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botanin5
2024-11-14 03:05:27
10862文字
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薬さに♀(小説)
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手のひら療法
ハッピーエンド
鯰尾→審神者っぽく見える描写が含まれます。
後半に向けて甘くなっていっている(はず)です。
1
2
3
「薬研、明日の近侍をお願いできないかな?」
「
…
悪いが他のやつに頼んでくれ」
どういうわけか、修行から帰ってきた薬研藤四郎に、避けられ続けている。
修行に出る前は、主従として良好な関係を保てていたはずだ。「大将のために強くなって帰ってくるから、待っててくれ」と誇らしげな顔をして旅立った背中はまだ記憶に新しい。修行中に届いた手紙も至って普通で、私からの返事の手紙も一期一振に添削を頼んでから送っていたし、何もおかしなことは書いていなかったはずだ。そもそも、帰ってきてすぐは「これからもっとあんたの力になるからな」とやる気に満ちた笑顔を見せてくれていたように思う。
今までずっと近侍は薬研だった。仕事を効率よくこなし、刀剣たちの間を取り持つのも得意で、私が失敗して落ち込んでいるときも上手く励ましてくれる。頼りになる相棒だった。それに、私は、そんな薬研の事が好きだった。ずっと秘めてきたこの気持ちは、伝えることもなく消え去る運命にあるのだろうか。本当は、薬研が修行から戻ってきたら、想いを伝えようと考えていた。薬研が私をどう思っているかなんて分からなかったけど、修行という形で自分への誓いを立ててくれた薬研に、私も気持ちを隠さず誠実でいたいと思ったのだ。いつ言おうかと様子を見ていた折に避けられはじめてしまった。告白しようという決意は、簡単に崩れて跡形も無くなった。
「どーしてこうなっちゃったかなぁー
…
」
「何がです?」
書類仕事が一段落ついた少しの休憩時間。今日の近侍をお願いした鯰尾藤四郎が、私の大好きなほうじ茶を入れた湯呑を渡してくれる。陶器越しに感じる熱で指先を温めながら、隣の座布団に座った鯰尾を見ると、大きな瞳をきょとんとさせてこちらを見ていた。
「実はね、薬研に避けられてるの」
「あぁー
…
喧嘩でもしたんですか?」
「してない。
…
と思うんだけど」
薬研が私を避けていることに、鯰尾は思い当たる節があったようだ。このことに気づいている者はまだそんなに居ないだろう。喧嘩なんてしたかなぁと記憶を巡らせてみるが、避けられるまで何かしてしまった覚えはない。怒らせたかもしれない事はひとつあるのだが、避けられるほどではないはずだ。温かいほうじ茶を啜ってほう、と息をつく。眉間にずっしりとした重みを感じて、指で溶かすように揉みほぐす。ここ数日あまり頭がすっきりとしない。
「主、体調悪いんですか?」
「んんー最近少し
…
」
「この前も怪我してたし、早めに言わなきゃダメじゃないですか。薬研に薬を貰ってこないと!」
「だから避けられてるんだって
…
」
一週間ほど前、本丸の池で飼っている鯉に餌をあげていたときに足を踏み外した。そのまま池に向かって倒れ込みそうになったところを、後ろから襟元を掴まれて引き倒されたのだ。驚いて周りを見回したが、近くに誰も見つけることはできなかった。おかげで、どうにか池には落ちずに済んだのだが、しりもちをついた拍子に手首を捻挫してしまった。転んで怪我をするなんてどんくさいなぁなんて数名に言われてしまったが、あの時、絶対に誰かが私を後ろへ引っ張ってくれた。
その後、怪我をした手首を薬研に治療してもらったのだが、どうしたのか彼は治療する手に全然力が入っておらず、何度も包帯を取り落してしまっていた。手首は軽く捻っただけということもあって、結局その場は湿布を貼るだけに留まった。薬研の様子がおかしいとは思ったけれど、追求することはなんとなく憚られた。私がこれ以上、怪我のことを言われ情けない思いをしたくなかったのもある。
でも、お礼を言って部屋を出るとき、薬研から零れるように投げかけられた言葉はじくじくと胸に残ってしまった。
『あんたは弱いな』
きっと、私がどんくさすぎて薬研を呆れさせてしまったのだ。いや、やはり怒らせてしまったかもしれない。
でも、だからってそんなことで避けるような子ではないはず。頼りない主ならば、力になってやろうと意気込むような刀のはずだ。やはり、どうして今避けられているのか分からない。もう湿布のとれた自分の左手首を眺める。薬研と話がしたい。こんなに長く薬研と話していないのは初めてだ。少し冷めてきたほうじ茶にもう一度口をつけると、鯰尾がじれったいと言わんばかりに立ち上がった。
「悩むくらいなら直接話した方がいいですって!俺、薬研を呼んできますから」
「いやいやいや急すぎ
…
心の準備させてよ」
「そんなこと言って、後回しにしたらもっと話しにくくなりますよ」
「う」
「調子がよくないって口実もあるんですから、今がチャンスですって!」
そう言いながら鯰尾は障子を開け離って廊下を駆けて行った。暖房で温まっていた部屋に、雪の冷たさが染み込んだ風が入り込む。ぶるりと肩を震わせて、静かに障子を閉めた。
薬研と話。いったい何を話したらいいのだろうか。いきなり「最近、私のこと避けてる?」と聞いても良いのだろうか。もう私の元で戦いたくないと言われてしまったらどうしよう。修行前までの仲良く話せていた楽しい記憶を思い出して、どんどん心は沈んでいく。すっかり冷めきったほうじ茶に手を伸ばすと、廊下から二人分の足音が聞こえてきた。
「なんでこっちなんだよ、医務室か俺の部屋でも行った方が手当てしやすいだろ」
「こっちの方が近いって!いてててー!あーっ!お腹痛い!薬研はやく!」
「
…
馬糞食ったんじゃねぇだろうな」
「さすがの俺でもそれは無い」
騒ぐ二人の話し声を聞いて、嫌な予感がする。この感じ、鯰尾、私が居ること言ってない。私の調子が良くないという口実はどこに行ったんだ
…
!きっと、驚かせるつもりなのだろう。整いかけていた心の準備は一気に無駄となり、どくどくと心臓が嫌な音を立てはじめた。二人の影が障子に映りこんだところで緊張がさらに高まり、焦る。私が居るのを見とめた薬研の表情を想像したとたん、足場が崩れ落ちるような気持ちになった。あぁ、もう障子が開いてしまう。
いやだ!!
