botanin5
2024-11-14 03:00:29
14081文字
Public 薬さに♀(小説)
 

上手に焼けました

ハッピーエンド
薬研にヤキモチを妬いてほしいお話






「なんで!?どうして!?普通『俺がもっと似合う花を用意するよ』とか『他の男が選んだ髪留めなんかつけるな』とか『兄弟とはいえ簡単に触らせんな』とか!!言うよね!?!?」
「君は小説の読みすぎだな」
「鶴丸はおかしいと思わないの!?」
「薬研だからなぁ

ずずと湯呑を啜る鶴丸をぎんっと睨みつける。まったく気にしない様子の彼は、机に置かれた煎餅へと手を伸ばす。今日の洗濯当番だった鶴丸を手伝ったついでに、ここ最近ずっと私を苦しめている悩み事を聞いてもらうことになったのだがあんまり聞く気ないなこいつ。私は真剣に悩んでいるのに!!


薬研藤四郎と恋人同士となって、そろそろ二ヶ月が経つ。
鍛刀でやってきてくれた彼と目が合った瞬間、コロッと恋に落ちた。それから「自分は審神者だから」とか「釣り合わないから」などとらしくもない悩みを抱え、慎ましやかな恋心を何年も燻らせていた。しかし、私の気持ちに気づいた鶴丸に背中を押され、半年ほど前から地道なアピールを続けてようやく告白に至った。夏の青天、本丸の庭にそびえ立つ青々とした葉が揺れる木陰で、真っ赤に顔を染め上げた私から愛の告白を受けた薬研は、まるで予想していなかったとでも言うように真ん丸に開いた目をこちらに向けた。私のアピール、全然伝わってなかったー!!一瞬でそう悟ってしまい、顔は熱いまま背中に嫌な汗が流れ始めたところで、ふいっと視線を逸らせた薬研が、ほんのりと頬を染めて(いたように思う)普段だったらありえないような小さな声で「よろしく頼む」と返事をしたのだ。そりゃもう、浮かれますとも。

「ほんっとに嬉しくてさ!」
「知ってる知ってる」
「毎日薬研のところに飛んで行ってさ!」
「以前の君だったら到底起きられない時間に起きてたもんな、最近。」
浮かれすぎてちゃんと見えてなかったのかもしれない薬研私のことが好きなわけじゃなくて、告白が断れなかっただけなのかも
「そんなことは無いと思うんだがなぁ」


なぜそんな新しい悩みを抱えるようになったのか。
事の発端は、一週間前に遡る。

その日、私と薬研は仕事の休憩を兼ねて台所へ向かっていた。無論、薬研は近侍である。下心は無いとは言い切れないが、仕事はきちんとこなしており、本丸運営において不都合は出ていないので大目に見てほしい。とにかく、台所にあるはずの光忠特製とろけるカラメルプリンを二人で美味しく食べるべく、うきうきスキップしながら廊下を進んでいたのだ。スキップしていたのは私だけだが。

『大将、ふざけてると転ぶぞ』
『ふざけてないもーん!プリンが待ってる喜びを、全身で表現してるの!』
はぁ』

薬研は心配性だなぁ!心配してくれてるの、すんごくうれしい!ますます浮かれた私は、廊下に脱ぎ捨てられていた靴下に気が付かなかった。今思えば、和泉守兼定の靴下だった気がする。あんなところに脱ぎ捨てやがって!軽やかなステップで見事に靴下を踏んずけた私は、そのまま体制を崩して前にのめり込んだ。

『おわぁ!』
『っ!大将!』

やばい、転ぶ!後ろから私を呼ぶ薬研の焦った声が聞こえる。ぎゅっと目を瞑り硬い廊下への衝撃に備えたが、予想より早く、廊下より柔らかい何かが私とぶつかった。

『うぁ!!っと!主!?』
『んむ!』
『大丈夫か大将!』

勢いよく倒れ込んだ私の下にいたのは、鯰尾藤四郎だった。おかげで廊下に身体をぶつけることなく済んだのだけれど。がっしりと私の胸を掴む手に視線をやり、腕を辿って見上げると、ほんのり顔を赤らめる鯰尾と目が合った。あっ!すみません!と慌てて手を放すと、今度はその手を私の腰に回してゆっくりと身体を起こす。

