場地という温度(東リベばじふゆ)

pixiv再掲
場地さんの死後一年経って、墓参りにいった千冬が、幽霊になった場地と再会するお話です。
血ハロから一年後ですが、色々と事件も解決して平和になっている、という前提を捏造しております。
Twitterで10月31日から載せていた連載を、11月3日編をくっつけて最後にまとめました。
終始切ないですが、私はハピエンだと思ってます。
最初から死を前提にしているお話なので、苦手な方は申し訳ありません。



11月2日〜3日

「もう少ししたら、誕生日ですね、場地さん」
 ああ、そうだっけ。と場地がどうやら記憶を掘り返している様子だ。うっすらと掠れた声で祝う。
「おめでとうございます……いなくなっちゃうまえに、言っときますね」
 やわらかいまつげを瞬かせて、千冬はふふ、と笑った。
 規則正しい時計の音が、静かに通り過ぎる。
 ぽつぽつと、朝に降った雨のように千冬は思い出話をする。今日、場地を探して回ったところの一つ一つの回想を。ベッドに二人で体を投げ出して、もう一度唇が触れるか触れないかの近い距離で、千冬だけがずっと、喋り続ける。目を伏せて、時折ポロリと流れる涙を指でぬぐわれる。透けるようにして頬に吸い込まれることもある場地の霊体は、まるで千冬に溶け込んでいるようだった。
 思い出はやがて、場地が死ぬ前の話に差し掛かる。
 あの秋の、血の命日より数週間前から、場地は皮肉っぽい笑い方をしていた。千冬が最初、受け入れられなかったあの笑い方。この人、変なもん食ったんじゃねぇか。軽い心配に始まって、日が経つにつれてじわじわと生まれるついていきたい男への疑惑。笑うときも彼はいつも取り柄の犬歯を剥き出しにするが、その冷たさは次第に研ぎ澄まされていった。
 威嚇だ、と千冬は感じた。猫を飼っているとやっているのを見たことがあるからわかる。あれは笑っているんじゃない、自分たちを脅かす敵への警戒。場地の闘争心は青い炎を燃やしていた。それは静かで、誰にも気づかれない。未来から来たという武道を除いては。
 芭流覇羅へ行く彼についていき、自分が踏み絵だと称されて場地に馬乗りになって殴られているとき、まるでひどく痛いセックスのようだと千冬は思った。顔の骨がギシギシ痛んでも耐え、体も心もこの心酔している壱番隊隊長に明け渡しているはずなのに、言葉も無しに切実に訴える眼差しでひたすら見下ろされる数十分は、顔面よりも心の痛みが勝って過酷だった。
 場地はいつも、言葉がない。けれど千冬にはわかる。
 こんなにも自分に正直な人が、仲間を裏切りこうまでしなければならないなんて。
 奥歯を噛み締めただけで、何もできない不甲斐なさを呪う。
「俺は、これからどうしたらいいか、あのときわかんなくなっちまったんです」
 場地が起き上がり、それの答えを卓上にペン先で語り出した。
 ──場地は死ぬ間際、千冬のその思いを知っていた。自身を限りなく情けないと思っていることも。「行かないで」も「やめてください」も違う。ありきたりなワードを並べてもそれらが場地に届くわけがないし、場地を止めることは千冬の役割ではない。しかしそれでも諦めず、自分を連れ戻すために画策してきたことも。
 知っていたから、たった一言「ありがとな」と伝えた。
 場地は、圧倒的に言葉が足りない。生きている頃から今に至るまで、ずっとそうだ。一緒にいることでしか伝えられなかった。これまでの彼を正しく汲み取る千冬がいなければ、今日までの東卍はなかったかもしれない。
 この三日間、全く喋られなかったのは、満ちた言葉をかけてやれなかった場地への罰だ。死者の国から降りる時、神様がそう告げた。
 これはお前の、最後のチャンスだと。
 だから手紙を残した。千冬に、自分が去ってから読むように伝えて。
 対面で喋ることは苦手で、うまく伝えられないけれど、紙の上でなら。
 ……書いている間は、初めて千冬に出会った時を思い出して、笑ってしまった。字を直されて、感謝したっけ。最初から、場地は少年を気に入っていた。
 だから、最後の最後に会えるなら、千冬がいいと願ったんだ。手紙に、こんな思いを込めて去りたいと。
『自分を大事にしろよ。してほしい、んじゃない、どうするかは千冬が決めろ。俺を引きずっても引きずらなくてもどっちでもいい。千冬の好きなようにしろ。
 でもな、くだらねぇことだけはすんな。
 信念通せねえなら、俺が取り憑いて殺してやってもいいぜ。そんなつまんねぇ千冬に成り下がるのだけは見たくもねぇ』
 けれど読まなくても、やっぱり千冬はわかっていた──
「でも、でも、」と続ける子供みたいに話す千冬を、彼は急かさずに待ってくれた。
 たった三日間の短い時間を一緒に過ごした少年は、しゃくり上げながら必死で話す。
「あんたに触りたい、話したい、もっとたくさん、いろんなことを知りたい。でも場地さんはもう……っ、来ないでください! 俺が、行って、めちゃくちゃに、面白ぇ土産話を……嫌って言うほどっ、聞かせるまで、そこで……大人しくしててください!」
 掠れた声を何とか発して、千冬は場地の手を握る。少しずつおぼろげになっていく感覚は、場地がいなくなる時間が迫っていることを伝え始めた。やがて薄れて掴んでいた感触も残さず消えてしまいそうになる。
 耳元に、かすかに触れた場地の黒髪。ハハ、と笑うその表情は、皮肉なんかは一切見えない、千冬の大好きな顔だった。
 ──強くなったなぁ、千冬ぅ。
 え、と千冬が何としてでも聞き取ろうと耳をそばだてたとき、今度は場地が、唇を塞いでくる。
 柔らかさがわかった。霊なのに触れられて、不思議と体温も感じ取れた。しかしもうそれもおぼつかない足取りで崩れていき、千冬から感覚を奪い去ってしまう。
「場地さん、ひでぇ、最後に、こんなの」
 千冬はボロボロと泣いて、罵った。場地はフッと笑う。それは目のまえの少年しか知らない、大人びた彼。
 ──誕生日プレゼント、もらったから。
 その場地の声は、どうしてかはっきりと千冬の耳に届いた気がした。

 ◇

 愛猫がにゃーん、と一声哀しそうに鳴く。最後の場地の体の一部が消え失せる。粒子のように細かくちぎれていった残像は、千冬の記憶に焼きつく。
 ふと窓を見る。関東には珍しい雪が、この季節に降っていた。今日の気温は冷え込みが厳しいと天気予報がどこか近隣の家のラジオを通して聞こえる。窓から手を伸ばして、雪を掬った。
 白いかたまりは千冬の手のひらに落ちて、柔らかく溶ける。水気を含んだ冷たさは、さっきまで幽霊に触れていたはずなのに、数倍も寒い。
 そうして今さら少年は、場地という人間が、常に温かかったことを知った。
 これから、幾千の冬を超えても、机の上の殴り書きを見るたびに、あの温かさを思い出す。







***

『秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ』
磐姫皇后/万葉集

秋の田の稲穂の上に朝霧が霧り渡っている。霞は徐々にどこかに流れ消えていくけれど、あの霞が稲穂を覆いながら流れていくように、あなたを慕う私の恋心は、どこへ去ることもなくいつやむともしれないことです。