1章
- そもそも四葉は誰なのか?
多分、架空の癒し手である。彼女は設定の中で一切の外傷記憶を担当せず、他のキャラクターたちが受け持つ苦痛を他人事として認識できる。そのせいか自然にケアラーとして働こうとする。
また、四葉は全てのキャラクターの代表でもある。彼女は黒幕と向き合う主人公として、1章以降の事件を経験しながら精神的に回復・成長する。四葉は他の傷ついたキャラクターの多様な価値観に触れながら絶えず考え続ける。それだけでなく、作者以上に豊かに感情を代弁する。
(しかも、四葉には作者の理想が入っている。四葉は作者と同じような性格をしており、自己投影が起きやすい。そんな四葉から、外傷体験とその後の影響だけが綺麗に取り除かれているということは
……彼女の幸福は、外傷体験さえなければ本来の自分が辿るはずだった未来のつもりかもしれない)
- 白跳は誰なのか?
トラウマの核だと思われる。
白跳は、黒原を守ろうとした結果、自分が釘山を誤って殺害してしまい、学級裁判中に黒原に裏切られてクロになる。
作者は、親友を守ろうとした結果、虐めっ子たちに暴力を振るい、(数年間 虐めを受けたあと) 親友がいつからか自分に対する虐めの主犯になっていたことに気づき、リアル学級裁判で主犯を指摘した。
作者のトラウマの中で虐めは周辺部に過ぎず、核心部分は親友の裏切りである。だから、白跳が信じた人に裏切られたシーンを以てはじめて、DRRV内に外傷体験が完成する。
(白跳の肉体年齢に見合わぬ言動の幼さは、基本的に彼女の発達が緩やかであることを示すものだが、この文脈では外傷体験時の年齢で停止した人格を示すことになる)
- 黒原は誰なのか?
自分に外傷体験を与えた人の人格の再現と思われる。あくまで黒原も作者の心の一部であり、他者の再現体というだけで、リアルの他者ではない。
たとえば被虐待児の解離性同一性障害では、虐待親そっくりの人格が登場し、他の人格を虐待することがある。なぜそんなことになるのかは人それぞれだと思うが、少なくとも言えるのは、相手を覚えているということは、相手の言動を内面化することである。フラッシュバックとは、相手にされたことを、今度は自分が自分自身に何度も何度もすることである。黒原はまさにそんな虐待者の人格であり、虐めっ子本人でないのに虐めっ子を演じる。
(黒原のモチーフは、作者が一度愛し、裏切られた存在でなくてはならない。黒原自身もまた何かを愛した果てに裏切られた人である。)
- 釘山は誰なのか?
正直今んとこよく分からない。ので3つ分かる要素をメモしておく。
まず釘山は、どうでもいい記憶をすぐに忘れる性質を持つ。これ自体はほとんど全ての人間が持つ当たり前の性質であり、釘山の場合はその忘却が過剰に行われていることで問題化している。では、どうでもいい記憶を軒並み忘れたらどうなるかというと、どうでもよくない記憶ばかりが残る。不幸な人生を生きてきた彼女の頭の中には、過去の苦痛の記憶ばかりが保存されており、どうでもいい記憶が一向に蓄積されないため、いつでも直近の出来事のように思い出せてしまう。どうでもよくないことへの恐怖もあって、釘山はどうでもいい時間を何より貴重に思っている。忘れてしまっていいほどささやかなことに安心を見い出し、忘れてしまっていいことを懐かしんでいる。
次、釘山が使うなと必死に警告した思い出しライトは、公式の英訳がflashback lightである。フラッシュバックは「記憶が突然過去に戻ること」を意味し、幅広く使われるが、PTSDの文脈の頻出用語の一つでもある。
そして、釘山の死亡シーンは頭部の損壊が激しい。強烈な体験によって脳が壊れることをちょっと儀式的に示したのかもしれない。
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