ぷの
2024-11-22 11:07:41
10628文字
Public レイチュリ ※ベ限
 

今日はなんの日

日付小話まとめ。
P1 - 11月11日 ポッキーの日
P2 - 11月22日 いい夫婦の日
P3 - 3月14日 ホワイトデー(2025/3/14追加)
P4 - 5月10日 メイドの日(2025/5/12追加)

【11月22日】

「いい夫婦の日?」
「はい。故郷では今日がそうなんです。ただの語呂合わせなんですけど、歴史は古くて」
 いろんなお店でパートナー割引サービスがあったり、残業しないことが推奨されてたりするんですよ。アベンチュリンのデスクまで報告書を提出しにきた部下の顔に、今日は早退したいと大書きしてある。普段通りの顔を繕ってはいるものの、纏う空気に悲壮感が漂っている。
「君のパートナーは記念日を大切にするタイプかい」
「お察しの通りです。今朝、釘を刺されてしまって……昼休みに今夜のディナーの予約を死にものぐるいで取ります」
 雑談の間に報告書を斜め読みしてOKを出し、アベンチュリンは目の前の部下の今日これからの予定に半休を入れて承認まで終えた。彼女の端末に通知が行ったはずだけれど、上司を前にして反応したりはしない。
「そういう日にどんなお店に行くのか、参考までに教えてくれないかな。うちは記念日を外で祝ったことがなくて」
「教授は総監のご希望ならどこでも合わせてくださるでしょう」
「そう。いつも僕の希望で家だから、たまには趣向を変えてマンネリ打破をね」
「お二人からはずいぶんと縁遠そうな言葉ですけど」
 言外の含みには気づかなかったことにして流した。仕事に私情を持ち込みがちなのはアベンチュリンではなくレイシオである。からかうのも咎めるのも直接そっちにどうぞ。
 会話しながら端末を操作して、指折り挙げられた店を検索するふりで最初の店の席を確保した。休前日の記念日だろうと、アベンチュリンが予約を取ろうとして振られることはない。
 上司が端末を見ている間ならと自分の端末を確認した彼女の顔に、今度はしまったと大書きされた。休暇に続いて店の予約完了の通知も届いたことだろう。
「総監、申し訳ありません。そういうつもりでは」
「締め切りの短い報告書を徹夜で仕上げてくれた優秀な部下を労わないとね。福利厚生だと思ってくれたらいいよ。たまには僕の下で良かったと実感してもらわなきゃ」
「ありがとうございます。ホワイトな職場で感激です」
「そうそう、その調子」
 前日の出張は未明に及び、オフィスに戻ってから提出するまで帰れない報告書を作っていたのだ。皮肉のひとつも出なければ逆に心配だ。まったく、アベンチュリンの下は不満は口だけの仕事大好き人間ばかりで困ったものである。誰の影響だろうか。
 お疲れさまと手を振ると、律儀な部下はお先に失礼しますと軽く一礼して足早に去っていった。


 夕方、技術開発部のレイシオの部屋に顔を出した。今日は午後からこっちにいると聞いている。午前中は大学で教鞭をとり、移動しながら仮眠をとって、これから朝まで実験の予定だ。今晩のレイシオは家に帰って来ない。
「僕は今から帰るけど、何かお使いはあるかい?」
「ない。君はゆっくり休め」
 昨日まではアベンチュリンが出張に出ていて、戻ってからオフィスに缶詰めになっていた。その数日間食事も睡眠も疎かにしただろうと細めた目が見透かしてくる。ごまかしても仕方ないので、にっこり笑ってお礼を言った。
「ありがとう。家に帰ったら栄養たっぷりの食事とふかふかのベッドが待ってるんだよね、知ってる」
「湯船に浸かるのはたっぷり寝てからにしろ」
「ハイハイ、溺れたり風邪ひいたりしないから安心して」
 生のレイシオに会うのは久しぶりだというのに、交わす会話はいつもと変わらない。もう、たった数日でどうなる関係ではない。場所が職場というのは嘆かわしいけれど。
「あ、そうだ、今日はいい夫婦の日なんだって。知ってた?」
「僕もさきほど知った」
 アベンチュリンと結婚したことが知られているとはいえ、レイシオとそんな話をする相手がいることに驚きである。記念日を気にするタイプには見えないだろう。縁起を担がないし、ジンクスも気にしない。アベンチュリンの幸運だって当てにしないのだから。だからといって、人が信じるそれを蔑ろにする人ではない。
 デスクに置かれていたギフトボックスを手渡された。すでに開封済みだ。
「これ、どうしたの?」
「君の部下が届けに来た。今夜の礼だと」
 箱を開けると、生花で手作りした小さな揃いのコサージュが一組入っていた。短時間で手作りを用意して持ってくるなんて、世の中には器用な人がいるものだ。
 これをアベンチュリンのところに直接持ってくるのではなくレイシオに渡しておくあたり、上司をよくわかっている。アベンチュリンならこれから仕事の相手に遠慮して黙っておき、帰宅してから眺めるのがせいぜいだっただろう。
 レイシオは箱から片方を取り上げて、アベンチュリンの胸に差した。ブルーデイジーが一輪、緑の葉に支えられて正面を見上げる。アベンチュリンがレイシオを見上げるように。そしてレイシオは、もう片方を白衣の胸ポケットの内側に収めた。せめてもの型崩れ防止にペンとクリップを差して。
「実験の邪魔にならない?」
「もちろん」
 己の胸元を見下ろしてふわりと微笑むパートナーに、アベンチュリンはむずむずする口元をすぼめた。
「君は案外ロマンチストだよね」
「そのくらいでちょうどいいだろう、君は案外リアリストだから」
 それじゃ、また明日。素早くいってらっしゃいのキスを交わし、二人は外向きの顔を作り直して別れた。場所が場所じゃなければ、いってらっしゃいより少し濃いおかえりのキスもできたのに。
 しかたない、同じ気持ちを胸に差して、今日はおとなしく帰るとしよう。