Bella notte

pixiv再掲
大人になったスタゼノが、出会ったころを思い出しているお話です。二人とも一目惚れ。ゼノがうっかりプロポーズ。
レールガンとスタンリーがゼノの小さいころの一番の思い出だといいなあ、と思って書きつつ、
かわいいショタスゼがいいな、と思ったらこうなりました。
わ△んわん物語のパロディ少しあります。


 広い天井が立派なカフェというのは、換気も行き届いていて清々しいといつも思う。街中にあるから周囲の喧騒の真ん中にあるはずなのに、軽やかながら控えめな音楽と、オーダーを取る店員の声は僕の思考を邪魔することなく耳を通り過ぎる。
 こんなにゆっくりできる日はいつぶりだろう。そう思ってボックス席の向かい側にいるスタンに聞いてみた。
「半年ぶりだな」
 スマートフォンを操作しながら、彼はすぐさま答えをくれる。
「ずいぶん早く解答が出たね」
「予定に書いてあっから」
 ほら、と言ってスタンが、そのまま持っていたスマートフォンをくるりと回して僕の方へ向ける。カレンダーのアプリにしっかりと予定がついていた。が、日付にはたった一言「ゼノ」とだけ。
 僕が予定を書くときは、スタンと行く場所や待ち合わせ時間が書いてあるのに。彼のシンプルすぎる予定表には逆に、いつも頭に入れてるからそれ以外の余計なものはいらない、と言わんばかり。
「君らしいね」
「? なにが?」
「いや、こっちの話」
 僕は今日ずっと気分が良くて、こんなスタンの些細な言動も嬉しく感じる。ふふ、と僕が笑うと、彼は不思議そうに首をかしげていた。僕はコーヒーの入ったカップをソーサーに戻す。金色と赤茶色の縁取りが入った、きれいな色合いをしているそれら。
「お待たせしました」と店員が前菜を置いていった。小さなボウルに入っているサラダは、スタンの口の中にフォークで放られる。うつくしい顔立ちで、子どもみたいに口いっぱいに咀嚼をする姿を見ながら、僕も食事を開始する。
 外では会社帰りの人々が帰路につく姿が見えたが、厚いガラスに遮られて声は聞こえない。色とりどりのネオンがカラフルな影を作って、僕らのテーブルにもあざやかに揺れた。
 スタンはちらりとその影たちを一瞥する。彼のまつ毛が揺れて、二度まばたきをした。そのまぶたの横にうすい切り傷がある、珍しく今回の任務で作ったのか。そういえば、さっき口元にもあったような。彼は傷ができるのも、顔が泥で汚れるのも気にしない。砂埃と硝煙ののぼる土地で、何時間も己を殺し、精神を研ぎ澄ませて標的に集中することもある。いちいち気にしていたらキリがないんだろう。顔を袖口で、ただ乱暴に拭うだけの姿が目に浮かぶ。
……ゼノ、んなに見てもなんもねえよ」
 スタンに声をかけられて、ようやく僕は我に帰った。
「おおすまない、つい見惚れてしまった」
「あんたはいつもそう言うね」
 すっかり食べ終えた食器をわきに寄せて、今度はスタンが僕の食事姿を眺める番だ。しかし僕は、やはり彼から目をそらせない。彼は静かにフォークを置いて、片ひじで頬杖をついた。柔らかい髪の毛に、街灯の明かりが当たる。光はスタンの目や鼻筋、手首あたりを覆う。彼の瞳は朝焼け色をしていて、僕を見つめるときはそこから太陽が昇っているようにキラリと粒だってかがやく。
「食べ進んでねえじゃん、先生」
 指の先で皿を小突かれる。カツンと音のする食器。スタンの爪は荒れていて、あとでハンドクリームを塗ってあげよう、と心に留めておきながら、フォークをようやく持ち上げる。僕が早く食べないと、メインディッシュは来ないのである。
 会えなかった時間を埋めるように見つめる癖は、スタンが軍に入ってからますます顕著 けんちょになった。
「君の観察は飽きないな」
「そ? どーぞいくらでも見て」
 いいよ、どうぞ、お好きに、あんたなら。いつもスタンはそう言って、僕の好きなようにさせてくれる。
「君をこうして見つめるようになるなんて、昔は想像もしていなかったな」
「なに考えながら見てんの?」
……言わせる気かい? こら、足癖がわるいよ」
 いつの間にかひそかに靴を脱いだつま先が、僕のすねを服の上からなでている。叱るでもなく僕はスタンを笑ってたしなめた。
「俺もまさか、違うクラスの科学オタクのあんたが、あんな直球で人を口説くとは思ってなかったね」
 僕は思わずフォークをレタスに強く刺した。カチンと皿の底に金属の当たる音がする。すねをなでていたはずの足は、気がつけばスラックスのすそを持ち上げ、今度は器用に僕の肌をなぞってくる。
……忘れてくれ、と言わなかったかい?」
 口の中に食べ物を入れると、嬉しそうにニヤニヤ笑うスタンと目が合う。僕は黙ってしゃくしゃくとわざと音をたててグリーンサラダをむさぼった。ドレッシングが喉に酸味を与え、思わずむせてしまう。もちろん、すぐにグラスに入った水は与えられたし(よりによって目の前の男から)、ほとんど食べ終えたあとだったから、醜態をさらさずに済んだ。
「忘れられっかよ、あんな大事なプロポーズ」
 僕は、もう一度スタンを見ると、彼はまだ面白そうにほほえんでいて、うっすら目を細めている。僕をからかいたい気持ち半分、愛おしさ半分といった顔だ。そして次第に愛おしさが勝っていって、やわらかい表情になる。そんな顔をされたら、僕は引き下がるしかない。

 ──僕らは出会うまえ、お互いに勝手なイメージを持っていた。
 スタンは僕に、前述した通り科学オタクという通り名そのままの印象を。そして僕はスタンのことを、名前と容姿と、射撃の腕がいいらしいという人づての情報しか持っていなかった。
 生活圏内にいて、同じ年で、同じ学校で、ほかのどんな人間よりも頼みやすい。まだ科学において成果を出していなかった僕は、軍の人間などにコネクションはない。彼みたいな人物はかなり貴重だ。
 だからスタンには、「すぐれた射撃の腕を持つと噂の彼に、このレールガンが完成したら使ってほしい。ただし、ちゃんと射撃の腕を見てから」という、今思えば大それた思いを抱いていた。あくまで彼とはレールガンを試すまでの仲だと思っていたことがバレバレだ。後から聞いたがスタンも、僕に出会うまえは同じように思っていたらしい。
 ……その当時の様子は、日記に事細かく書いてある。あまりにも僕が頭を抱えたから、今後の教訓として記した。忘れたくても忘れられないし、スタンはさっきのように「プロポーズじゃん」といまだに言ってくる。
 正式にプロポーズをしたい僕としては、いささか不名誉な事態なのだが、本人がとても幸せそうに言うから、一応はあれがプロポーズだということにしてある。でもいつか、リベンジはしたい。