果になると龍斗は思っている。特に、目の前にいる彼は只でさえ優しく、傷つきやすいのだから。
 そう思い彼に強い圧力をかけて尋ねるも、彼は一瞬瞳に狼狽を映したがそれでも龍斗の瞳を反らすことはなかった。
 龍斗は古武術を極めており体内にある氣を目に見える様にして他者を攻撃する、もしくは自分の力を極限以上に高める。だから周りの氣を操り自分が圧をかける事で他者がどのぐらい圧迫感を感じるかを知っていた。気が弱いものだとその場で気絶するぐらいだ。あの京悟でさえも見つめられると息苦しいぐらいだと言われたこともある。だから目の前にいる彼も今どんな状態であるか理解しているつもりだ。
 鈴菜も氣の達人であるが、龍斗とは別次元の達人だった。例えるなら体に巡る気を糸のように細くし、その糸で編み物を作る事が出来るぐらいの常人では考えられない部類の達人である。だから御神槌の気の巡りを整えるという芸当ができるが、あれは正直龍斗では真似ができない。
 龍斗のそんな強い圧をうけ強張りを隠せない御神槌であったが、一回ごくっと嚥下してから覚悟を決めたように強い眼差しになりゆっくりとした口調で話す。

「そうですね。確かにこのままでも話は出来ます。相手を知ることもできるでしょう。……ですが」
「ですが?」

 視線を軽く伏せ御神槌は神父服についている十字架の模様をぎゅっと握りしめた。そうして何かを思い出している様に少し時間を置き、一呼吸をおいてから再度龍斗を見る。強い意志を感じさせるような瞳で。

「信仰心を忘れた私を、私自身を忘れた私を思い出させてくれたのは貴方と他でもない鈴菜さんです。貴方達しか成しえなかった。そんな恩人をもっと知りたいと、もっと理解したいと思う事はそんなにおかしい事でしょうか」

 彼はそう話した後、瞳を決して反らさなかった。目を細め見つめ続けても彼は主張を、意思を反らさなかった。
 どのぐらいそうしていただろう。体感的には一刻も等しいぐらい時間経過が経った気がするが、実際には一瞬とも経っていないだろう時間。そうしている間にじゃり……と近くで草履がすれる音がした、と思った瞬間龍斗は軽く肩をすくめ、頭を乱暴に掻く。
 その瞬間張りつめた空気は散発し、目の前には普段どおりの彼がいた。御神槌は彼が視線をそらした瞬間全身の力が抜け、自分が強い緊張状態にいたことに気が付く。今更ながら汗が吹き出し、動悸が止まらなかった。

「はあ~なあ御神槌、そんなに見てみたいか?」
「え、は、はい!もちろん!」

 今度は先ほどとは違い軽い調子で龍斗に尋ねられた御神槌は、戸惑いながらも間髪を容れず頷いた。その様子をみた龍斗は困った顔をして、御神槌の帽子の柄を軽く叩く。帽子のつばが下がり視界を防がれた御神槌は慌てて帽子を被り直していると龍斗から静かな声が降ってくる。

……そうだな、絶対とは言えないが気を上手く扱えない奴でも見る方法はある、と思う」

 思いもよらない言葉だった。そんな彼の言葉に一瞬時間が止まり、信じられないような顔で龍斗の顔をみる御神槌。

「本当かい?!」

 茫然とする彼の気持ちを代弁するように前のめりになりながら尋ねる桔梗。動と静の正反対の反応をする彼らをみて龍斗は軽く笑い、よいしょっとの掛け声と共に立ち上がった。膝についている土をぱんぱんと振り払いながら彼は話す。

「ああ。ずっと考えていたんだ、他人に鈴菜が見える方法はないかとな。ただ実際にやったことはないからま、理論上……という感じにはなるんだが」
「勿体振らず教えとくれ。一体どんな方法なんだい?」

 その言葉に龍斗は意外そうな顔を桔梗に向ける。御神槌は先ほどの言葉で理解できたが、まさか桔梗も積極的に希望するとは思ってもいなかった。

「なんだ桔梗。お前も見てみたいのか?」
「当たり前だよ。龍斗も坊やも見えるのにこっちは見えないなんて、不公平じゃないか」

 思わず揶揄う様に尋ねた龍斗に彼女は当たり前のように答えた。軽く目を見開き、今度は大声をあげて笑った。

「ははっ、そうか、不公平か!それは悪かったな」

 龍斗は鈴菜が日頃から彼らは鬼というにはもったいない!と豪語している事を思い出す。本当に人の苦しさや悲しさ対し自然に寄り添える彼らは、復讐だけに生きていく事は本当にもったいない。
 優しい目で彼らを見て、龍斗はゆっくり深呼吸をした。