『大丈夫です?』
『へ、あ、うん。ぶつかって、ごめん鯰尾』
『廊下は走っちゃだめですよ』
『き、気をつける

少し照れた困った顔で笑う鯰尾は、私の腰を離さない。ちょっと、そろそろ立ちたいんだけど。

『あの、鯰尾、そろそろ』
『あ、すみません』

ぱっと手を放した鯰尾は、ちら、と私の奥を見る。なんだ?振り返ろうとしたところで、後ろからぐっと腕を掴まれ立たされる。あ、薬研か。

『だから、転ぶって言ったろ。怪我はないか』
『ごめん大丈夫だよ、鯰尾が犠牲になってくれたから』
『犠牲って言わないでくださいよ!』

けらけらと笑いながら鯰尾が立ち上がる。彼も怪我は無いようだ。良かった。しかし、これでもう廊下でスキップはできなくなってしまった。靴下のせいとはいえ、転んだのは事実だ。

『ごめんね鯰尾。お詫びにプリンあげるから、台所行かない?』
『プリンって、それ燭台切さんが作った今日のおやつでしょ。俺もう食べたんで大丈夫です。それに、お詫びはもう貰ったんで』

にっと笑う鯰尾を見て、はっと胸を腕で隠す。それを見た彼は違うと言うようにちっちっと顔の前で指を振ると、人差し指で自分の頬をとんとん、と叩いた。

『昼間から熱烈な口づけをいただいちゃったんで!じゃ、俺、骨喰と手合せしてきまーす!』

手を振りながら私たちの横を通り抜けて行った鯰尾を呆然と見送る。口づけ?は?
先ほどぶつかった時のことを思い出す。そういえば、口に、柔らかいものが当たったような?私、鯰尾の頬にキスしちゃった!?カッと顔に熱が集まる。え、うそ、まだ、薬研とキスしたこと無かったのに!!清い清いお付き合いをしていた私たちは、未だ手を繋いでデートするのがやっとであった。思わず口を押さえて薬研の様子を盗み見る。鯰尾の後ろ姿を追って見ていたらしい薬研が、私の視線に気づいてこちらを向く。その表情は至って普通だ。
え?普通?

『あの、薬研今のは、その』
『どうしたんだ大将。事故みたいなもんだから仕方ねぇだろ。さ、行こうぜ』
『へ?うん』

何事も無かったかのように廊下を進む薬研についていき、何事もなかったようにプリンを食べた。プリンはとても美味しかった。



「おかしいよねえええ!!!」
「ああもう、うるさいな君は。それで、こんなトンチキなことを始めたわけか」
「トンチキって言わないで私なりに考えたのに

鯰尾とのほっぺチュー事件においての薬研の反応。不可抗力とはいえ、恋人が他の男にキスしたのにあの薄い反応!薬研と両想いになれた~!と幸せで膨らんでいた私の心は、風船の空気が抜けるようにしゅるしゅると萎んでいった。おかしい。絶対オカシイ!
薬研は本当に私のことが好きなのだろうか?少しでいいから、私のためにヤキモチを妬いているところが見たい!!そう考えた私は、浮気することにした。いや。浮気とまで言うと語弊があるが、とにかく、他の刀剣男士との交流を増やしたのだ。今まで以上に。適当に遊んでもらって、薬研のところへ報告に行く。もしかしたら「他のやつのところへなんて行くな!」な~んて言われたりして!という私の淡い希望は、早々に崩れ去ったわけだ。

「私が、誰々とあれそれしてきたよ~!って報告しても、そうか、良かったなぁって笑うんだよ。怒ってほしいのに拗ねてほしいのに
「薬研も男だからな。そんなみっともない真似はできないんだろう」
「みっともなくなんかないよそれだけ私に本気なんだーって、嬉しくなるのに」
「薬研には薬研なりの矜持があるんだ」
「ぜーんぜん、わかんないよそもそも
「そもそも?」
「私、薬研に『好き』って言葉、言われたことない」
……そりゃ本当か?」

ここにきて初めて驚いた顔を見せる鶴丸を見て、なんだか余計に凹んでしまった。どうだ、驚いたかなんて。薬研とお付き合いが始まってから、私が好きー!と伝えるのは日課になっていたのだが、薬研が「好きだ」と返してくれたことは無かった。そう。無いんだ。

「そのことに気づいたのは、一昨日なんだけどね」
「なんだ。ずいぶん最近じゃないか」
「気づかなかったの私、自分が好きーって言ってただけなのに、薬研にも好きって返してもらってる、気でいて
……泣くな泣くな」

鶴丸ががしがしと私の頭を撫でる。ちょっと痛いけど、その温かさにますます涙が滲んできた。突っ伏していた机から顔をずるずると移動させ、隣で胡坐をかく鶴丸の膝にぼすっと顔を落として泣きつく。ぐりぐりと頭を押し付ければ、今度はやさしく撫でてくれた。一昨日、好きと言われたことがない事に気づいてから、上手く眠れていない。鶴丸に頭を預けて、その温かさに微睡んでいると、不意に襖が開いた。

