amarey
2024-12-14 01:34:24
12484文字
Public
 

one day

ムリナール叔父さん、誕生日おめでとう。
遅刻してごめんね。
たくさんの人にお祝いされても素直に喜べない話。



 +++

「随分と面白いことをやっているのね」
「そうですか? 面白くはないですよぉ。大変ですよぉ……どおして今日の秘書は私だったかなぁ……
 執務室に訪れたデーゲンブレヒャーは机に突っ伏したデーシュットに声を掛けた。業務中しゃんとした姿を見せることの多い彼女にしては珍しく感じ、しかし部屋の主が席を外していることも関係しているのだろう。
「私も遊びに行って良いかしら」
 悪戯心からそう口にすると、デーシュットは耳をしょげさせたまま半眼をデーゲンブレヒャに向けて疲労感を隠さない低い声で問い掛ける。
「訓練室ですかぁ? それはどんなお遊びでしょうか。カジミエーシュ騎士競技三連覇の黒騎士様が訓練室に遊びに行くだなんて、それこそ訓練室の修繕費だけで経理担当が青褪めて失神するか真っ赤な顔で激怒するか、果ては失踪でもしてしまいます」
「あら、随分と厳しい言葉」
 揶揄いの詫びにと、デーゲンブレヒャーはデーシュットにコーヒーを差し出す。
「良いんですか? ありがとうございます」
 本来は声を掛けて無理やり引き剥がさなければ椅子にしがみついたままの指揮官に淹れたものだったが席を外しているのであれば仕方ない。
 デーシュットはそのことも理解し、コーヒーを快く受け取り、そして一口呑んでほうっと息を吐いた。
「それで、この部屋に本来いるべき働き者さんはあなたに色んなことをお願いして何処へ行ってるのかしら?」
……ドクターなら、司令室で演算班やインフラチームにクロージャさんとお話してるみたいです。そうですね、例えば……
 胡乱な瞳でデーシュットは空中を見つめて呟く。
「ここにいない可愛い姪っ子達と万年仏頂面の叔父さんをどうにかして会わせるためには何ができるのかな、とか」
 その様子にデーゲンブレヒャーは小さくため息を吐き、デーシュットの前に広がる書面を手にした。
「あなた疲れてるのね。何も例えになってないわよ」
「そりゃそうですよ……疲労困憊ですよ、勤務時間の割にあってない業務とその他依頼事項、調整項目、懸念事項たくさんたくさん……連携忘れたものや気が付いたものまでドクターから定期的に連絡ありますし」
「信頼の置ける優秀な秘書さんじゃない。あなたを選ぶ理由としては充分よ。……だってきちんと交換条件も提示済みでしょ?」
「勿論です! 今日の稼働は密度高めな分、普段よりマシマシ要求です!」
 デーシュットはそう叫ぶと残るコーヒーを全て飲み干し、再び机上の書類と端末に向き合いだした。
 ドクターの様子を確認に来たデーゲンブレヒャーは少し不服そうに部屋を見回す。
 しかしこうなった場合、相手にどんな思案があるのか、何を要求されているのか。先に仕えていた男を思い出して、ふっと笑みを浮かべた。
「ならやっぱり、私はそこに遊びに行って良いってことかしら」

 訓練室の壁に貼ってある利用者ボードを見るならデーゲンブレヒャーは呟いた。
「あら。大盛況じゃない」
 てっきり一人のクランタが独占して利用しているだけかと思えば、意外にもボードには足された書き込みが多かった。
 多少楽しみに 相棒を腰に下げて来たデーゲンブレヒャーは、小さく首を傾げてボードを眺める。
 一時間ごとに区切りを引かれたボード、一本長く朝から晩までを示すように引かれた矢印、その横には一時間ごとに、場合によってはその半分の時間から複数班が相席するかのようにびっしりと細かく記載されている。
「でもまあ、そうね。割り込んでも良い、なんてあのひと ドクターに言ったのであればこうなるわ」
 ボードを前にしていると、そこに置かれた椅子に座っていた一人のオペレーターが声を掛けてきた。
「もしかして次はデーゲンブレヒャーさんが出るんですか?」
「それはどちらの意味かしら。彼の代わりか、その相手としてか」
 どちらにしても訓練生の経験としては得るものがあるのかもしれない。しかし居合わせた医療オペレーターは複雑そうに微笑み「どちらにしても訓練を受ける側はきっと大変ですよ」と答えた。
 状況によっては治療が必要な可能性があると配置されていた医療オペレーターの横へと座ってこれまでの話を聞いていると訓練が終わったのか、数人のオペレーターが座り込んでいた。
「終わりか? ならば残りの時間は――
 単独での鍛錬に充てられる。
 そう口にしようとしただろう。
 しかしボードは埋まっていて、訓練相手の空きはなかったはず。そしてそこに書かれていた名前をデーゲンブレヒャーは改めて見ると、そのコードネームに見覚えはあまり無かった。
「ねぇ、あなたはこの子を知ってる?」
 訓練を受けたオペレーター達の負傷具合を診ていた医療オペレーターはデーゲンブレヒャーの問いに頷いた。
「彼女ですよ。先ほど訓練生を率いていた……あ、コードネームじゃないですねコレ。他数名のも名前で書かれていますね」
……本当に、コードネームで呼び合うかと思えば名前も呼んだり……面倒ね」
 訓練室の終わりの時間まで長く引かれた矢印の横に書かれていたのは、いま部屋の中心にいるクランタの身近な者達だった。

