botanin5
2024-11-14 03:05:27
10862文字
Public 薬さに♀(小説)
 

手のひら療法

ハッピーエンド
鯰尾→審神者っぽく見える描写が含まれます。
後半に向けて甘くなっていっている(はず)です。







かたん、と音が聞こえた気がしてゆっくり目を開ける。ぼんやりと、視界の端に黒髪が映った。

「なまずお?」
……鯰尾じゃなくて悪ぃな」

小さくこぼれた聞きなれた低音に、さっと頭が鮮明になる。見れば、私が横になっている布団の隣に座っているのは薬研だった。

「なんで、」
謝りたかったんだ。この間のこと」
いいよ、別に。ていうか、私がダメな審神者だから薬研に辛い思いさせちゃってたんだよね、ごめんなさい。もし、他の本丸に行きたいのなら手続きを頼んで―――
「違う!!」

突然大きな声を上げた薬研に驚いて、肩が震える。こちらを見下ろす薬研は、もどかしそうな、何かがつっかえたような顔をしている。思わず身体を起こして、薬研の頭を撫でようと手を伸ばした。しかし、薬研が身を後ろに引いたことで、私の手は空を切る。触られるのも嫌なのかと再び心が曇っていく。

「ご、ごめん」
「あいや、違うんだ大将。あんたに触れられるのが嫌なんじゃない」
「じゃあ、どうして」
怪我、させちまうから」
「え?」

私は薬研を見ているのに、彼は俯いてしまっていて表情が読めない。怪我をさせる?薬研は、私に向かって刀を向けるようなことをしない。するわけない。怪我とは何の事だろうかと考えていけば、ひとつ思い当たることがあった。

「もしかして、あのとき私を引っ張って助けてくれたの、薬研だったの?」
は、助けてなんかいねぇだろ。俺はあんたに怪我させたんだ」
「でも、怪我させようと思って引っ張ったわけじゃないでしょ?」
そりゃ」

そうだがだんだんと薬研の声は小さくなる。珍しいと思った。いつも胸を張って、背筋をぴんと伸ばして、みんなによくよく声が聞こえるように話すのに。薬研の次の言葉を待つ。今は沈黙が怖くなかった。

池に落ちそうになった大将を見かけて、焦って、襟首を今までと同じ力加減で引っ張ったつもりだったんだ。自分の手に、考えてる以上の力が入った感覚なんて全く無かった。軽く引っ張った。軽い、つもりだったんだ」

要するに、力のコントロールが上手くいかなかったという事だろうか。
そういえば小夜も、修行を終えて帰ってきた日、手に取った湯呑を割ってしまっていた。あの時はすぐに兄たちと一緒に部屋へ戻り、いろんなものを掴んだり投げたりしていたが、あれは力をコントロールするための練習だったのか。戦場では己の力を最大限使えるかもしれないが、日常では大きすぎる力を持て余してしまうのだろう。

「それなのに、大将が思いっきり転んじまって怪我までさせて、もう加減が分からなくなった。俺は、あんたの守り刀になるために強くなって帰ってきたんだ。傷つけるためじゃない。なぁ、俺は俺は今までどうやってあんたに触れてきた?その柔い手を、どう掴んでいたんだ。もう分かんねぇんだよ」

薬研は悔しそうに、胡坐をかいた膝に乗せた手を固く握りしめている。
もどかしくなって、その右手にゆっくりと自分の手を重ねた。何かを恐れるように、薬研の肩が震える。そっと握りこんでいる手をほどかせて、指を絡めた。そのまま、薬研の手を自分の頬まで運ぶ。皮手袋に包まれた手の甲は少しだけ冷たかったけれど、すぐに私の体温を吸収していく。私がぎゅっと指に力をこめても、薬研は握り返してはこなかった。

