科学者は、フォークの使い方を知る

pixiv再掲
石化前の二人が色々あってくっつく話。本能と理性の間で揺れるゼノと、じわじわ相手にわからせたいスタンリーの話です。すれ違いからのハッピーエンド。少女漫画みたいな話。
家の設定、宇宙センターの構造など全部捏造で書きました。ご容赦ください。
ケーキバースの話ですが、設定自体がふわっとしていますし、カニバはありません。
必ず一ページ目の注意書きをご覧ください。
ゼノの結婚の話、そして少しですが名前入りのモブが出てきます。ご注意ください。



(ゼノ)

 どんな甘いものを食べても、君の指先から感じた味には敵わなかった。
 どんな美味しいものを食べても、スタンがくれたガムを口にいれるとき、ほんのわずかに君の指を舌で舐めとってしまったときの、あの感動には敵わなかった。
 そのとき、僕は初めて自分がフォークだと知る。そして常に飢えたようにスタンを求めていて、とたんに世界がぐらぐら揺れ動いた。
 三食のきちんとした食事を摂る。適度な運動をする。研究で忙しいときでもなるべく休むようにする。ホルモンや自律神経の昂りには、規則正しい生活を送るしかない。そう考えて食事も、運動も、程よく万全に整えていた。
 けれど、肝心の眠りが訪れない。眠ろうとすれば、君のことを思い出す。あの味がもう一度欲しい、と、喉が渇いて飢えをうったえる。
 君を少しずつ遠ざけたくて、ガムをもらうときは手で受け取るようにしていた。一人分体を空けて座るようになったし、他の友人と交流を持ってみたりもしたよ。けれどどれも……スタンのそばにいられる幸福感を思うと、無駄な抵抗だった。
 君に直接に言ってみたらいいんじゃないだろうか。と考えたこともある。
 これは名案だ! というように、僕の頭には電球が灯る。LEDライトもびっくりの明るさで、だ。でも──恋愛とこの性の取り扱いについて、あまりにも無知である僕は、君になんと伝えたらいいのか、てんでわからなかった。
 だって僕は、君の味が好きなのであって、君自身を好きだと言うにはあまりにも……その、言葉が足りないし、言い表せない。それにどうしても、フォーク性の話は切っても切れなくなる。心から君を思っているのに、反面、俗物的にも君を求めているなんて知られたくなかったんだ。
 第一、僕だって、もしもフォークの本能というものがずっと続くのなら、他のケーキが現れて、そっちの方が良かったらスタンのことをおざなりにするのか? そんなことは絶対にできない。
 とにかく、科学以外はてんで人生の経験値の少ない僕は、この解決方法を見つけられないまま悶々としていた。
 そして、君が海兵隊のいち軍人として初めて戦地へ赴いた帰り──そう、あの日。今みたいな季節のころだったね。
 君は僕の家のソファで、今日みたいに、眠りながらそっと涙を流していた。もちろん、さめざめと泣いているわけじゃない。静かに、ほんのわずかに、だ。
 あの戦地はとても過酷だった、と話していただろう? いつも落ち着いている君でも、心のどこかが さいなまれたのかもしれない。タバコの吸い方も、いつもよりぐっと深かった。肺全体を煙で覆って、きれいな空気なんて似合わない、とでも言いたげだった……む、気づいていなかったのか?
 君はとても苦しそうだった。だから真っ先に僕の家に転がりこんできた。違うかい? 信頼されていて、すごく嬉しかったよ。
 でも残念ながら、相手はこの僕だ。とても、人を慰めるなんて高等な真似はできない。下手くそだ。君以外の人間には、何ならうわべでしか返事をしないこともある。
 だから、せめて君がどうすれば安らぐだろう、と自分なりに懸命に考えた。
 涙を食べるようになったのは、最初は、その……そういう、始まりだったんだ。初めて触れた君の涙は、あまりに悲しい味をしていた。甘い、けれど、穏やかな君との触れ合いのときに感じたような、柔らかい味じゃない。
 それがわかれば、あと僕にできることは好きなスナックを一緒に食べたり、映画を借りたり、君が少しでも和らぐようなことをした。おお、君に「世話焼き女房」と言われ始めたのは、このくらいのころだったかな。
 君が泣かずに寝ていたときは、たしかに飢えはしていたけれど、本当に良かったと思っていた。フォークの本能は、君の涙を求めていて、僕の理性は、君の涙を求めていないんだ。すごい矛盾だろう?
