不破
2024-11-30 02:11:09
4617文字
Public 空戦
 

#23




 かつて、地上に存在した世界は切迫するエネルギー問題に際し、南極大陸で新たに発見された「エーテル」と名付けられた汎用エネルギーの所有権を巡って争った。大国が独断で採掘を決行したことを皮切りに、多数の国々がエーテルの採掘に乗り出し、採掘現場での小競り合いから戦争へと発展、全世界を巻き込んでの大戦となった。
 その最中、採掘に成功したエーテルを用いた兵器の開発を進めていた国が試作型の弾道弾を使用。それを皮切りに、エーテル弾頭を撃ち合った結果、兵器の炸裂とともに飛散したエーテルは世界中の大気や海水、物質と結びつき、そして定着した。それを活用することが可能となったことで、図られずして人類が直面していたエネルギー問題は解決したが、エーテルの結合と定着は動植物に対しても同様で、巨大化や新種の出現が確認され始め、地上世界における人類の生活圏は瞬く間に狭まり、人類は生活圏を空へ移すことを画策し始める。
 そんな中、体内に多量のエーテルを保有する胎児の誕生が確認され始め、エーテルを有さない旧人類よりも能力に優れた新人類として新たなスタンダードが確立。これによりエーテルを用いた魔導技術が大きく発展し、今日まで研究が続いている。
 この人間が体内に有するエーテルは「体内エーテル」と呼称され、世界中に飛散、定着した「環境エーテル」とは異なる。これは保有している人物の意思によって操作が可能であり、数多ある魔道具の使用やエーテルを留め置く魔石への充填の他、怪我や病の自然治癒にも大きく貢献するが、魔術式を用いた魔術の行使がその最たるものである。
 体内エーテルは人間が生存するために必要な生命力から生成されており、食事や睡眠によって回復することが確認されているが、体内エーテルの保有量の上限は先天的なものであり、個々によって異なる。エーテル保有量の上限を超えて消費し続けると、人間の生命維持に必要な生命力を消費することとなり、言葉通り命を削ることとなるため、寿命を縮め、最悪の場合は死に至る。
 さて、本題はここからであり、この生命力とは宗教的には命や魂という言葉を用いて定義されるものだ。だからこそ、前述の通り「命を削る」という表現を用いたが、これは人間の意志や記憶が宿るものとされ、生理学から神学、神秘学、オカルトまで、扱われる分野は多岐に渡る。一部の宗教文献においては、生命力――即ち命、または魂――から生成される体内エーテルを命そのものの構成要素として定義し、魔術の使用は緩やかな自殺に等しいと記している。
 事実、体内エーテルを有するリベルタリアの人類は、地上で暮らした体内エーテルを持たない旧人類よりもやや短命であり、平均的な寿命は旧人類に劣る。が、ここで注目すべきは魔導技術の最たるものである天空都市だ。都市を空に浮かべているエーテルは、都市中央部に設置されている巨大な魔石から各部のユニットに供給されており、都市機能を稼働させている。魔石には各国の王が公務として自らの体内エーテルを定期的に充填しており、これは王が代替わりをしても代々引き継がれる。この行為は、歴代の王の命ないし魂の一部を継続的に同じ器に継ぎ足しているということになり、倫理的、道徳的観点からは各国の王が自らの命を切り売りしているという批判の声もゼロではない。

 さて、エルサレムという都市がリベルタリアには存在する。この都市は宗教的理由によりどの国家にも属しておらず、リベルタリアの決まった航路を一定周期で移動しているため、エルサレムの魔石へのエーテル充填は各国の王達が交代で行っている。故にエルサレムの魔石には複数の王の体内エーテルが充填されており、考えようによっては複数の魂が解け合い、保持されていると言える。
 この仮説はスウィフトのガリバー旅行記に語られるものであるが、複数の考えを有するものを1つの個として再構成することで、調和のとれた思考を持つ存在が確立される。その材料が各国の王のような優れた者たちのものであるのならば、より高い水準の価値基準を有する個が誕生することとなる。それはこの世界全体を見渡し、調和と平和を齎す存在となるだろう。

 これは、リベルタリアに置ける人類の新たなる希望となるだろう。

 古く、分厚い本の序盤のページに書かれた内容を読み返しながら、テイルは赤い色の目を細めた。と、自らの影から這い出してきた大きな黒い犬が首を傾げるようにしてこちらに赤い目を向ける。

「ふふ、途方も無いことを考えるよね。お祖父様も」

 言いながらくすりと笑み、ぱたりと本を閉じると、取り落とすかのようにして手放した。支えを失った本は真っ逆様に落下し、まるで水面に落下させたかのようにして波紋を広げ、テイルの影へと沈んでいった。