留守田
2024-12-06 09:54:07
5346文字
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子供のはなし

欲しかった物を与えるだけでも誰かを救えるのではないか。あるいは、救っているのではないか。
スポーンに親として慕われるようになって困惑するアス卿が書きたかった などと供述しており……

自Tav(ヴァリス)が出てるしスポーンに名前が付いてるしアス卿がスポーンに優しいって言われてたりする脳内設定マシマシの仕上がりです。


 ドラウの子は、すぐにメイドに連れられ執務室を訪れた。
「主人よ、失礼する。それから旦那様にも」
 メイドがドアを閉めて行ってから、アルルスリンは机の前に跪いて主人の言葉を待つ。
 その様子を見たアスタリオンは立ち上がると跪いた奴隷の前まで歩み寄り、彼を尊大に見下ろした。
「アルルスリン。お前に褒美をやる前に一つ言っておくが、俺とお前の関係は児戯に過ぎない。お前がどれだけ自由を望もうと、我が配偶者が慈愛を願おうと、俺はお前を支配する主人だ。抗わせはしない」
 アスタリオンの赤い眼光に慈悲は無かったが、酷薄さもまた存在しない。淡々と判決理由でも読み上げているような気分なのだろう、ヴァリスに伝わるほどの強い激情は感じられなかった。
 しかし、横顔を伺えば威厳のために押し殺された興味が僅かに滲んでいる。
 何故こんなことを望んだ?
 どうしてお前が?
 知りたいのなら聞き出せるだろうに、忘れているのか敢えてそうしないのか。あるいは、暴くには忍びないと思っているのか。
「だが……それでもお前が俺を父と呼びたいのなら、止めはしない。今この場に居る間は好きなだけそう呼ぶといい。それがお前に与える褒美だ」
 鋭い視線が緩む。恐るべきヴァンパイアの君主ロードは自らの子の頭を撫でた。青白い手が白い髪を手櫛で梳かし、親が子にそうするように、優しい微笑みを浮かべて。
 関係の本質を考えれば残酷なほど滑稽な行いだが、情を持って支配するための手段とすればこれほど効果的なものもない。
 しかし、褒美を与えられた彼は撫でられても微動だにせず沈黙を保った。
 誰も動かず、何も言い出さない時間が流れる。永遠に続くかと思われた刹那、アルルスリンが僅かに震えたのが見えた。
「ちちうえ」
 不意に沈黙を破ったその言葉は、今にも絡れて曖昧になってしまいそうで。幼子のような、何とも頼りない響きに私達は顔を見合わせる。
……我が故郷よりも暗い闇を携え、神の名の元による行いよりも残酷で、誰よりも御優しい我が義父上ちちうえよ」
 彼は顔を上げ、肌と同じ薄い青紫色の唇が満足そうに弧を描いた。
「俺は、改めて義父上と旦那様の子でありたい。全てを失った俺を拾った旦那様と、あの日失った全てと牙を惜しみなく与えた義父上の子として、俺の刃と名が指すものを捧げたい」
 聞いていたアスタリオンが目を見開く。優しい? この俺が?
 言われた事よりも、その言葉が本心から出ているのに驚いているようだった。
 目の前の親が驚いている様子に、子供は笑う。
「フッ、その様子ではどれだけ俺と兄弟姉妹達に慕われているか知らないようだな、主人よ。だが本当だ、俺でさえ……義父上や旦那様には敵わなくていいと思える」
……何故だ」
「この家は俺が謀を企てる隙が無いほど居心地がいい。同胞に寝首を掻かれる心配をしなくて良ければ、性奴の子だからと夜伽を命じられる事もない。地表の貴族より、身分のない兄弟姉妹達の方が強く優れている。もちろん、義父上や旦那様とは比べるべくも無いが」
 子の言葉を聞くアスタリオンの唇が戦慄き、引き絞られた。

 途端に、ヴァリスは感情の嵐に投げ込まれる。伴侶の喜怒哀楽の全てがうねり、ぶつかって、心の海に浮かぶ存在の小船をひっくり返し、バラバラに引き裂こうと暴れ狂う。
 いずれ支配する世界の一部として、或いは無くなっては困る手足の一つとして、アスタリオンは彼らを慈しむとは行かなくても虐げる事はしなかった。
 妬ましい。途方もない過去への怒りが胸を焦がす。俺はもっとクソみたいな目に遭っていたのに、と。
 だが、同時に喜ばしい。恩を適切に売ってやれば、ドラウの野心でさえ忠誠心に変えてやれる。
 ……かのドラウは随分と怒り続けていた。愚かな家長、裏切ったかつての友、家を守れなかった自分に、分け前を増やしたいと裏切ったパーティ、地表の人間を容易に信用した自分にも。牙を与え復讐を成し遂げ、ヴァンパイアの狩りにも慣れた最近になって、やっとその怒りが落ち着いたのをアスタリオンは知っていた。
『子が安らぎを見出した時は安心しただろう、アスタリオン』
 嵐の中、ヴァリスは伴侶に語り掛ける。
 彼が復讐を成し遂げる前、怒りのまま兄弟に斬りかかろうとした所を強制力で抑え付け、折檻をした事もあった。悪夢に震えるのを見ていられず、私に子守唄を歌ってやれと命じた事さえある。手の掛かる奴だと、呆れて笑っていただろう。
『俺は、どうしたらいい?』
 雷鳴が鳴り響き、嵐は一層激しくなる。
『お前のしてやりたい事をすればいい。お前が……されたかった事を』

 ヴァリスの意識が現実に戻って来ると、跪いていたはずの子供が立ち上がっていた。
「ち、義父上」
「俺を父と呼ぶのなら立て、アルルスリン」
 どうもぎこちない所を見るに、強制力で無理矢理立たせているらしい。普通に立たせてやればいいだろうに……
「誇りを持て、我が息子よ。だが怒りには呑まれるな。お前の邪悪はヴァンパイアとして好ましいが、使い所を間違えれば折檻だからな」
 折檻、という言葉にアルルスリンが怯む。が、アスタリオンはその身体を両腕で捉え、強く抱き寄せた。
「な……?」
 今度は子供が驚く番だった。頭を撫で、身体を抱きしめられて。父と子という関係を戯れに過ぎないと言った割には、これではまるで……
 思案に満ち、やがて困り果ててしまった顔がヴァリスを見た。助けてほしいような、そうでもないような。そもそもどういう状況なのか分からないと言いたげに眉を下げている。
「大丈夫だ、お前の義父上は怒ってはいない。お前と同じで少し……困っているだけだ」
 困ってもいない! と即座に飛んできた抗議の念話テレパシーを無視して、ヴァリスは父と子をまとめて抱えた。