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gib_fox
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hq侑北
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今夜は秘密の幸せ定食
pixiv再掲
モブ視点です、高校の時から社会人まで
侑が最初、ちょっとクズ気味なのでご注意ください
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宮侑の、好きな人。
やっぱりクラスでも、教室の外でも、一日経てばその話題で持ちきりだった。先輩だということまで把握されている。治くんもさすがに「皆の情報収集力、こわ」とペットボトルのお茶を啜りながら舌を巻いていた。私も怖い。一年生夏くらいまでは私だって侑くんが密かにかっこいいな、と思っていたから、その情報を仕入れる女子生徒たちの気持ちもすごくよくわかる。弱みを握りたい、とかそういうわけじゃない。単純に、侑くんのことであれば些細なことでも、どの子よりも知っておきたい、っていう虚しさの競い合い。
この情報網のついでに野球部の中谷くんには、実は中学の時から付き合ってる彼女がいるというのを拾ってしまうのも、女子の噂好きの怖さだ。とばっちりで知られてしまった中谷の純愛。そして私はまだ告白もしていないのに、失恋した。地味すぎる。
それにしても
……
どこもかしこも、治くん以外は浮き足立ってその話題をこぞって口にしている。双子だからって治くんに果敢に聞いてみる猛者もいた。相変わらず飄々と「俺、知らんねん、ごめんなお役に立てんくて」と眉を下げて笑うから、「い、いいの、ごめんね、こっちこそ」なんて顔を赤らめて去る女の子たちもちらほら。
ああ
……
顔がいい、って本当に得だよね。おにぎりを食していようと、卵焼きを奪っていこうと、常に何かを食べているイメージがついても、「治くんだしね」で許される。侑くんだって、女の子をこんなに渡り歩いているのに、ついてまわる噂は尽きないし皆が動向を追ってしまう。
今日も鮮やかに奪われた卵焼きが、飢えている治くんの口の中でむしゃむしゃと転がされている昼休み、私は頬杖をつきながら食べ進められない弁当箱を広げて呆然としていた。
ふと、目の前の治くんを見る。彼だって、侑くんと同じ顔のはずだ、一卵性だって言ってたし。それに、部活も一緒で宮兄弟と囁かれて、今では全国で名前を知られるほどなんだって。同じクラスの男子のことを知らなさすぎるのも考えものだと、数ヶ月ほど前から調べてて、うちの母親と二人でびっくりしたのを覚えている。
もしかしたら、治くんは嫉妬したりしてるのかな。侑くんばかり目立って、って思わないのかな。私だったら絶対思ってしまう。
でもそれを大っぴらに言えるほど、私は治くんに前のめりに聞けなくて、また今日も二個目の卵焼きを取っていったから「毎度毎度何で二つ持っていっちゃうの」ってくだらないことをぶつけた。卵焼き多くしてもらったのは私なのに。それでこの話は終わった。
そう、終わった、と思ってた。
「美味いから、味どんなんか覚えときたくてなあ」
いつもなら返事のないはずの言葉に何てことないように答えてきた治くんに、目を丸くして思わず見つめてしまう。
味を? 覚えておく? 何で?