「あーお腹痛い!
……
あれ?」
「どうかしたのか?」
「えっと
…
あー
…
いや、なんでもない。早くみてよ薬研」
「わかったから、そこ座れ」
咄嗟に、押入れの中に隠れてしまった。少しだけ開いた隙間から様子を見ると、鯰尾と薬研が向かい合って座っているのが見える。薬研は鯰尾のお腹を触診した後、変なもんでも食ったんじゃねぇのと胃薬を出しているようだった。どーも!とへらへら笑う鯰尾を訝しげに見た薬研は、持ってきていた薬箱をぱちんと閉じた。
「で、なんなんだ?鯰尾兄さんよ」
「え?なにが?」
「わざわざこんな所まで引っ張ってきたんだ。本当の用事は別だろ」
「うーん、それが
…
」
困ったように笑う鯰尾を見て、薬研はさらに怪しいなと眉間にしわを寄せた。
「言いにくい事なのか?俺よりいち兄に言った方が
…
」
「薬研じゃないとダメなんだよ。
…
ああもう、俺が聞いちゃいますからね!」
「はぁ?」
「薬研さ、なんで主のこと避けてるの?」
「!」
薬箱に触れていた薬研の指がぴくりと跳ねたのが分かった。薬研は確実に、自分の意志で私を避けている。そう実感して、鼻の奥がつんとなって涙が出そうになった。息を殺して薬研の言葉を待つ。
「別に、避けてなんか」
「嘘だね。主傷ついてたよ?」
「
…
」
じわじわと首を絞められているような気分になる。
無言で見つめる鯰尾に耐えられなくなったのか、薬研が小さく口を開いた。
「
…
嫌なんだよ」
「は?」
「自分が強くなって実感した。大将は弱すぎる。
…
もう隣に立つのが嫌だ」
「はぁ!?お前、修行に出たのは主のためじゃなかったのかよ!」
「それはっ、
…
そうだ」
「なら
―――
」
薬研の口から述べられた言葉について理解することを脳が拒否する。私がどんくさかったから、もう嫌われてしまったのだ。弱すぎたから、私は薬研にとって支えるまでもない存在になってしまったのだ。じわじわと涙が溜り、視界がぼやけてくる。音が出ないように小さく鼻をすする。もうこれ以上何も聞きたくなかった。
「主のことが嫌になったってことかよ」
「
……
あぁ。そうだ。あんな、弱っちいもんは、
…
俺には」
「あぁそう!もう分かった」
勢いよく立ち上がった鯰尾に驚いて、こちらまで肩が震えた。そのまま、彼はこっちを真っ直ぐに見た。ばれていた。思わず息を飲む。「おい、鯰尾?」と声をかける薬研を無視して、そのまま私がいる押入れの前に立ちふさがった。もう鯰尾の足しか見えない。心臓がばくばくと音を立てる。開けないで。お願い。開けないで開けないでお願いだから!
「薬研がそのつもりなら、主の隣は俺が貰ってもいいよね」
「は、」
がらり
抵抗する間もないまま、無情にも押入れの襖は開かれた。
押入れの中に座り込んだまま、開けた視界に呆然とする。じわりと身を包む暖房の風に合わせて、ぽろりとひとつ涙がこぼれた。薬研が、目を見開いて固まっているのが分かる。苦しくて、薬研を視界に入れることができなくて、顔を俯かせて動けずにいると、そっと鯰尾の手が背中に回って押入れから出るように私を促す。ずりずりと膝を擦りながら畳に正座する。ぽたぽたと涙が落ちていって、そのたびに薬研の手がびくっと震えている。
「たいしょ」
「泣かないで主。俺がいるじゃないですか」
「
…
ぅ
…
」
鯰尾は少し微笑んで私の顔を覗き込み、親指で涙を拭ってふわりと薬研の方を向いた。
「今後は俺がずっと近侍やるから、薬研はもういいよ」
「な、」
「主、こんな冷たい奴もういいじゃないですか!
…
俺だけ見てよ」
「ぅ、え
…
?」
鯰尾はそっと私の頬に手を添えた。涙で未だ視界はぼやけている。ゆっくりと顔が近づいてくるのが分かって、思わず目を閉じた。鯰尾の腕を振り払う気力は残っていなかった。唇に、予想より少し硬さのあるものが触れる。鯰尾が離れたのが分かって目を開ける。ちらりと視界に入った薬研は、苦しそうに眉間にしわを寄せていて、怒っているのかと思ったけれど、なんだか傷ついたような顔にも見えた。
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