riririnf
2024-12-07 11:50:03
25900文字
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岩の舞台で踊る、踊る

ヌヴィフリ逃亡書いてみた③
捏造過多。鍾離先生が出張ります。ヌヴィレットの出番は少なめです。


 鍾離と恋人になって二日目の午後。今日もよく晴れた秋の空。
 今日に限らず、昨日も一昨日も、璃月は晴天だ。雨どころか、曇り空にすらなってくれない。──そんなものだ。
 フリーナは無駄な思考を打ち切って、窓の景色から視線を外した。
 今日は鍾離と璃月の街をぶらつかないかと誘いを受けている。所謂、デートだ。
 今まで誘うばかりで誘われたことなどなかったから、なんだか不思議な心地で、フリーナは朝からずっとソワソワしている。恋人なんだか茶飲み友達なんだか、結局よく分からない関係になってしまった、という落ち着かなさもあるかもしれない。
 なんにせよデートという名目である以上、きちんとお洒落をするのがマナーだろう。サロンメンバーにも手伝ってもらいながら身嗜みを整えたフリーナは、約束の時刻よりもだいぶ余裕をもって家を出た。
 待たせる訳にはいかないとの心配からだったが、十五分も前だというのに、鍾離は既に待ち合わせの場所にいた。
「鍾離先生……!ごめん、待たせちゃったかな」
「いや?俺も今来たところだ」
 鍾離は組んでいた腕を解くと、鷹揚に微笑んだ。
 物語でよく見る、逢瀬における鉄板の会話。……彼とは、こんな会話を交わしたことはない。彼はいつも定刻ぴったりに現れるから。
「ああ……、つけてくれているんだな」
 鍾離が琥珀の瞳を細めた。その視線はフリーナが身に付けている髪飾りに注がれている。
 それは昨日──鍾離と恋人になった翌日に贈られたものだ。先端に琥珀の珠と、金色の小さな鎖のような下げ飾りがあしらわれた棒のようなそれは、歩揺、というらしい。
 如何にも高級そうな細工はフリーナに受け取ることを躊躇わせたが、恋人らしいことの一つくらいはさせてくれ──つまりは、してくれ、ということだ──と言われてしまえば、拒否は出来なかった。
 それに加え、実はこれにも仙人が関わっており、今後の行先を示してくれるだろう、なんて意味深なことを言われてしまえば、尚更。
 そして、更にもう一つ。「これは言わば御守りのようなものだから、出来れば毎日つけてくれ。そして家に篭もるより、いつも通り出歩いた方が効果が出やすいだろう」との言葉に半信半疑で従ったところ、昨日も今日も、彼に会うことはなかった。
 仙人の御業とは、そんなことまで出来るのか、一体どんな原理なんだ、便利すぎやしないかい、とフリーナの頭を疑問がぐるぐると巡ったが、うん、鍾離先生なら何でもありだ、と最終的には考えることを諦めた。
「当然、これからも毎日身につけるよ。他ならぬ鍾離先生からのプレゼントとあってはね」
 フリーナは何とか気持ちを切り替えて、恋人らしい振る舞いを探りながら、パチン、とウインクなんかをしてみせた。
「それは光栄だな。よく似合っている」
「あ……、ありがとう……
 対する鍾離は余裕綽々な態度のまま、実にストレートな褒め言葉を返してくるものだから、フリーナは照れくささに俯いた。
 慣れないことはするものじゃない。見事に返り討ちにあってしまった。……だって、仕方ないではないか。彼は身に付けるものなんて、くれたことがなかったから、こんなやり取りは慣れていないのだ。

 そんなチグハグなやり取りと、多分な緊張からスタートした鍾離とのデートは、始まってみれば実に有意義なものだった。
 鍾離のエスコートは実にスマートで、かつ見識も広いから、様々な解説を聞かせてくれる。住み始めて三年目になるにも関わらず、まだまだ知らない景色が多くあったようだ。

「え!?鍾離先生、今日は財布を持ってるのかい!?」
 度々財布を忘れては、その場にいる誰かに支払わせたり、往生堂のツケにしている姿を見ているものだから、フリーナは思わず声をあげた。
「デートだからな。俺は恋人に支払わせるような情けない男ではないぞ」
 鍾離は得意げに笑う。別に男は奢るべきだなんて思っていないが、財布を忘れなかったのはよいことだ。……彼は財布を忘れたことも、恋人だからと気を張ることもなかったけれど、フリーナが市井に降りてからというもの、頑なにお金を支払わせてくれなくなったので、そういうところは同じだ。