「大丈夫、すぐに思い出せるよ」

掴んでいた手を一度下ろして、そっと薬研の右手から手袋を外した。もう一度指を絡めて手を握る。薬研の指がぴくりと動いた。緊張しているのか、その手はひどく冷たい。初めて直接触れた肌は、手袋に包まれていたためか少しだけしっとりとして、ぴたりと吸いついた。細い指に、すり、と自分の指を擦らせれば、薬研はゆっくりと指を丸め始めた。ふと気になって、手から視線を上げれば、彼は真剣に繋がれた手を見つめている。
まだ、迷いが見えた。

「薬研の手は、私を守ってくれる。かっこよくて、強い、大好きな手だよ」

どうにか、大丈夫だと伝えたくて、繋いでいない方の手で、握りかけ始めている薬研の手を包み込んだ。これでようやく手をつなぐことができた。包んだ手をそっと開いてみても、薬研の手は、私の手と繋がれたままだ。少しずつ、少しずつ力が込められるのが伝わってくる。すごく嬉しくて、思わず笑みがこぼれた。

「痛くねぇか」
「うん。もう少し力を入れても大丈夫だよ」
ん」

薬研が、しっかりと私の手を掴んでくれた。もう、その手は温かくなっていた。
絡まるその手を、彼は祈るように自分の額へ押し付ける。

―――本当は、ずっと、触りたかった」

絞り出された言葉に掴まれた。胸が苦しい。心臓が痛い。でも、身体の奥からじわじわと上り詰める感情は、嬉しい、だった。
もう嫌われたと思っていた。薬研と、こうやって話せるまでに距離を戻せるなんて、昨日までの自分は思いもしなかった。やっぱり薬研が好きだ。私のことを一番に考えてくれて、優しくて、強くて、なんでも出来て、でも、こんなふうに迷って苦しむこともある。等身大の薬研藤四郎が、大好きだ。

「私ね、薬研のことが好きなの」

驚いたように薬研が顔を上げた。繋がれた手に更に力が込められて、ぴくりと私の手が震えると、彼は慌てて手の力を緩めた。もう力加減は大丈夫のようだ。私と視線を合わせた薬研は、訝しげな顔をしている。

……鯰尾はいいのかよ」
「鯰尾は、私に対してそういう好きじゃないんだってさ。薬研を驚かせたかっただけみたい。初めてのキスは親指の味がしました」
……くっそ、やられたな」
「ふふ、あ~言えてスッキリした!薬研に避けられてたから、告白はもうできないかと思ってた。聞いてくれてありがと」
「ん?」
「こうして手を繋いでてもらったおかげで、だいぶ霊力も回復したみたいだし。身体も軽い~!」
「おい、ちょっと待て」

うう~んと繋いでいない方の手を上げて背中を伸ばす。うん?と薬研を見れば、不満そうに口を尖らせている。あれ?私また何かした?

「え?薬研なんで怒ってんの」
「怒ってはねぇよ」
「じゃあ何故そのお口を尖らせているのでしょうか」
「大将が言い逃げしようとしたからな」
「言い逃げ?」

私はここに居るのですが。そもそも、手を繋いでいるのだから逃げようがない。不思議に思って首を傾げれば、繋いでいた手を思いっきり引かれた。

「う、わぁ!いった!」
「なぁ大将、俺の返事は聞かねぇのかよ」

座っていた薬研に半身を乗り上げてしまった。薄い胸板にごつんと頭をぶつける。ネクタイピンが直撃して、おでこが痛い。何をするんだと顔を上げれば、嬉しそうないや、楽しそうなまるでイタズラが成功した子どものような顔で私を見下ろす灰紫と目が合った。
薬研の空いている手が腰に回る。さっきまでのしおらしさはどこに行ったんだ!薬研の体は自分よりずっと硬くて、熱くて、細いくせにびくともしなくて、今更になって距離の近さに心臓が暴れ出す。

「い、いい。別にいい。聞かない」
「なんでだよ」
「ていうか、私に触るのが怖かったんじゃないの!?」
「っふ、大将がしてくれた“手当て”のおかげで、すっかり完治したぜ。物覚えは早ぇんだ」
「っひ」