 だからスタン、僕は、君のことがきっと好きだ。でもフォークとして、ケーキの君を求めているというのも事実だ。軽蔑するなら軽蔑するで、構わ
「ゼノ、よーくわかった、ステイ、ステイだ」
 ──僕はハッとして顔を上げる。目の前に大きな手があって、それがスタンのだとわかる。わずかなタバコの匂いがした。
 まるでいつも僕が研究の様子を興奮してしゃべるのを防ぐように、待て、を告げたスタンの顔は、手で阻まれてよく見えない。
「スタン、その」
「もうしゃべんなよ……理解したから」
 どうやら僕のモヤモヤとわだかまった気持ちは何とか伝えられたらしい。自分の感情を発露するというものは、整理が難しいし慣れないものだが、吐き出してしまえば妙に頭が冴えた。まるで窓を開け放ったときのようだ。
 しかし。
「何? 今の、すっげえ殺し文句の連続……
 スタンがそう言うのを聞いて、僕は眉をひそめた。殺し? 文句?
「そんなに、ひどかったか?」
「ひどくねえよ、むしろサイコー」
 食い気味に僕に最高だと伝えてくれる幼馴染は、ようやく手を下ろして顔を見せてくれた。
「おお、スタン、顔が赤い」
「そういうのは言わないのがやさしさってやつだぜ、先生」
「す、すまない。どうも僕は人の機微にうとくて」
「いーよ、うといまんまでいて。ゼノらしいから」
 赤い顔をしたままケラケラ嬉しそうに笑う彼は、もう毛布をはぎ取っていた。僕もずっとしゃべり続けていたから、少し体温が上昇している。
「俺、ゼノが結婚するって聞いたから、もう意中のケーキを見つけたんだと思っててさ」
「結婚?」
「んー、俺の勘違い。あ、でも、意中のケーキを見つけてた、ってとこは真実か」
 結婚、結婚。思い出すだけでも眉間にシワが寄る。あのうとましい政略結婚という噂が、このスタンの耳にも入っていたなんて。
「怖い顔になってんよ、ゼノ先生……さて、ところで、」
 スタンは大きく伸びをして、しなやかに僕に近づいた。思ったより近い距離に、僕はゴクリと喉を鳴らす。今になってフォークの本能が腹の底から、少しずつ少しずつ湧いてきた。
「涙だけで足りんの?」
 彼よりも低く褒められたものではない鼻に、彼の鼻がくっついてまつ毛が当たる。くすぐったい毛の感触に、背筋がゾワゾワした。スタンとこんな距離で会話をするのは小さいころ以来かもしれない。腹から胸、胸から喉へ、せり上がっていく感情はもう少しで口をついて出そうになる。
 ──「食べたい」と。
「スタン、ぁ……き、気持ちわる、く、ないのか……?」
 嫌だろう? と再度なけなしの脅しをかけるけれど、この幼馴染に効くはずもなく、鼻で笑われた。
「思うわけないじゃん」
 だってそうでしょ? と耳に息を吹きかけられて、さすがに恋愛経験のない僕でも、迫られているなんてことはすぐにわかる。
 ……世の女性たちは、こんな風にスタンに口説かれていたのかな。そう後でスタンに言うと「んなのやったことねえし、ゼノにしかしたくねえ」と言われ、ひざに力が入らなくなる日が来るのだが。
 耳をなぞり、首にすり寄り、彼はどんどん僕を追い込む。もう、顔から火が出そうだ。
「俺を避けてみたりしてたんね」
……ん、っ……
「でも本能も理性も、俺のこと求めてんじゃん」
……スタン、恥ずかしいから、やめてくれ」
「嬉しいんよ、あんたのケーキになれて。だから、やめない」
「君、ってやつは」
「つーか、俺がケーキ? はは、いいね」
 ぐりぐり肩に頭をこすりつけて、スタンはとうとう僕を力強く抱きしめた。軍に入ってから体つきが変わってしっかりした筋肉のついているスタンは、同じ身長のはずなのに僕の貧弱な体をまるごと覆えそうだ。
「さっき寝てたときも、俺、泣いてた?」
……あ、ああ」
「食べたの、涙」
「う……わ、悪いとは思っているよ」
「ふは、じゃ、もうなしね。泣いてたらキスで起こして」
 ま、当分もう泣くことねえだろうけど。とスタンは何度もキスの合間に言葉を挟みながら、つぶやく。僕は安堵に包まれた。
 幼馴染の泣く姿を見ることはなくなる、そして僕はキスやハグができる。嬉しくて、今ならあまり得意ではないダンスステップが踏めそうな気がした。多分踊ったらスタンに笑われて終わりそうだが。いやもしかしたら、一緒に踊ってくれるかも。
 その日のスタンのキスは、初めて彼の味を知ったときと同じ、甘い味がした。舌先が痺れるように、歓喜する。やっぱりこれには、何も敵わないな、と焼ききれそうな頭の片隅で思った。
 もうあの瓶入りの飴を、舐めることはない。