「わ……!綺麗……
「夜泊石のネックレスか。店主、これを一つ──」
「わあ!いいよ、買わなくて!これ、すっごく高いんだから!!」
「む……、そうなのか?」
「また値段を見てなかったのかい!?」
 こんな調子で、うっかり目を留めれば値札も見ずに買い与えようとしてくるのだから、油断も隙もありはしない。……彼は、フリーナの散財に度々顔を顰めていたものだった。
「夜泊石の鑑定は、中々厄介だ。しかし方法が無い訳でもない。上質な夜泊石は炎元素と相性がいい。高温の環境下で強く光り、青色のものが品質が良いものだ」
「へえ……、流石、詳しいね」
 代わりにとばかりに披露される雑学に耳を傾ける。長くなってきた付き合いの中で薄々気付いていたが、鍾離は何処で役に立つのか、機会が限定的過ぎて判断に困るような知識を披露するのが好きらしい。……彼はフリーナの趣味趣向の大半が理解出来ないようで、よく首を傾げていたが、意外と雑学の類は好きだったから、こういう話なら興味を持ってくれていたのかもしれない。

 ──鍾離と過ごす時間は、とても楽しい。
 
 だからこそ、己の過ちが浮き彫りになる。
 ……僕も、こうしていればよかったのかな。
 特別な位置にいたいだなんて、そんな強欲を抱かずに、ただ友人として、偶に互いの時間を潤す。そんな道を、選べていたら。
 今もまだ、彼の視界にいられただろうか。