疑問しか浮かばない私に、彼は口の周りを丁寧に拭いて、箸を置く。
「榎本さんのこの卵焼き、厚焼き玉子って言うんやろ?」
そう。厚焼き。関西の卵焼きと大して作りは違わないけど、味が違う。
「うちのおかんのともちゃうし、こっちで売ってる市販のよりも甘くて美味いねん
……
それ、作ってみたいと思って」
待て、待て待て。
「治くん、卵焼き愛好家か何かなの? 私てっきりおにぎり好きなだけかと思ってたんだけど」
そもそも、作ってみたい、とは? 膨らむ治くんへのはてなマークは飛び交うばかりで一向に返ってくる気配がない。ああ、と彼は手を打って、頭を掻きながら少し声のトーンを落として呟いた。
「俺がいっつも、腹が減っとるから物食いまくってると思っとったやろ」
「お、思ってた」
「あれなあ、作る参考にさせてもろてん。美味いの、作りたいからな」
どうしてか、心臓が少し高鳴った。
「
……
それって、誰か、に、ってこと?」
治くんは相変わらずゆったりとした動きだ。何があっても慌てるような素振りを見せない。色んな人がざわざわと話をする中で聞く治くんの声は、侑くんと一緒のはずなのに妙に心地良い。そんな彼から発せられる音は、今まで聞いた中で一番弾んでいた。
この人、こんな声が出せるんだ、と思わず感動するほどに。
「おん。みーんなにな」
泣きたくなるような大きい愛情の言葉に、私は心の底から震えていた。みーんなに、の中に本当にたくさんの人の顔が浮かんでるのであろう、治くんの笑顔がそこにある。目を輝かせて遠くを見て、わくわくしている姿はこっちまで熱が上がりそうで。
同時に、さっき胸を打った高鳴りの意味を知る。ああ、私はこの人に一瞬、惹かれたんだ。だけど、もう治くんは最初からこっちなんか見てもいない。けれどそれは、瞬く間に落ちた流星のようなときめき。
その日の夜ご飯は、昼の残りだと言って温め直した厚焼き玉子が出てきた。関東から去年の春先に越してきた私たち家族の思い出の味。小さい頃、名店の味に近づけたいからって、面倒くさがりのお母さんがわざわざレシピを調べてまで作ってた。その時から焼き目が多くてふっくらしていた。失敗ばかりだった当初は「母さんのこれがいいんだ」という気を利かせたお父さんと、苦笑いして食べたっけ。
一口、食べたらあの時よりもはるかに上達した母の厚焼き玉子は美味しくて、ぽろりと笑いが漏れた。お母さんには見られてしまって「なあに気持ち悪い」と言われた。
ほんの少し私にときめきをくれた治くんに、いつかこのレシピを教えてあげよう。その時は、何と情報を交換してもらおうか。
◇
……
あれから五年が経った。私は高校の時と同じ土地の企業に就職を決めて、社会人として働いているけど、毎日の残業続きでくたくただった。
朝ごはんは適当にパンとコーヒーを流し込み、会社で忙殺され、ランチなんてろくな物を食べていない。コンビニで買ったお弁当のフタをぱかりと開けて、ぬるいサラダを口に入れる。美味しくないなあ、と思うけど、空いている腹はそれでも食事を摂れと言うから仕方なく食べる。
食べたら午後の仕事の算段をして、計画的に動いて何とか残業を食い止めたい私が課長に呼び出されて、本日分の資料、と言われて渡された紙束を見て絶句するまでが毎日のお決まり。
よろよろしながら帰路に着くまでの間、週に一度だけ自分に許してることがある。
深夜の食事だ。
目の前の、このシャッターが半開きになっているお店をくぐる権利を与えられているのは私だけなんじゃないだろうか。
「お疲れさん」
五年前よりも、髪を黒くして精悍な顔つきになった治くんが、カウンター内からひょっこり顔を出した。私が疲れに引きつった笑いで手をあげると、ちょっと待ってな。とメモをしていた手を止める。
──新作を考える時、夜中まで店におるから、そん時やったら来れるやん。
とある休日に友達とおにぎり宮に来たら、店主の治くんがそんなことを言った。疲れてる、休みも少ない、ご飯もロクに食べられない。それを聞いてくれていた治くんは、ご飯のところにだけ敏感に反応して素晴らしい提案をしてくれた。
「でもそんなの、悪いよ」そう断りかけたんだけど、「ええよええよ、だってほら、これの考案者やし」と笑って指差したのがメニュー欄。
