Bella notte

pixiv再掲
大人になったスタゼノが、出会ったころを思い出しているお話です。二人とも一目惚れ。ゼノがうっかりプロポーズ。
レールガンとスタンリーがゼノの小さいころの一番の思い出だといいなあ、と思って書きつつ、
かわいいショタスゼがいいな、と思ったらこうなりました。
わ△んわん物語のパロディ少しあります。



 十数年前

 12.May

 ついにレールガンが完成した。性能をテストしたいのだが、まず運ぶのに苦労する。
 自宅のガレージをひそかに改造して次々とツールを増やしていったとき、母は次第に顔がひきつっていったが、いよいよこれを見たらしばらく出入り禁止と言われるかもしれない。これはガレージの地下にある倉庫に隠しておくことにしよう。
 ……しかし困ったのは、これをテストするために僕一人では心許ないということだ。
 僕は弾道を計算はできるが、実地での射撃の腕が悪いばかりに、おそらく計算とはかけ離れたところへ着弾するだろう。レールガンには別にスナイパーは必要ないのだが、スナイパーたちの知識や経験は欲しい。彼らにきちんと、なにがどれくらい、どう銃に影響を与えるのか、教えてほしいのだ。そうでないと値に対して、きっと納得ができない。
 もともと体力がないことはわかっていたが、まさか運動神経もあまり搭載されていないとは。父も母も、たしかに大学ではちょっと名の知れたアスリートであったはずなのに。
 僕は顎に手を当てて、しばらく考え込む。
 今日はこれからクラスがある。たしか、クラスメイトに人の噂が好きなやつがいたっけ。父親に付き合ってよく射撃演習場に行っているような、そんな人間がいると言っていたような。名前と顔を聞いておこう。絶対に「ゼノがそんなの気にするなんて、珍しいな」ってからかってくるだろうけど。

 ◇

 13.May

 友人から連絡がない。クラスで会っても、運悪く誰かと話している最中だったり、僕が先生に呼び出されたりと、すれ違いの連続だった。
 早くレールガンを使ってもらわないと。倉庫に隠しているのもいつバレるかわからない。
 僕がスタンリーとやらを直接探し出した方が早いかもしれない、と行動に出ようかとも思ったが、狭い交友関係ではそれも難しそうだ。
 ……将来的に科学を推し進めるには、人脈を作ることは不可欠。肝に命じた。

