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その後、新人のミスが新たに発覚して残業はのべ三時間ほどかかった。
ノイマンが迎えにきてくれた時には二十一時を過ぎていて、ナタルは車の後部座席のチャイルドシートでぐっすりと寝ていたし、ノイマンはチャンドラ家で夕飯を食べて来ている。
ハインラインは研究所でノイマンの差し入れしてくれたドーナツを摘んだ。
「はぁ
…こんなはずでは
…アーニー、ごめん」
ノイマンの運転する車の助手席で両手で顔を覆ってため息が出てしまう。
「気にしなくていいって。チャンドラの家でも雑に祝われてきたし。そんなに言うなら今度の休みにゆっくりやり直そう」
ふふっと笑って機嫌良さげなノイマン。自分が居なくとも友人一家にお祝いされて満更でもなさそうなのが地味に堪える。
研究所から自宅までは車で十五分程だがオーブでも有数の高級住宅街のため夜になると車通りは多くない。等間隔に並ぶ街灯のオレンジの光が照らす夜道を車が静かに走る。
「チャンドラとセレネがハッピーバースデーを歌ってくれて、ナタルも一生懸命横でマネしてて可愛かった。来年はきっと歌えるな」
「そう、ですか
…」
「チャンドラとコノエさんから誕生日プレゼント貰った。すごく良いモノ。お前も喜ぶと思うぞ」
「はぁ
…」
楽しそうなパーティーの様子を聞かされてハインラインは一層落ち込んだ。
「お前今日、機嫌悪かったなぁ」
突然、ノイマンが話を変える。
「あんなに怒鳴るとこ久しぶりに見た」
「うっ
…」
どきりとして身体が一瞬強張った。
ミスしたとはいえついカッとなってパブリックスペースで部下を怒鳴りつけるなど未熟の極み。ヒューマンエラーは完全に避けられるものではないし、責任者として冷静に対応すべきだった。そもそもここまで予定が押したのもミスが起こり得る事態を想定していなかったハインラインのスケジュール管理が甘かったせいだ。
情けないところを見られた。年上なのに余裕が無い。稼ぎが良いだけで口は悪いしすぐカッとなるし、パートナーの誕生日に家に帰れないし、自分が中心になってやると言った子育てだって、ナタルはまだ六ヶ月になったばかりなのに、結局はコノエやナニーの力を借りなければどうにもならない。最近は家事も疎かだ。
「僕に幻滅しましたか
…」
絶賛自己嫌悪中のハインラインが問うと、車は丁度自宅の門の前にたどり着いた。
門扉の前で車を一時停止させ、セキュリティシステムが車と乗っている人物のスキャンをする間に、ノイマンが車のタッチパネルコンソールで開門のためのパスコードを入力しながら答えた。
「え、何で?」
「部下を怒鳴ったり
…パートナーの誕生日に休みも取れない
…」
「んー
…お前はさ、他人には当たりがキツいけど俺には怒鳴ったりしないだろ」
「当たり前です!」
「常に俺やナタルの事考えて計画立ててるし、何とかして俺を喜ばせようとしたり機嫌良くいて欲しいって思ってる」
「え、まあ、そう、ですね
…」
とりあえず肯定したが、それはごく当たり前の事だ。ノイマンが何が言いたいのかわからない。
「それって、俺のことが好きだからだろ。健気って言うか。そういうの可愛いって思ったな」
「かわ
……い
…?」
「俺にだけ優しくて、一生懸命で、全力で愛されてる感じがして嬉しい」
にこ。と笑ったノイマンの顔が近付いてきて、唇に甘く噛みつかれた。挨拶や親愛のキスより濃厚で、でもすぐ離れていってしまうという、どう考えても物足りないキス。
離れる間際にチュ。と小さく音を立て、ノイマンの舌がペロリと唇を舐っていった。
「アー、ニー
……」
ノイマンは何も答えず、緑色の瞳が嬉しそうに細められ、それが門扉のライトに照らされて妖艶だった。
いつの間にか門は開いていて、ノイマンは再び前を向いて運転に戻ってしまったが、ハインラインは突然の色っぽいキスに顔が燃えそうなほど熱いし、熱に浮かされぼうっとしたまま彼の横顔に釘付けだし、愛しさに胸がいっぱいで声も出せない。
ノイマンはロータリーを半分回って、バック駐車でガレージに車を停めた。いつもながら流石のドライビングだ。心地よい振動がナタルを深い眠りにつかせている。
エンジンを切って、エアコンも切れて、早く車を降りて家に入ってナタルを子ども部屋のベッドに入れて
…ケーキとケータリングを冷蔵庫に。やることはわかっているのになかなか動けない。
不思議なのが、ノイマンも動こうとしないことだ。
「アル」
「
…はいっ」
運転席と助手席で座ったまま数秒の無言の時間の後、ノイマンは車のコンソールポケットから端末を取り、改まった風にハインラインを呼んだ。
咄嗟に返事をしたがなぜか緊張して声がこわばってしまった。
「チャンドラ達からの誕生日プレゼント、コレだ」
ノイマンは何度かディスプレイをタップしたあと端末を差し出してきたので受け取る。表示されていたのは卵子提供に関する承諾書で、チャンドラの卵子提供によりノイマンが人工授精、人工子宮で子どもを作るという内容だった。
「これは」
「アルが欲しがってた俺の子、チャンドラが協力してくれるって」
「アーニー
…!」
ハインラインがノイマンに抱きつくと、ノイマンが耳元で囁く。
「お前からも誕生日おめでとうって言われたい。俺はそれだけで充分」
「はいっ、誕生日おめでとうアーニー!愛してます!」
「俺も、愛してる」
お互い顔を寄せ合って、今度はさっきよりもっと濃密な、セックスするためのキスをした。
ナタルをベッドに入れたら二人の時間を過ごそう。まずは二人でシャワーを。
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