Bella notte

pixiv再掲
大人になったスタゼノが、出会ったころを思い出しているお話です。二人とも一目惚れ。ゼノがうっかりプロポーズ。
レールガンとスタンリーがゼノの小さいころの一番の思い出だといいなあ、と思って書きつつ、
かわいいショタスゼがいいな、と思ったらこうなりました。
わ△んわん物語のパロディ少しあります。



 18.May

 僕が予定の時間より十分早めに着くと、スタンはもうそこにいた。僕は驚いて、ちょっとだけ立ちすくんでしまう。
 彼の家からレールガンを運び出すための台車を持ってきてほしいと頼んだ通り、台車を壁に立てかけて待っている。彼の頬には飴が入っていて、ころころと転がしていた。
 かわいいところを見た、とのんきに思いながら、僕は遠くから手を振った。すぐにこっちに気づいてくれたスタンは、伏せがちだった目をしっかり開いて、肩あたりでひらりと片手を上げる。棒つきの飴だから、まるで待ち合わせまえに一服をしている男性のようだ。なんだかひどく格好がついていて、彼が将来タバコを吸っていても僕は強くは怒れないかもしれないな、とまたのんびりと考える。
「スタン、どうもありがとう。どうやってお父さんから借りたんだい?」
 僕は近づいて礼を言うと、なんてことないようにスタンは口の端をつりあげる。
「別に。運ぶもんがあっからって、そんだけ。うち、わりと放任主義だから」
 台車を開いて動かす。古めかしさのあるそれは、ある程度のサビ取りや、油を差した形跡がある。
「ああ、それ、俺が昨日帰ってからやった」
 僕の言いたいことを察知するように、先にスタンが得意げに話してくれる。
「だって、あんたのできあがったもんが、ちゃんと運べなかったら困んじゃん」
 と付け加えて。
 ありがとう、と言うまえに、スタンは進行方向へ体を向けてしまった。どんな表情をしているのかわからない。
「行こ」
 颯爽と台車を押しながら歩いていくスタンの後ろ姿を、思わず目で追う。頬に熱がこもるのがわかる。あの気遣いは、道端で困っている人を助けたときと同じ程度の、彼にとってはごく当たり前のことなんだろうか?
 僕の家へ行き、成人男性が運ぶには少し重いレールガンを、二人で台車に乗せる。長さもあってバランスが不安定だ。もしもスタンが台車をケアしていなかったら、僕の不安はもっと増えていただろう。
 スタンへますます募る信頼と期待を乗せて、台車を押した。