 ◇

 14.May

 やっと聞き出せた。さんざんもったいぶって、一日待たされた僕はさぞイライラしていただろう。でも、彼は「確認を取ってたんだよ」と言っていた。どういうことか尋ねると、
「どうせゼノ、俺から名前と居場所聞き出したらすぐアプローチしにいくだろ? スタンリーはそういうの、前もって言っとかないとめちゃくちゃ嫌がるんだよ」
 と白状してくれた。
 なるほど、この友人は、僕の性格をよくよくわかっているやつだったらしい。
「だって俺が、彼女に告白するにはどうしたらいいかって聞いたら、そんなもの言わなければ何も始まらないだろう! ってすぐ彼女を呼び出したじゃないか」
 ああそうだった。僕のせっかちな行動グセは、彼の実体験で証明済みだった(彼には被害体験だ! と訂正を求められた)。まあ結局この友人は彼女とうまくやっているし、僕は当の彼女からさりげなく相談を受けたことがあったから、強硬手段に出たまでのことだ。
 彼に礼を言い、さっそく僕はスタンリーというのがどんな人物かをたしかめにいく。
 なだらかな丘のある校庭を抜けて、風が通る廊下に出た。五月の憂いを含んだ湿気まじりの風は、このときの僕にとってはとても心地よく感じられた。きれいに立ち並ぶ木々が風になびく合間、人影が見える。
 果たして彼はそこにいた。
 ──スタンリー・スナイダーにはいつも数人の取り巻きがいて、そのどの人間ともスタンリーはそこまで親しそうに話すことはない。女の子だって特定のガールフレンドがいるわけじゃなく、ある日スクールで一番のかわいい子と歩いていたと思ったら、すぐに興味がなさそうに離れていってしまい、女の子は怒りをあらわにしていたこともあるという。
 そんな前情報を聞いていたけれど、今日は取り巻きがいない。一人でラフな格好をしてぽつんと立っているスタンリーの背中は、ちっとも寂しそうに見えなかった。むしろ一人で飄々と、風に流れるわけでもなく、どっしりと構えた こずえのような。
 いつもの僕なら、ズカズカと彼に歩み寄って挨拶をするのに、このときばかりは足がすくんだ。
 こう表現するのは、どうにも……そう、まるで詩人のようで、気色悪がられるかもしれないが。
 僕は科学を常々、エレガントだと思っている。さまざまな努力の過程や考察はいつも無駄にならず、必ずどこかでつながりを築いて、完璧な結果として現れてくれる。果てしない道のりの先にたどりつく達成感、高揚、そして出来上がったものは、何物にも変えがたい。
 回りくどいことを言ったがつまり、結論から言えば、そう、言ってしまおう。一目惚れだった。科学をエレガントと呼ぶけれど、彼のこともまたエレガントと言いたい。体がそわそわ落ち着かないし、心臓も高鳴る。人はこうして彼を好きになるのだな、とはっきりわかる。「ゼノって面食いだったのか?」と冒頭の友人に聞かれたらもちろん否、と答えるが、たぶんその否の発音は非常に説得力がないだろう。
 僕が培った科学の結果を、彼が使う。その横顔を見たいと思った。力強く脈打つ彼の心臓が体を動かし、標的ただ一点を見つめる さまを見届けたいと思った。スタンリーはどうやって狙いを定めるのだろう、見たい、知りたい、たしかめたい。その隅々までを、眺めたい。
 異様なまでに視線を送ってしまっただろうか、僕は彼がパッと顔をあげてこっちに気づいたことに驚いて、いつものよく回る口から言葉を発するのが一瞬遅れた。
「あんた、ゼノ?」
 ……僕の友人から話を聞いていたらしい彼は、なめらかなイントネーションで僕を呼んだ。すぐにうなずくと、廊下へつながるステップを慌てて降りて、彼に駆け寄る。
 そして僕が作ったレールガンの話と、いかに彼に使ってほしいかを語り、さらには、ええと、なんだか色々余計なことも言ったような気がする。興奮と、喜びと、焦りでジェスチャーも盛大になったし、もしかして彼を引かせたかもしれない。
 この行動を、実はひそかにそばで見守っていた友人曰く、いつものゼノだった、と言っていた。いや、「いつものゼノ以上の剣幕だった」と。
「あれは恋だね」
 そうはっきりと言う友人に、僕は開いた口が塞がらなかった。恋を否定したくて、とか、何をばかなことを、とか、そういった意味でではない。
 そうか、これが恋か。僕はそれこそ銃で撃たれたような気分になり(想像の中で撃っているのはもちろんスタンリーだ、かっこいい)、LOVEの一文字を頭の中で何度も何度も揺り動かした。
 さっき、「呼び方、スタンでいーよ」と言ってくれた彼のほほえみを忘れられない。僕は去り際に友人にそう言ったら、
「スタンリー・スナイダーを好きになったやつは、みんなそう言うぜ」
 と釘を刺された。

 ◇

 15.May

 信じられない、すばらしい。今日はたぶん興奮して、眠れないだろう。射撃演習場でのスタンはとにかく最高だった。あの瞬発力、勘の冴え渡り、冷静さ、あの年代でスナイパーのすべてを兼ね備えている。なんてすごいんだ。彼は(ここからは字があまりに走り書きで読めない。高揚しすぎていて、とにかくスタンを褒めちぎる言葉が羅列してある)