「また懲りもせず何をしに来た、ゾフィア」
 片手に端末を抱え、ウィスラッシュことゾフィアはムリナールの前に立っていた。
「ふん」
 眉を顰めさせたまま、ゾフィアは短く息を吐く。そして反対の手に持ったそれをムリナールへと突きつけた。
 ヘッドセット。
 受け取らずにいるとゾフィアはむすっとした顔のまま、ムリナールの胸元へと押しつけ、そして端末を開いた。
……す、てすてす、聞こえる〜? 見えてる〜? こっちは見えないよ〜』
『マリア。声が大き過ぎると鳴音が発生するから気を付けろと言われなかったか?』
『そうだった……あ、見えたよ!』
 嬉しそうに喜ぶ声と優しく注意する声が端末から訓練室へと響く。
『ゾフィアー、あれ? ゾフィアおばさん、そこ何処??』
『訓練室のようだな』
『ふーん、訓練室? どうして? ま、いっか!』
「ちょっと静かにして。あとおばさんは禁止って言わなかった!?」
…………
 端末からもすぐ側からもきんきんと声が聞こえる。
 ゾフィアはムリナールに「それ着けて』と再三の指摘をして、ヘッドセットのジャックを端末へと差し込むと音が消えた。そして端末にはぱくぱくと何かを口にしながら飽きもせずに手を振る姪達が映っていた。
 仕方なくヘッドセットを耳に当てると普段よりも一際賑やかな声が鼓膜に響いた。
『あ、叔父さーん!』
『訓練中だったか、邪魔をしてしまったな』
 画面の向こうで嬉しそうに手をぶんぶん振っているマリア。その横で同じく安堵も混ぜて笑っているマーガレットも手を振る。
「もう充分中断させられている」
 短くそう告げるとふたりの姪は『そっかごめんね』『ありがとう』と返した。
『ではさっそく……
 そう言ってマリアはマーガレットに目配せをする。手元に隠していたであろうそれをわざわざ画面に映るようにし、声を上げた。

『ムリナール叔父さーん! お誕生日、おめでとーっ!!』

 そして続くのはクラッカーの破裂音。音は割れてまともに聞こえないが、画面に映るそれが色とりどりのテープを吐き出して端末のカメラを隠した。
『叔父さんごめんね、今日一緒に居れなくて』
『どうにかできないかとも思ったんだが……どうにも事務所から離れるわけにもいかず』
『代わりにこっちに着いた日にお祝いしようね!』
……事務所に寄る予定は無い」
 したはずのない約束とするつもりのない約束がどんどん勝手に出てくる。
『そうか。では私達の予定がロドスで噛み合ったとき、改めてお祝いさせて欲しい』
『そうだね。プレゼントも実は選んであるから楽しみにして――
 そして通信は途切れた。
 都市内通信ならともかく、都市領域に入ったとしても移動施設とのネットワーク通信の安定性は保証されない。そのことはムリナールも、そして姪達もその場にいるゾフィアも勿論理解していた。
……全くもう。さっさと言いたいことを言えば良いのに」
 途中で終わった、一方的に告げるばかりでまるでただのメッセージ動画のような始末にゾフィアは思わず笑ってしまった。
 そしてこんなほんの少しの時間のためだけに、ドクター達にたくさん迷惑を掛けてしまったことを詫びる気持ちももちろんある。しかし姪達は随分と嬉しそうに話していた。
「おめでとう。ムリナール。あの子達、君の誕生日をどうにかお祝いしたいって……
 そこまで口にしてゾフィアは止まった。
 目の前に立つ遠縁の男が困惑からか何故か泣いてしまいそうな幼子のような表情に見え、ゾフィア自身いま何を喋っていたのか何も分からなくなってしまった。見たことのない、はたして見て良かったのか、この男はいま一体何を考えてこんな横顔を……
 口を閉ざしたゾフィアの目の前、ムリナールはヘッドセットを耳から外した。
「ゾフィア……
「な、なにかしら」
 そして発せられた声色は普段のこの男から聞く威圧や威厳などが含まれるものではない。
 だと言うのに思わず心臓が飛び跳ね、不安もついでに増してゾフィアは神妙に問い返した。

「用が済んだならさっさと出ていけ」

 聞き間違いで見間違い、そう思いたくなった。
 次にゾフィアに向けられたのは、仏頂面を通り越して不機嫌に細められた瞳と顰められた眉、そして突き放す一言だった。
 後日、「ぶっとばしてやれば良かった」と複雑そうな表情で、ゾフィアがドクターに愚痴を言ったとか何とか。