椎那わたる
2024-12-09 13:35:43
13155文字
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【現代AU忘羨】MUSIC HOUR

海の家と忘羨、それから沢山の人たち。
???藍忘機×海の家店主兼ラジオDJ魏無羨。
タイトルはポルノグラフィティの大好きな夏のタイトルから。
ゆっくり更新予定です。

海の家


 彼には夏になる前にやりたい事がある。
 誰もいない海岸には数多の漂着物が転がり、その1つを拾い上げた。屈むとひとつに括った長い髪がサラサラ落ちて、潮風が遊びに誘う。手にした流木は程よく長さがあり、波と海岸線に削られて手触りがいい。節のあっただろう箇所は滑らかで、これ以上にない素材だった。

「よし、これがいい!」

 流木を引き摺りながら、再び海岸を歩く。
 この辺りは友人が地主のプライベートビーチだが、多忙で手の回らない友人に代わり手入れをしていた。否、自分から買って出たのだ。
 砂浜に1本の筋と足跡を残し、向かった先には貧相な造りの小屋があった。解体されることなくぽつんと残され、廃屋と化した海の家。友人がこの一帯の海岸を所有する前から建っており、解体するにも多額の費用が掛かるため放置されてきたものだ。屋根板には隙間が空き、至る所剥がれた壁を見て男はにんまりと笑う。

『聶兄の持ってる海岸、借りていい?』
『私に迷惑が掛からなければ構いませんよ。むしろ助かります、広すぎて手が届かなくて海開き後は予約客を対象として受け入れますし』
『やった!』

 数日前に交わした彼との会話を反芻し、大丈夫だと自分に言い聞かせるように呟いて廃屋を見上げる。手にした流木を傍らの砂地に突き刺すと、道標のように聳え立った。ゆうに男の──魏無羨の背丈の二倍程は長さがある。
「よし!」
 満足気に頷いて、この先の風景を思い描きながら必要になるものを探していく。床板を貼り替えて壁と屋根の穴を塞ぎ、それらしい小屋ができたら次の段階へ進む。屋内にはテーブルと椅子が一脚、そして唸り声を上げる発電機で電気をつくる。そうすれば冷蔵庫も置けるし、よーく冷えたビールと天子笑を準備することができる。大きな炭火の鉄板で、焼きそばと厚切り肉を焼く匂いを想像した。テイクアウト限定で大きな骨付きウインナーも焼いて、焼き野菜や焼き唐辛子も美味そうだ。店がそれなりに軌道に乗ればテーブルセットを増やして、店内で客が飲み食いできるようになれば更にいい。
……へへ」
 潮風を浴びながら、青空の下で焼いた肉と冷やした天子笑を呷る。その瞬間にいきつくまでは遠い道のりになるだろうが、きっとうまくいくと彼は信じて疑わなかった。
 大きく伸びをして、真っ青な空を仰ぐ。彼にとって怖いものは犬ぐらいだが、此処には犬も居ないので無敵である

「わんわんっ!」

 筈だった。

「えっ?!い、犬!?」

 毛の長い、まるまるとした小型犬が楽しげにこちらへ駆け寄って来る。犬種は確かナントカとかいう長毛の種類だ。首輪からは金属でできた綱のようなものが出ていて、その端を持っている人物はやや離れた場所に見えた。
 魏無羨の頭の中は最早真っ白に染まっていた。
「ちょっと!なんで!ここ海開き前のプライベートビーチだぞ!」
 魏無羨の悲鳴を聞きつけたのか、小型犬の飼い主(?)が物凄い速さで走ってくる。あまりにも恐ろしくて悲鳴が出た。
「あああ!なんなんだ!」
……すまない犬が急に走り出して
「見ればわかるよ!」

 いつの間にか魏無羨のすぐ近くまで来ていた飼い主(?)の男が息を切らしながら謝罪し、じゃれつきそうになった犬を抱き上げた。高身長で体格はしなやかなのに力強さがあり、その所為かようやく思い出したポメラニアンと言う犬種の毛むくじゃらな生き物が小さく見える。そいつは目を輝かせて男を見上げ、へっへっとだらしなく小さい舌をちょこんと出した。俯いた男が顔を上げる。
 短い黒髪に色白の肌、瞳の色は淡く、硝子のように澄んでいた。
「かっ
「か?」
 魏無羨は彼の顔を見て、喉から出そうになった言葉を辛うじて飲み込む。傍目から見て格好良い、所謂イケメンというやつだ。しかし初対面の相手にそんなことを言うのは些か無礼である。魏無羨は声に出してしまう寸前で言葉を飲み込んだ。
飼い主なら、ちゃんと躾なよ!」
 男と犬から向けられる視線を避けるように、目を逸らした。
「飼い主ではないが申し訳なかった」
「ふうんまぁいいや、そのワンコを連れて早く散歩に戻りな、俺は犬が恐いんだ」
「申し訳ない」
 抱き上げていた犬を砂浜に下ろし、再び歩き出す男を見送る。彼の着ているジャケットの背中には動物病院の文字が入っており、むしろ魏無羨の方が何だか申し訳なくなった。せめてもの償いにと、彼の後ろ姿に声を掛ける。