 目的地の空き地についた、遠い向こうには川も防風林もある。本日の天候はあらかじめチェックしてあって、風向きも、雲も、周りの環境もばっちりだ。この時間帯だとジョギングをするような人も少ないし、子どもが遊ぶような場所もない。草が茂って扱いづらいこの土地はゴミ捨て場か、夜にうろつくろくでもない人間の溜まり場にしかならない。
 草地に座って、スタンがパーカーをはおる。彼も僕と同じように、周囲の状況を確認した。虫や飛び出している固い葉を携帯していたナイフで払い、レールガンをセットする。本体はある程度、分解して運んできた。コンデンサーを組み立て、銅線をつなぐ。スタンがボルトですべてを固定している間、僕はスマートフォンで録画をタップした。記録は写真や録画で残しておいて、記憶に頼らず現実と向き合うためだ。
 今までは、僕一人の声と手先だけが映っていた映像に、初めてスタンが入る。
「ゼノ、こんな感じ?」
「オーケーだスタン、完璧だよ」
「たぶん、このままだと的には当たらねえな……向き変えんよ」
「わかった」
 僕は、三脚に乗せたスマートフォンを覗いていた目を少し離す。カメラ越しではなく、肉眼でスタンを見たかった。
 雲で霞んできた太陽が、彼の手を照らした。光はぼんやりとしているのに、銃に触れる彼の手は鋭利に神経が行き渡り、少しのズレも許さないとレールガン本体に呪文をかけているようだ。射撃のタコがある節ばった手が、的に向けて砲身をまっすぐに直す。スコープを見るように瞳を集中させて、ただ一直線に標的だけに狙いを定めている。そこだけ風が、ピタリと止んだ。彼に恐れをなして、自然界が時を止めたように動かない。僕の目にはそう映った。
 スタンが「よし」と言い、僕は視線を慌てて録画へ戻した。画面上のレールガンは、落ち着きはらっている。ゆったりと息をして、トリガーを引かれるのを待っている。スタンに使役された生き物のように、砲身は伸びやかにまえを向いていた。
 そうして本体から、アルミニウムの弾丸が撃ち放たれ、辺りに鋭い発砲音が響く。一発の重い銃声、と言うよりも、連発するマシンガンのうちの一打、のような軽めの音だった。それでも的の中心を突き抜けた威力は、十分脅威である。僕は足の先から頭の先まで、じんと痺れた。
「エレガント……!」
 この実験は、困難を極めると思っていた。運び出す労力、組み立ての技術、なにより、自分の射撃経験の不足。スタンがいなければ、まったくと言っていいほど成り立たなかった。そして今、レールガンは堂々と成果を見せてくれた。それは僕と、スタンの二人で作った芸術。
 僕は感動のあまり、地についた足が二本ともうまく動かなかった。録画のボタンをタップして、静止をさせるのがやっとだ。止まった画面には、次なる動画を撮ろうと目の前の風景を懸命に映しているカメラがあるが、その中のスタンは飴を舐めるのを再開させて、こっちを向きつつ首をかしげている。
「ゼノ?」
 彼にとってこの一発は、射撃演習場で撃った弾のうちの一撃、くらいなんだろうか。涼しい顔でスコープから目を離し、僕にほほえみかけてくれた、何日かまえの演習場の様子を思い出す。あのときも、スタンは平常だった。平常で、自立していて、正確に撃ち、銃撃戦を制する。
 僕は、早く次の約束を取り付けないと、と柄にもなく思った。レールガンの弾丸はまだ四発はあって、このあともまだ一緒にいられるというのに。明日も、明後日も、スタンといたい、いつまでもこの空き地に立って、時間の許すまで。ああでも、スナイパーとしての役割ではない実験もある。彼はいても楽しくないだろう。そうすると、あの取り巻きたちの中で憮然と立っている彼に戻っていくんだろうか。そんなのは嫌だ。
 人に対して、ここまで固執したことがないから、なんと言えばいいのだろう。つい最近、これに当てはまるもっとも正確な言葉を頭に並べた気がしたのだが。
 記憶の中で、僕のおせっかいな友人が、鼻の頭をかきながらふいに現れる。
 ──あれは恋だね。
「スタン!」
 僕はつい叫ぶように彼を呼んだ。近くにいるのに声も大きくなってしまって、彼は驚いている。
「僕のそばに、ずっといてくれないか?」
 よし、言えた! と僕は心でガッツポーズをした。そばにいてほしくて、僕の科学をずっと見ていてほしくて、これ以上最適な言葉はないだろう。僕はしっかりと自分の伝えたいことを端的に、かつわかりやすく、伝えられた! 実験が成功したとき以上に、僕は興奮と感動を覚えていた。そして──
(ん? 待てよ、ぼくのそばに)
 ハッと気づいて、僕は自分の言ったことを反芻する。言葉の一つ一つをゆっくりと、頭の中で噛み締めた。
(ずっといてくれないか?)
 僕は自分の言ったセリフをくり返すたび、重たさが一語、また一語と増していくような気がした。やがてそれは体の内側で、ずしりと重たい鉱石のようにまとまり、息苦しくなる。
 これはつまり、ええと、ずっとってことは、将来も、末長く?
 僕は弁明をすべきか悩んで、必死に言い訳を探した。でもどうあがいても、これ以外に伝えたいセンテンスが思い浮かばない。こんなときに限って、僕の頭は混乱し、めちゃくちゃにからまわる。
 ああどうしよう、と思いながら恐る恐るスタンを見上げると、彼の顔は赤らんでいた。鼻の頭や、耳の先だけが寒さで逆に熱を持っている、のとはどうも違う。彼自身の体温が上昇しているような、頬の赤み。あれは怒りだろうか、かもしれない。なにか、別の、なんでもいい、言い方を。
 そう思っていたら、
「いーよ」
 と、今まで見た中でいちばんの、華やいだ笑顔を見せてくれた。
 それからあとは、手元もおぼつかないまま、レールガンを片付けて家へ戻った。途中で何度も、石や段差につまずいて転びそうになったところを、スタンに助けられた気がする。
 僕らは気まずくて、互いに顔を合わせられなかった。恥ずかしくて、もどかしくて、どうしようもない。落ち着くために、「カフェへ行こう」とスタンを誘ってしまった。普段来たことなんてほとんどないクセに。
 夕闇の中、親と数回訪れたことのあるカフェへ入る。僕は耳まで真っ赤にした顔をカフェの外へ向けることで、どうにか体温が下がらないものかと無駄なあがきをする。カウンターのスツールがぎこちなくきしむ。マスターが戻ってきて、立て付けの悪いカウンタードアが開かれると、古い木が悲鳴をあげるようなキイキイとした音をたてた。僕は耳元になんとなくその音を残しながら、夜の道を走っていく緊急車両を眺める。
