今夜は秘密の幸せ定食

pixiv再掲
モブ視点です、高校の時から社会人まで
侑が最初、ちょっとクズ気味なのでご注意ください


 隣のクラスの宮侑、は、バレーが大好きな人間だ。
 ユースとかに選ばれたりするようなすごいやつ。でも私はスポーツに詳しくないからちゃんとは知らない。
 同級生は、軒並み一年生の時、侑くんに心を持っていかれてた。私もそうだ。だって顔が良いから。だけど二ヶ月後に、その数は半分に減っていた。私もその内の一人。だって、うん、そう、顔だけじゃないから。
「一ヶ月の内に三人って、ありえる?」
 そう、侑くんはモテるから、女の子なんかよりどりみどりだった。選ばなくても寄ってくる、寄った結果手酷く振るか、振られるか。来るものは拒まず去るものは追わず。侑くんは瞬く間に女子の間で危険人物になった。
 それでも悪い男に憧れる女子は一定数いるものだから、相変わらず本当なのか嘘なのかわからない噂がはびこった。私服はブランド一色だとか、セックスが今までの人の中で一番すごいとか、侑くんの部屋のベッドから良い匂いがする、とか。少なくとも運動部で毎日汗水垂らしてる我が弟の部屋からは、今のところいい匂いなんてしたことがないけど。
 モテる男はそういうとこまで気を使うんだな、と思ってたけど、ある日飢えていた宮兄弟の片割れ、治くんにお弁当を分けてあげたら、「ええ匂いなんてせえへんよ?」と卵焼きを二個放り込んだ口でもごもご言ってた。一個だけちょうだい、と言っていたのにいつの間に。
 ……とにかく、いい匂いかどうかは現場に行った人間じゃないとわからないし、私はその立場になることは一生ない。今は野球部の中谷くんのことが私は気になっているから、侑くんのことは忘れようと思う。
 いや、そうするはず、だったんだけど。
 見ているだけならなかなか面白い存在だと言うことに気がついて、実は今、私は彼を観察している。
 そう、二年生にあがり、かわいい後輩男子に浮かれてしばらく侑くんブームが過ぎ去ったと思った頃、事件があったのだ。

「なあ、卵焼き一個ちょうだい」
 今日も飢えている治くんにねだられて渋々食べ物を与えていると、私は廊下に侑くんが走っていくのを見つけた。
 あんなに慌てた様子を見たことがない。女の子に振られる時も、いけしゃあしゃあと「ふーん、ほな、さいなら」と言いのけたらしいふてぶてしい男(だと聞いている)が、忙しなく何かのために動いている。
「あ、北さん来よったかな」
 二個目の卵焼きを箸で掴んだ治くんが、ぽつんと言う。ちょっと私、週一でしかそれ入れてもらえないのに食べすぎでしょ。
「キタサン?」
 いまいちピンと来ない人名に、治くんはもごもごしながら手に持った箸を上に向ける。
「三年の、俺らの主将や。あの人、おっかないからツムも怖がってん」
 ごっそーさん。治くんは立ち上がって他の人の弁当を物色に当たる。おにぎりを持ってきた生徒は大抵狙われるけれど、何か意図があるらしい。協力して色んな具のおにぎりを持ってくる子が増えた。治くんに好かれたい女子は特に。だから彼はいつも確実におにぎりにありつけるのだ。
 だから別にお腹が減っていても、私の卵焼きは食べなくてもいいと思う。
 何がしたいんだ彼は……と思いながら気を取り直して廊下をひょいと覗いてみる。
 侑くんがいた。そして彼より背が低い、ぴっちりと制服を着こなした先輩が横に立っている。周りの人間も、ややざわついている。あの宮侑が、あんな態度を? 誰もが疑問視する中、へらりと笑った見慣れぬ顔、何人かは再び侑くんの珍しい表情に胸をときめかせていた。
 でも、あの目の前の北さん、という人は、一切顔が変わらない。業務連絡をしにきたんだろうけど、侑くんのくるくる変わる顔面に対し、無。人は、あんな無でいられるんだな、と思うほど、表情が動かない。
「ツム、叱られとんな」
「ぎゃあ⁈」
 横からひょっこり米粒をつけた治くんがニヤニヤしながら現れた。面がいいのにそういうあどけないことをするところが女子受けするらしい。
「え、あれ、叱られてんの?」
「おん、朝練でツム、掃除サボっとったからな」
「掃除……そんなの、先輩にバレる?」
「俺が告げ口したからな」
 え、あんた最低。飢えている治くん改め兄を売った治くんは、ふと北さんというあの先輩と目が合ってしまったらしい。挨拶だけは一丁前に部活生らしくするけれど、そそくさと逃げるように教室に戻った。やっぱりこの人も北さんが怖いんだ。
 まあとにかく、北さんという人と侑くんや、他のバレー部員の関わりが何となく掴めた。悔しいが今日の卵焼き二個は、治くんに情報提供代としてくれてやろう。
 チャイムが鳴って、北さんが手を上げてスタスタと三年の教室へ戻っていく。胸を撫で下ろしている侑くんも貴重な姿だった。私も何となく気持ちはわかる。あの人、結構怖そうだし。
 どのくらい、怖いの? と少し席の離れた治くんに聞きかけて、やめた。今度は卵焼き三個目を、秘密の共有の証として提供しなければならなくなりそうだから。