さもゆ
2024-12-06 11:05:12
33408文字
Public BBB
 

【クラレオ】平眼球の全能支配者

ライブラに雑に大事にされているレオくんがちょっとBBにうつつを抜かすものの最終的になぜかクラレオになる話。
※名前のあるオリキャラが出てくる。
※義眼やBB、牙狩り等に関して捏造過多。
※クラウスさん最初と最後しか出てこない。
レオくんにしか見えない諱名を持つ吸血鬼とレオくんてどう足掻いてもバイオレンスなロマンス始まっちゃうな…って思ったら居ても立ってもいられない結果がこれになってしまった。

2020.9.2 たまごのお粥pixiv投稿作品

1


 人魚の魔窟という未成年お断りの酒場が盛況しているらしい。
 店名について「天使が悪魔みたいなニュアンスっすね」と言ったらその場にいた大人たちは「まーHLの一般的な常識だな」という空気を漂わせて「人魚ってのはもともと悪魔側だけどな」とオカルト組織ならではの情報をぼそりと漏らしたあと説明を続けた。耳にはこの組織の中で二番目によく通る声と一番目によく通る声が混じることなく明瞭に突き抜けていく。この二人の声は、静かな会議室でなく爆音乱れる現場でこそ本領を発揮すると思う。指示を聞かなければと思うし、聞いたら生き残れるとすら思える、副官とボスの声。

 その二人の声が人魚の魔窟の次に“血界の眷属”というワードを発した途端、僕の背筋はピンと伸びた。
 
 血を吸う化け物であるやつらを完全に封じるには、真実の名前――諱名を読み取らなければならない。その諱名を目視できるのは、いまのところ、無理やりに不甲斐なく押しつけられた僕の眼球、神々の義眼のみであり、僕はやつらが出る現場には必ず出なければならなかった。

 血を吸い、ひとを屍食らいにし、ときには転化させて自分たちの仲間に引き入れる。
 血界の眷属については、超人秘密結社ライブラやその母体組織牙狩りのなかでも摩訶不思議で、まだまだ分からないことの多い存在らしく、たとえ諱名が見えようとも僕にとってもよく分からない恐ろしい存在だった。だって、あんなに強いライブラのひとたちが、簡単に傷つけられ命を落としかける。武器にするための血ではなく、ただ怪我をして血を流すのだ。僕はそのそばで、あるいは安全地帯で、僅かな間に諱名を読み取って端末に入力する。すると一番よく通る声でクラウスさんが名を謳い、血をもって密封となる。
 もっと自分にできることがあればいいのになと傷だらけの彼らを見て思う。でもひとにはできることとできないことがあって、僕は精一杯できることを尽くさなければならない、その方が自分も彼らも生存率が上がることをきちんと分かっていた。諱名が見えても一般人、下手に何かをして自分の存在をやつらに知られれば、身が危うくなるのだ。なら、ひとつのことを極めた方がいいだろう。諱名を見て、それをクラウスさんにいかに素早く正確に伝えられるかが最も重要だった。唯一名前が見えるからと言ったって、僕と吸血鬼との距離感は一瞬近づくだけで、やつらの方には僕を視認さえさせないのが正解なんだ。

 そして大体血界の眷属というのは事前情報なしにいきなり姿を現し場を乱す場合が多いのだが、どうやら今回はこちらがしっかり作戦を立てられるほど情報があるようだった。

 けれども珍しい情報というのは大抵良くないもので構成されている。

 現場では頼もしい声が、おどろおどろしく耳を侵していった。
 
 
 




 人魚の魔窟の外観は海をモチーフにした大変綺麗でファンタジックな酒場だった。
 が、内観は文字通り魔窟だった。おそらく、こんなふうになる前には、ちゃんと深海のような恐ろしさと美しさが合わさっていたのではないかと思う。魔法瓶のグラスや貝柄を模した皿、真珠をあしらった天井照明はその証拠と言えた。
 僕はそっと義眼を閉じ、無線で全員に声をかけた。
「なかは屍食らいでいっぱいです。その奥……キッチンの手前に緋いオーラが見えました。かなり色が強いです。諱名は、やっぱり外からじゃ、見えづらいです」
『分かった。皆準備はいいな? ――突入』
 
