botanin5
2024-11-14 03:00:29
14081文字
Public 薬さに♀(小説)
 

上手に焼けました

ハッピーエンド
薬研にヤキモチを妬いてほしいお話






「じゃあ、今日の演練に行ってくるね」
「おう、いつぞやみたいにふざけて歩くんじゃねぇぞ。また転ぶからな」
もう、しないってば」

見送る薬研からお小言をもらい本丸を出ると、第一部隊を引き連れて演練場へ向かう。薬研はとうの昔に上限を迎えているため、しばらく演練には出ていない。修行へ出れば、またここへ来ることもできるのに。そもそも、どうして薬研は修行に出たいって言い出さないんだろう。私のために、鍛え直すなんて、ごめんだ。ということだろうか。

「おーい。演練中に気を抜くのはいただけないな。ほら、あちらの審神者さんに挨拶してこい」
「鶴丸!ごめん、今行くよ」

相手の審神者と挨拶を交わしたのち、演練が始まると、相手の部隊に極修行を終えた薬研藤四郎がいるのが目に入った。装いが少し変わり、強さも各段に違う。思わず手に力が入った。修行を終えた薬研藤四郎は、あんなにあんなに美しくなるのか。もし、私の薬研が修行に出たら。ますます、薬研が遠のいてしまう気がした。もっと、今よりもっと、釣り合わなくなってしまう。どうしようもない焦りが胸の中で渦巻いた。己を見つめ直して、強くなった薬研は、それでも私を見てくれるのだろうか。
そこまで考えて、思い出す。そういえば、今もうすでに、私のことが好きなのかどうか怪しいんだった。

演練後、頼み込んで相手の薬研藤四郎と話す時間を作ってもらった。少し離れた場所から、今日の隊長を任せている鶴丸が心配そうにこちらを見ている。大丈夫。私の口の動きを読み取ったようで、やれやれと言ったように肩を竦めると、他の刀剣たちを連れて休息所へと出て行った。
話ってなんだ?極の薬研藤四郎は早く自分の主のところへ戻りたいとようで、少しそわそわしていた。手短にしなくては。引き留めてごめんなさい、と謝れば、いや、気にすんなと優しく返してくれる。根はきっと変わっていないんだ。
少しでも、希望を持ちたかった。私の頭から離れない考えを、否定してほしかった。

「大将と、同情で付き合うかどうか?」
「はい。同情と言いきるのはどうかなって思うんですけど、もし貴方が、貴方の主に好きだって言われたとして。貴方に同じ思いがなくても、その思いを受け入れますか?薬研藤四郎はそのとき、どうするんでしょうか」
「そうだなぁ

考える様子に、思わず手に力が入ってしまう。お願い。そんなことしないって言って。

「状況にもよるとは思うが俺は、それを受け入れることはできんな。」
「っ!本当ですか!」
「ああ。俺の主は、鶯丸と生涯を共にすると決めているんだ。」
「え、あ、そうなんですか
「そうだ。そもそも俺は大将にそういった気は持ち合わせてないから、あんたが求めてる答えになるのか分からんがもし、大将が俺に対してそういった思いを告げてくることがあるとしたら、それは、鶯丸が居なくなったときしかありえない。そして、それはただ心の隙間を埋めたいがために自棄になったとしか思えない。俺は大将の懐刀になるために修行から帰ってきた。大将を守るためだ。大将が、鶯丸が居なくなった穴を埋めるために俺に迫ってきたとしても、受け入れたところでそこに大将の幸せはない。心を救うやり方としては正しくないと思う。だから、受け入れない」
そ、うですか」
「想像力がなくてすまん。おそらく、一般的な薬研藤四郎としての回答は、俺にはもう無理だな。俺は、あの人の刀になっちまったから」
「いえ変なことを聞いて、すみませんでした。ありがとうございます」


独り残った広い演練場で、ぽつんと座り込んだ。薬研が、私の告白を断れなくて、あのとき付き合うことに了承したのではないか。その疑念は晴れなかったけれど、それよりもっと、強い衝撃に苛まれていた。

修行から帰った薬研藤四郎は、あんなに真っ直ぐ主を思うのか。

どうにも苦しかった。正直に言って、うらやましくて死にそうだった。私も、あんなふうに、薬研に真っ直ぐ思われたい。私を見てほしい。私のことを一番に考えていてほしい。こんな不出来な審神者には、過ぎた願いかもしれない。それでも。私のために修行を終えてきた子たちを思い浮かべる。薬研も。そう考えてしまうのは、私が薬研を好きだからに他ならない。ひどく自分が愚かに思えて、たまらず肩を抱きこんだ。



「大将、今日も持ってきた。大丈夫か?」
「薬研、ありがとう」

薬研からマグカップを受け取って、縁側に座る。
演練場で極の薬研藤四郎と会話をしてから、すっかり心が曇ってしまった。あの後、なかなか戻らない私が心配になったのか、鶴丸が迎えに来た。声をかけられて顔を上げ、心配そうに私を見る金色の瞳と目が合った瞬間、ぽろぽろと涙が零れていった。情けない。しばらく鶴丸にあやされてからようやく本丸に戻ったところ、門で出迎えてくれた薬研の顔を見て再び泣いてしまった。どうしようもない審神者だ。

演練で何かあったのか?」

隣に座る薬研がゆったりと尋ねてくる。マグカップを包む手に力が入った。言えない。言いたくない。薬研が自分のために修行に出てくれないのが辛いだなんて。そんな自分勝手なことが言えたもんか。代わりに何か違うことを言い出そうと思っても、思い出すのは極の薬研藤四郎ばかりで、喉がつっかえてしまう。ぐるぐる回る頭を整理できないまま、手元のミルクをじっと見つめていると、薬研が再び口を開いた。

「会ったんだってな。修行を終えた薬研藤四郎に」

どき、と大きく心臓が脈打った。自然と肩に力が入る。鶴丸が言ったに違いないどうして。別に隠すようなことでは無いはずだが、大きな秘密がばれてしまったかのように動揺してしまった。胃に下ったミルクが、少しせり上がってきた気がする。ああ、なんだか苦しい。

薬研が真っ直ぐこちらを向いた。こんなにしっかりと目を合わせたのは、いつ以来だろう。頭の奥で警鐘が鳴る。誰かが喉を絞って叫んでいるようだ。終わりだ。夢から覚める時が来たのだ。どうしてそう予感してしまうのか分からない。でもきっと、触れることが出来なかったこの薄くきれいな唇から発せられるのは、別れの言葉に違いない。こんな事なら。こんな事なら、先に自分から別れを告げた方が良かったんじゃないか。薬研が妬いてくれないだなんて躍起になる前に、好かれてないと気づいた時点で、この手を放すべきだったのだ。ああ、今すぐ逃げたい。自分の瞳がゆらゆら揺れている。

勝手な妄想が頭を占拠したところで、薬研の左手が、私の頬に伸びた。びく、と肩が揺れる。そのままするっと顎をつたって、手袋越しの指が私の唇に触れた。薬研の目が私を観察するように探っている。咄嗟のことで頭が真っ白になる。ふにふにと唇を押した後、惜しむように手が離れた。なんだ今の。何も言えないでいると、ふ、と薬研が深呼吸するように息を吐いた。

大将。修行に出たい。」
「え」
「道具は揃ってるんだったな。明日にでも出発したい。いいか」
は、はい

薬研が何を考えてるのか、全然わからない。
告げられたのは確かにある種の別れの言葉だったが、どうやら別れるのは四日で済みそうだ。