弟ができた話
*🥜に弟ができた時のお話*
「あんたに弟ができるのよ」
いつだったか、女はオレにそう言った。息子の面倒も碌に見なかった女が、またホイホイと知らぬ男との間に子供を作ったことがとても腹立たしくて、その言葉に返事もせず家を飛び出したことを覚えている。
いつも仲間と屯している薄暗い高架下で、ただただ壁を蹴り上げた。あんな女が、幼子を育てるなんてできるわけがない。オレの時はなんとかここまで生きることができたが、次もそう上手くいくとは限らないのだ。次は
……次に生まれてくる弟は、すぐに死んでしまうかもしれない。
——そんな考えは、オレの中に一つの結論を導き出した。
明るい髪を黒く染め直し、将来、物心ついた弟が怖がらないように耳や唇についていたピアスを外す。毎日のように入り浸っていた高架下へはパッタリと行かなくなり、つるんでいた奴らとも縁を切った。
誰に何と言われても、どれだけ茶化されようとも、生まれてくる弟のために良い兄であろうと決めた。オレに向けられた周りの視線はとても冷たいものだったが、それでも良い兄でいたかった。
「愛してるよ、可愛いオレの弟」
幼い頃のオレと同じ思いはさせたくない。愛されて愛されて、生まれてきて良かったのだと、この世界は決して辛いことだけではないのだと、そう伝えたい。小さな手でオレの指を握ってくる、柔らかく、愛らしい弟に。
「お前を、守るよ。何があっても、絶対に」
——守ると、決めたんだ。大切な、おと、うとを
……オレ、は。
霞んでいく視界。口に広がる鉄の味、腹部にじんわりと感じる熱。倒れ込んでいるオレの上から降り注ぐのは「裏切り者」という言葉。
こんなところで死んでしまうわけにはいかないのに。家で弟が待っているのに。
ああ、神様。碌でもないと思っていた人生が、弟のおかげで変わったんだ。どれだけ辛くても、苦しくても、弟がいればそれでいいのだと思えたんだ。
弟もいつの間にか五歳になって、これからもっと一緒にできることが増えていくのに。それなのに、オレは
……オレは、弟を置いて死んでしまうのか。
「
——」
弟の名前を呼ぼうとした口からは、血と、掠れた息だけが漏れる。ごめん。ごめんな。守ると誓ったのに。これからもずっと愛し続けようと思っていたのに。
どうか
……どうか、お前だけは。お前だけは生きて、幸せになってくれ。
「君に弟ができるよ」
ある日、男はオレにそう言った。いつもなら、挨拶すらもなく「審判者にならないか」と言ってくる男の笑みに何だか嫌な予感がして、両手に力が入る。
そんなオレには目もくれず、男は別の部屋からひとりのスケルトンを抱えて戻ってきた。
「面影があるかな。
……わかるかい?」
男の言葉に、スケルトンの顔を覗き込む。次の瞬間、鈍器で頭を殴られたかのような衝撃が走った。
すやすやと男の腕の中で眠る新しい弟は、生前あの女が産んだ、大切な弟なのだとすぐに理解する。
どうして。再会できた喜びよりも先に、そんな感情が渦巻いた。何故なら、スケルトンを作り出すためには、ニンゲンの死体が必要だから。
「
……な、なんで」
「この前、弟に会いたいと呟いていただろう?」
不思議そうに首を傾げる男を見て、開いた口が塞がらなかった。
それは、数日前のこと。もちろん、地下でスケルトンとして生きるようになってからもずっと開いたいと思っていたが、その感情を男の前でポロッと口に出してしまったことがあった。
「確かに、会いたいとは言ったけど
……! スケルトンになったってことは、こいつは、地上で
……し、死んで」
「ああ、そうそう。この子を探すのにはとっても苦労したんだ。けれど、君が会いたいと言ったからね。スケルトンにするためには体が綺麗に残っていないといけないから、どうやって死なせるべきか悩んだんだ」
「どうやって、死なせるって
……わざわざ、生きてたこいつを殺したってのか!? ただ、オレが会いたいって言ったからって!」
男から眠っている弟を奪い取り、ぎゅっと腕の中に閉じ込めた。地上で生きていたころより、数倍も軽いその体に涙が止まらない。
「守ってあげたいんだろう? だったら、こうしてそばに置いておいた方がいいじゃないか」
「てめぇ、本気で言ってんのか
……!?」
「この子の新しい名前は“サンズ”だよ。
……今度こそ、守ってあげられるといいね」
「待て、おい!! ガスター!!」
闇に紛れて消えていく弟。オレは、弟とふたり部屋に取り残されてしまった。震える腕で弟を抱きしめ、小さく「ごめん」と呟く。オレが会いたいと願ってしまったばっかりに、地上で頑張って生きていた弟を殺してしまった。
「次は
……次は必ず、お前を守るから。その為なら、どんな手段だって使ってやる。あの男だって利用してやる。だから
……」
「ん、んぅ
……?」
「
——おはよう、サンズ。オレは、お前のお兄ちゃんのパピルスだよ。よろしくね」
腕の中でへにゃっと笑った愛しい弟を、もう一度ぎゅっと抱きしめる。
——次は、失敗したりしない。オレは、そう心に誓った。
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