 入った者はことごとく生きては出られないと噂が立っていた酒場の正体は、やはり掴んでいた情報通り血界の眷属(それもどう見ても知能があり限りなく高位)の棲家になっていた。合図とともにライブラの血で戦うメンバー全員がそれぞれ飛び込んで行く。レベルが低ければ諱名を呼ばずとも撃退できるが、何せ眷属が低級でないことだけは事前に分かっていたので、念のため突入メンバーにはK・Kさんだっていた。

 僕だけは店の外、心の中で十秒数えなければならなかった。

 心臓がどくどくと血潮を沸騰させ、なのに握った手のひらには冷たい汗を掻いていた。一、二……
 店内の地図は頭の中に叩き込んである。数え終えたら、ザップさんとツェッドさんが屍食らいを薙ぎ倒して確保した安全地帯に滑り込む。五、六……
 そうしたら誰にも見つかることなく、誰も見ることのできない緋文字を見つけてクラウスさんに伝える。九、十。

 僕は人魚の魔窟に飛び込んだ。



 なかは既に激戦を極めていた。市街地に出すよりは狭い酒場のなかに留めた方が被害は少なく済む。異界人も人間もたくさん、それこそ客の数だけ食われているのだ、これ以上広めるわけにはいかない。
 模様が波打つ透き通ったテーブル群も珊瑚礁に似た腰かけ椅子も海底馴染んだ深い碧色の壁や床も、全てが無惨に傷つけられ、あるいはいま壊れていく最中を僕は駆け抜ける。作戦通り、斗流の二人が先に敵を排除してくれた入口から一番近いカウンターに身を滑り込ませ、一番遠い反対側、手下にしている屍食らいの群れの奥で悠々自適に佇んでいるひとりの男に目を向けた。
 
 若い男だ。二十代半ば、体躯は骨が太く、顔立ちは北欧系。色素の薄い冬の肌、ブラウンの髪、頬のそばかす……血の色が透けた瞳。瞳孔は縦に裂け、決して人間のする眼差しをしていない。そして、捕食者然とした赤く広がる真っ赤なオーラ。

 そのなかに血流のように眷属を取り巻く古い文字がある。俺が一字一句刮目し、見間違いするのを許されない、摩訶不思議な血界の眷属の文字。俺には訳すことはおろか、発音することもできないそれを、すぐにクラウスさんの端末に送信しなければならない。

 義眼の解像度を上げる。拡大縮小を繰り返し、構えた端末をタップする。

 そうこうしている間にもザップさんは容易に燃やせない状況に舌打ちしながら血法で手下を斬り払い、ツェッドさんが槍で援護し、K・Kさんは物陰から雷撃を迸らせる。スティーブンさんが氷の道を切り開き、そこをクラウスさんが突進し眷属に殴りかかった。

 血界の眷属はあっけなく一度殴られ、血の十字架に捕らえられたが、狂気的な笑みを浮かべると肢体を蠢かせて拘束から抜け出た。そこへクラウスさんが追撃する。爆風に、轟音に、気迫に、死臭。噎せ返るほどの感覚が肌を嬲り鳥肌を立たせる。汗と震えでぬるつく端末を必死に操作し文字を打ち込み続ける。焦ってはいけない。焦ったら失敗する。失敗してはいけない。失敗したら誰かが死んでしまうかもしれない。

 ぐ、と喉を上下に動かしせり上がって来た胃液を飲み下す。

 大丈夫だ、見ろ。それは僕の仕事だ。

 そして最後の一文字を打ち込んだ。

 着信音を聞いたはずのクラウスさんが重い一撃をお見舞いするとともに後方に飛び、ポケットから端末を取り出し画面に素早く目を落とした。攻撃が来る。避ける。拳を構える。彼はもう端末を仕舞っていた。牙が特徴的な唇を開き、こういう場所で一番聞き取りやすく、仲間には激励を、敵には畏怖を齎す声が諱名を紡ぎ始める。

