さもゆ
2024-12-06 17:44:44
8801文字
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【血界】レオくんとお友だち/ほか

1レオくんとお友だち
2レオくんとギルベルトさんと上司組
3レオくんと堕落王

2020.12.27 たまごのお粥pixiv投稿作品


原作十巻後。

レオくんと堕落王




 どうしてここにとかほかの出入り口も知られているのかとか、どんなことを危惧するよりもまず、レオナルドは逃げ場がない、と思った。
 あまりに驚きと恐怖がいっぺんに襲いかかってきたため叫ぶことも叶わず、瞬間的に大量の冷や汗を掻きながら、アムギーネの壁に背をぶつけた。だから。逃げ場がないんだって。内心、悲痛に叫びながらじりじりと隅に足をやる。
 途中で止まったライブラ構成員専用の特殊なエレベータ内、何食わぬ顔で乗り込んできたのは堕落王フェムトだった。白衣じみたコートに、真っ黒の上下、長めの髪、鼻まで隠れた銀仮面。
 彼はのっそりとアムギーネに乗り込むと、無慈悲にも閉まった扉の方を向いて、静かに佇んだ。つまり、レオナルドには背を向けている。ライブラの頼もしい仲間たちの背中を見慣れているし、つい最近もその背中に救われたばかりだったので、十三王のひとり、堕落王のそれは小柄に見えた。と言ってもレオナルドよりは背が高いし、手足も長いし、この体躯でえげつない魔術や科学を融合して街や人や物を堕落させる様は嫌というほど見てきたので、むしろ恐ろしかった。何度見ても。本能だろう。足が震える。
 怪人は唐突に姿を現したくせに――アムギーネに乗り込んでくるあたり『唐突に』で合っているはずだ――何も言わず箱の控えめな震動に揺られているだけだった。レオナルドはせり上がってきた胃液か唾か、悲鳴か、とにかくそんなようなものを必死に押し留め、もし喉仏を一度でも動かせば何かよくないことが起こる予感に黙って目を見開き続けた。堕落王の後頭部が青く照らされ、意思とは無関係に義眼がきりきりと拡大縮小を繰り返す。やめてくれ。この男を細部まで見続けたら気が狂って死んじまったっておかしくない。
「私とてね、あれくらいのことは容易にできるんだよ。洗濯の片手間に世界中の村を滅ぼすよりも容易だ」
 また唐突に。レオナルドがそれを堕落王の声で堕落王が発した言葉だと理解するより早く、更に意味の分からない状況になった。後ろを向いたままの堕落王が流れるように言葉を続けていく。
「まァ、中の下くらいだ。蟻の行列を見るよりは退屈しなかった。面白いかと訊かれたら全くだがね。全くというか、つい反吐が出そうなくらいには、ありきたりだった。ならなぜこの僕が退屈しなかったか? 分かるかい?」
 分からなかった。そもそも、この理解しきれていない状況で、理解できないひとり言を吐かれ、それで何を訊かれているのかもレオナルドは想像できなかった。質問されている意識もあやふやだ。ただ何事かを語りかけられているのは分かり、紛れもなく、この男は、自分に対して意味の分からない言葉を発しているのが、とんでもなく怖かった。
 アムギーネが曲がる。ガタン。長めの髪がゆらりと揺れた。
 そして音もなく、足を動かした気配もなく、ひたすら影のように、堕落王はレオナルドの眼前に迫った。銀仮面が青鈍く反射し、レオナルドは膝の力がかくんと抜けた。無様に尻もちをつくかと思われた腰が手袋の右手に支えられ、咄嗟に振り払おうとした右手は手袋の左手に捕まえられた。
 手袋越しの人の感触にゾッと肌を粟立たせたレオナルドの右手が、ぎゅうと潰される。仮面の下の口が大きく開いた。
「きみはよくやった普通の少年。どこまでいっても普通、普通に指を斬り落とされ普通に縫い合わされ普通に退院しまた入院し退院した。あの状況、堕落してもおかしくなかったはずだろう? だから中の下なんだ。あの義肢の男は中々面白かったが、結局きみの普通には叶わなかったのだよ。よくやった。そうでなければ、僕が退屈で死ぬところだった」
……、」
「きみを堕落させるのは僕だ。それをよく肝に銘じなさい。最高のシナリオを用意してやる。いいかい、それまで精々平々凡々と待っていたまえ。分かったね?」
……わ、」
 右手を潰している左手がもぞりと震える。ここで返事をしなければ今度こそ、いかな縫合を用いても、再生不可能になる前兆をひしひしと怖気となって這い上がらせてくる。「わか、分かった」
「よろしい」
 パッと右手も左手も放される。
 レオナルドは床にくずおれた。アムギーネが止まる。ドアが開き、ライブラの廊下が見えてくる。堕落王はふむこの箱はわりかし面白いな退屈しのぎに使うにはちょうどいいと呟いて優雅に箱を出て行った。廊下の先で悲鳴と混沌の始まる音が響いた。
 ライブラの建物が堕落王のちょっとした暇潰しによって二度目の破壊を迎えるまで、あと――