雪のような恋だったね
*タイトル:宵闇の祷り様*
*🥜夢小説*
"
——としたいこと"
紙に書かれた文字が、じんわりと滲んでいく。
「わあ
……!」
「おっきい〜! まっしろ〜!」
目の前に広がる銀世界。幼少期から雪とは無縁の地域で過ごしていた、と言っていた彼女は、人生で初めて見る光景に感嘆の声をあげている。
同時に、片腕で抱き上げている弟も目をキラキラと輝かせるものだから、ふたりのシンクロについ笑みが溢れた。
「
……笑わないでよ」
「ふふ、ごめんね。Cashewとおんなじ反応してたからつい
……可愛いなって思ったんだよ」
ニット帽の上から頭を優しく撫でれば、彼女は無言で俯いてしまう。気を悪くしただろうか、と視線を彼女の首元に移せば、髪の隙間から見える細い首筋はほんのり赤く染まっていた。
無意識にそこへ手を伸ばそうとしていたオレを遮るように、Cashewが突然飛び降りて俯いている彼女の手を握る。
「おねえちゃん、はやくいこ! ボク、そりすべりがしたい!」
「わわ、待ってCashewくん!
……Nutsさんは?」
「うーん。おじさん、この歳になってそり遊びは体力的になぁ
……ここでみてるから、Cashewのこと頼んでもいい?」
「もちろん。じゃあ、行ってきます!」
目の前の光景に我慢できなかったのか、グイグイと彼女の腕を引いていくCashewと、歩き慣れない雪の上で時々足がもつれて転びそうになっている彼女。
少しヒヤヒヤしながら、遠ざかっていくふたりの後ろ姿を見送った。
「
——楽しそうでよかった」
遠くからこちらに手を振るふたりに、同じく手を振り返して呟く。オレが立っている場所からそり用コースまではそこそこの距離があるというのに、ふたりの楽しそうな悲鳴が届いてくるのだから驚きだ。
黙ってふたりを見つめていると、ちらちらと雪が降り始めた。寒さは感じない体だが、ニンゲンだった頃の感覚を覚えているからか、寒さが骨身に染みる気がして身震いする。
ただじっと立っていても温かくはならないし、せっかくスキー場まで来たのに何もしないというのも如何なものだろう。しかし、すでに四十を過ぎたこの体では、一度転んだだけでも塵になってしまう気がした。
どうにか老体でも楽しめる遊びはないかと頭を捻り、辺りを見渡して
……遠くの林の中に、見覚えのある赤い実を見つける。
——これだ。
「っと
……」
ふたりに声をかけることもせず、赤い木の実へと駆け寄る。予想通り、それはナナカマドの実であった。近くには落葉した葉もある。すでに枯れてしまっているが、形は保たれているし使えないことはないだろう。思い浮かんだ雪遊びには、この二つが必要不可欠だ。
袖を雪で濡らさぬように腕まくりをし、足元の雪を両手で掬い上げる。力を加えて楕円型に丸め、ナナカマドの実を二つ、葉を二枚くっつければ
——。
「雪うさぎ完成っと。
……パウダースノーだからか、あんまりうまく纏まらないや」
ふたりのところまで運んで見せたいところだが、持ち歩くとモンスターのようにサラサラと崩れてしまいそうなほど、雪うさぎは脆かった。
仕方がないからと木の根元にそっと置く。すると、一匹は寂しいと言わんばかりの雪うさぎの視線。
もちろん、そんなことを思っているはずはないのだけれど。
「
……ひとりは寂しい?」
雪うさぎは何も言わない。けれど、返事の代わりか、耳を模した葉が風で小さく揺れる。そうか、と小さく呟いてもう一度雪を掬って丸めた。先ほどより一回り小さな、家族を作るために。
気づけば、雪うさぎを作り始めてから三十分以上が経過していた。何も声をかけずにここに来てしまったことを思い出して、慌ててそり用コースへと視線を向ける。
——ふたりがいない。
きっと、オレのことを探しているだろう。急いで元の場所へと走れば、そこには眠ってしまったCashewを抱いて辺りを見渡す彼女の姿があった。
気づかれないようにそっと後ろから近づき、雪遊びで冷たくなった手を彼女の頬へと当てれば、大きく跳ねる彼女の体。
「ひゃっ!?」
「
……びっくりした?」
「びっ
……くりしたよ。どこに行ってたの? 頭に雪が積もっちゃってるし、膝も濡れてる」
「ちょっとねぇ。頭の雪、払ってくれる?」
彼女の腕からCashewを引き取り、背を丸めて彼女に頭を出す。そっと伸びてきた柔らかな手が、頭上に積もった雪を優しく払いのけてくれた。
「Cashewくん、よっぽど楽しかったみたいで
……」
「はしゃぎ疲れて寝ちゃったんだね。Cashewを見ててくれてありがとう」