するりと薬研の手が腰を撫でて、そのまま背骨を辿って上がっていく。肌を押し込むような動きに指のひとつひとつをしっかり感じ取ってしまって、なんだか背中がぞわぞわする。こんな時に運悪く寝間着を着ている自分を恨んだ。寝ていたのだから仕方ないんだけども。
そのまま、うなじから後頭部にまで伸びた薬研の左手は、ぐっと私の頭を固定した。薬研から目が逸らせない。ゆっくりと顔が近づいてきて、思わず息を止める。鼻がくっつく距離で、ぴたりと止まった。薬研の息が、唇を掠める。

「俺も、あんたが好きだぜ。大将――
「んっ」

灰紫の目が柔らかく笑ったと思った瞬間、柔らかいものが唇に触れる。角度を変えて覆われる口からは息ができない。空いた手を薬研の背中に回して、白衣をぐしゃりと掴んだ。閉じていた唇をつんと舌でつつかれて、薄く息を吐けばそこをこじ開けるように熱い舌が入り込んでくる。歯の裏をざらりと辿られると背筋がぞわぞわとして、くたりと体の力が抜けていく。

薬研の背中にしがみついていた手がずるずると落ちかけたところで、ようやく解放された。はぁ、と息をつけば、薬研がそっと頭を撫でてくれる。なんだかもう、色々急すぎて頭がついていかない。苦しさで少し涙が溜まった目で薬研を睨みつければ、彼はじっとこちらを見つめて「誘ってんのか」とのたまった。んなわけあるか!

「も、充分でしょ。は~な~せ~~!」
「はは、分かった分かった」

私の頭に乗っていた薬研の手が離れたので身体を起こす。しかし、繋いだ手は未だ離してくれないために、向かい合って座る形になる。なんだこれ。こちらはもう手を開いてぐいぐいと引いているのに、薬研はしっかりと握ったままニコニコ笑っている。可愛いけど、その笑顔は可愛いんだけども、そろそろ離してくれてもいいんじゃないかな。

「そろそろ手も離して欲しいなぁ~なんて思ったり」
「いやだ」
どうしたの、薬研」
「嬉しいんだよ。これで、俺だけの大将だ」
「私はみんなの大将だけど」
「今のはそういうんじゃねぇって事くらい分かるだろ、ったく」

呆れたような言い回しをしながらも、薬研は嬉しそうだ。その様子に、私も嬉しくなる。こんなに幸せそうな顔を見せてくれたのは、いつ以来だろうか。もう一度、こちらも薬研の手をぎゅっと握り返せば、彼はいっそう嬉しそうに笑った。

「もう離さないからな」
「え、本気で言ってる?」
「言葉の綾だ」
ふふ、離さないでね」

どちらともなく笑い合っていれば、がたりと障子が鳴って、開いた隙間からひょっこりと鯰尾が顔を出した。

「あの~、もう昼飯の時間すっかり終わっちゃってるんですけど」
「えっあっ、鯰尾!」
「ちっ邪魔すんなよ」
「何言ってんの薬研、主は今日まだ何にも食べてないんだから、ご飯は大事でしょ。兄弟のラブシーンなんか頼まれても見たくないっての~」
「ほぉ……俺には見せたよなぁ?俺の前で大将に口づけるフリしたのをもう忘れたのか?なぁ?」
「ちょ、こんなところでケンカしないで!」

するりと手が離れて、ひくひくと口を歪ませながら立ち上がる薬研に焦る。鯰尾はてへっと舌を出して笑うと、じゃ、昼飯は台所にとってあるんで~と言いながら走っていった。そのまま薬研も廊下へ出て、飯を温めてから迎えに来るから着替えておくようにと言われた。再び薬研の優しさを感じることができて、幸せを噛みしめる。夢みたいだ。


「大将、着替えれたか?」
「うん、今行く!」

廊下に出れば、優しく笑う薬研が待っていてくれる。
それじゃあ行くぞと差し出された手に、自分の手を乗せてぎゅっと繋いだ。




その日から、寝ている間に布団にこっそり潜り込んで私の手を握りしめ、枕まで部屋に持ち込んで眠るようになってしまった薬研に頭を悩ませるようになった事は、幸せの一つとして置いておくことにしよう。