留守田
2024-12-06 09:54:07
5346文字
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子供のはなし

欲しかった物を与えるだけでも誰かを救えるのではないか。あるいは、救っているのではないか。
スポーンに親として慕われるようになって困惑するアス卿が書きたかった などと供述しており……

自Tav(ヴァリス)が出てるしスポーンに名前が付いてるしアス卿がスポーンに優しいって言われてたりする脳内設定マシマシの仕上がりです。

 昼下がりのザール宮殿。
 そろそろザール家が沈黙を破り、現在の“当主”であるカザドール・ザールの死を公表する時期が迫ってはいたが、その日は特に何もない暇な日だった。
 ……あくまでヴァリスが暇なだけで、執政で事実上の当主であるアスタリオンは書類と格闘しているが。しかし目の前に積まれている白い山も今日は標高を下げ、頂へ手を高くへ伸ばさなければならないということも無い。時折茶を淹れて休憩しようと誘うのもいつもよりずっと楽だ。
 今日も宮殿の主人の配偶者はいつでも仕事を眺められるようにとわざわざ改築の際に誂えられた座り心地のいいソファーに収まり、コーヒーテーブルの上に茶器と何冊かの伝承の本を広げていた。
「ダーリン」
 今や名実共に伴侶であるアスタリオンに呼ばれ、ヴァリスの胸が躍る。主人として凛々しくも、愛する人への甘い感情の籠った響きが堪らなく好きだ。
「どうした?」
 立ち上がり、ヴァリスはアスタリオンの左隣まで歩いていく。たまに可愛い顔が見たかっただけと言われる事もあるが、大抵は何かしらの用事がある。
「お前、俺の子供スポーン達に何か妙な事を吹き込んでないだろうな」
 しかし、今回向けられた視線はヴァリスを訝しんでいた。瞼が少し降りた彼の睨め付けるような視線も凄く可愛いが、あまり可愛いと思うと思念として彼に伝わってしまうのでヴァリスは首を横に振って気を逸らそうと試みる。
「心当たりは無いが……何か言われたのか?」
 疑いこそ消えたようだったが、可愛いと思っていた事は少しぐらいは伝わってしまったかもしれない。顔が怖い。
「この前、アルルスリンがこの辺りで貴族相手に詐欺を働いていた女の尻尾を掴んで炎の拳団フィストへ突き出しただろう? 俺の評判も高まった事だ、何か褒美をやろうと本人に望みを聞いてやった……
 アルルスリンAlurlssrin。以前の名をドゥルアラクDuralakと言う、仲間に裏切られ死にそうになっていた若きドラウの男。彼を眷属として生まれ変わらせたのはアスタリオンだが、このまま死なせるのは惜しいと死に行く彼を眷属となるよう説き伏せ、宮殿まで運んだのはヴァリスだった。
 路地裏でありとあらゆる自由と引き替えにしてでも復讐を望んだ彼の血走った赤い瞳が、信じていた教えを二度も捨てた聖騎士パラディンと重なり……気付けばヴァリスは彼の身体を抱え、下水道へと降りていた。
 一緒にすると本人は怒るだろうが、思い浮かべた彼女もかつてはロルスを信仰するドラウだった。死の淵に立ってもなお復讐に燃えている彼もそう変わらない。ドラウ特有の野心の高さをアスタリオンは懸念したが、結局は彼の戦士ファイター然とした装備を眺め、子供達の中に前衛を張れる者が居た方が役に立つ、裏切るようなら強制すればいいと噛んだ。
 そして得た力と同胞によって復讐を成し遂げた彼はやがて身分を求め養子になる事を望んだが、名を変えなければならなかった。殺した相手の中に愚かな貴族の息子が含まれていたからだ。
 いつどこで誰が余計な好奇心を働かせるか分からない貴族社会で身分を与えるためには、復讐鬼やロルスの信徒とは別の名を名乗らせなければならない。己の名を捨てる事に同意した彼は養子としての身分を手に入れ、改めて名付けられた。宮殿で名付け親が与えられる唯一のもの、ドラウの言葉で愛を意味する名を。