……事故かな」
 僕はスタンに言ったのか、独り言にしたかったのかわからない。彼がもし問いに反応しなければ、独り言として処分してしまっても良さそうな、当たり障りのない話題だ。でもスタンもやはり反対側で同じく外を向いていて、
「そーかもね」
 と言ってくれる。
 サイレンと赤いライトはカフェの中を響かせていたが、まもなく静まって遠くなっていった。
 そっぽを向いたままの二人の間に、コトンと大きい皿が置かれる音が聞こえる。ミートボールパスタの大盛り一人前。僕らはまだお金をそこまで持っていないから、半分ずつを分け合う。メニューを決めたときに、僕が提案した。
 二人でぎこちなく体の向きを半分戻して、僕は粉チーズを、スタンはタバスコをかける。まだ互いの顔が見える位置まで体を戻せていないから、両者とも行動が見えないままに、フォークを絡めて食べ進む。二人の中央ではマスターが洗い終わった皿を拭いていて、もうすぐスイッチの入るマシンでエスプレッソを作ろうと、デミタスカップを準備していた。きっと他の客のだろう。ソーサーの縁取りが金と赤茶で、つやのある光沢をしていた。店内で流れる音楽は、軽やかながら控えめ。
 よそ見をしながら、と言うより意識をなるべく外側へ向けながらパスタを送ると、かすかに引っ張られるような感触を覚えた。僕はちらりと、ついにスタンの方を見る。
 ほんの僅かなタバスコの香りと、朝焼け色の瞳と、同じパスタで一直線に結ばれた僕らの口元には、はしたなくトマトソースがついていた。慌てて前歯でパスタを切り、目を伏せてうつむく。もう赤くなるところはどこもないというくらい、赤面した。体は熱くて仕方がない。
「す、すまない、スタン……
「いや、悪ぃ、こっちこそ……
 スタンを盗み見れば、彼も同じくらい赤い顔で照れ臭そうにしている。
 今日はあまりにいろんなことが起こりすぎる! 僕が舞い上がってとんでもないことを言って、スタンがオーケーしてくれて、パスタ一つでうろたえるほど動揺する。そしてよりによって、同じパスタを巻いてしまうなんて、いったい全体僕はどうしたんだ。
 恋をして、それを互いに自覚して行動するって、こんなにも正解が曖昧なものなのか。むしろ、非日常なことが当たり前になっていくんだろうか。
 マスターの大きな手が、ふいに僕らのまえに現れた。マスターの手には小さく見えるカップが二つ。ミルクがたっぷり入ったカフェオレに、ブラウンシュガーの角砂糖が添えてある。
「サービス。それ飲んだら帰りな」
 もうカフェの中には客がほとんどいなくなっている。窓側の席でバドワイザーを飲んでいた初老の男性が、会計をしているところだった。レジのお金を一枚一枚数えながら、従業員が閉店作業を始めていて、すぐに裏口へ引っ込んだ。
 顔を上げてマスターを見れば、ウィンクをひとつこぼされた。そして「がんばりなよ」と僕らを笑って、カウンターから出ていった。外の清掃と、電気を消しにいったのかもしれない。
 つまり、僕らはしばし二人きりになった。
 どくどくと鳴る心臓を服の上から押さえながら、スタンを覗き見ると、彼も同じようにこっちを見ていた。
 カフェの大きな窓からは、忙しなく行き交う人の姿が見えていたけれど、まもなく外側からロールスクリーンが下された。僕らのムードを、大衆から隠すように。二人でますます背筋が縮こまる……絶対あのマスターがやったんだ。
「ゼノ」
 意を決して、スタンが僕を呼んだ。その声はいつもの凛とした形を少し崩して、淡く、切ないイントネーションをしている。ああ、まさか君がこんな声音で僕を呼んでくれる日が来るなんて、想像できていなかったよ。初めて君に「ゼノ」と呼ばれたときのように、僕は震えた。
「あんたは、なんで俺が良かったの?」
 心臓がどきりとした。そういえば、彼の承諾を得て有頂天になっていて理由を説明していない。僕はいろいろ思考を巡らせたが、やはりこの言葉しかなかった。
「一目惚れ、だよ、会ったときに」
……ふうん」
 科学的な根拠や考察を述べることができない、そんなものはないからだ。僕は彼に瞬間的に惹かれ、刹那で恋をし、たった数日で気持ちを打ち明けた。それも、結構重ための。
「スタンは、どうして……
「ん?」
「どうして、その、受け止めてくれたんだい?」
 スタンもまた、僕と同じように少し考えをよぎらせて、でもあっさりと言った。
「最初は、あんたの提案、断ろうと思ってて」
 え、そうなのか。僕はちょっと目を見開いた。
「でもあんたから話聞いてて……面白くてさ。もっとプライドが高くて、生意気なんだと思ってたのに、一生懸命だし、科学がいかにすげえか語るし、エレガントだなんだって……
 つまり僕はひたすら長々とあのときも喋っていたらしい。スタンと是非とも近づきたくて自己開示をしようとやったことだったが、どうやら彼の時間をかなり割いてもらっていたようだ。
「途中から話が脱線し出して、おいおい俺をスカウトしたいんじゃねえの? って笑っちまって、気づいたら……まあゼノと一緒」
 一目惚れ、というより、僕の百面相を見たあとでの惚れ、なのだから、スタンは、もうすでにいろんな僕を初日から見せつけられたのか……と自分のことながら同情した。
「健気で一生懸命で、一途な子がタイプって、うさんくさい男の適当な嘘だと思ってたけど、」
 スタンがカフェオレを一口すすって、はにかむ。
「まさか自分がそうなると思ってなかったね。でもすっげえ嬉しい」
 僕はまばたきをして、改めて彼を見た。今、どんな表情をしているんだろう、僕は。喜びで歪んで、笑いたくてもうまく笑えなくて、照れを隠してるつもりでも顔はきっと赤い。スタンが近づいて、僕は目を閉じる。
 スツールがきしんだ。聴覚がそれを拾っているすきに、スタンが僕の腕を引く。僕も彼の服をつかんだ。不器用にくっつけられた唇は、おおよそキスとは呼べない代物だろうが、僕らにとっては誓いのキスのように感じられた。
 ……そのあと、スタンがパスタの残りを食べて、カフェオレは二人で少しずつ飲んだ。ミルクは多かったけれど、初めてコーヒーの味を知る。帰ってきたマスターは何も言わずに皿を片付けてくれ、会計の伝票を置いた。親がやっていたのと同じように、真似をしてレジで会計をする。そして扉をくぐってカフェから出れば、僕とスタンは入ったときと違う雰囲気をまとったような気持ちがした。
 大人、と呼ぶにはあまりにも満たない行動の数々に、それでも僕らは照れ笑いをして、こっそり手を繋いで歩いて帰った。

