さもゆ
2024-12-06 17:44:44
8801文字
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【血界】レオくんとお友だち/ほか

1レオくんとお友だち
2レオくんとギルベルトさんと上司組
3レオくんと堕落王

2020.12.27 たまごのお粥pixiv投稿作品

レオくんとお友だち




 最近友だちになったレオくんはとっても優しい。
 この街には貴重で、ひょっとすると自分のためにはならない他人を尊重できる心根の持ち主だ。人間の男の子、十九歳。レオくんは出会った時から優しかった。
 ぼくが血だらけで路地裏に蹲って、うとうとと微睡んでいたら、あの、大丈夫ですか、なんて声をかけてくれた。危ないと思う。薄暗く汚い地面に蹲るぼくは控えめに言ってもゴミのようだったし、彼の半分ほどしかない体躯を更に丸めてじっとしていたから、いよいよもって血溜まりに浮かぶ気色の悪い死体に見えたことだろう。けれども彼は、ぼくの皮膚に埋もれた呼吸口がその蓋を開閉するのを視認して、血溜まりがぼくのかどうかも分からないくせに、恐る恐る心配を寄せてきた。その血はぼくの血だった。人間によく似た赤黒い、けれど怪我をしたから流していたわけではない液体。
 ぼくら種族は、眠るときに、自分の血液に埋もれて眠るんだよ。ぼくたちの血は毒でできていて、こうやって外敵から身を守るんだ。
 そう言うとレオくんは驚いた顔をしてごめんなさいお休み中に、と素直に謝ってきた。とってもいい人だ。ぼくはその顔を見上げて、自分の小さな記憶を司る機関が四肢を蠢かすのが分かった。どこかで見たことがある顔だ。どこだったか。でも、気のせいかもしれない。ぼくは人の顔を覚えていられないし、大体の人間の顔が点と線と明暗の記号か景色に見える。彼はぼくを知らないようだし、ぼくも彼を知らないんだろう。うん。気のせいだ。ぼくはすっかり眠気がどこかへ行ってしまって、代わりにやってきた興味心から血溜まりのなか身を起こした。ずるずると枕のように引き伸ばしていた首裏の血袋を縮めて収める。ぼくたちのような種族は、首裏の皮膚に血液を溜めておくのが主流だった。枕にしたり、鎧にしたり。彼はまたびっくりしたように言った。
「あなたみたいな異界人、初めて見た。すげえ」
 まだまだ異界側って不思議だな、と感心している。ぼくはおかしくなって腹の中の骨を震わせた。
「ぼくらにとっちゃ、人間の方が、万倍も不思議だよ」
 彼は骨の震える音と皮膚に埋もれかかった目が細まったことで、ぼくが笑っていると気づいてくれたらしい。それは、確かにそーかもですね、と一緒になって笑ってくれる。
 いい人だな。
 たぶん、目の部分が、糸のように細い人間。
 お人好し。

 こうしてぼくらは出会い、自然と友だちになった。これは彼のそういうスキルだと思う。でなければ、ぼくのような生き物にそう易々と友だちができるわけがない。

 会うたびにレオくんはたくさんのことをお話してくれた。
 行きつけのお店のこととかいつもレッドゾーンの路地のこととかバイトのこととかほかのお友だちのこととか。糸の目を楽しそうに細めたり緩めたり。ぼくはその目を見るたびに既視感を覚えていた。どうしてだろう? やっぱりどこかで会ったことがあるのかな。でもなんでもいいよ。だって彼はもう「友だち」という存在だし、よほどのことがない限りそれ以外の存在になることはないじゃないか。同種か、異種か。友だちか、そうじゃないか。ぼくには人間ほど他者を複雑なカテゴリに分けられる能力がない。彼より半分も小さな種族なんだ、大きさが能力に関わるわけではないけれど、ぼくたちは毒の血のせいできっとほかより頭が弱くできているんだから――
 その弱い頭でも、レオくんの口から出てくる人の特徴はぼんやり覚えられるようだった。何せ彼ったらその人たちのことをしょっちゅう話すもんだから。どうやらバイト先とは違う職場の人たちのようで、名前は出てこないけれど、たとえばいつもレオくんから食べ物を強奪する先輩とか、正反対にすごく礼儀正しい後輩とか、美人でおっかない同僚とか、あとは怖い上司二人も話題によく上がる。上司が二人とも怖くてやっていけるのと訊いたら、一人は見た目が怖いだけで中身は優しいんだ、もう一人は見た目は優しいけど中身が怖い、でも二人とも強くて優しいんだよとよく分からない答え方をされた。職場は選んだ方がいいよ、言うと彼はまた笑っていた。よく笑う人だ。

 その日のレオくんはあんまり笑っていないようだったから、どうかしたのと訊くとこれからお墓参りに行こうと思って、と高めの声を重くさせた。お墓参り? 「亡くなった人が埋まっているところだよ。祈りを捧げたり、亡くなった人を想うためのところ」そう答えたレオくんはベンチから下りて、じゃあまたと手を振った。ぼくもぽんと飛び降りて、一緒に行っていい? と振られた手に軽く掴まる。この皮膚の下には毒が流れているのに、彼はひとつも怖がりもせず、いいけど、と困ったように答えた。「面白いとこじゃないよ? 行こうか。この近くの、人間用の結界墓地なんだ。こんな街でも、こういう倫理観を大切に守ってくれてるのは、本当に良かったと思うよ……」まあ、大人しく死体になっている死体の方が、この街じゃ珍しいけれど、と怒っているふうにも悲しんでいるふうにも、呆れているふうにもとれる言い方で言ったのを、ぼくは彼の手に掴まりながら黙って見上げていた。やっぱり、何かを。思い出しそうな、線の目立つ顔をしている。
 着いたそこは確かに結界が張られており、おそらく空間も弄られていた。一面の緑に、霧と同化しそうな所狭しと並べられた石と十字。これが「お墓」らしい。とするとこの下の全てに死体が埋まっていることになる。へえ、ぼくは首の後ろを掻いた。もしかしたらぼくの知っている人間もいるのかもしれない。
「彼のこと、実はよく知らなくてさ。おれが今の職場に入る時に、亡くなったらしくて。入れ違いみたいになっちゃって、しかも、おれ……まあ……ちょっと罪悪感のある入社の仕方しちゃったから、益々彼のこと気になっちゃってさ。だから時々、こうしてここに来るんだ」
 囁くように落とされる言葉たち。立ち止まった先には真新しそうな四角い石があり、十字架はない。
「なんて書いてあるの?」ぼくはまだ人類の使う英語が読めなかった。

