しろくまたたくはくしゅんさん
2024-11-17 20:09:00
14159文字
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Read【ヌヴィフリ】

Dearの続きです。
PDF版ができたら支部にもあげる



「──レッ──、ま……ヌヴィレット様?」
 は、と息を吸い込む。
 ここは執務室だ。窓から差し込む闇から、終業時刻はとうに過ぎているとわかる。
「セド、ナ?」
「はい。私です。居眠りをされるなんて珍しい……お疲れのようですし、今日はもうお休みになってください」
 ぽふ、ぽふん、と机の向こうからセドナがやって来た。
「そちらはお手紙ですか?」
「、ああ…………
 視線を机に戻す。封筒を見て、めまいと耳鳴りに襲われる。手元の手紙が何枚にも分かれて見え、やがてひとつになった。
「確かに、疲れているのかもしれないな」
「やっぱり! そちらを読み終わったら、すぐに休んでくださいね!」
 了承し、セドナの頭を撫でる。ぽぽん、ぽぷん、と去っていく足音を聞きながら、私は執務室を見渡した。
 懐かしい雰囲気だ、と感じた。ただ理由もわからずそう思ったのだ。疲労感はある。審判を終え、こうして机に向かって書類を捌いていた。窓の外では雨が降っているが、これはわざとである。彼女もこの雨の中では長くは待たないだろう。────彼女?
 手に持っていた封筒はすでに、封が開いている。中身を取り出し、広げた。
 『親愛なるヌヴィレット』────その書き出しに、またもや既視感を覚える。何度も見てきた書体が重なり、乱れ、そして、またひとつに戻っていく。ヒトは老いると目のかすみに悩まされるというが、まさかこの症状がそうなのであろうか?
 首を振り、そして、短いメッセージを読むと席を立ち、駆けだす。引いた椅子を元に戻さず、セドナから駆けられた声に耳も傾けず、パレ・メルモニアの扉を開く。時間は夜。冷たい雨が降っていた。駆けだしてから一度も止めていなかった足が止まる。濡れることを躊躇した訳ではない。この冷たい雨の中、彼女がまだいるのか不安と焦燥を覚えたのだ。
 外に飛び出し、裏手へと走った。暗い雨の降る中、数名の警備が目を見開き、私の名を呼んだ。手で制し何かあったわけではないことだけを伝え、階段を上り、裏手の山や湖が見える場所へ────その姿をとらえると堪え切れず叫んだ。
「フリーナ!」
 驚いたように細い肩を跳ねさせ、そして振り返る彼女の姿。久しぶりだ、と頭の片隅で思った。いや、彼女とは二週間前、道端で会い軽く挨拶を交わしたはずだ。だが、とても。とても久しく感じた。走っている足音が遠くに聞こえ、彼女までの距離がどこまでもあるように思えた。
「────ヌヴィレット?」
 寒さに震え、か細い声。呼吸を整えると、すぐに上着を脱ぎ、彼女にかぶせた。どこかの誰かが息を呑み、去っていく足音を聞きつつも腕を伸ばし彼女を腕の中に納める。
「え、? っええ?? ヌヴィレット……?」
 小さい。神の座を去り時が進み始めた彼女の体はいくらか成長したが、腕に納めればこんなにも小さいのだ。混乱している彼女はしばらくもぞもぞとしていたが、納まりの良いところを見つけると動かなくなった。
「会いたかった」
 不安や焦燥感がほどけ、安堵の気持ちが行き渡ると、その言葉が出た。そうだ、私は君に会いたかった。ずっとずっと、ひとりさ迷い歩いた徒労感が今ようやく報われたのだ、と。
「ど、どうしたのさヌヴィレット! 変なモノでも飲んだのかい⁉」
 温まったのか、フリーナの声に元気と張りが戻る。構わず抱きしめ続け、彼女の存在を感じた。なぜこんなにも恋しがっているのか己でもわからないが。ずっと、こうしたかったのだという欲求があり、こうして叶えれば鎮まると思っていたが、あとからあとから欲求が湧いてくるのでなかなか離せない。
「こんな雨の中、どうして待っていたのだ」
「キミがわざと降らせているのに、帰る理由があるのかい?」
 そうとわかっているのであれば、罰の悪い顔を見せざるを得ない。少し離れ、手に元素力を籠め集約させ、握りつぶせば雨が止んだ。ついでに、彼女を濡らしていた水滴もすべて拭い去る。
……ありがとう」
 体が乾いたものの、寒さはまだ残っているのだろう。くしゅん、とフリーナが可愛らしいくしゃみをひとつ。抱きしめようとすれば、手のひらを前に出され拒否される。
「すまない、待たせてしまった」
「雨まで降らせて僕を帰らせようとしていたのに、一体どういう心の変化があったのさ?」
 怒っていいものを、彼女は慈悲深くも私に理由を尋ねた。
「────……夢を、見たから」