 僕はもう大丈夫だと垂れてきた汗を拭って強張りを緩めた。

 そのときクラウスさんの首から血が噴き出した。

 血界の眷属が湾曲した刃状の手指を操ってニタリと笑っている。

 音が遠くなる。あんなにうるさかった心臓がぴたりと鼓動をやめてしまったみたいに。僕は義眼を見開いてそれを見ていた。優秀な両目は傷の深さ、太い血管が通う首の箇所を斬られたことをまざまざ脳みそに刻みつけた。

 ――最も力強く、体の奥底から安堵と活力をもたらす明朗なる声が不自然に途切れた刹那、真っ先に動いたのは副官のスティーブンさんだった。
「クラウスッ!!」
 叫びが上がりその場にいた全構成員の意識が最優先すべき事象にそれぞれ向いた。
 離れた場所で手下を相手していた副官は踵を地に叩きつけ膝を屈したボスの前まで防氷壁を立ち上がらせる。その自身を顧みない姿の副官に襲いかかる敵を雷撃で吹き飛ばしたK・Kさんは、同時に眷属にも技を放っていた。彼女の位置を把握した眷属は雷撃を片手でいなしながらそちらへ顔を向け、そして上げた指先をザップさんの血刃で斬り落とされた。なくなった指先からけぶる蝙蝠が出現しザップさんの視界を奪う。それをツェッドさんの風が吹き飛ばし、斗流の二人は飛びかかって近接戦へとゴリ押しした。
 その一連の流れ、微塵の無駄もない僅か数秒の間、僕といえば見開いた義眼で気を失ったクラウスさんからあのおぞましく人型をした血界の眷属に視線を移していた。

 義眼が精巧な方陣を浮かばせる。

 音のない世界、視界だけを頼りに、唇が意識とは離れた部位として勝手に動き、自分の中に眠る言語を呼び覚ますように夢見がちに言葉を紡いでいった。古の言葉。散々勉強して、自分には無理だと思って、まだ文も読めない作れない未知なる領域の言葉。発音の仕方さえあやふやだったのに、舌は惑うことなく目で見たままを発していた。なぜなら、きっと、この義眼はいままでもそうやって彼らの名前を見てきたからだ。自分の眼窩に埋まる前、もっともっと、もっと前、それこそ古の時代から。

 義眼があの吸血鬼の名を呼べと青い眼光を迸らせている。

 ――ゼミラ・ラマエミル・ドゥ・シュリント・リッドルト

「ゼミラ……ラマエミル……
  
 到底、戦闘激しい室内では聞こえない声量だった。囁きにも近く、そして僕自身、自分が何をしているのか全く分かっていなかった。誰にも聞こえない、誰にも呼ばれない、もしかしたら血界の眷属本人ですら忘れることがあるのかもしれない、彼らを取り巻く俺にしか見えない諱名――

 あれは俺のものだ。

……ドゥ・シュリント……

 そして、血法を躱し宙に飛んだ彼はこっちを見た。
 視線が繋がった瞬間、繋がったのは視線だけでなく奇妙な関係性までできたことを本能的に悟る。見る者と、見られる者、支配する側と、支配される側……

 それを悟ったのは僕だけではなく、表情を憎悪と恐怖に染めた彼がほかの全てを置いて僕へと突進してくる。不意に攻撃を逸らされたザップさんがカウンターからいつの間にか身を出していた僕に対して馬鹿野郎と罵り、そうして僕も叫んだ。

「ゼミラ・ラマエミル・ドゥ・シュリント・リッドルト――、“そこを動くな!”」 

 それは英語ではなく、目の奥で眠っていた古の言語を喉に落とし込んで発したものであり、一瞬、僕は自分でもどういう意味のものを叫んだのか理解できず、でくの坊みたいに突っ立っていた。

