河童の皿箱
2024-11-24 22:37:17
8593文字
Public 遊戯王:短め(2024年度)
 

オルペウス/ひとりぼっちのオーケストラ/自鳴琴

ニンギルス(エンリルギルス)とワゴンが駄弁るだけ


 浜辺の砂にくるくるり、妖精の足跡を追いかけて、小さな子供がぱたぱたり。遠く遠くのオーケストリオン、応える雅な音色を聞いて、妖精は踊り、歌う。からから、ころころ、黄金の胴のシリンダーが回っては、口からこぼれる自鳴琴。砂を抉った機械の足跡、泡立つ波がぱちぱち、しゅわしゅわ。そんな愉快を拾い上げて、小さな小さな隊列は、遠くで鳴り響く盛大な、壮大な、厳粛な旋律のもとへ、急げ急げ。

 ふと、先頭を行く妖精は立ち止った。ぼんやり顔の能楽師が「どうしたの?」と尋ねれば、妖精は閉じたような目をちらっと向けて、指先をもじもじ。もしかして、と顔を見合わす3人の能楽師たち。けれどふふふと微笑んで、妖精の背をトンと押しては、ぐいぐい引っ張る。「ほらほら、行きましょう!」、にっこり顔が妖精を励ますけれど、妖精はやっぱり、もじもじ、もじもじ。そうしている間に、目的地の旋律は、ぴたりと止まった。
 「どうしたんだろう?」、勇まし顔がじぃっと大岩へと目を向けると、何やら話している男2人。妖精の主たる騎士と、能楽師の連れたる雅楽師が、あれほど夢中になって没頭していた音を止めて、見るにどうにも困り顔。「先、行ってる」と勇まし顔と妖精を残して、2人は風に振袖をはためかせ、走っていった。けれども、妖精はもじもじするばかり。声の代わりに音色をもつ妖精の言葉は、ぼんやり顔なら理解できると思うのにと、勇まし顔は肩を落とした。
 「ねえ、こんなに素敵な歌声なのに、その。聞かせたくない?」、なんて。ちょっと意地悪だったかなと勇まし顔があとで思っても、妖精は首を横に振った。やはり、ほんの少しの勇気が足りないのか、どうなのか。「とりあえず、行こう」。勇まし顔がまた妖精の手を引けば、今度こそ、妖精は前を見て歩き始める。しゃくしゃく、さくさく。波が寄せては、しゅわしゅわり。泡がはじけて、ぱちぱちぱち。のんびり歩く間にも、海辺を支配していたのは、波と風の音だけ。

 ようやくたどり着いた大岩に、立つ騎士、対する雅楽師と、その話を聞いていた能楽師たち。「軽快な音楽がわからないんだって」。「機械たちにインポートしている楽譜だと、思ったような曲がないんですって」。なるほど、だから演奏が止まっていたのかと、合点のいった勇まし顔と、やはり未だ決心のつかぬ様子の妖精。「すまないな。遺っていた楽譜は多分、傑作ぞろいなんだろう。どれも素晴らしいものなのだが、どれも……軽快とは言えない」、「いえいえ、気持ちは痛いほどわかりますよ。遺らなかった旋律は、いったいどんなものだったのだろうと」。騎士の引きつれるオーケストラの楽器ロボット、雅楽師の扱う雅楽の楽器たち。静寂の中で、今か今かと待ってはいるが、どうにも方向性が定まらず。
 「ね。さっきの歌、もう1回聞かせてほしいな」。勇まし顔がもう一度、妖精にリクエスト。指先をへそのあたりでもじもじさせたが、騎士のほうをじぃっと見ては、胴のシリンダーを回し始めた。

 からりんからりん、ころころりん。妖精は与えられた声で、軽快に歌い始める。口から零れるその旋律に、騎士はハッと目を見張った。「お前、その曲……」。雅楽師はその祭りを思わせる音色に、「あぁ、これは」、と。ふぅ、と息を吐き、微笑んだ騎士が、再び指揮の手を楽器たちに見せた。
 からからころりん、からころりん。妖精はまた、ステップを踏む。能楽師たちが、その足跡を追っては、着物の袖をひらり、ひらり。騎士が旋律をとらえて指揮をとれば、軽妙ながらも壮大で、雅楽師がさらに乗れば、ぴぃひゃら、ひゅるり。

 それは決して、楽器たちを作り上げた騎士の目指した、完全な音楽ではなかった。妖精の黄金の歌声を、騎士がたどたどしく追って、雅楽師が好き勝手に彩っては、能楽師たちもまた思うがままに。けれどそれは、決して不完全な音楽などではなく。騎士の瞼の裏にあったのは、世界の片隅、森の奥。小さな村の、ある日の出来事。すっかりすり切れた指先と、痛みを訴える指で押さえた弦。悪戦苦闘の末にみた、友と妹の喜ぶ姿。

 あの日、生きた日の、小さな日常の音色だった。