「俺が鈴菜を正確に捉えたり触れたりできるのは、単に鈴菜が俺の氣で存在しているからだ。それは知ってるな」
「はい」

 確認するように伝えると、彼はあまり前の様に頷いた。それをみて、満足げにした龍斗は話を進める。

「俺の氣を持つ俺が俺の氣で作られた鈴菜に触れる事が出来る、と言う事は俺の氣を他人に与えてやればその時ばかりは見えたり聞けたり出来るんじゃねえかと思ってな。ただ与えられた側が俺の氣を受け入れられるか分からねぇし、どんな反発や副作用があるかも分からん。本当に鈴菜の姿が見えるかすら分からねぇ。正直実験代みたいな形になるが、それでもやりたいと思うか?」
……ひと目でも見られる可能性があるならば、私は試してみたいと思います」
「危ねえ事はしないつもりだが、もしかしたら暫く目が使い物にならないかもしれんぞ。それでもか」
「それでも」

 半場脅す様に忠告するが、それでも御神槌は決して嫌だと言わない。
 龍斗は優しい彼が何故今の今まで宣教師をやっているのかを理解出来る気がした。

……は〜。お前、実は相当な頑固者だろう。天戒といい勝負なんじゃねぇの?」
「龍斗。その言葉、聞きづてならないよ」

 思わず心の声が漏れてしまい、すぐさま桔梗が嚙みつく。さすが、天戒が人生の全てと心酔している桔梗である。

「馬鹿にしてねぇだろ。逆に皆して不器用で真っ直ぐだから感心してるんだよ。ああ、だから鬼なんて言ってるのか。本当にお前らはなあ……

 頭を軽くかき回し、龍斗は今村にいるすべての人物に訴えるつもりで伝えた。
 まあ、不思議そうな顔をしているあたり彼らは理解できていないようだったけれど。

「まあそんなことよりも、まずは天戒に報告してからいつやるか考えるか。何か指令が下りる予定だったらいけねえし、仲間内で問題ごとが起きてもいかんだろうしな。あ、桔梗。もし時間があればその時近くにいてくれると嬉しいが……、まあ聞くまでもなかったか」
「もう、当たり前の事を聞くんじゃないよ龍斗」
「悪ぃ悪ぃ。じゃあ、俺は先に屋敷に戻って報告がてら準備してくるわ。お前らも準備ができたら来いよ」
「ああ、わかったよ」
「わかりました」

 龍斗はそう言って彼らに背を向け、左手をひらひら振りながら屋敷の方に向かう。桔梗はようやく立てる様になった御神槌に、祝福の意味を込めて軽く肩を叩いた。
 



☆☆☆




『たっちゃん……

 鈴菜の声が聞こえた瞬間、目の前に彼女がすっ……、と現れる。あの場では最後まで姿を現さなかったが、彼女は彼らのやり取りを龍斗の中で静かに見つめていた。
 龍斗はそれを知っていたがあえて何も言わず黙っており、鈴菜が何か言いたげな様子だったので、あの場から理由をつけ離れたのだ。

「どうした」
『あのね、初めてだったの。本当に初めてだった。……もっと知りたいって言ってもらえて、尚且あんな風に行動を起こしてくれたの』
「そうだな……

 鈴菜がこの姿になってから仲間や知り合いは何人もできたし、龍斗の体を借りて彼女自身も色々な人物と友好を深めてきた。その中の何人かは鈴菜の姿を見てみたかったといってくれた。彼らは全て心の奥から言っているのを知っていたし、もちろん嬉しく思っていたが、それでも全て過去の出来事として会話している。
 こんな風に半場脅す様に伝え、自分の身に危険が及ぶかもしれない事を知っても、それでも強く鈴菜自身を求められたことはなかった。
 5年だ。5年もあって、只の一度も。

……どうして、そこまでしてくれるのかな』
「さあな、俺は御神槌じゃねえから分からんが…………でも、嬉しかったんだろ?」
……うん』
「よかったな」
…………うん』
 
 なんとなく姉の顔を見ることは出来なかった龍斗は、明後日の方向を向きながら俯く彼女の頭を撫でた。
 いつも龍斗の頭を勝手に撫でてくるように、努めて優しく。