 君が私ではない誰かと連れ添い、子どもが生まれ、幸せに過ごし、一生を終える────はっきりとは思い出せないが、そのような夢だ。不安や焦燥感を煽られるまま、こうして手紙に書かれた待ち合わせ場所に走ってやって来た。
何故だろう。彼女からの手紙の受け取り内容を読み、私は待ち合わせ場所に行かないと決めたはずだ。人をやりそう伝え、それでも去ろうとしない彼女を帰らせるために雨を降らせた。だがしかし、今はこうして彼女と顔を合わせている。
考えが百八十度変わった私を見て、フリーナは肩を揺らし、くすくすと笑った後、「それじゃあ、夢に感謝しないとだ」とずれた背広の裾を内側に寄せ直す。
「あのね、ヌヴィレット。僕が今日ここにキミを呼んだ理由は──……告白をしたかったからなんだ」
 顔がやや伏せられる。血色の戻ってきた頬の赤みにまつ毛の陰が重なった。
「最近僕のことを避けていただろう? だから、こうやって呼び出して、はっきり気持ちを伝えようと思って────コホン、!」
 色違いの水の瞳がこちらへ向けられる。
「大好きだよ、ヌヴィレット」
 まっすぐに飛び込んできた気持ちに貫かれるように、膝から崩れ落ちる。フリーナが私に好意を寄せていることは知っていた。しかし、私では彼女を幸せにできない。ヒトとヒトの営みに混じる事はできぬと。そう考え、会わないことを決めたのだ。
だが今は違う。
夢の中の自分を膝蹴り捨て置き、己の心に真を問うてみれば答えはそこにあった。目の前にある彼女の手の甲を恭しく手に取り、急に崩れ落ちた私を見て驚くフリーナの丸い瞳を見上げ、告げる。
「私もだ。愛している──結婚してほしい」
 彼女の二つの雫がせわしなく動き、回り、渦となる。
「あ、あれ??? あ、愛……? な、なんて言ったんだい、今……?」
 予想通りの答えが得られなかったためか、彼女は聞こえた言葉を疑う。
「私は君を愛している。結婚して欲しい。いや、その前に恋仲になるべきか……?」
「ひえ、っ」
フリーナが慌てた様子で離れようとするので、彼女の手首まで指を伸ばし、防止を図った。
「う、うう、嘘、うそだッ! 公平無私なキミが、僕に求婚するなんて!? そういえばさっきも僕に抱き着いてきたし、キミ、今日なんだか様子がおかしいよ!」
「それは、君のことが愛おしくて恋しくなってついそうしてしまった。不快だったのならすまない」
「嫌じゃない! びっくりはしたけれど! あっ、せ、政略結婚──きっとそうだ! 僕と結婚することでキミになにかしらのメリットがあるんだ、そうだろう!?」
 彼女の想像力の高さと自己否定の深さは一種の呪いだ。
「そうだな。愛する者と住まいや寝食を共にし、毎日愛を囁けるという素晴らしいメリットがある」
「う、うゔ~~~!??」
 彼女の頬が健康的な範疇を超え、耳まで真っ赤に染まった。気持ちが容量からあふれ出すとそうなるというが、そうさせたのが私なのだということに優越感を覚える。
「フリーナ」
 彼女の手の甲に口づける。肌に唇を寄せることなど初めての経験だった。だが、これが毎日になるのだという希望が、私の心を躍らせる。
「嘘偽りなく、私は君のことを愛している」
 改めて告げれば、彼女の瞳はようやく私の顔を見た。ほほ笑みかければ色が滲み、ようやくふにゃりと笑う。
……うん…………
 腕を広げれば、ゆっくりと彼女の体が傾く。下から抱き留め、互いの頬を擦り合った。幸福に浸り、晴れ渡ってきた空の星のひとつひとつに感謝するほどには、舞い上がっていた。
彼女の瞳からこぼれた雫をなぞるように口づけ、それから見つめ合って、愛する気持ちを込めて彼女の名を囁いた。きっと、彼女の耳にしか届かなかっただろう。
 はじめての口づけは、もっとも甘美な水の味がした。



 「冷えた体をすぐに温めなくては」「大丈夫だよ──くしゅん!」「それ見たことか、今日は遅いし風呂に入りそのまま泊っていくといい」とパレ・メルモニアへフリーナをエスコートする最中、ふと思考がこんな答えを出した。
「私と結婚するメリットだが、もう一つあった」
「そんなイジワル言わなくても、もうわかってるよヌヴィレットの気持ちは。ちなみに、どんなものだい?」
「毎日顔を合わせるのだから、手紙を何百通と書かなくてもいい」
 フリーナは「手紙?」と呆けてから、「ふふ、ふふふ。なんで手紙なんだい?」と笑った。私もなぜこれが彼女にとって有益だと考えたのかわからないが、彼女に伝えておかなくてはと思ったのだ。
「でもちょっと待って、今回一番のお手柄はこの子なんだから」
上着のポケットから今日の呼び出しの手紙を見つける。彼女は「ありがとう」とつぶやき、今後もう二度と使われることのない『親愛なるヌヴィレット』の書き出しをなぞった。



おわり