◇◆◇◆

 あっという間に日が暮れて、星空瞬く秋月夜。フリーナは鍾離と珠鈿舫にて夕食を摂っていた。
 珠鈿舫には演技指導を引き受けた演者に付き添う形で、何度か乗船したことがある。
 逆に言うと、そういうツテでもなければ、璃月において正しく一市民でしかないフリーナが、この風光明媚な豪華船に乗る機会など訪れない。──港の喧騒から離れて煌々と浮かぶ船に漂う、艶やかな夜の気配くらいは流石に把握しているけれど。
 そんな空間に、仮にも恋人と謳う男女が二人。身の振り方を考えなければならないシチュエーションではあるが、それでもフリーナの中には焦りも気負いも存在しなかった。もう、分かっているからだ。──鍾離が、フリーナへの恋愛感情を微塵も持たないことを。
 今日一日、共に街を歩いて気が付いた。鍾離の琥珀の瞳に宿るのは、どこまでいっても優しさで、自惚れるなら慈しみとも呼べるもので、間違っても男女の熱など存在し得ないのだと。
 勿論責めるつもりは毛頭なく、寧ろ安堵を抱いた程だ。恋人としての振る舞いを求められていないことが分かって、フリーナはやっと肩の力を抜いた。
 ……やっぱり優しすぎるよ、鍾離先生は。
 フリーナはそっと息を吐き出した。
 契約だから。断れないから。気持ちの伴わない関係だから。そんな言い訳を幾つも用意して、フリーナが罪悪感で溺れてしまわないよう、気を配ってくれている。
 唯一求められた恋人らしいこと──しゃらしゃらと揺れる髪飾りだって、つけてやってるんだから、とフリーナの気を軽くする為の一手のように思えてくる。
 そうと指摘したところで、鍾離はいつも通りに飄々と笑って、はぐらかすのだろうけれど。
 一体どんな時を生きれば、ここまで周到かつ気配り上手になれるのだろうか。鍾離が只者ではないことは初対面から気付いていたが、それでも五百年を生きるフリーナからすれば、遥か歳下である筈なのに。
 ……いや、そもそも人間じゃないのかも……
 実際、璃月には仙人という長寿で摩訶不思議な術を操る存在もいるのだし、実は鍾離もそうであり、とんでもなく長生きなのだと言われたら全面的に納得だ。寧ろ、それくらいでなければ色々と釣り合いが取れないと思う。
「俺の顔に何かついているか?そんなに見つめられては穴が開いてしまいそうだ」
「えっ!?」
 台詞に反して全く困っていなさそうな声音と表情で放たれた鍾離の指摘に、フリーナは肩を跳ね上げた。
「ご、ごめん……
「いや、構わない。フリーナ殿の気の済むまで見るといい。そう面白いものではないけどな」
 不躾な視線など、ものともせずに、鍾離は笑う。
「そんなことはないよ。鍾離先生はとっても格好いいから」
 端整な顔立ちに、すらりとした長身。知的で悠然とした立ち居振る舞いも含めて、鍾離は五百年の時により培われたフリーナの審美眼に照らし合わせても、相当上位に位置する美男子だ。見ているだけでも当分飽きは来ないだろう。
「ハハッ、ありがとう。フリーナ殿も美しく、魅力的な女性だ」
「ふふっ、ありがとう。嬉しいよ」
 フォンテーヌの元スターとして、そして神の写し身として、自身の類稀なる容姿は自覚している。それにもう、恋人らしくしなければ、なんて気負いはない。だからフリーナは苦労をせずにお礼を言えた。
「その様子だと、今日のデートは楽しんでもらえたようだ」
「勿論さ。……でも……、だからこそ、このままでは天秤が釣り合わないよ」
 やはり、このまま有耶無耶には出来ない。
 持っていた箸を置いて真剣な目を向けるフリーナに、鍾離もまた佇まいを正す。
「天秤?」
「フォンテーヌにおいての重要な考え方さ。天秤は常に均衡でなくてはならない。それが公平というものだろう?」
「公平……、成程な。それは確かに重要だ。璃月においてもっとも重要とされる契約も、つまるところ、公平を保つためのものだ」
 大人しく頷いてくれた鍾離に、フリーナは活路を見出した。ここぞと畳み掛ける。
「なにか僕に出来ることや、して欲しいことはないかい?なんでもいい、なんだってするよ」
 しかし鍾離は首を横に振った。
「迂闊にそういうことを言うものではないぞ。そもそも俺とフリーナ殿との関係は問題なく公平だ。今日は俺も楽しんだからな」
 やはり、手強い。そう簡単には折れてくれない。だが無理矢理に粘っても、それにより鍾離から貰える希望はただのお情けで、フリーナの我儘へと成り下がる。早くも八方塞がりだ。
……だが、そうだな。ならば一つ、質問をしてもいいか?」
 悩むフリーナへの助け舟。瞬間そう思った。けれど、すぐに違うと思い直した。
「フォンテーヌという「神が降りた廷場」から来たフリーナ殿には、「神がいた土地」である今の璃月をどう見える?」
 情けとするには、その問いはフリーナにとって、ひどく重たいものだった。
 言葉の重みがのしかかって、それにより乱れそうになる呼吸を、悟られぬよう慎重に整えながら、フリーナは口を開いた。
…………そう言われてみれば、フォンテーヌと璃月は似ているのかもしれないね」
 「神」を戴きながら、その「神」がいなくなった国として。
 モンドも「神が去った城」ではあるが、かの国は元々自由を標榜し、民も神が不在であることが当たり前なのだという。神の存在が国の運営に組み込まれていたフォンテーヌや璃月とは根本的な違いがある。
「ああ。だからこそ、一度聞いてみたかった。だがフリーナ殿が母国を離れたのには、並ならぬ事情があるのだろうとも察せられたから、今日まで聞けずにいたんだ」
 フリーナは目を伏せた。分かってはいたが、随分と気を遣わせていたらしい。確かに鍾離の言う通りで、捨てた母国を思い浮かべるだけで、今もこの胸は鈍く痛みはするけれど。
「答えづらいことなら、無理にとは……
「ううん、いいよ。なんでもいいと言ったのは僕だ。二言はない」
 気遣わしげな鍾離に、今度はフリーナが首を横に振った。その程度の覚悟で、なんでも、なんて言ってはいない。