 ◇

 現在

 すっかりメインディッシュを食べ終えたテーブルに、白髪の増えたマスターがやってきた。相変わらずキイキイと音の鳴るカウンタードアを出て飲み物を置いていく。ミルクが多めのカフェオレ。
「久しぶりだな、今回は三ヶ月ぶりか?」
「半年だよ、マスター」
 新しく雇ったらしい従業員が、古参の従業員にレジの締めかたを教わっていた。店の中には僕らしかいなくて、店内の照明はうすく落ちている。
「カウンターの席が空いてなくて悪いな」
「いいさ、僕らはもう横に並んでパスタをシェアしなくても、二人分のパスタを頼めるぐらい稼げるからね」
「それなら、そろそろ食後のカフェオレの代金も払ってもらえるかい?」
「へえ驚いた、マスターのとこはカフェオレがサービスじゃなかったっけ?」
 軽いやりとりを交わして、マスターは最後に軽口を言ったスタンの肩を叩いた。彼は年季の入った木目の床を蹴って外へ行く。窓から見える車のライトと街灯は、もうすぐマスターが閉めるロールスクリーンに隠される。レジ周りにいた従業員も、いつの間にやらいなくなった。
「さてスタン、どうやら二人きりらしい」
「んだな。ゼノは、どうしたい?」
 そうだな、と僕はわざとらしく考えるふりをする。カフェの大きな窓を埋めるロールスクリーンは、あと二枚で閉まり終わる。マスターがここへ戻るまで、ほんの数分といったところか。焦ったい行動を取るのは、さっき僕をからかってきたスタンへのほんの仕返しだ。
 でもそれも、あっという間に無意味になる。
「っ!」
 いささか強引に引っ張られた腕は、初めてのときのようなたどたどしさはない。僕は抵抗する暇も与えられず、半年ぶりのキスを受けた。ぶつかるようで、そのくせ柔らかく触れた唇は、十数年前と同じであたたかい。ずっとそばで、変わらない愛を僕にくれる。
「俺はこうしたいと思ってっけど」
……強引だよスタンリー」
「その呼び方、懐かしいね」
 はは、と嬉しそうに笑って、スタンは僕から手を離さない。触れられているところが、熱をもつ。
 このカフェから出たら、また少し大人になった僕らが街中を歩く。ただ家に帰るだけだった十歳のあのころから、行く先はずいぶん増えた。バーでも、ホテルでも、互いの家でも、どこでもいい。
 でも、これから先一生涯、僕ら二人は手を繋いで歩いて帰る。それだけは、間違いない。