本当にこれ一つで、そんな特権もらっていいの? と疑いの目を向けたけど、治くんはいつもみたいに大らかに、はははと笑って肩を揺する。
それならそれで、お言葉に甘えよう。そうして初めて夜中にここを訪れて久しぶりにまともな食事をして以来、病みつきになってしまった。体がこの健康的な味を求めているのがわかった。
食事って、大事だ。今日ももぐもぐと用意してくれたおにぎりと味噌汁を咀嚼しながら強く思う。胃袋は完全に掴まれた。でもだからって、私たちが恋愛関係に発展することは百パーセントないし、私はもうすぐ名字が変わって榎本から中谷になる。高三の夏に甲子園に行けなかった野球部の彼は、中学時代の彼女に「甲子園に連れてってくれると思ったのに!」なんていう、どこぞの野球漫画もびっくりのふざけたセリフを言われてすっぱり振られ、失意の中受験勉強で図書室で頑張る私を見て少しずつ惹かれていったんだとか。恋の多い男だな、と思ったが、いやいや当時の私もなかなかどうして。侑くんがいいなと思ったら中谷を好きになり、治くんにもときめいた。人のことは言えない。
しかしそろそろこの深夜のお楽しみも、結婚を機に卒業となるわけだ。喜ばしいことだが、少し寂しい。感慨深く豆腐の浮いた味噌汁を啜って満足していたら、後ろのドアががしゃん、と鳴った。
驚いた私をよそに、治くんが「来た来た」とにやける。
ドアが開いたら、治くんと全く同じ顔がもう一つ。そしてその後ろには、銀髪のきれいな顔の人がいた。
「すまんな、先約あったんか?」
私を見るなり不思議そうに顔を傾げたその人は間違いない、北さん、だ。くるりと向けたまるい瞳で覗き込まれて吸い寄せられるみたいに私は立ち上がる。背筋はピンと伸びた。
「あ、座っとってええよ。俺らも食ったらすぐ帰る」
侑くんが気を利かせて喋ってくれた。おかしい。高校時代の噂で聞く彼の印象とはだいぶ違って角がない。
この人、こんな優しい眼差しだったっけ?
「サムの同じクラスだったやろ? 顔、見たことあるわ」
サム、さむ、おさむ。いまいちピンとこないあだ名だったが解析はすぐに済んだ。ひとつだけコクリと頷くと、バレーボール選手になったという彼と遜色ないオーラを放つ北さんが「そうなんか」と相槌を重ねる。
「もしかして、サムの彼女
……
?」
疑わしそうに尋ねる侑くんに、ないないと首を振った私に被せて、治くんが私を擁護した。
「こいつ、もうすぐ結婚すんねん」
野球部の中谷と。ああ、あいつとか。おもろいやつよな。おめでとう。ありがとう。そんなやりとりが交わされて、二人の前にもコトン、コトン、と食事が置かれた。私と同じメニューの中に、「あ、ちょお待て」と言って治くんが、二人のお皿に置いた追加の食べ物。
二人の千切りのキャベツの横に置かれたそれは、二つずつ。焼き色のついた表面が特徴的な、砂糖の甘みが染み込んだ旨味のあるあの黄色い食べ物。
「サービスです」って治くん。「ありがとな」と返す北さんが皿を受け取る左手には、きれいに光る薬指の銀色。ああ、この人、結婚されてる方なんだ、と微笑ましく思っていたら、似た鈍い光がもう一筋キラリと煌めいて、北さんの隣で治くんからお皿を受け取っていた。
え、と私が思う間もなく侑くんは皿を置き、彼の口に放られた焼き立て。湯気が立って香ばしいから絶対に舌は火傷したと思う。「侑、相変わらずやな」ため息をついた北さんが、水を横に添えてやる。すんません、と涙ながらのその声と手つきはもうすっかり二人がいつもやっている光景なんだろうとわかる慣れ方で。
侑くんの高校時代の恋が実ってここに結ばれていることを目の当たりにして、私の頬は自然と熱くなる。
そうしてようやく二人の口に入ったのは「榎本さん家の厚焼き玉子」、定食メニューの人気商品。
私はうまい、うまい、と言い合う二人の柔らかくほぐれる顔を見ながら、思わず治くんを見てぐっと顔を歪めてしまった。この表情がひどいであろうという、自覚はある。だから治くんも「またそんな顔されても
……
」と五年前と同じように引いている。
我が家のレシピの代償に、これは大きすぎる秘密である。
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