 なのに血界の眷属はそんな棒立ちしていた小僧を殺すことができなかった。

 僕に飛びかかった姿勢のまま、ぴたりと動きを止めてしまったからである。


2


 僕は腰を抜かし、ぺたりとその場に尻もちを着いた。

 一気に感情の伴った意識が脳から起床し、全身に震えを走らせた。どっと空気の塊を吐き出し、胸を喘がせて仰ぎ見る。
 眼前には、目を見開き、唇を歪ませ、鋭利な爪のある手をこちらに伸ばしたまま制止している血界の眷属がいる。
 ぎょろりとした深紅の瞳は瞳孔が開ききり、痙攣することもなく僕を見下ろしていた。
 僕はその色の中に燻ぶる攻撃性と、僕に対するおぞましさを見てとり、彼の意識までは制止していないことを知って竦みあがった。
 建物の軋みや、倒された者の呻き声、戦闘の音が、自分を中心にして次第に波を引いていく。
 その最後の波、残党を撃ち殺したK・Kさんが、どういうこと? と困惑した声を出した。

 僕は縋るようにしてクラウスさんの方へ視線を向けたが、しかしボスではなく、床に伏したままの赤毛の頭を抱え血を流す首筋を押さえている副官が、怯える僕を観察して言った。そう、観察だ。

……レオナルド、きみ、何を?」

 そんなことは。
 そんなことは僕が知りたい。

 こいつの猛攻を、僕が止めたのか?

 途端に上手く英語が話せなくなった唇を慄かせ、スティーブンさんの暗闇の瞳が『答えを間違えるな』と僕以上に懇願めいたものを宿しているのに気づいて唾を飲み込む。張り詰めた空気の中、皆が警戒しているのは血界の眷属ではなく得体の知れないことをしでかしたレオナルド・ウォッチであるということを正しく察し、挫けて泣きそうになってしまった。あれは摩訶不思議な、自分でも説明不可能な時間だった。僕は言った。
「あの……クラウスさんは、大丈夫なんですか」
 スティーブンさんの問いに答えられるものを僕は持っていなかったのだ。

 ただ副官の手が押さえている太い首から流れる血が、乾く様子のないことが一番恐ろしかった。
 
 僕の震えながらの問いかけに、暗闇の瞳が一度瞬いて星の輝きを秘めた。理性と知略と冷静さを瞬時に取り戻した組織のナンバーツーは僕の答えを正解として認め、鋭く声を張り上げ指示を飛ばし始めた。「総員速やかに撤収! ザップ、手伝え。ギルベルトさんの車へ運ぶ」気を失っているボスを支え起き上がらせる際、夥しい量の血が床に落ちて広がる。「K・K、ライゼズに連絡を取ってくれ。ちょうど浮上しているはずだ」そうじゃなけりゃ、困る。苦々しくつけ加え、次いでツェッドさんを呼ぶ。「ツェッド、血法でそいつを拘束できるか」「できます」「頼んだ。動いて攻撃をして来るようなら、容赦なく殺せ」靴裏を踏み鳴らして、血界の眷属を氷の中に閉じ込めた。僕の目の前で文字通り凍りついた化け物は、その上から血の縄で雁字搦めに拘束される。僕の傍に立ったツェッドさんは、未だ腰を抜かしたままの僕の背にそっと手を宛がってくれた。「それから、チェイン。人狼局に戻ってこのことを直ちに知らせてほしい。それ以外へは、まだ言うな」ずっと希釈して記録をとっていた完璧なる諜報員の彼女は、副官の傍で薄く存在を現すと短く応えてまた溶け込んで行った。
「最後に、レオ」
「はい」
「この近くにライブラに続く扉がある。そこまで義眼を使って、血界の眷属をツェッドと一緒に運べ」
「事務所に……入れるんですか」
「できるな? 誰にも見られることなく」
 僕は力なく頷いた。やったことはなかったが、できるようにしなければならない指示の仕方だった。

 人魚の魔窟は、秘密結社によりたちまちHLの風景に馴染む荒れ果てた廃墟として工作されるだろう。
 
 そこで起こった全てのことは、既に僕の瞼の裏に焼きついて離れなくなっていた。