 それに、この問いには何故だかきちんと答えなければならないと、そう思わせる何かがあった。フォンテーヌの元神──フリーナ・ドゥ・フォンテーヌとして、向き合わなければならないと。
 フリーナは一度目を閉じ、大きく息を吐き出した。そうして、ゆっくりと瞼を開けて、鍾離を見据える。
……そうだね、とてもよい国だと思うよ。活気があって、皆生き生きとしてる」
「ああ。璃月に住まう者は皆逞しい。各々がそれぞれの役割を果たすことで、この地の平和は保たれている」
 鍾離は頷いた。それは民としてというよりも、もっと大きい、遥か高みの視点のようにも感じられるが、最早それに違和感は抱かない。いっそ彼に相応しいとさえ思う。
「僕は岩神が統治していた頃の璃月を知らないけれど、人々が「岩王帝君」を今も敬い、愛しているのだということは分かるよ」
 岩神モラクスが天へと昇って、もう随分と経つけれど、それでも璃月で「岩王帝君」の名を聞かない日はない。三千七百年にも及ぶ統治の歴史と、深い敬愛がそうさせるのだと、余所者であるフリーナにもよく分かるのだ。
「そうだな。璃月の民にとって、岩王帝君の存在はいまだ大きい。亡くなった神を信仰の対象とするのは、いいこととは言えないが」
 僅かに苦い顔をした鍾離に、フリーナは目を見開く。初めて見る表情だ、ということもあるが、それ以上に。
「それは違うよ、鍾離先生」
 初めて見る鍾離の検討違いに驚いたのだ。
 今度は鍾離が目を見開いた。「何が違う?」と聞き返してくる。
「鍾離先生が言っているのは、おそらく依存の対象となってしまうことだろう?その懸念自体はもっともだ。いなくなったものは、どうしたって応えてくれない。そうして想いは捻くれて、いずれ歪んだものへと変わってしまう」
 人の心とは弱いもので、すぐに認知を捻じ曲げて、自分に都合の良いものだけを見る。ない事実を自分の中に作り上げ、それが事実と信じて疑わなくなることだってある。
 時にそんな歪んだ信仰の対象となった水神フリーナは、そうした人間のどうしようもない一面を、痛いほどよく知っている。
「けれどね、僕が思うに、璃月の人々にとっての岩王帝君というのは、単に信仰の対象というだけではない。言っただろう?愛されているんだ。それは時に厄介でもあるけれど、それでも人間の最も強く尊い感情さ」
 フリーナの唇が弧を描く。助けてもらってばかり、教えられてばかりだった鍾離に、やっと一つ、教えてあげられそうだ。
「愛は野の鳥、哀願しても手懐けられぬ……、ってね。──「愛」は止められないよ。「神」ですらね」
 人の想いは、止められない。神にだって、そんな権利はない。
 対して、鍾離は。
「──ハハハッ!」
 鍾離は破顔した。予想外の反応に、フリーナは目を瞬く。
「ハハ……ッ、ああ、そうだな。他ならぬフリーナ殿が言うのならば、そうなのだろう」
「う、うん……、まあね?」
 その反応は納得なのか、どうなのか。正直よく分からない。
「「信仰」ではなく、「愛」か。なるほど、大変興味深い答えだった。感謝する、フリーナ殿」
「そんな大したことは言っていないと思うけど、満足してくれたならよかったよ」
 鍾離はなんだか嬉しそうだ。なら、まあ、いいか。
「よい国なのだろうな。フォンテーヌも」
 鍾離の視線が海──否、海の向こうの、水の国へと向けられる。何処にいたって、フリーナがその方角を間違うことなどない。
「うん。素晴らしい国だよ。いつか鍾離先生も行ってみるといい」
 愛しい母国を褒められたことが嬉しくて、フリーナの顔は綻んだ。
「それはいいな。その時は是非、フリーナ殿に案内を頼みたい」
……そうだね、いつか」
 いつか、そんな日が来るのだろうか。観光案内なんて呑気な理由で、再び母国の土を踏む、そんな日が。
 そんな湿っぽいことはとても言えなくて、フリーナは曖昧な笑みを浮かべた。気遣い上手な鍾離も、それ以上深く触れることはない。
……璃月は仙人という「神」の時代を終え、「人」の時代となった。今のフォンテーヌもそうなのだろうか?──おっと、質問が増えてしまった。これでは公平と言えないな」
「まさか!いくつだって構わないよ。それでやっと公平さ」
 失態を装っておどける鍾離だが、間違いなく、わざとだろう。フリーナの気持ちが沈んだのに気が付いて、話題を変えてくれたのだ。
 フリーナは腕を組んで少しの時間考えた末に、問いへの答えを口にした。
……ちょっとだけ、違うかな。フォンテーヌにおいて、「神」の時代はとうの昔に過ぎ去っている」
 フリーナという人間が統治していた頃は言うに及ばず、彼──水の龍王の統治に代わってからも、フォンテーヌという舞台の主役は変わらず「人」だ。
 そして彼はこの先もずっと、「人」が織り成す悲喜交々の歌劇を愛し、フォンテーヌという劇場を守ってくれるだろう。彼との関係が修復不能なまでに崩れ去ってしまった今となっても、その信頼は少しも揺らがない。
 だからこそフリーナは、ある意味では安心して、愛しい母国を去ることが出来たのだ。
「少なくとも五百年前から、フォンテーヌは「人」の時代を過ごしてる。だから神様がいなくなっても、問題ないさ」
……そうか」
 鍾離は静かに頷いて、そのまま会話は終了した。決して苦痛ではない沈黙に浸りながら、フリーナは雅な音楽と、混じる潮の音に耳を傾ける。

 母国について想いの深くを口にしたのは、随分と久し振りではあるけれど、危惧していたような──想いが溢れて、止まらなくなるような──そんなことにはならなかった。
 二日前、フリーナはまるで歩を進められていないと嘆いたが、この調子ならば、完全に吹っ切れるのも、遠い日では無いのかもしれない……
…………
 ふと、人差し指を唇に誘いかけていたことに気付く。やっと治ったと思っていた悪い癖。
 フリーナは苦く笑いながら手を下げた。

 ──そう、上手くはいかないようだ。