「あの」
 魏無羨の声に、男が足を止め振り返る。
「俺近々海の家を開くつもりなんだ。オープンしたら、また来てよ」
 男は魏無羨を見つめ、次いで傍らにある掘っ建て小屋に目を向ける。まだ穴だらけで壁も薄く、すぐに吹き飛ばされそうなひ弱さだった。
今度は一人で来よう」
 ふ、と笑った男の顔に、魏無羨は妙に落ち着かなくなり鼓動が早くなった。この瞬間、彼に一目惚れしてしまったのだと悟る。相手は男なのに、男の自分をときめかせるなんて唯者ではないだろう。

「あ!あの!」
今度はなんだ」
「俺のこと、魏嬰って呼んで!」
 咄嗟に魏無羨の口から飛び出てきた自己紹介に、男は笑みを深くする。
「私は藍忘機。藍湛、と呼んでほしい」
 魏無羨は目を輝かせ、大きく手を振って藍湛と名乗った男を見送る。
「おまえならいつでも来ていいよ、藍湛!」
 初夏の太陽に負けない笑顔で、彼が手を振り歩き出す姿を見送った。

×  ×  ×

 魏無羨の叶えたい夢は、少しずつだが叶っていく。
 何時の間にか、魏無羨が再建しようとしている海の家にスポンサーが付いていた。土地所有者である聶懐桑が言うには、彼は『魏嬰と言う男が建てている海の家付近の土地を買い取りたい、もしくは彼の海の家に投資をしたい』とだけ言い、それなりの資金を提供する代わりに、自分の出入りと海の家の設備追加を自由にさせてくれと現金を置いて行ったそうだ。名を言えばきっと魏無羨が断るから、と言う理由で、魏無羨には素性を明かしてはならないらしい。

 そしてその資金が魏無羨の手元に来た時は、狐につままれたのかと思ったくらいの高額で、その資金は海の家を補修するための木材になり、発電機になり、発電機の燃料になり冷蔵庫へと変わっていった。一体誰が何の為に資金提供しているのか分からないが、魏無羨はありがたく必要なものに変えていく。残った資金は極わずかな生活費になり、好きにさせてもらっている礼にと土地を管理する聶懐桑に渡そうとした。しかし、委託管理をして貰っているのだからと受け取りを拒否し、あらかじめ教えていた魏無羨の銀行口座に入金しているとのことだった。

 物好きな変わり者が居るんだな、と魏無羨は笑ったが、聶懐桑は呆れたように苦笑いを浮かべた。その人物は毎月同じ日付の昼間にやって来ては、同じ額を『投資』するのだと言う。直接口座に振込む方法など便利な方法は幾らでもあるのに、彼は頑なに現金で持ってきた。
「なぁ聶兄、その人に会えないかな?」
「きっと会えますよ、そのうちにねそうそう、彼の提供してくれた金額がもう少しで土地代に届きそうなので、あなたのものにできますが如何しますか?」
「うーんそうだなぁ、俺は今のままでいいよ。名義変更とかなんとか税とか土地の管理するの、俺には荷が重いから」
「ふふそう言うと思っていました。では、今まで通りあの一帯は自由にしていいですよ。その代わり、変な輩が入らないよう管理してくださいね。いずれは『海の家』の営業許可証を取得する必要があるので、その時はまた連絡してください」
「へへ、ありがとう!わかったよ。それじゃ、俺は海の家に戻るな。そうだ、藍忘機って男の出入り、許可してもらってもいいかな」
ええ、承知しました」

『海の家』と言う何とも安直な名前のその建物は、次第に姿を完成形へと近づけていた。それまでの間にかの藍忘機と名乗った青年は現れず、魏無羨は少しだけ寂しいと思ったが気を取り直し改修を進める。
 (ワンコは怖かったけど、藍湛は優しかったな)
 無意識ににやけているとあやうく親指を金槌で叩きそうになり、深呼吸して気を取り直し木の板を打ち付ける。床板はすっかり綺麗に張り替えられ、続いて壁の木材を頑丈なものにしていく。床はマホガニーの淡い色合い、壁板はサンダルウッドの木材で落ち着いた芳香が漂っている。
 未来のオーナーである魏無羨が作業に没頭していると、建物の入口に影が差した。

