ぷの
2024-11-22 11:07:41
10628文字
Public レイチュリ ※ベ限
 

今日はなんの日

日付小話まとめ。
P1 - 11月11日 ポッキーの日
P2 - 11月22日 いい夫婦の日
P3 - 3月14日 ホワイトデー(2025/3/14追加)
P4 - 5月10日 メイドの日(2025/5/12追加)

【5月10日】

「なぜこんな格好を」
「今から行くのはそういう趣味の集まりらしいよ。君と僕の衣装は逆でもよかったんだけど」
「やめろ、余計頭が痛くなる」
 控え室代わりに押さえたホテルの一室で、アベンチュリンとレイシオは用意された衣装に着替えた。
 レイシオは質のよいスーツ姿だ。といっても、彼の私物には劣る。コンセプトは父の代でお金持ちになった商家の若君である。仕事のために着飾りはするが贅沢が板についておらず、自分なりのお洒落や冒険はまだできずに型通り。
 一方、アベンチュリンはレイシオの前でくるりとターンして、黒のワンピースとその上に着た白いエプロンをふわりと翻した。重たい見た目の生地はさほど膨らまず、清楚で貞淑だ。詰襟、体型に沿ったシルエットの上半身、丈の長いスカート。エプロンは控えめな形ながら細かな刺繍が施された上等なもの。髪を纏めてエプロンと同系統のデザインのキャップに収めている。羽振りのいい裕福な家のクラシカルなメイド姿である。
「なかなか似合ってると思わない?」
「口を開かなければ完璧だろう」
 あれ、認めた……わけじゃないな、ろくに見もせずに雑に返事しただけだ。レイシオは俯いて、野暮ったい柄のネクタイをどう結んだものかと形を作ってみては崩している。アベンチュリンはその手をぺっぺっと追い払ってシルクに指を滑らせた。
 本当にひどいな、この柄。アベンチュリンが着けたら、親のネクタイを借りてプロムに参加する学生にしかならない。衣装を用意した人間はいくらレイシオでも着こなせないと思っていただろう。ところが残念、なんとかなっちゃう嫌味な男なんだな。一周回って洒落た雰囲気にならないよう、野暮ったさを殺さない結び方を考えてるくらいだ。なんならヘタクソに結んだって、これが今の流行りなんですね、なんて言われそう。
「私にお任せください、坊っちゃん」
「主を子ども扱いか」
「うるさいご主人様だなあ」
 大剣を片手で握るように押さえ、くるくると根本を可愛がるように小剣を巻きつける。レイシオは姿見越しにアベンチュリンの手元を見ている。小ぶりな結び目に通してキュッと締め上げると、もういいと手を重ねて押さえられた。レイシオの手に指を絡め、結び目から下に垂れた部分をゆっくり仲良くしごき下ろす。先から数センチ手前で止めて、数度やわやわと揉むように握った。
 上目遣いで微笑む。いつのまにか鏡越しではなく直にこちらを見下ろしていたレイシオと目が合う。体を寄せようとしたら、半歩下がって逃げられた。
「ふふ、ご立派ですよ」
「離せ、皺になる」
 手の中から剣先を引き抜かれた瞬間に「やぁん」と上擦った声を出したら、額を指で弾かれた。暴力はんたーい。
 今後の打ち合わせをして、いくつか合図を決めた。この部屋から出たら、作戦が終わるまでアベンチュリンは一言も話さない。そういう設定だからだ。メイドは若様の従順なお人形。基本は無表情、主人を見る時だけしとやかに微笑み、片時も側を離れない。
「軽く練習しようか」
 すっと表情を消して、かかとを揃え、体の前で両手を組んで立つ。姿見に映る姿をチェックして、よしよしと内心で自分を褒める。呼吸を浅くあまり胸が上下しないように押さえると、昔を思い出した。「動くな」の一言で食事も睡眠も取り上げられ、ピクリとでも動けば暴力にさらされる緊張感。焦点を遠くに置き、瞬きすら相手の目を盗んでした。
 鏡の中のレイシオと目が合って、頭から爪先までチェックされる。再び目が合ったレイシオは、痛ましいものを見るように目を細めた。何かを察したようだけど、大丈夫、アベンチュリンの頭の中を覗き見たわけじゃない。お育ちのいいレイシオが想像しているのは、現実よりずっと優しい世界だ。それでも彼には耐えられない。繊細で柔らかい、アベンチュリンのご主人様。
 さっき弾いた額に詫びるように触れた指が、こちらを見ろと合図する。顔を上げて、まっすぐにレイシオを見る。人肌より少し温かいくらいで微笑んでみせた。余計なことで心を痛める必要はないんだよ。君のメイドは今はこの通り、命を脅かされない安全なところにいる。
「完璧だな」
 レイシオの手がアベンチュリンの腰を押さえて半歩引き寄せた。
「だが、間違えている。やり直しだ、目を閉じろ」
 なにを言ってるのやら、決められた通りのはずだ。けれど不満は表に出さずに飲み込んで従う。従順なお人形なので。
 エプロンの紐を結び目から辿って前に流れてきた手が肩紐とワンピースの間に忍び込み、腹から肩に向かって撫で上げる。お気に入りのメイドに手を出して隠す気がない放蕩息子そのものだ。えー、そういう方向? てっきり遊び慣れてない父親譲りの仕事人間かと思ってた。それならネクタイを結び直さなきゃ。自分に自信がある勘違い野郎路線に変更だ。でも見た目が良すぎて勘違いにならないんだよな……本当に嫌味だよ、まったく。
 さて、この坊っちゃんとメイドは遊びだけの関係がいいのか、それとも身分違いの恋をお望みか。悪いけど、設定だとしても、前者はレイシオには向いてないだろう。いたずらは続かずに、緊張をほぐすように二の腕を撫で下ろされた。ほらね。
「目を開けろ」
 アベンチュリンはゆっくりと瞼を持ち上げて、うっとりと夢見るように微笑んだ。レイシオが眉をひそめる。あはは、リアルだね。遊びのつもりが本気になりそうな純情なお坊ちゃんを手玉にとる悪いメイドはいかが?
「はあ……。まあいい、好きにしろ」
 やれやれと首を振るレイシオのネクタイを引いて、爪先立ちで顎の下にキスをした。好きにしました、ご主人様。結び直しはしないけど、少しだけ曲げてやった。人のエプロンを乱した仕返しだ。レイシオは不本意そうだけど、時間切れである。練習とブラッシュアップはおしまい。
「行こう」
 背中に手を当てて先を歩けと促される。ドアを開けようと伸ばした手を掴まれて、後ろから抱き込まれた。踵が浮いて、お尻に硬い感触が当たる。馬鹿な頭が一瞬勘違いして、背筋をざあっと痺れが駆け抜けた。忘れたのか、スカートの下に仕込んだ武器だよ。楽しいからって役に入り込みすぎだ、愚鈍。
 レイシオは小さなリップ音を立ててアベンチュリンの左耳にキスをして、抱き上げた体を解放した。地に足が着いても、ドアは開けられない。鏡を見なくてもわかるほど顔が火照ったままでは。
 いつもの物とは違う小さなピアス、盗聴器になってるって説明したはずなんだけどな。後ろから忍び笑いの気配がする。ダメだ、ここには愚鈍しかいない。今頃別室で、モニターしている部下たちが呆れていることだろう。