何してんだ、こんなところで」
「おっと、薬研じゃないか」

ぼんやりとしていた頭が一気に冷える。身体を起こそうとしたが、鶴丸が頭をつよく押さえつけていて起き上がれない。な、なんで!?もぞもぞしていると、机の脚の隙間から、薬研の足が見えた。思わず息を飲む。

「そこにいんのは大将か」
「ああ、最近眠れないらしくてな。膝を貸したらころりと寝たぜ。可愛いもんだな」
「そうか。寝る前に何か温かいもんでも飲ませるか見繕っておくよ」
「それがいいな。ところで薬研。主を引き取らなくていいのかい」
「いいさ。今はあんたの膝で眠れてるんだろ。無理に起こすのも悪いしな」
そうか」

淀みなく告げられる薬研の言葉に、思わず鶴丸の服をぎゅっと握りしめる。私の頭に置かれた鶴丸の手にも、力が入った気がした。
そのまま、薬研は台所を手伝ってくると部屋を出て行ってしまった。やっと息ができた気がする。力が抜けた。ごろりと仰向けになると、鶴丸と目が合う。

「ね、言ったでしょ」
……
「平然としてたでしょ、薬研」
想像してたよりはそうだな」
ねぇ、このまま本当に寝てもいい?」
「あぁ、ゆっくり休めばいいさ」

そっと瞼の上に鶴丸の手が下ろされる。薬研の姿は見てないけれど、どんな表情で先ほどの会話をしていたかなんて、容易に想像できた。いつも通りの優しい顔。
眠れるわけ、なかった。




その夜、薬研が部屋に訪れた。一瞬身構えるが、昼間に温かい物を飲ませるという話をしていたことを思い出す。そろそろ夜は肌寒い。障子を開けると、お盆にマグカップを乗せた薬研が立っていた。

「ほら、牛乳にはちみつ入れたやつ。大将これ気に入ってたろ」
「うん。ありがとうあ、中に入る?立ちっぱなしもあれだし」
「いや、いい。飲み終わったらマグカップは廊下に置いておいてくれ。後で取りに来るから」

きっぱりと断られて、胸がじくじくと痛みだす。ほら、やっぱり、薬研は私のことなんて。頭の奥で自分の声がする。でも。それでも。

「私はもう少し、薬研と話してたいんだけどだめ、かな」

空いた手で、薬研の寝間着をきゅっと掴む。少し手が震えた。
薬研は黙り込んでしまった。怒らせただろうかどうしよう。撤回した方がいいかもしれない。馬鹿なこと言ってごめん!飲んだら寝るから。ありがとう、おやすみ。そう、笑って言えばいい。もう一度頭の中で復唱してから、いざ、と顔を上げようとしたところで、握っていた手を薬研にそっと取られた。そのまま手を引かれて廊下へと出る。

「少し寒いが、廊下でもいいか」

そう言って、いつもの優しい笑みを浮かべた薬研にほっとする。思わず泣きそうになったが、慌てて笑顔を作る。嬉しい。

「もちろん!」

縁側に腰掛けて、のんびりと話をする。私と薬研の間は一人分空いていたが、気にしないことにした。薬研が私のために時間を作ってくれたのが嬉しい。手を取ってくれたのが嬉しい。最近は自分で決めたヤキモチ大作戦もあって他の刀剣男士と話すことが増えていたため、こうして薬研と話すことが今までより減っていたように思う。

「そうだ、薬研は修行に出なくてもいいの?」
「ん?そうだな俺はまだ、いい」
「そっか。道具は揃ってるから、もし必要になったらいつでも言ってね」
「んまぁ、そのうちな」

ついこの間、五虎退が修行から帰ってきたばかりだ。泣き虫なところは変わらなかったけれど、芯はしっかり太くなっているようで、出陣するたび誉を独り占めして帰ってくる。とても頼もしく成長してくれて、うれしいばかりだ。他にも数振り、修行に出たいと申し出てくれた子は迷わずその背中を押した。政府によれば薬研のための修行の場も用意はしてあるそうだけれど、彼はまだ、行きたいと手を挙げていない。

「でも、薬研が修行に出ちゃったら、私、寂しくて毎晩泣いちゃいそうだな~」
「大丈夫だろ、大将は」
「そんなことないから!遠征は長くても一日だけど、修行は四日もあるんだよ?そんなに長い時間、薬研の顔が見られないなんて私干からびちゃう」
「はは、そうだといいんだがなぁ」
だから、そうだって言ってるのに

薬研の方を見れば、夜空を見てふんわりと笑っている。目は、合わない。こっち、見てくれないかな。そう願ってみたが、薬研の目が私を映すことはなかった。