「“ジョニー・ランディス。ここに永眠る”」

「へぇ……
 
 ぼくはまた奇妙な既視感に襲われた。今まで薄らぼんやりと形を成していた記憶が歪に濃くなっていく。ジョニー・ランディス。
 レオくんを見上げる。糸の目が二つ。見たことがある顔だ。それに、この黒っぽい毛も。レンズの鈍く光るゴーグルも。レオくんはよく笑う。それは目が細いから、そう見えるだけなのかもしれない。ぼくはほかにもこの線のような目を知っている。誰だっけ。誰だっけ。思い出せないということは、友だちじゃない。友だちじゃないということは、名前のない関係性ということで、そんなのはそのへんを歩く存在と一緒で、でもぼくが知っているということは――
 あっ、ぼくは声を上げた。

「思い出した。きみはぼくが殺したじゃないか。なんで生きてる?」
「えっ?」
 レオくんは振り返り、そうして、糸のような目から生えている密集したまつ毛を痙攣させた。
 ぼくは首の後ろを血液で膨らませながら彼の手を取り下から覗き込んだ。見れば見るほど同じだ。ぼくが殺したジョニー・ランディス。殺すよう頼まれたんだったか。どうでもいいことは覚えられない。
「きみのこと友だちだと思ってた、でもお前は違うな。ジョニー・ランディスは殺した相手としてカテゴライズされてる。友だちじゃない。どうして生きてる? ハドソン川に捨てたのに。ぼくの血は水と一緒になると痕跡もなくなるんだ。おかしいな。なぜ? お前は友だちじゃないな」
 どんどんどんどん血袋が膨らんでいく。
 彼は一歩後退り、踵を墓石にぶつけた。
 ぼくは皮膚に埋もれた目を眇めて言った。
「友だちは殺しちゃ駄目だけど、でもお前は友だちじゃない。名前、なんだっけ? ジョニー……レオ……なんでもいいか。さよなら」

   ※

「大丈夫か、少年」
 墓場でかける声としてはひどく冷たい声が出たように思う。
 それもそのはず、漏れ出る息はことごとく凍り、草地には霜が下りて硬くなっている。
 目の前で凍った元友人を、抜かした腰から見上げ、そして元友人越しにおれを見やったレオナルドは、かわいそうなほど湿った声を漏らした。
「さすがに……立ち直れねーんすけど……な、なん、何が起こって……
「友人を亡くしたことについてはお悔やみ申し上げる。ぼくを詰ってもいいだろう。ま、そいつが界隈じゃ名高い殺し屋で、うちに来るはずだったジョニー・ランディスを殺した張本人だと知り得て尚、悲しいのなら、そうするといいよ」
「え…………ええ……、ぼ……ぼく、そんなに、……ランディスさんに似てましたっけ……
「やつみたいな種族には見分けがつかんのだろう。良かったじゃないか。きみはジョニーの名を語ったことで要らぬ罪悪感を抱えていたようだし、これでおあいこじゃないか?」
「ちょっと待ってくださいショックがでかすぎてよく分からな……
 レオはそこで口を噤み、凍った毒血の異界人を見、後ろの墓石を振り返って、そして凍える血を持つおれに目を戻した。元友人の異界人は血を武器にしているそうで、おれと大して変わらないのに、疑いもなく信じた眼差しを向けてくる。「そもそも、どうして……ジョニー・ランディスは殺されたんですか……ハドソン川の……事故じゃなかったんですか」
「ライブラに入るというだけで、各方々から狙われるものだよ、少年。きみは本当に、入社については運が良かっただけなんだ。……まあ、こうなっては、後から運の悪さが回ってきたってことかな。きみの話を聞いてまさかと思って色々調べたら、ビンゴだ。間に合って良かった」
「ははは、はー、そうっすか」彼はぐすりと鼻水を啜った。「友だち、だったのに……
 たまげた根性だ。悲しんでいる。いっそおかしいくらいだ、自分を殺そうとした相手の死を悼むなんて。
 おれは少年の後ろの墓石に目をやった。ジョニー・ランディス。ライブラに入社するはずだった男。
 素性を調べたら限りなく黒だった。そのまま入社させて泳がせておくのも一考だったが、彼があの超人秘密結社に辿り着いた噂を立て、ほかに狙わせ、初めから死体になっていれば、クラウスの胃痛もひどくならないだろうと思い直してそうした。仲良くなってから死んでは、あいつが悲しむ。だが書類上でしか知らない男が死んでも、それでも墓は用意されたけれど。
 仲良くなる前に。その気遣いを、少年にも回してやれば良かったかな、と思ったが、起こってしまったことは仕方がない。
「行こう、少年。あんまりつらいのなら、墓をつくればいい。友人が殺し屋でも、殺されかけても、そうできるのが、きみの強さだろうから」