 今日のメンゾベランザンの辞書にこの言葉は載っていない。数ヶ月前、再会の野営地で酔って口を滑らせたミンサラ曰くこの言葉は古語であり、今ではイーリストレイーを信仰するドラウ達の間で使われる異端の言葉として認識されているという。
 本人が気に入っているかは分からないが、彼は今日まで裏切る素振りさえ見せず、他の兄弟姉妹達から傲慢不遜な態度を指摘されながらも上手くやっているようだった。
「スリンは何を望んだんだ?」
 更なる力として新しい武具か、さもなくば権力か。
 或いは強大なヴァンパイア・ロードとなった秘訣とか。確か初めての狩りを終えた時は、新しい両手剣を欲しがっていたが……
……俺の事を“父”と呼んでみたいと」
 深刻そうな顔でアスタリオンは答えた。
 想像していたものよりかなり小さな願望だが、ひとまず飲み込んでみよう。なるほど。……なるほど?
……呼ばせたらいいんじゃないか?」
 あまりにも謎が深まる答えに、ヴァリスの口からも思わずそんな言葉が出てくる。
 名付けこそ可愛くしたものだが、彼も御多分に漏れずドラウの男だった。本人が語るには性奴の子から剣一本でさる名家の護衛を務めるまでに上り詰めた戦士だったという。仕えていた家はたった一晩で没落し、今は見る影もないとも語っていたが。
 彼の兄弟姉妹に私達の事を父と呼ぶ者は居ないし、若いとは言え今更父親代わりの存在を求めるような歳でもないはずだ。
「呼ばせたら最後、空から槍が降って来そうだ」
 言いながらアスタリオンは手のひらを上下に振る。随分と土砂降りな槍だ。
「なら、願いを取り下げさせるのか?」
……いや。俺が想像していたよりは可愛らしい願いだ、叶えはするが……
 片手で持っていた書類を机に放り出すアスタリオンから断片的な思念が伝わってくるのをヴァリスは感じ取った。親と子、主人と奴隷、カザドールとアスタリオン自身、その兄弟姉妹。
 ヴァンパイアとスポーンの関係は作り変えた者と作り変えられた者として親と子ではあるが、同時に親は子をあらゆる意味で雁字搦めに縛る事も出来る、支配と従属の関係だ。
「俺が親の真似事をするとはな」
 他人事のように言う伴侶の横顔は、どこか苦々しい。
 子と呼べど彼らは眷族であり、そこに情が伴っている必要はない。アスタリオンは幸か不幸かその事実を良く知っている。支配を受ける子供達よりも、血の繋がりの外から彼らを愛する私よりも。
 それでも彼は眷族達を支配すると定めながら、知恵ある生物の血を飲ませ自制の心得を学ばせて、自分が同じ立場であった時よりもマシな境遇になるよう腐心していた。かつての主人の真似にはならないように。
「真似事でもいいじゃないか、常に虐げているよりはずっと気分がいい」
 ヴァリスは堂々と言うと、書類を放り投げたアスタリオンの左手を取った。薬指に嵌められた誓いの証である指輪を撫で、そこに移った体温の温かさに目を閉じる。そこまで真剣に思い悩み考えていたら、もはや何かの真似であるはずがないのに。
……よし」
 アスタリオンは意を決して使用人を呼ぶための小さなベルを鳴らした。涼やかな音色が響くとすぐにヒューマンのメイドが現れ、静々と一礼をする。
「お呼びでしょうかご主人様、旦那様」
「アルルスリンをここに。お前の養父が呼んでいるとな」
「かしこまりました」
 命令を受けたメイドは再び頭を下げ、すぐに執務室から出て行った。
「私も居ていいか?」
「当たり前だろうダーリン、あの子を連れて来たのはお前だからな」
 アスタリオンが指を鳴らすと、机から書類やペンが闇に消える。普段なら咎めるものぐさも、この時ばかりは見逃そうとヴァリスは何も言わなかった。