 ◇

 ハウスキーパーのハンナの掃除はいつも完璧だ。僕の家を、父母がいたときからきちんと丁寧に整えてくれる。僕が自分で片付けをしたときは、ハンナのように、と思いながらやっている。
 目の前に広げられたクッキーもまた、四角四面に丁寧なかたちだった。
「どういう風の吹きまわしですか? ゼノ様がクッキーを食べたい、だなんて」
「はは、たまにはね」
 僕の研究がひとしきり目処がたって、部屋を控えめにノックするハンナに紅茶を頼み、運んでもらった紅茶とふと相性がいいのでは、と何気なく言っただけだった。
「クッキーをくれないか」
 と。
 ハンナは目を大きくまるくしていた。
「目玉がこぼれ落ちたらいくら僕でも治せないよ」
 とつけたすと、笑いながらすぐに持ってきてくれた。
 さくりとした食感を楽しむと、口にやさしく甘みが広がった。シナモンが紅茶とよく合う。
 この味は少し、スタンが僕を甘やかすときのキスの味に似ている。僕はもう、それを知っていて、きちんと味わうことができる。
 もうすぐ彼が帰国する。今回は海外の訓練地で、散々部下をしごいてきたらしい。ヒイヒイ言いながら鬼の隊長についていく特殊部隊の兵士たちを思い浮かべ、笑ってしまった。すまない、僕の半身は「他人に」ひどく厳しい。
 でもそんなスタンが、頬をゆるませて空港に着いた瞬間僕を抱きしめる。そしてきっと、クッキーよりも甘いキスをするんだろう。僕は紅茶をかたむけながら、想像をふくらませる。
「ドクター、そろそろ行く時間では?」
 さすがハンナはすぐに気づいて、いそいそと道具を片付ける。まだまだ現役でテキパキ働くハンナを見ながら、僕は最後のクッキーを頬張る。
「ありがとう、美味しかったよ」
 コートを羽織って、空港への道筋を確認した。僕が運転する車の助手席で、きっとスタンは疲れて眠ってしまうだろう。お腹も空いているかもしれない。後部座席にブランケットとハンナが用意してくれた食べ物を準備した。あとは飲み物もいるだろうか、と考えて、自分の相変わらずの世話焼き具合にふと気づく。
 でもきっと、あの男は嬉しそうにする。幼いころみたいな笑顔を向けて、そこに大人になってますます増した色っぽさをくっつけて。
 早く会いたいがために、速度違反で捕まらないようにしなければ。僕はシートベルトを締めながら、青くて遠い空に音をたてて飛んでいる航空機を眺めた。