「いいえ。私も一緒に楽しんじゃった」
「そうだ。キミに見せたいものがあるんだった。
……おいで?」
左腕でCashewを抱え、右手を彼女に伸ばす。すると、少し考え込んだ彼女は自身の左手をオレの手に重ねる。少しでも力加減を間違えれば、すぐに折れてしまいそうな華奢な手を恐る恐る握り、先ほどまでいた林に向かって歩き出す。
冷たさも温かさも感じない手のはずなのに、触れ合う指先から温もりが広がっていくような感覚がした。
「どこにいくの?」
「もう少し
……あったあった。これを見せたかったんだ」
「
……雪うさぎ?」
彼女の手を離して、木の根元を指差す。そこには、先ほどオレが作った大中小三匹の雪うさぎ。小さい声で「かわいい」と呟いた彼女は、こちらを見上げる。
「家族みたいに寄り添ってる。
……全部Nutsさんが?」
「
……うん。最初は一匹だけのつもりだったんだけど、ひとりぼっちは寂しいって大きい雪うさぎが言ったんだ」
「ふふ、家族ができてよかったね、雪うさぎさん」
雪うさぎに目線を近づけるようにその場にしゃがみ込んだ彼女が、一番大きな雪うさぎの頭をそっとつつく。
耳を風になびかせ、幸せそうに寄り添う三匹を見てオレはそっと言葉を飲み込んだ。本当は、大きいのがオレで、小さいのはCashew、中くらいはキミなんだと言おうと思っていたのだが、今それを伝えるとまるで「家族になろう」と言っているように思われてしまうかもしれない。
家族みたい、という彼女の言葉に言葉を詰まらせてしまったのは、きっと歳のせいだ。
「せっかくだから連れて帰りたいけど
……」
「雪質がサラサラだったから脆いし、溶けちゃうから無理かなぁ」
「そうだよね
……」
「でも、三匹ずっと一緒にいられるから、寂しくないよ」
横でしゃがみ込んでいた彼女が一つ頷いて立ち上がると、一歩こちらへと近づいた。トン、と彼女の肩が俺の右腕に触れる。
「
……オレたちも、家族になってみる?」
「え?」
「
——いや、えっと」
何を言っているんだ。慌てて右手で口元を押さえてももう遅い。彼女が、大きな目をさらに見張ってオレを見上げた。冗談だ、と言おうと口を開いた時、オレの顔の左側でモゾモゾと動く気配。
「っと、おはようCashew。起こしちゃった?」
「
……ん。おねえちゃ、かぞくになる?」
「えっ!?」
「ちょ、ちょっと待ってCashew、今の聞いて
……」
「ボク、おねえちゃんすきだから、かぞくになるのうれしい。
……にいちゃんも、おねえちゃんのことすきでしょ?」
——しまった。完全に逃げ場を失った。Cashewに悪気も複雑な意図も全くないのはわかるが、思いがけないパスに言葉を濁す。彼女は彼女で、首筋どころか顔全体を真っ赤にしてこちらを呆然と見つめている。もう瞬きすら忘れてしまっているようだ。
オレはもう四十を過ぎていて彼女とは一回り以上も年齢差があるし、オレにとって一番大切なのはCashewで、彼女を最優先で考えてあげられるかもわからない。何より、幼い弟にここまで言われても未だウジウジ悩んでいるような頼りのない大人に「家族になろう」だなんて言われて、彼女は喜ぶのだろうか。
「
……えっと」
「じょ、冗談だよね! わかってる! そっそれにほら、家族って言ったって兄妹とかいろいろ、ある、し
……」
彼女の瞳が、ゆっくりと潤み始める。オレはやっぱり、悪い大人だ。彼女にここまで言わせてしまうなんて。まだまだこれから素敵な相手と出会えるかもしれない彼女を、オレに縛りつけようとするなんて。
「
……オレたちと、家族になってくれる?」
「え
——」
「兄妹じゃなくて、恋人として。ゆくゆくは、奥さんとか」
少しの沈黙の後、彼女が大粒の涙を流しながら頷いたのを見て、その小さな体を右腕でぎゅっと抱き寄せる。
——いつの間にか、弟はまた夢の中へと旅立っていた。
「
——っ」
勢いよく目を開けると、見慣れた天井。ここは、地下にある自宅のリビングだ。時計は午後二時を示している。
肩で呼吸をし、ふと横を見ると弟がオレの顔を覗き込んでいた。ソファで寝てしまっていたことを怒る弟に「次はちゃんとベッドで寝るよ」と伝えて弟を抱き上げた。
何か、とても幸せで、切ない夢を見ていた気がする。思い出せない内容に少しモヤモヤしながら「遊びたい」と腕の中で笑う弟に頷いた。
「じゃあ、雪うさぎでも作ろうか」
雪のような恋だったね
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