 ◇

 17.May

 僕は三日前の友人の言葉を、いやというほど思い知ることになる。
 スタンのほほえみは、天使みたいだった。でも、そこかしこで振りまいているわけじゃない。なぜなら彼は人間関係の構築にひどく怠慢で、勝手に寄ってくる人間に対しては辛辣なほど冷たい。でも、本当にときどき、例えば道で困っている人を助けたときなんかは表情筋が動くし、それを見た人は十中八九、ときめいた顔をしている。クールで一匹狼な男がまれに見せるやさしさ。ずるい、ずるすぎる。
 けれど同時にもう一つ思い知ったのは、どうやらスタンは僕といるとき、楽しいらしい。自惚れではなく、ちゃんと本人に言われた。出会いのインパクトがすごかったらしい。
「あんな早口で俺のことと自分のことしゃべってくんの、おもしれーなと思って」
 現に僕は彼の笑顔をこの三日間でよく見るようになった。それは、僕と一緒にいるとき、僕がぺらぺらと科学の話をしているとき、そして僕がふと彼を見つめるときだ。君ならきっとこのレールガンの弾道を、計算通りの結果へ導いてくれる! だとか、改良を加えるにはどうしたらいいと思う? だとか、おおよそ恋愛とは程遠い会話のはずなのに、僕はたしかに恋する目で彼を見ていた。そんな僕を、スタンは笑顔で迎えてくれる。気恥ずかしくて、しかし嬉しい。
 いよいよレールガンを彼にお披露目した。倉庫で眠っていた機械たちは、彼の目にどう映っただろう。「へえ」と一言発したあと、スタンはすぐにしゃがんでしげしげと部品を眺める。
「あんたこれ、一人で?」
「そうだよ、時間はかかってしまったけれど、その分なかなか、」
「今度から、俺も手伝ってい?」
 僕の言葉を遮って、スタンは今まで見た中でいちばん……その、必死そうな顔をしていた。
 どうしてそんな顔をすることがあるんだろう? もしかしたら、僕はスタンの貴重な表情の数々を見ているのかもしれない。そう思うと静かな優越が湧きかけたが、それ以上にスタンが科学に興味を示してくれた嬉しさで、嫌味な感情は瞬く間に消えてしまった。たぶん僕は、優越だなんていうつまらなさとむなしさを持つ時間があるなら、科学のことを考えていたいのだ。
 僕は両手を広げてうなずいた。
「もちろん! 大歓迎だ」
 笑顔で告げると、スタンもにっこりとした。正直、力仕事や運搬が苦手だし、なにかと迷ったときに、スタンが背中を押してくれるなら心強い。彼ならば、僕の相談にも乗ってくれるだろうか。そこまで願うのは出会ったばかりで烏滸 おこがましいか。
 ひたひたと心の内側から、彼ともっと一緒にいれたら、と欲求が湧いてくる。それは正しく、彼が僕の科学に欠かせないから湧き起こる熱である。でも、今はグッと堪え冷静なふりをして、
「むしろ嬉しいよ、そう言ってもらえて」
 と大人ぶった言い方に留めた。僕はいそいそとレールガンの説明を始め、スタンも黙って聞いてくれる。
 もう夕方になっていたのでガレージの中は肌寒く、僕らは身震いした。
「さっさと見終わんねえと、風邪引くな」
「そうだね。ところで運び出すのは明日以降の……スタンは、いつ予定が空いているかな」
 僕はかかっているカレンダーを示しながら問いかける。スタンは日付を目で追いながら、自分のスマートフォンを取り出した。
「どの日でもいーよ、明日でも」
 その前向きな返答にますます僕は喜んで、明日の日付に丸をつける。スタンもなにやら打ち込んでいたが、覗いてみると端的に「ゼノ」とだけ。
 時間と待ち合わせ場所を伝えて今日は解散したけれど、打ち込んでいる様子はなかった。あのカレンダーアプリには「ゼノ」としか書いていない。
 ……一応、明日は早めに行こう。彼は、時間にルーズそうには見えないけれど。