「こんにちは」
「はいはい、こんにちは!」
 魏無羨が顔を上げると、そこにはあの日出会った青年が佇んでいた。しかしあの日とはまた違った雰囲気で、きっちりとしたスーツに身を包んだその佇まいはモデルか俳優のようだった。今回は犬を連れていない。
……もしかして藍湛?」
「うん」
「一緒誰かと思った!どうしたんだ、そんな格好で」
「仕事の帰りに近くを通りかかったから」
 仕事、と言われて魏無羨はぽかんと首を傾げた。前回は動物病院の制服を着ていた筈だ。
 今日は明らかに動物病院とは違う格好で驚いたが、深いところまで問うのは悪い気がしてただ頷くだけに留めておいた。
「そっか、お疲れさま。そうだ、ちょっと待ってて」
 作業の手を止め、魏無羨は建物奥にある唸り声を上げる冷蔵庫へ向かい、扉を開けて中から冷えた飲み物の瓶をひとつ掴んだ。そして来た道を戻り、藍忘機へそれを差し出す。
「これ、良かったら!暑いから飲んでいきなよ」

 差し出された瓶を両手で受け取り、藍忘機はいいのか、と問うと魏無羨はいいんだよ、と破顔して言葉を返す。その瓶はスーパーなどで見かけたことのある、炭酸飲料だった。瓶の蓋のフィルムを剥がし、打ち具を飲み口に押し付けるとポン!と軽快な音を立てて、飲み口を塞いでいる硝子玉が落ちた。
 瓶に唇を付けて傾けると、炭酸は飲み慣れていないのか数口飲んで噎せてしまったが、唇から零れた雫を魏無羨が親指で拭ってやった。
「炭酸、苦手?」
「あまり飲んだことはないでも、美味しい」
「そっか、それなら良かったよ」
 口の中で弾ける感覚が心地よく、藍忘機はもう一口、と飲み進めるうちに瓶の中身が空になる。ラムネと呼ばれるその飲み物は、夏が近づき始めると店頭に現れる。そう魏無羨が説明すると、藍忘機は瓶を透かして中に入っている硝子玉を見つめた。
綺麗だ」
「え?」
 硝子の向こうに魏無羨の笑顔が見えて、自然と穏やかな気持ちになる。藍忘機は不思議そうに首を傾げる彼と彼の透き通った声に、最初から惹かれているのだと自覚した。

×   ×   ×

 海の家の建屋がすっかり完成した頃には、内装も充実して過ごしやすい空間へと変貌していた。
 冷蔵庫、カウンター席、テーブルが二つ、そして様々な機器の並んだ放送ブース。ラジオの収録機材であるマイクと録音機器、ミキサー、アンテナと準備するものは山ほどあって、魏無羨こだわりの機材をひとつひとつ揃えていった。ウッドテラスを追加で作り、炭火で肉が焼けるコンロもある。依然として援助してくれているスポンサーの正体は分からないが、ありがたく夢への投資に注ぎ込んでいた。いつか当人に会えるなら、この店のありったけのもてなしで迎えたいと思っていた。
 
 彼は元々、小さなラジオ局でアナウンサー兼ラジオパーソナリティーとして活躍していた。日々溌剌とした声を届け、それなりにお便りやメールを受け取りファンも多かった。今は様々な要因が重なって退職し、海の家周辺のプライベートビーチを管理している管理委託者として悠々自適な生活を送っている。アマチュア無線や音声放送に関する知識も取得し、彼が叶えたいと願っていた夢のひとつ、自分だけのラジオ局を開設することも現実になりつつある。車内や家庭で聞けるFMラジオと、パソコンやスマートフォンから聞けるインターネットラジオを平行して放送すると決めた。番組名は既に決めてある。

『マイクテストワン、ツー。あーあー……テストテスト』

 機材のスイッチを入れてマイクに声を入れ、ヘッドホンから音声が聞こえるか確認する。 本格的な機材の操作に慣れていたと言えど、ブランクはある。しかし退職間際の空いた時間を使って、様々な知識を得たのだ。この高揚する感覚はいつになっても変わらず、例え放送区域が限定されるFM放送だとしても好きだった。
……よし!はじめよう』
 自分の声を電波に乗せ、BGMに気に入っている曲を掛けて、イントロ部分で少しずつ音量を下げていく。

『みんな、元気だったか?阿羨だよ。今日から始まる俺の番組、ぜひ聴いてくれ』

 片耳に嵌めたイヤホンから入ってくる声に耳を傾け、藍忘機は僅かに笑みを深める。相変わらず溌剌とした声だと思いつつ、スマートフォンの音量ボタンを上げた。
忘機、何を聞いているんだい?随分機嫌良さそうだね」
「ええ。……私の好きな音楽です」
 傍らに近づく男は藍忘機と瓜二つの顔をしていた。雰囲気や物腰は藍忘機に比べて角がないものの、柔和な笑顔はすぐに一変する。
「悪いがオーダーが入った。出てくれるかい?」
分かりました」

『これからお仕事の人も、帰ってきた人も、休みの人も、おつかれさま!』

 藍忘機の表情が硬くなり、座っていた椅子から立ち上がって『仕事』の準備を始める。しかし頑なにイヤホンは外さなかった。

さて、そろそろお別れの時間だ。早いなー!お便りの送り先は
 
 変わらず聞こえる軽快な声と、紡ぎ出される住所を鼓膜に焼き付ける。
 今日の仕事帰りにも寄れるだろうかと、スケジュール表を睨みつけるように見つめた。